邪神さんの街への買い出し21
魔法屋は大通りを横道に外れてからさらに進み、
商業区の外れの人通りの少ない静かな一画に店を構えていた。
学院や寺院らしき建物が見えるので
寺院のクレリックや学院のウィザードが主な顧客で
彼等との商いをし易い為の立地といった所なのだろう。
「わぁ~。なんだか一杯ですね!」
早速店内に入ってのフラウの第一の感想にフィルは思わずクスリと笑う。
確かに初めて見る少女の目には
魔法屋に並んでいるのは雑貨屋以上に不思議な物ばかりに見えるのかもしれない。
雑貨屋の場合は少なくともそれが何かに使う道具か推測できるが
魔法屋に並んでいる商品は知識の無い者から見ると
それが何に必要な物かすら分からない物も多い。
「ははは、ここは高い物や危ない物もあるかもしれないから、商品には触らない方が良いかもね」
「はいです!」
「うんうん。フラウはいい子だなー」
素直に頷くフラウの頭を笑顔で撫でてからフィルも店内を見渡す。
先程訪れた雑貨屋よりも少し小さな店内には
雑貨屋と同様に沢山の商品が陳列されていたが
こちらは殆どの商品がガラスのケースに入れられたり
棚に仕切られ綺麗に小分けして陳列されており
雑多な印象のあった雑貨屋とは対照的に小奇麗な印象すらある。
真鍮製の鍵や小さなベル、小さなダーツ等が並んでいる事もあって、
ぱっと見には小洒落た小物を売る雑貨店のようにも見えた。
羊皮紙やペンや基礎的な魔術のテキスト、
幾つかの呪文で必要な構成要素を入れる為のポーチといった基本的な道具や
比較的入手し易い安価な試薬や触媒は棚売りされ
ガラスケースの中にはそれらより少し値が張る低位のポーションやスクロールやワンド、
弱い付呪がされたアクセサリーやマジックアイテムが陳列されている。
見た所、棚で売られている本はどれも紙に書かれた印刷本だし
ガラスケースの中には高位の呪文や強力そうなマジックアイテムが見当たらない事から
どうやら一般的な書物や比較的安価な物は棚やガラスケースで売られているが、
本当に強力な品や高価な品は店頭には置かず、
おそらくはカウンターの奥で管理されているのだろう。
この辺は武器屋と同様で、
高価な商品を盗まれない為の用心なのだろう。
(素材を奥で管理しているのは防犯目的というより店のイメージを良くする為かもしれないけど)
呪文の構成要素や試薬、エンチャントやマジックアイテムの素材の中には
クリーチャーのパーツを利用した物も多い。
だが店内を軽く見た限り、陳列されている試薬や素材は
金属や宝石といった鉱物や小さなベルや銀の棒といった小物が殆どで
生き物のパーツをは少なくそれも馬の毛や羊毛、
熊や狼らしき普通の動物の爪、ヘビの胃袋といった
極普通の動物の物ばかりだった。
魔術の儀式やエンチャント、マジックアイテムの制作では
特殊な鉱石や宝石等を素材にして秘めた力を利用する事も多いが、
クリーチャーから属性を伴ったエッセンス=精髄を抽出して素材する場合が多い。
例えば熊の爪やウィンターウルフの毛皮と言った動物素材、
インプの毒針やオーガメイジの頭といったモンスターのパーツ、
さらにはグールの爪や幽霊の霊液なんかからもエッセンスは抽出され
強力なクリーチャー程その分効果も大きい。
ある程度以上強力なエンチャントやマジックアイテムを作ろうとすれば
何れかの属性の強力なエッセンスが必要となる場合が多いし
低位のマジックアイテムでも利用する機会は多いので
強弱を問わず大抵の魔法屋で取り扱われているのだが
これらの素材の中には普通の人が見たら眉をしかめそうな物が多く
一部ではこれ見よがしに店内に飾ったりする怪しげな店も有るものの
多くの店では一般人の目に付かない場所に保管しているのが普通だった。
店内を見渡す限り、その類の高価な素材はもとより
スケルトンのあばら骨やグールの爪といった比較的効果の低く安価な品すらも見当たらない。
予め店側で素材からエッセンスの抽出を行い
エッセンスとして販売しているのかもしれないが、
しかしながら精髄を抽出する為には錬金術の技が必要で
強力な力を秘めた素材になるほど高い技術が必要になり
未熟な技量で安易に抽出を行えば
失敗し貴重な素材を無為に失いかねない。
それを考えると全ての素材が店側で抽出済みしてるとは考え辛く、
やはり素材を店の奥で保管していると考えるの妥当だろう。
たぶん一般の人になるべくそう言うグロテスクな面を見せない様にして、
店のイメージに気を付けているというのが本当の所なのだろう。
(そう考えると、どこか肉を切り身で売る肉屋みたいなんだよね……まぁ、似たようなものか)
そんな事をぼんやりと考えながら、もう一度店内を見回して
フィルが同じウィザード仲間であるアニタの方へ目を向けると
彼女もまた物珍し気に店内を見回していた。
「アニタは魔法屋は初めてなんだっけ?」
「あ、はい。やっぱり街だと色々な物が売ってますね。魔法屋さんってみんなこんな感じなんですか?」
そう言ってきょろきょろと店内の棚から目当ての物を探すアニタ。
普段は人見知りでおとなしい少女が、
そわそわと少し楽し気な表情できょろきょろとする姿は微笑ましく、
なんとなくその気持ちが分かるフィルは思わず笑みを浮かべる。
やはり魔法使いと言うのはこういう場所に来るとわくわくしてしまうのだ。
「そうだね。この店みたいに高価なアイテムは奥の方で管理して、羊皮紙とかの比較的安価な物は手に取って買える店が多いかな?」
「へぇー。あ、これ」
話半分で聞きながら本棚にある書物を見つけてを物色するアニタ。
棚には紙で製本された本が並び、その中にはフィルの知る題名の本も幾つかあった。
フィルの記憶が正しければ、アニタの手にしている書物は
比較的易しく魔術について書かれた本で
フィルが若い頃からある魔術の参考書だった。
そんな本を手に取ってはパラパラとめくってみるアニタ。
「魔法の参考書だね。初級魔術を使えるようになるまでとか、第一段階の試験に合格する為とか、そんな内容だったと思うよ」
「へぇー。そうなんですねー」
フィルの言葉に返事するアニタだが本を流し読みしながらなので
一見すると心此処に在らず、真面目に聞いてない様にも見えてしまうが、
フィルにもウィザードが本の内容を優先してしまうその気持ちは良く分かるので
真面目な後輩の姿に微笑んで話を進めていく。
「店によっては魔術の素材としてクリーチャーの体の一部を店頭に置いていたりするけど、どうやらここはそう言った事はしてないみたいだね」
「素材というとエンチャントとかで使うんですよね?」
確認し終えた本を戸棚に戻しながら尋ねるアニタ。
やはりちゃんと話を聞いていたようで、フィルとしてはちょっと嬉しい。
「そう、素材からエッセンスを抽出してエンチャントやマジックアイテムの作成に使うんだ。抽出後のエッセンスで売っている事もあるけど、素材のまま売っている事の方が多いんだよ。買う方からしても自分で抽出した方が安く済むからって、こちらの方を好んで買う人が多くてね」
「やっぱり素材とエッセンスだとお値段がかなり違うんです?」
「うん。どんなに安い物でも二割増し、高い物だと数倍の価値に跳ね上がるね」
クリーチャー素材の価値は得られる効果の大きさによって決まる。
効果の高い素材が簡単に手に入れば大儲け間違いなしだが
残念ながらそんな物は既に取り尽くされて存在しない。
高価の高い素材程、抽出に要求される技術が高くなるので
得られる効果に比べて価値が目減りされて取引される傾向にある。
たとえばドラゴンの血なんかは金貨五百枚と決して安く無い価格で取引されて
そしてそれを抽出したエッセンスは金貨千四百枚と更に大きな価値になる。
これだけ価値が上がるだからエッセンスを抽出してから売れば大儲けと考えるかもしれないが
多くの錬金術師や魔術師は自前で抽出する技を持っているので
わざわざ高い金を支払いエッセンスを買おうとはしない。
その為、店側もわざわざ買い手の少ないエッセンスで売るのではなく
素材の状態で売った方が書い手も多く、結果的に店が儲かるのだ。
「店側からしたら自分達で抽出すると失敗して失われる可能性が有るし、何より手間が掛かる。買う側からしたら自分で抽出出来る技術が有るなら手間が掛かっても大分安く買えるのだからお互い納得して取引できるんだよ」
「あ、それってなんか鶏肉みたいな感じですよね。家で捌くと手間が減る分お安くなるとか」
「あはは、やっぱそう思う?」
神秘を扱う魔法屋と言えども考え方は普通のお店とはあまり変わらない。
それは変人が多いと言われるウィザードも結局は人なのだという事かもしれない。
「それはそうと、今日は何を買うんだい?」
「ええと、スクロールを作る為の羊皮紙と筆記具。あとは水銀と銀棒、あと小さなベルを買おうかなって。あ、呪文のスクロールはフィルさんに教えてもらうつもりなので買いませんからね」
言外にちゃんと教えてくれますよね?と悪戯っぽく笑顔でフィルを見上げるアニタ。
「あはは、ふむ、フローティング・ディスクとアラームの構成要素だね」
「はい。皮とか羊毛とかなら村でも手に入るんですけど、流石にこれらは村じゃ手に入らないですから」
「なるほどたしかに。それじゃあそうだなぁ、ちゃんと勉強したら僕のもってるスクロールをあげてもいいかな?」
「ありがとうございます! あとは欲しいのは他にも色々あるんですけど予算が厳しいんですよね……。とりあえず、まずは水銀を見つけたいんですけど……」
そう言って触媒の棚をきょろきょろと探すアニタ。
商品にはアイテム名と値段が書かれた名札が付いていて
一つ一つ確認しているのだが、なかなか見つからない。
「銀棒やベルはそのまま売ってると思うけど、水銀はたぶん鉄のフラスコに入って売ってるはずだよ。……うん、これで良いみたいだね」
そう言ってフィルが戸棚から取り出したフラスコには確かに「水銀」と書かれた値札が付いていた。
「これがそうなんですね。ありがとうございます!」
そう言ってフィルから水銀を受け取ったアニタだが値札を確認して渋い顔になる。
値札には試薬の名前と共に「1GP」……金貨一枚と値段が書かれている。
「水銀って、結構高いんですね……」
「まぁ、採掘したり抽出したりで結構手間がかかるって言うからね。それでも宝石なんかと比べれば安いし、それだけあれば当分は困らないだろうから無駄では無いとは思うけどね。値段も他の店と比べて高いという訳でもなさそうだし」
フローティング・ディスクの発動に必要な水銀は一滴だけなので
フラスコ一本分の水銀は多すぎるのだが賞味期限がある訳では無いし
今後も長く使い続けている事を考えればこんなものだろう。
「それはそうですけど、なんか無駄遣いしてる感が凄くて……」
予算が……と溜息を吐くアニタ。
駆け出しの時のお財布が気になるその気持ちはフィルにも良く分かる。
「ははは、始めたばかりはお財布の中身を考えるとどうしてもそうなるよね。まぁ、ちゃんと役に立つ呪文だから無駄になるという事は無いよ。それに冒険できちんと稼げば直ぐに元は取れるさ。戦利品を運べるあの魔法はとても役立つからね」
気持ちは良く分かるがフィルにはお金を立て替えたたり融通するつもりはなかった。
駆け出しの頃にそうやって悩んで自分達で進んで行く事は大切な事だと思し
自分の身銭を切って購入するからこそ装備を大切に思えると思うのだ。
「そうですよね……うん、じゃあ買っちゃいます!」
暫くの間、フラスコを手にうぬぬぬと悩んでいたアニタだったが
最後は水銀を購入する事を決心して、
それからアラーム用の銀の棒と小さなベルを探し始めた。
フィルはそんなアニタから離れ、
一人何か掘り出し物が無いかと本棚へと戻った。
(うーん、やはり此処に在るのは初歩的な物ばかりか……)
本棚はそこそこ大きくかなりの数の本が並んでいるのだが
置かれている書物はどれも基礎的な魔術の解説書ばかりで
中級以上の魔術が書かれる様な専門書や
秘術ともいえる様な技術が書かれた魔導書の様な物は見当たらない。
それならばとフィルはカウンターに向かい
カウンターの奥に架けられた黒板を確認した。