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邪神さんの街への買い出し17

「ふー、お腹一杯です。評判通りの良いお店でしたねー」

「そうねぇ。ご飯も美味しかったし、こうしてのんびりもさせてくれるし、いいお店ね」

隣のテーブルで満足気に伸びをするサリアに相槌を打ってから

トリスは食後に頼んだお茶に口をつけた。


昼食を終えた一行だったが、

食事を終えた今も食堂のテラスに残っていた。

フィル達が食堂に来たのが昼食時のピークを少し過ぎた頃だったからか

全員が食べ終える頃には客の殆どは自分達の仕事へと戻っていき

店内は先程までの賑わいが嘘のように静かになっている。

今も居るのは悠々自適のご隠居達が数グループ、

のんびり世間話に花を咲かせている程度だった。

おそらくサリアの情報通り、利用者の殆どは地元の人のなのだろう。


幸い、親切な店員はゆっくりして行くといいと言ってくれて

さらには午後のカフェメニューまで出してくれたので

店員の言葉に甘えて一行は午前中歩き回った疲れを癒すべく、

此処でお茶とお菓子の小休憩をとる事になったのだった。

今はフィルの横でフラウが甘いお茶とデザートのチーズケーキにご満悦になっている。


「ケーキとってもおいしいですー!」

「あはは。フラウはスパゲティよりケーキがいいかな?」

「どっちもすきですー! スパゲティもとってもおいしかったですー」

フィルの言葉にちょっとムキになって返した後で、にっこりと笑って答えるフラウ。

コロコロと表情の変わる少女にフィルも笑いながら頷いてみせる。

「そっかそっか。うん。確かにスパゲティも美味しかったよね」

そう言って何時もの様に少女の頭を優しく撫でる。

フラウの言う通り、フィルから見てもこの店のランチは美味しかった。

メインのスパゲティに飲み物と副菜が付いて銀貨一枚と

値段は日雇い労働者一日分の給料に相当するが、

それでもこうして地元の人で賑わっているという事は

それだけの価値が有ると認められて愛されているのだろう。

もしかしたら案外、フラウの村の食堂の様に地元の住民には割引みたいなものがあるのかもしれない。


「はいです! あ、フィルさんはどのスパゲティが良かったです?」

「そうだなー。んー」

尋ねられて先程皆で食べ比べたスパゲティを思い返すフィル。

リラ達の卓と同様、フィルの卓でもお互いのスパゲティを食べ比べていた。

だが、通常の二倍あるフィルの大盛りスパゲティは、皆からはパーティ用の取皿に見えたのか、

なぜかフィルの皿だけ一口では済まされず二口、三口と刈り取られ、

実際にフィルが食べれたのは五割増し程度となってしまった。

主な犯人は目の前で満足気に伸びをしているサリアなのだが、

まぁ、それだけ自分が選んだのが美味しかったのだと思い諦める事にする。


「僕はフラウの頼んだトマトソースが良かったかな」

「あ、それってお肉が入ってるからです?」

「そうだねー。やっぱり肉が入っていると満足感があるんだよね。ああ、ひき肉も良いけど店によっては肉団子になっている所もあってね。それも美味しいんだよ」

「わぁ~美味しいそうですー。私はアニタおねーさんの食べた緑のがおいしかったです!」

残念ながらフィルの選んだ皿は選外となってしまったが、

さっぱりしたバジルソースも確かに美味しかったので、

ここは素直に認めよう。

「ああ、バジルソースの奴だね。あれもさっぱりしてて美味しかったね」

「はいですー! あ、そう言えばフィルさん。今日食べたスパゲティって、村で食べるのとちょっと違う感じだったんです」

そう言ってフラウは不思議そうにこちらを見上げて尋ねる。

「そうなのかい?」

先程フラウのスパゲティ食べた時に毒は感じなかったが

もしかして村で食べるスパゲティに毒が入っている可能性があるのかとか

一瞬、物騒な事をあれこれ考えたフィルだったが

どうやら少女の感じた違和感というのは、そういう事では無いらしかった。


「はいです。村で食べるのはもっと柔らかいんですけど、さっき食べたのはちょっと固めでなんだか違う麺みたいなんです。こっちもとってもおいしいんですけど、これって違う料理なんです?」

「ああ……なるほど。たぶんそれは乾麺と生麵の違いかもしれないね」

「かんめんです?」

「うん。麺を作ったら一度乾燥させて、乾燥させた麺を茹でて食べるのが乾麺で、麺を作ってそのまま茹でて食べるのが生麺なんだ。乾麺になると保存が効くし、食べる前に麺を作る必要が無くなって茹でるだけで食べられるから手軽で便利なんだよ」

「へー。乾麺って便利なんですねー。でもそんなに便利なら食堂はどうして大変な生麺で作ってたんです?」

「うーん、たぶんだけど、村の食堂は小麦の蓄えを気にしていたんじゃないかな? 村で蓄えてる小麦は沢山ある訳じゃ無いし、スパゲティの他にも小麦を使った色々な料理を作る必要があるだろうから、それを考えて乾麺にしないで小麦のままで保管していたんだと思うよ」

外との交流を閉ざされた村では自分達が育てた作物だけが頼りだ。

更に言えばあまり乾麺作りの様な目立った事をしていれば、

追加で食材をオーク達に奪われかねない

おそらくはそんな理由で村では小麦のまま、こっそり保管していたのではないだろうか?


「なるほどですー。それじゃあ村の小麦がいっぱいになれば、村でも乾麺のスパゲティが食べれるかもですね」

「そうだね。あと乾麺はたしかに手軽に料理できるけど、乾麺を作るのに専用の道具が必要だったりして結構大変みたいだから、その所為かもしれないね」

「そうなんですか? あぅ……残念です……」

乾麺の食感が気に入ったのか、嬉しそうにしていたフラウだったが

フィルの言葉にシュンとなってしまう。

乾燥パスタを作るには練った小麦を押し出して麺を成形する圧搾機が必要になるのだが

小さな手動圧搾機は手軽に買えはするものの家庭の分を賄うのが精一杯で

村人達全員が食べれるだけの量を作ろうとすれば、

それだけで数日から数週間はかかりきりとなってしまう事だろう。

一応、大人数も賄える量のパスタを一度に生産する大型の設備もこの世には有るのだが

そう言ったのは小麦の生産が潤沢で

パスタを交易品にするような街や村でしか見かけない物だった。


「まぁ村で作らなかったとしてもこうして街に買い出しに行ける様になったのだから、街で買って行くで良いと思うよ。保存の効く乾麺は交易品としても重宝されてるから市場や商店で簡単に買えるはずだしね」

「こうえきひんです?」

「うん。街や村で作ったり採れたりした品物を、その品物が自分達では作ったり採れたりできない別の街や村で売るんだよ。乾燥パスタは大量に作るのにそれなりの設備が必要になるから一部の街でしか作れないけど、保存が効いて茹でるだけですぐ食べられるから設備の無い街や村では買いたいって人が結構いるんだ」


手作業で手間暇かけて作られた乾燥パスタと

水車等の設備を使って手軽に量産された乾燥パスタとでは、

味以上に値段が大きく違う。

小麦の価格よりも若干の上乗せした程度で済む量産パスタは

うまく取引すれば交易という手間賃を上乗せしてもこちらがお得となり、

そう言う意味では量産された乾燥パスタは交易品として手堅い商品と言えた。

フラウ達の村でも他の街や村との交易が復活すればほどなく取引される様になるだろうし、

そうすればじきに村人達の食卓に上る事にもなるだろう。


「そうなんですねー。フィルさんフィルさん。私も村に買って行きたいです! いいです?」

自分が食べたいという事も勿論あるだろうが

村人達にも食べさせたいと、純粋にこの娘は思っているのだろう。

フィルを見上げてきっと喜んでもらえますと訴える少女の頭をフィルは優しく撫でる。

「そうだね。それじゃ明日食料を買うときに一緒に買って行こうか。麺の形以外にも色々あるから、見てみると良いよ」

「はいですー!」

そんな事を二人が楽しそう話している間、

一方のリラ達新米冒険者グループは午後の予定を話し合っていた。



「冒険に必要な装備は一通り買い揃えたし。みんな午後は何処か行きたい所はある? あ、服を見に行くのは最優先ね」

まずはとリーダーであるリラが話題を切り出したところで

ハイとサリアが手を挙げた。

「洋服や日用品を買いに行くなら、先に市場に行ってみませんか? 行商人とか近隣の人とかが露店や屋台を出しているはずですから、そこを一回りしてから今度は商店の方に行くんです」

「先に商店でも良いんじゃない? ここからだとそっちの方が近いよ?」

「商店に何度も出たり入ったりすると迷惑がられちゃいますけど、露店なら少し見て素通りしても然程気になりませんからね。先に露天を少し冷やかして、それから商店のと比べるんです」

「あー、なるほどー」

得意げに語るサリアの説明になるほどーと納得するリラ。

その辺の気配りは流石は情報収集が得意分野なバードだと言える。

……というよりは買い物慣れしているだけ……とも言えるかもしれないが。

「それじゃあ、先に市場に行くとして……」

「あ、私、魔法の道具のお店に行きたい」

そう言って手を挙げるアニタ。

現在のパーティの所持金ではマジックアイテムやワンドはおろか

低位のスクロールですら満足に買う事が出来ないが

それでもスクロール作成に使う羊皮紙やインク、

村では入手し辛い一部の魔法の触媒や焦点具など

駆け出しのウィザードにとっても魔法の店は無くてはならない店だ。


「そう言えば、アニタの買い物がまだだったわね。サリアはお店の場所って分かる?」

「あー。そう言えばマジックショップの場所を聞いて無かったですね。ごめんなさい。すっかり忘れてました」

「多分市場や商店で聞いてみれば分かるだろうから大丈夫だと思う。私の方はそれで良いとしてトリスは教会に行かなくていいの? クレリックなら教会に挨拶とかした方が良いんじゃない?」

「そうねぇ。日課のお祈りはしてるし無理に訪問しなくても大丈夫よ。先方にも応対の時間を取らせてしまうでしょうし」

「そうなの?」

「ええ、でももし買い物が早く終わって時間が空いたら、その時に少し寄らせて貰ってもいいかしら?」

「じゃあ、トリスは時間があったらとして、後は……」

「あ、はい! せっかく皆揃ってるんですし冒険者の店に行ってみません?」

「冒険者の店? うーん、冒険者の店かぁ……」

サリアの提案にどうしたものかと考えるリラ。


冒険者の店、または冒険者の宿と呼ばれる施設は文字通り冒険者が集まる場所だ。

そこでは討伐や調査、採集といった様々な依頼の仲介斡旋をしているだけなく、

大抵は酒場が併設されていて、

日頃から冒険者と呼ばれる荒くれ共が屯して

酒と一緒に様々な情報が交換されている。

他にも冒険に必要になる基本的な道具を商っていたり

荷物を(ある程度)安全に保管してくれたりといったサービスをしている店もあるが

その辺は店によってまちまちだ。


フィルとしては再び冒険者をするとは思ってなかったので

この街の冒険者の店について殆ど何も調べてなかったが、

この街の規模であればまず間違いなく冒険者の店は存在するだろうし

街の治安やこれまで特に冒険者の悪評が聞こえて来る事も無かった事を鑑みるに

たぶんおそらく一応は、健全に運営されている店なのだろうとも推測できる。


「行くのは良いけど、この格好だと遊びに来たのかと思われちゃわない?」

そう言ってリラは自分の着ている服の袖をちょんと摘んで見せる。

「それより変な人に絡まれたりしないかな?」

リラに続いてアニタも不安を口に漏らす。

どう見ても村娘か町娘といった風体の娘が四人。

ついでに幼い少女を連れているのだ。

どう贔屓目に見ても依頼者の側で冒険者の側には見えない。

ごろつき一歩手前の冒険者が屯する酒場は喧嘩も日常茶飯事で

そう言う厄介事から身を護る為にも酒場に行く時は武装しているのが一般的だった。


とはいえ一応冒険者というのは信用商売で

無暗やたらに喧嘩を仕掛けたり恐喝するような輩は冒険者としてはやって行けない。

そういう輩はそう遠くない内に冒険者の店を追放されるか

より実力のある別の何かに潰されるのがオチだ。

その為、ベテランの冒険者になるほどに信用も信頼も高い物になってくのだが

冒険者になろうとする者はこの世界には掃いて捨てるほどにおり

迷惑な輩は何時の時代になっても一定数が存在してしまうのだった。


「んー。とりあえずその辺はフィルさんに受けてもらえば良いんじゃないですか? ちゃんと武装してますし実力だってありますし。ちゃんと冒険者なんですし」

「依頼は君達で受けないと駄目だよ。僕はあくまで付添なのだからね? それに僕だってこの街じゃ無名なんだから君達と大差無いと思うよ?」

無責任な事を言い放つサリアをすかさずフィルが嗜める。

こちらはのんびりフラウとのお喋りを楽しんでいたというのに、まったく油断も隙もない。


サリアにはああは言ったものの、

おそらくフィルがこの街で無名だという事は無いだろう。

竜殺し、それもアダルトに達した火竜を屠った者となれば、

自身が喧伝しなくても噂が広まってしまうのが常である。

そして、そんな冒険者が何処の陣営にも属して無いと分かれば、

自分達の陣営に取り込もうとするのもまたよく有る話である。

今頃、自分の名前はおろか人相やら背恰好やらも店側には把握されている事だろう。

それを考えると出来る事ならフィル自身が冒険者の店で目立つ様な事態は極力避けたい。


「装備は宿に置いてあるって説明すれば多分大丈夫だと思うから、ちゃんと君達自身の手でパーティ登録をしないと駄目だよ?」

「えー」

「えーじゃないの。僕に合わせた依頼なんて受けたら、君達じゃ生き残れないよ?」

口を尖らせて拗ねたふりをするサリアをフィルは溜息混じりに嗜める。

竜殺しの冒険者が所属するパーティとなれば、

その実力に見合った厄介事を依頼してくるだろう。

だがそうして竜殺しの冒険者に相応しい依頼を斡旋された結果、

待っているのは実力不足によるフィル以外全滅コースだ。

かと言ってベテラン冒険者が駆け出しの依頼ばかり受けるというのも相当に格好が悪い。

その為にも自分の名前は出来るだけ伏せて、

彼女達駆け出し冒険者の冒険として依頼は受けたい所だった


「ちゃんと、駆け出しのパーティとして君達自身でパーティ登録する事。良いね?」

「「「「はーい」」」」

元気良く返事する少女たちに一抹の不安を抱えながらも、

後は成るように成るしか無いかと、

でも多分バレるんだろうな、ばれたら色々言い訳しないとなと

フィルは半ば諦めの溜息を一つ吐いた。

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