邪神さんの街への買い出し24
森の女王の寺院?の中は外観から想像した通りで
綺麗に掃除が行き届いた内部には
幾つかのシンプルな木のテーブルとそこに座る為の椅子が並び、
奥にはカウンターとその背後には食器を納めた戸棚、
壁にはランプや絵画、メニューが架けられていて
どう見ても雰囲気はこじんまりとした喫茶店かカフェそのものだ。
一応、壁に止まり木の様な木の枝がありはするが
おそらくは本来はドルイドの相棒が休む為のそれも
森の雰囲気を出す為のオブジェに見えてしまい
やはりどう見ても神殿には見えない。
この時間、店内に客は居ない様で、
先頭を歩くリラが入り口に立った所で
店の奥のカウンターで椅子に座っていた中年の女性がこちらに気付いて振り向いた。
カウンター越しなので胸から上しか分からないが
ごく普通の服の上にエプロンを掛けた姿からは
ドルイドやレンジャーという印象はまるで感じられない。
だが部屋の隅を見ると大柄なオオカミらしい獣が静かに寝そべっており、
それが彼女がドルイドかレンジャー、
そうでなくてもそれに類する者に縁がある者である事を物語っていた。
「あら、いらっしゃいませー」
「あの、すみません。ここって休憩とかお茶を飲んだりとかできますか?」
笑顔を浮かべて客を迎える女性に入り口から遠慮がちに尋ねるリラ。
女性の反応はというと、一旦ちらりとこちらを見たが直ぐに笑顔に戻り、
「ええ、もちろん。お好きな席にどうぞ」と一行を中に迎え入れる。
建物の中に入るとそよ風の感じられる店(?)内は
辺りに漂っているハーブらしき香りも合わさって
どこかドルイド達の拠点でもある森の空気に似ている感じもする。
案外、薬草や魔法などで街の中に森を再現しているのかもしれない。
「今メニューを持っていきますから、お好きな席に座っててくださいねー」
カウンター横に置いてあったメニューを手に取りながら女性がこちらに話しかける。
……ここが本当に寺院の様な神聖な場所だとすると
涼んで寛ぐというのは罰当たりなのではと若干不安になるが
リラ達はあまり気にする様子も無く
室内の涼しさに無邪気に喜びながら手近にあるテーブル席へと座っていく。
「フィルさんフィルさん! あそこ! ワンちゃんが居ます!」
フィルが席に着いた所でフィルの隣に座ろうとしていたフラウがオオカミの存在に気が付いて
フィルの袖を引いて嬉しそうにこちらに訴える。
「すっごく大きいですねっ。かわいいですねっ」
向こうに居るオオカミを見ながら嬉しそうにはしゃぐフラウ。
どうやらフラウは犬好きの様で
奥でのんびりしているオオカミにすっかり夢中になっている。
「ははは、あれは犬じゃなくてオオカミかもしれないよ?」
夏場のオオカミは夏毛になってふさふさ感が無くなるため
犬っぽさが増すのでフラウが大きな犬だと思うのも仕方ない。
だがあの体格の大きさは通常の犬とは思えない。
それもオオカミの中でもかなり大ききな個体だ。
ドルイドの動物の相棒は熟練したドルイドほど大型化すると言われているので
おそらくあのオオカミはそれなりに経験を積んだドルイドの相棒なのだろう。
「そうなんです? てっきりワンちゃんだと思っちゃいました。でもすっごくおっきくて可愛いですよねー。あんなに大きな子初めて見ました」
フィルの言葉にそう言ってフラウはオオカミを夢中になって見ている。
少女にとっては犬とオオカミの違いなど大したことではないのだろう。
フラウは直ぐにもあの犬(オオカミ?)の所に行って構いたそうにしていたが
寝ている所を起こして機嫌を損ねて噛まれたりしたら大変である。
特にドルイドの相棒となった動物は通常の動物よりも高い能力を持つ。
普通の犬やオオカミよりも人に慣れているとはいえ、用心するに越した事は無い。
そういう訳でフィルは少し微笑んでから少女の頭を優しく撫でる。
「はは、そうだね。でも今はお休み中みたいだからそっとしてあげた方が良いと思うよ?」
「あうぅ……はいです」
フィルの言葉にまだまだ未練はたっぷりみたいだが
それでも素直に頷いて行儀よく椅子に座る少女に
フィルが「いい子だねー」と頭をもう一度撫でていると
店員の女性がメニューを手に席へとやって来た。
「いらっしゃい。あなた達、ここへは初めて?」
先程応対したリラにメニューを渡しながら女性は少女達に尋ねた。
注文の受けに来たというより暇なので世間話しに来たといった感じなのだが
リラもその方が色々話を聞けそうだしと笑顔で店員に応じる。
「あっ、はい。昨日この街に来たばかりで、これから地母神の寺院に参拝しに行こうと思っているんです。それでここで休憩と一緒に寺院の場所を聞けないかなと思いまして」
「へぇ~。若いのに感心ねぇ。地母神の寺院ならこの前の通りをまっすぐ進んでから……」
女性から寺院までの道順を教えてもらい、
それからリラは女性からお茶とお菓子の書かれた店のメニューを受け取る。
メニューは温かいお茶か冷たいお茶、それにお菓子がついてる銅貨五枚のセットのみ。
お茶だけなら銅貨二枚、お菓子だけなら銅貨三枚と別々にも頼むことができるが
至ってシンプルなメニューとなっている。
ここはあくまで寺院であって、休憩の為に場所を提供しているという事なのだろうか。
「それじゃあお菓子のセットを頼むとして、冷たいお茶がいいひとー?」
リラの声に全員の手が上がる。
まだ真夏ではないとは言え、晴天の下をずっと歩いていたのだ。
フィルも冷たい飲み物で喉を潤したい。そしてそれは他の皆も同じなのだろう。
「じゃあ、冷たいお茶とお菓子を八人分で、お願いします」
「はーい。支払いは先払いだけど良いかしら?」
「あ、はい。それじゃあこれで」
リラがパーティの財布から銀貨を取り出して渡すと、
受け取った女性は「はい、たしかに」と笑顔でカウンターへと戻っていく。
……本当なら年上のフィルが支払うべきなのだろうが。
フィルが今座ってる場所がリラ達と少し離れていて会話に参加し辛いとはいえ
年下にご馳走になるのは少し気恥ずかしい。
それに武器を売ってまとまった収入があったとは言え
装備を整えたり先程は服を買ったりしているので
フィルとしては彼女達の財布事情が少々心配ではある。
(まぁ、あの娘達も子供ではないのだし要らないお節介なのかもしれないけど……)
とは思うのだが、先程買っていた服は新しい物のようだし、
あの服は一体幾ら掛かって残金は幾らあるのだろうか?
そんな事が気になってしまうが、
とはいえ今所持金は大丈夫かなど聞くのは彼女達にしたらいい迷惑だろう。
(まるで心配性な親父にでもなったみたいだな……)
自立した娘を持つ世の父親もこんな気持ちなのだろうかとぼんやり考えるフィル。
そんな事をフィルが考えている間にも
カウンターの奥では女性がお茶とお菓子の準備を進めていた。
「直ぐに持ってくるから、ちょっとだけ待っててねー」
どうやら出す物は既にカウンターの奥で準備が整っていた様で
手際よくカウンター下から取り出した容器からお茶をコップに注ぎ、
それから人数分のお菓子の皿を用意して、
注文してから数分と待たずに支度を終えて一行の席に戻って来る。
「はい、おまたせ~」
「わぁ、ホントに早いんですねー」
「あ、このお茶いい香り」
「ほんと。ハーブの香りがとってもいい香りね。こっちのクッキーもサクサクで美味しいです」
「ほのかに甘くて、とっても美味しいですよねー」
少女達の評判の良さに女性は満足気に答える。
「まぁ簡単なものだけどねぇ。一応寺院って事になってるし、あまり凝ったのや贅沢なのは怒られちゃうのよ。あ、でも味は保証するわよ?」
「あ、やっぱりここ、寺院なんですか?」
「そうは見えないでしょ?」
「あ~……、ええっと、あははは……」
尋ねたら逆に悪戯っぽく尋ねられて、困った笑顔を浮かべるリラ。
そんなリラの様子に女性は悪戯っぽく笑う。
「ふふっ。ここは森の女王の寺院なのだけど、街だとどうしても信者が少ないのよ。それで普段はこうして休憩所としても開放もしているの」
「な、なるほど……」
「ふふふっ。でもこうして一般の人にも開放して接する事で、森の大切さとか森の女王の偉大さを広く伝えるっていう大切な意味もあるのよ? 例えば今あなた達が飲んでるお茶は森で採れたハーブを使った特製ブレンドのハーブティーなの。美味しいでしょう?」
「はい。すっごくさわやかで、ほのかに甘くてとっても美味しいです」
「でしょう? 森を大切にすればそう言う恵みを分けてもらえるの。だから森は大切にしましょうってね?」
「おー」「なるほどー」
森の木々や動物の事を説明する女性の話をリラ達は楽しそうに聞いている。
何気無い会話の様だが、さっそく説教をされてしまっているのは流石に寺院だけはある。
とはいえドルイドの説教としては、とても控えめというかほのぼのしているというか、
彼女自身もこれまでフィルがあまり見た事が無いドルイドのタイプだった。
どこかドルイドらしくない彼女ではあったが
森を守るというドルイドに最も大切な事を
こうして共感し易い形で説くのは簡単な事では無いだろうし
奥でくつろいでいるオオカミからも相応の実力の持ち主である事は確かだろう。
「たしかに私達も山菜採りとか薪拾いとか、色々お世話になりますもんね」
「あら、あなた達、森が近くにあるの?」
「あ、森と言うより山なんですけど。ここから歩いて半日ぐらいの村から来たんです」
「まぁ、そうなのねー。それじゃ地母神の信者という事は、村で農業とかしているの?」
「あ、ええっと、こっちの二人は農家なんですけど。私達は冒険者をしてるんです」
「まぁ、そうなの? それじゃあ今度困ったことができたらお願いしちゃおうかしら?」
「いやー。まだまだ始めたばかりなんで、あんまり大変なのは無理ですよー」
そんな雑談で少女達と女性とが盛り上がっている間、
フィルとフラウ、そしてダリウやラスティが座るテーブルでは
お茶とお菓子をゆっくり味わう、のんびりした時間が過ぎていた。