邪神さんの街への買い出し18
「なぁ……」
「……うん?」
大通りに立ち並ぶ商店の商売の邪魔にならない様
手頃な商店の壁に寄りかかり、
その向かいにある商店をぼんやり眺めながら疲れた声で尋ねるダリウに
尋ねられたフィルも同じ様にぼんやり眺めながら返事をする。
街で一番大きい通りというだけあって
石畳で舗装された立派な道には多くの通行人だけでなく
街中を走る乗合馬車や行商人の荷馬車が盛んに行き交い
近くでは露天の屋台がおやつ代わりに串焼きの肉を焼いていたりして
市場とはまた違った、街の中央通りらしい活気を見せていた。
「……あいつら、あとどれだけ服を見ているつもりなんだ?」
「さすがにそれは僕も分からないなぁ……」
ぼやくように答えるフィルの目の前を馬車が通り過ぎていく。
モンスターの種類や人の悪企みを見抜くのならお役に立てるかもしれないが
若い娘が服を選ぶのにどれだけ時間が必要かなんて知識は持っていない。
知力がどんなに高くなろうと分からない事はあるのだ。
「だよなぁ……」
こちらもさらに気の無い返事でダリウが返す。
聞く前から分かっていた事なのだろう。
もともと意味の無い質問だったのかもしれない。
そんな意味の無い会話をしながらぼんやりと眺める男三人の視線の先には
大通りに店を構える服屋の入り口があった。
最近街の若い娘達に人気が高いと評判の店の中では
今頃、少女達があれやこれやと賑やかに服を選んでる事だろう。
昼食と食後の小休憩を終えた後、
一行はその脚で市場へと向かった。
そこで街の若い娘達に人気の服屋が商店通りにあるという情報を聞いたリラ達は
店の詳しい場所を聞いて此方の服屋へ向かったのだった。
……のだが、実際には直ぐに服屋に向かったのではなく、
先に市場を一通り、たっぷり一刻ほど心ゆくまで買い物を楽しんでからなので
その間、荷物持ちをしていた男三人は心労と疲労で表情が暗い。
身体能力が向上しているはずのフィルでさえも
何故か意志も頑健も抵抗に失敗して、他の二人と同様に暗い表情をしている。
そしてようやく服屋にたどり着き、
店の入り口から中の様子を見た男三人は
若い女性客で賑わう店内に様子に即座にこの場所には入るべきではないと判断した。
そして不思議そうな顔をするリラや残念そうな顔をするフラウを説得し
通りで先の市場で買った荷物の番をする事を申し出て現在に至る。
「……村と違って可愛い服が沢山置いてあるって評判の店みたいだからね。もう暫くはかかるかもね」
どうやらこの店の服は彼女達のお気に召したようで
店に入ってから半刻ほど経つが
未だに彼女達が店から出てくる気配はなかった。
苦笑いを浮かべて答えるラスティにも同様に疲労と諦めの色が見える。
「まぁ、仕方ないさ……一緒に店に入って買い物に付き合うよりは良いよ」
「ああ……それもそうだな……」
フィルの言葉に頷きながら、
これまた気の無い生返事で同意するダリウは
恨めし気に少し離れた場所で営業している屋台に目をやる。
「それにしても……これで腹が減っていればあそこの屋台で何か買って食うんだけどな……」
「昼御飯食べてからまだそれほど経って無いからねぇ……」
恨めしげにぼやくダリウをラスティがなだめる。
ダリウとラスティもフィルと同じく、
昼食の時にスパゲティを大盛りで注文していた。
普通盛りでさえ結構な量があったスパゲティがその倍の量となり
おかげで昼食から大分経った今も全然腹が減っていない。
むしろ若干食べ過ぎな位で
こうなると漂ってくる肉の焼ける香ばしい匂いが逆に恨めしく感じられるほどだ。
「……ま、これだけ歩き回ったんだし夜には腹も空くか……。そういえば今日も晩飯はあの宿で食べるのか?」
「そのつもりだけど、別の場所で食べたいのかい?」
「あーいや。旨い店を知ってる訳じゃ無いし、あそこも十分旨いから文句は無いんだが……せっかく街に来たんだから、どうせなら色々食べてみたいんだよな」
何かに照れているのか、少し憮然と固い顔になったダリウに
フィルとラスティが思わず笑ってしまう。
笑ってしまうが、見知らぬ土地に来たらどんな料理があるだろうかと期待するのは
フィルにも良く分かる馴染み深い事だった。
「その気持ちは良く分かるよ。僕も新しい街や村に行った時はどんな料理が食べられるかって気になるしね」
「やっぱそうだよな? にしても旅かぁ……なぁ、やっぱ旅してると旨い物が食べれたりするのか?」
「そうだなぁ……まぁ土地ごとに色々とあったね。宿の酒場とか食堂とかで食べるんだけど、場所によって美味しい物も不味い物も色々あったよ」
旅をして様々な土地を巡ると
見栄え良く栄えている街に見えるのに不味い物ばかりだったり
どう見ても寂しい寒村なのに出された食事は暖かく心の籠った持成しを受けたりと
良くも悪くも期待が裏切られる事が度々あった。
フィルの言葉はダリウの興味を惹いたのか、先程までの生返事では無く、
顔を大通りからフィルの方へと向けて更に尋ねる。
「どんなのが美味かったんだ? うちの村でも作れそうな物があれば知りたいんだが、やっぱドワーフ料理とかエルフ料理とかが美味いのか?」
「そうだなぁ……エルフ料理は野菜中心だし……ああでもエルフ料理には魚介があるし鮭の香草焼きなんてのがあったっけ、ドワーフ料理だとジャガイモと腸詰め肉のグリルとか、肉団子にたっぷりソースをかけたのとか……」
「んー……なんか普通だな」
腸詰め肉も肉団子も魚の香草焼きも四六時中とは言えないまでも
村でも時期により、食材さえ手に入れば普通に食べられる料理だった。
「まぁね。肉が嫌いとか魚が苦手とか好みの違いはあるけど、エルフ、ドワーフ、ノーム、ハーフリングの料理は大きくは違わない感じだよ。ドワーフ料理もエルフ料理も特徴はあるけど、ヒューマンの料理と比べて特別って感じはあまり無いんじゃないかな?」
森に住むエルフの肉嫌いは有名だが、そういう特例以外なら、
種族は違えど食事の嗜好にはあまり違いが無い様に思う。
口の悪い者の中には
ドワーフの料理はしょっぱいだけだとか、
エルフは草ばかり、ハーフリングは菓子ばかり食べてるだとか、
他種族の料理に対して平然と文句を言う輩も居たりするが
フィルが実際にその土地で食べた感想は
ドワーフの温かくボリューム満点な料理は腹に溜まる物が多く、何より酒のお供には抜群だったし、
エルフの繊細かつ健康的な料理には、その調理技術を素晴らしいと思ったし
ハーフリングの家庭的なのに豪華な食事には、
小さい皿のハンデをおかわりの多さでカバーする力技に驚かされたし
ノーム特有の身近な自然の食材を巧みに調理して作られる沢山の小皿料理はどれも美味しかった。
それらはあくまで特徴であって
食べてみればどれも味わい深く美味い物だったと記憶している。
「そうなのか?」
「まぁ、その土地の食材やハーブを使ってたりして独特の風味や味付けがあるけどね。それはヒューマンの街や村でも同じような物だろ?」
「ああ……確かにそうだな。それじゃあ、うちの村でも採れそうな食材で作れそうな料理で旨かった料理は何か無いか?」
「そうだなぁ……山間部で取れる食材の料理というと……川魚を使ったシチューとか羊肉のシチューとかが美味しかったかな?」
「シチュー? 食堂で食べてるようなのとは違うのか?」
たっぷりの肉と野菜を煮込んだシチューは
食べやすく栄養たっぷりなだけでなくお腹も満たせる
何処の土地でも基本中の基本の料理だ。
多くの宿屋や食堂で供される「旅人のシチュー」や
ハーフリング達がおもてなしでよく作る「何でもスープ」など
具材も味も料理方法も様々な物が世界中に存在する。
「ああ、羊肉のシチューは羊肉と色々な野菜を香草とワインで煮込むシチューでね、寒い季節に食べたんだけど体が温まって本当に美味しかったなぁ……。牛肉や山羊肉でも美味しいらしいよ」
依頼を受けた村で歓待された時にご馳走になった料理だが
冷えと疲れと空腹でくたくたになった体に温かい汁と食べ応えのある肉が染み渡るようで
堪らなく美味しく感じられた記憶がある。
「なるほど、羊さえ飼えば俺達の村でも作れそうだが……けどワインかぁ……うちの村、ブドウは殆ど育ててないんだよなぁ。エールなら食堂で料理の隠し味に使うって聞いた事あるが」
残念そうに顔をしかめるダリウ。
「そっかぁ……」
「ブドウは育てても皆オークに持ってかれちゃったからね。まぁ、これから増やして行こうよ」
「そうだな……」
「まぁエール煮も旨いよね。あと川魚のシチューの方はトマトやパプリカを使って川魚を煮込んだ赤いシチューで、ハーブのお陰で川魚の臭みが無くて、魚の旨味が溶け出した汁がすごく旨いんだ。こっちはパスタと一緒に食べるのが美味しかったな」
「へぇ、トマトは知ってるがパプリカってのはどんな野菜なんだ?」
「ピーマンに似た野菜にそう言うのがあるんだよ。赤とか黄色をしてて乾燥して粉にしたのが辛くない唐辛子みたいに感じで香辛料として流通してるんだ。ちょっとした高級品なんだけど産地だと生でそのまま使う事もあるみたいで、そうなると大分安く済むんだよ」
こちらの料理は周囲に海が無い、とある街に行った時、
その街の名物料理として宿や食堂で出されて居たメニューだった。
パプリカのお陰か魚の生臭さがまるで無く、
魚のコクをたっぷり味わえるシチューはまさに土地の名物という感じで、
街に滞在中、フィル達は様々な店のシチューを食べ比べたりしたものだった。
「トウガラシにパプリカか……。それは俺達の村でも育てられそうか?」
「どうだろう? あの村より少し暖かい位の地域で栽培されてたから、上手くすればこっちでも多分大丈夫だとおもうけど?」
「野菜も良いけどスパイスも育てたいよね。唐辛子とか胡椒は高値で取引されてるみたいだし、明日市場に行った時に種か苗が売ってないか探してみたいんだけどいいかな?」
ラスティの言葉にダリウはそうだなと頷く。
交易で売るにしても、自分達の村で消費するにしても
やはり自分達の村で自給できるに越した事はない。
「ああ、他にも育てられそうなのがあったら買っておくか。ついでだからハーブも何か有れば買っておきたいな」
思い出せば村の食堂で食べた料理にはハーブが使われていた気がする。
村の中でも何種類か栽培しているのだろうが、
やはり村では栽培していないハーブも有るのだろう。
「そう言えばダリウ達はどんなハーブを栽培しているの?」
「ああ、一通りは育ててるな。タイム、セージ、ミントにオレガノ、後は生姜なんかも育ててるな」
「へぇ~。結構色々な種類があるね」
「まぁ育てると言っても庭先とかその辺に生えてるって感じだけどな。村なら何処の家でも育ててるんじゃないか? もっと沢山の種類を育ててる家も有るしな」
「なるほど、それを料理に使うと。そうそう生姜はスパイスとして結構高く売れるはずだよ。たしか一ポンド当たり金貨二枚程度だったはず」
「へぇ……」
確か生姜の交易品の価格は胡椒や生姜と同じだったと記憶している。
フィルの話を聞いたダリウがその価格にほうと唸る。
村としては外貨を稼げる手段が有るのなら有り難い。
それで言うと既に育てられる事が分かっている生姜の栽培は財源として心強い。
「そうなのか? それならもう少し増やして今度売ってみるのも良いかもな。スパイスと言えば胡椒はどうなんだ? あれはうちの村でも育てられそうか?」
「あれは流石に無理なんじゃないかな。かなり南方でないと育たないみたいだよ。この周辺の国で育ててる話は聞いたこと無いなぁ」
「やっぱそうかー。あれ欲しいんだけど高いんだよな……」
船だけでなく魔法による流通も存在するこの世界では
胡椒は高価ではあるが買えない事も無いという程度の香辛料だ。
とは言え、農民の収入からすれば決して安いものではなく
増やす為でなく消費する為に金貨を支払うのに躊躇してしまうのは仕方無い事だろう。
「うーん。それなら生姜とか唐辛子を売って代わりに買うのはどうかな? たしかその三種はどれも交易価格が同じだったはずだよ。交易で値段が上がってるだろうけど二、三倍になる程度だから生姜を売って買うのは無理じゃないと思うよ」
「あー。それもいいな」
交易で遠くから運ばれて来る分、胡椒の価格が上がっている事を踏まえても
この地域で栽培が出来る生姜も比較的高値で取引される香辛料だ。
これを売れば大量とはいかないまでも必要十分な胡椒を購入できるだろう。
そんな事を話しながらフィル達が明日買う作物の話題で盛り上がっていると
ようやく買い物を終えた少女達が買ったばかりの洋服を着込んで店から出てきた。