邪神さんの街への買い出し14
「ベルトポーチはこれで良しと……。あとは全員分必要なのは水袋と毛布と……食器とかですかね? フィルさんはどう思います?」
リラ達全員のベルトポーチを選び終えたサリアがフィルの方へと振り向く。
「ベテラン冒険者お勧めの、これは便利全員持っとけ!ってアイテムってあります? あ、できればお手頃な奴でお願いしますねっ」
一応敬語だがとても先輩冒険者に頼む口調には聞こえない。
(この娘の押しが強いのは今に始まった事じゃないか……後輩というより我儘な妹だなこれは)
何故か自信たっぷりに尋ねるサリアにフィルは苦笑いを浮かべる。
「んー。そうだね……。この季節なら携帯用寝具が無くても外套と毛布が有れば問題無いだろうし、松明や保存食みたいな消耗品は後で良いし……強いて言うなら、深鍋かな?」
冒険者が良く使う「深鍋」というのは直径二十センチほどの鉄の深鍋で、
頑丈で、脚、蓋、そして丸みを帯びた持ち手を備えている。
深鍋には飢えた人間1人を満たすのに十分なシチューを保持することができ
人によっては調理器具としてより食器として使う場合の方が多かったりする。
お値段は通常の鉄製が銀貨八枚。
品揃えが充実している大きな店だと重さが半分で持ち運びに便利で
食べ物がほとんどこびりつかないというミスラル製の鍋を取り扱っていたりするが
価格がかなり高いし、それを買える位の資金が出来る頃には
大抵はバッグ・オヴ・ホールディングなりハンディ・ハヴァサックなり
重量の問題を克服している頃なので
フィルはミスラル鍋を使っている冒険者を見た事が無い。
「深鍋って一人一つ必要なんです? 確かにサリアの持ってる鍋だけだと足りないのは分かりますけど、大鍋を一つ買えば良くないですか?」
冒険にはあまり関係の無さそうな品に、
調理器具がそんなに必要なのかと
サリアと一緒に聞いていたリラが小首を傾げる。
彼女達からしたら荷物の増加はそれだけ行軍中が大変になるという事で
出来るだけ必要な物だけにしたいという気持ちなのだろう。
その気持ちはフィルにも痛いほど分かる。
「そう言えば私も道具屋さんで装備を揃えた時に勧められたんですよねー。てっきり一人旅だから勧められたんだと思ってましたけど」
「ああ。勿論一人旅で必要になるけど、パーティを組んだ後でも色々と使う事が多いんだよ。水を煮沸して飲めるようにしたりとか、クリエイトウォーターで出した水を一旦受けてから水袋に移し替えたりとか、後は食器の深皿の代わりにしたりとか、あると結構便利だと思うよ? というか無いとかなり不便だと思うよ」
「えーお鍋で食べるんですか?」
「うん、一人分のシチューを入れるのに丁度良くてね。調理したのをそのまま食べたり、大鍋で作ったのを入れて食べたりするんだけど、楽だよー」
「それってはしたなくないですか?」
眉をひそめるリラに、フィルはそうかなと首を傾げる。
一々おかわりするのは面倒だし、
最初に全員分を等分できるので便利だと思うのだが
やはり女の子は上品に食べたいのだろうか?
女性冒険者と野営で食事を共にする機会も少なかったフィルには
その気持ちはフィルにはちょっと分からない。
「うーん、まぁ、僕達のパーティは全員、野郎ばかりでその辺、かなり適当だったからね。特に気にしてなかったかなぁ……まぁ、食器として使うかどうかはともかくとして、クリエイト・ウォーターは効果が瞬間だから鍋を用意してそれから水袋に入れれば楽になるし、川とかで汲んだ水を煮沸して飲み水にするのも楽になるし、深鍋は一人一つ持っていた方が良いと思うよ?」
食器代わりは不評だったが、鍋の使い道はそれだけではない。
何かを入れて溜めおきたいという場面は色々あるのだから。
「そういえば昨日クリエイト・ウォーターの水を水袋に入れた時はちょっとこぼれたりして大変でしたものね」
「汲んだ水を一旦沸かす事を考えると私のだけじゃ足りないですもんねー」
ふむふむと頷く少女達。
他にも樹液を溜めたり、血抜きをした魔獣の血を集めたりといった使い道もあったりするが、こちらは今話す必要は無いだろう。
「あともう一押しぐらいあると納得できるんだけどなー」
もう少しおまけしたら買うのになーという
まるでしっかり者の若奥さんみたいなセリフを言いながら
フィルお勧めの深鍋を手に取って蓋をあげて中を確認するリラ。
そう言われてしまうと、お勧めした身としても、
なんとか納得してお買い上げ頂きたい物である。
「あとはそうだね……大釜で調理している横で別の一品を作ったりとか、パンを焼いたりも出来るよ?」
大抵の野営の食事と言えば
大鍋で全員分を一気に作るシチュー……いわゆる煮込みや水炊きに
携帯食料のビスケットや平パンという組み合わせが殆どだが
手持ちの食材に余裕があったり、
野営時の食材調達で何らかの食材が獲れた時には
追加で一品二品、メニューに追加がある事もあった。
勿論、追加の一品は串に刺して焚き火の傍で炙った串焼きでも良いが
いつもそればかりでは流石につまらない。
そんな時に深鍋が有れば料理の幅が広がるのだ。
「肉や野草を蒸したり炒めたり、卵でキッシュを作ったり、あとは深鍋で白パンを作ったりとかしたっけ」
「へぇー。深鍋でパンが焼けるんですか?」
「ああ、保存食のビスケットや乾パンに飽きた時とか、材料に余裕のある時にね。手軽に作れる平パンも良いけど、深鍋で焼いた焼きたての白パンで食べるシチューは美味しいよ?」
フィル達パーティは仲間にレンジャーが居たおかげで
野営での狩猟や料理についてはかなり恵まれていた。
彼は野営になると近場で獲物を獲り
それを具材にシチューの具を豪華にしたり
余った食材で追加の一品を作っていくのだ。
そしてこの時に大活躍するのが深鍋だった。
葉で巻いた肉を鍋で蒸したり、獣脂で焼いたり
様々な調理法で造られた料理はどれも旨くて
フィルも彼から結構教わったものだが、
神になって基礎能力が多少向上した今でも
彼のように上手く調理できる自信は無い。
「なるほど……確かにお鍋の数が増えれば作れるおかずが増えますもんね」
「うんうん。もちろん大鍋も必要だけど、小さい鍋があればメインの料理を邪魔しないでおかずを作る事が出来るし、最悪、大鍋を失った時にこっちで調理する事が出来るよ」
「へぇー。そう聞くと確かにちょっと欲しいかもって思いますね」
店員のお勧めを吟味するしっかり者の奥様かのように
棚に戻した鍋を眺めながら買おうか買うまいかを秤にかけるリラ。
見た所、先程の説明でリラの中では「買い」がやや優勢になったらしい。
このまま納得させれば店員の勝利とばかりにフィルは商品の説明に力を入れる。
「深鍋は結構色々作れるよ。肉を焼いたり蒸したりするだけじゃなくて、野生のほうれん草でおひたしやキッシュを作ったり、後はケーキを作ったりもしたっけ」
「わぁー! お鍋ってケーキも作れるんです?」
誰より早くケーキという単語に反応したフラウがフィルの袖を引いて尋ねる。
見れば他の少女達も一瞬動きを止めていた。
「ああ、鍋にこびりつかない様に葉っぱを入れてね。パウンドケーキという奴かな?
流石に材料を現地調達はできないけど干しぶどうとかオレンジの皮の砂糖漬けとかを混ぜたりするんだ。たまに甘い物が食べたい時なんかにはとっても美味しいよ」
「わぁ~」
フィルの話にフラウが声を漏らす。
早速出来上がりのケーキを想像しているのかもしれない。
「そっかー。ケーキかぁ……」
リラの方も先程とは違う真剣な表情で、
むしろ何かに葛藤するような表情で深鍋を見つめていて
見れば他の娘達も真剣な顔になっている。
(……そんなに悩む事なのだろうか?)
「なにか問題があるのかい?」
「いえ……甘いものを食べすぎると太っちゃわないかなと……」
「でもきっと旅の途中で甘い物が食べたくなってしまうのよね……やっぱり」
重々しく言うリラにトリスが溜息を吐きながら付け加える。
別に毎日食べる訳じゃ無いし、冒険中は体を動かしているだろうし
そうそう太る事は無いだろうからそんなに悩む必要は無いと思うのだが……。
……もしかして毎日ケーキを食べる気なのだろうか?
「フィルさんフィルさん。私もお鍋のケーキを食べてみたいですー」
そんな悩める年頃の乙女達の中で
最も年下のフラウだけは無邪気に嬉しそうにしている。
どうやら体重を気にする年頃にはまだ早いようで
フィルは袖を引いてせがむ少女の頭を笑顔で撫でる。
「あはは。そうだね。それじゃあ村に帰ったらキャンプをして焚き火で作ってみようか?」
「わーっ! はいですっ! えへへー」
「うんうん、ああそうだ……やっぱりあった」
そう言って、フィルは雑貨屋の保存食コーナーにある小袋を手に取る。
袋には「旅行用ケーキの素」書かれた手書きラベルが張られていて
フィルの手にした物以外にも幾つかの種類が並んでいる。
「丁度いいから、これで作ってみようか?」
「これって何です?」
「旅行用ケーキの素といって水と混ぜれば、ビスケットやパンケーキなんかの生地になるんだ。後はお好みで牛乳や卵、バターをや干しブドウを加えて焼けばケーキができるんだよ」
説明だけ聞くと、なんで冒険者の装備として扱われるのか疑問が残る商品だが、
これも立派な保存食の一つで密封した容器に入れておけば数ヶ月は保存できる。
とはいえ、買う側の目的は大抵、旅中の数少ない甘味としてであり、
保存食として買われる事は少ない。
もう一つ、ここで売られている大きな理由としては
普通の店では買い辛い一部の人向けというのがあった。
冒険者というのは意外と繊細な物で
一部の黙っているだけで威嚇できそうな厳つい戦士や、
不気味な雰囲気の四六時中しかめっ面なウィザードなんかは
逆に普通の商店で愛想よく商品を買うのが苦手だったりする。
ケーキを買おうと若い娘さんが店員をする菓子屋に顔を出したら
顔を見ただけなのに怯えさせてしまったなんて笑い話もあるくらいで、
そんな強面達が気兼ねなく買えるという点で
冒険者向けに商店で売っている甘味は密かに人気商品だったりする。
「わぁ~! やってみたいです!」
「あはは、それじゃあ家に帰ったら一緒に作ってみようか?」
「はいですっ!」
嬉しそうに笑うフラウの頭をもう一度撫でるフィル。
村の周辺なら大した危険は無いだろうし
本格的に冒険者として仕事をする前に野営の訓練というのも悪くないだろう。
フィルとフラウがそんな事をしている間にも
結局全員が深鍋を購入する事を決め、
水袋や雑嚢などに深鍋を追加した一行は
次は共有で使う道具の調達に取り掛かった。