邪神さんの街への買い出し11
「フィルさーん。頭痛いですぅ……」
「ほらほら、今日は君達の買い物なんだからしっかりしないと」
「ううう……」
二日酔いの頭痛を訴えるサリアをあしらいながら
フィルは朝食のパンを頬張る。
あの後、明日もやることが有るからと
軽く酒を飲んですぐ宴はお開きになり早くに寝たのだが、
旅の疲れが出たのか、サリアはどうやら二日酔いらしい。
「ねぇフィルさん……二日酔いのお薬とか無いんですか?」
「こんな事で薬に頼っていたらいざという時効かなくて困るよ? とりあえずはスープを飲んで胃を落ち着かせなさい。後は多少気分が悪くてもパンも食べておいた方が良いよ」
次から気を付けてもらう為にも甘やかしすぎてはいけない。
そう心に決めているのでフィルは容赦がない。
一応、酔い止めの薬を持ってはいるが
別名「錬金術師の良心」と呼ばれるこの薬は金貨一枚するという割と高価な品だ。
エールに換算すれば二十五杯分。
駆け出し冒険者がエール数杯飲む度にこれを使用するは流石にどうかと思う。
ちなみに冒険用の治療用具で不調を回復するという手もあるが
こちらは更に高価で、一番安い治療用具でも一回の治療で金貨五枚分のリソースが消費される。
そうなればエールに換算すると実に百二十五杯分。
どちらにせよ、そんな贅沢は冒険を成功させて懐に余裕が出来てからだ。
それほど暴飲した訳ではないのだし
この位なら汁気たっぷりの朝食のスープを飲んで
少し安静にしていればじきに楽になるだろうという圧力と供にフィルからスープを勧められ、
渋々サリアがスプーンでそれを口に運ぶのを満足気に見届けてから
フィルもまたスープの皿にパンを浸してそれを頬張る。
クタクタに煮込まれた野菜の入った汁気たっぷりのスープは非常に滋味深く、
酒を飲んだ翌日にはぴったりの料理だと思える。
案外、食堂の方でもそう言う客の事を考えてのメニューなのかもしれない。
「それにしても今日は一段と酷いわね。昨日はそこまで飲んでいる様には見えなかったけど?」
「そうなんですよねぇ~。これでも気を付けてたんですよぉー。……疲れで体調を崩しちゃったのかもしれませんね……」
此方は普段通りの様子で尋ねるリラに、
頭の痛みに耐えながら憂鬱気に答えるサリア。
確かにサリアは体力が低いので長距離の移動で体調を崩した可能性は高い。
でもそうなると、同様に体力の低いクレリックのトリスも体調を崩してそうなものだが
トリスはと言えば、此方は普段通り様子で行儀良く朝食を食べている。
「ふむ……トリスは大丈夫かい?」
「はい。昨日は殆ど飲んでませんし、あの位でしたら二日酔いにはなりませんわ」
「トリスは酒にすごく強いんだよね」
にっこり微笑んで答えるトリスに、アニタが補足してくれる。
たしかに酒の強さと体力と、それと酒の好き嫌いはあまり関係が無い。
フィルが知る中でも酒を一杯飲み切る前に眠ってしまう大男も居れば
こんな小柄な女性の何処に入るのだという位よく飲む者も居た。
それを思えばトリスが飲んで平気なのも十分納得が出来る。
(……そうなると酒に弱くて体力が無いサリアはなかなか難儀な事だな)
冒険者と言えば、冒険を終わった後は大抵酒盛りで締めるのが定番だ。
今後、冒険が終わった時の宴会ぐらいは
酔い止めの薬を飲ませてあげても良いのかもしれない。
「……スープを飲んだ後はコーヒーを頼むといいよ。頭痛も少しは和らぐはずだからね」
気怠気にスプーンでスープを掬っては口に運ぶを繰り返すサリアにそう助言をすると
フィルは食堂の店員に全員分のコーヒーを頼んだ。
「ここが武器屋だよ。まずはここで戦利品を金貨に換える」
「おー……。ここが……」
武器屋の前に到着し、説明するフィルに
リラ達は初めて見る街の商店を物珍しく眺める。
店の外から見える店内には売り物と思わしき様々な武器が並べて置かれていて
安そうな物は樽に一纏めに、高そうな物は棚に並べられている。
売り物を置いておくだけの村の鍛冶屋と異なり、
客からの見栄えも考えられた店内はまさに武器の専門店と言った佇まいだ。
「ここは鎧は売ってないんですか?」
店の様子を見て尋ねるリラにフィルはうんと頷く。
「ああ。鎧は近くに防具を扱う店があるからそっちで買う事になるね。ちなみにここで鎧やアイテムを買い取って貰えもするけど、専門店と比べると安くなるなら売るのもやっぱり専門店で売るのが良いよ」
「なるほどー。街の武器屋さんってどこも武器と防具の別れてるんですか?」
「んー。場所に寄るかな? すごく大きい商店とかだと逆に武器と鎧も一緒に売ってたりするし、逆に小さな店でやっぱり武器と防具を一緒に扱ってる店もあるからね」
「へー。店にも色々あるんですね」
「うん。この店は武器の専門店で職人も何人か抱えていて、自分に丁度良い大きさの武器を探したり特注で作ってもらったり出来るんだ」
なるほどと納得するリラに、フィルは壁に掛けられた看板を指し示す。
店の壁に取り付けられた看板には「武器販売」という文字や
「注文制作可能」という文字が書き出されていた。
シンプルな既製品と比べ、凝ったヒルトやブレードで飾られた見栄えの良い特注武器は、
庶民と同じものを嫌う貴族や
一品物を好む金持ちの商人なんかに人気の高いサービスだった。
冒険者の中にも目立ちたい冒険者が注文したりするが、
所詮は魔力の無い通常の武器であり消耗品なので
幾度かの冒険で損耗して使い物にならなくなる場合が多い。
寧ろ冒険者が利用するのは冷たい鉄やミスリル
銀を鋼鉄に融合させた錬金術銀を素材とした武器の制作を依頼する時だろう。
こうした武器は腕の良い職人であれば十分に鍛える事が可能であり
絶対必要と言わないまでも、それが有ると討伐が容易になる怪物は多い。
以前のフィルのパーティでも錬金術銀製の武器や冷たい鉄製の武器が必要な時には
大いにお世話になったものだった。
「そう言うのって実際に作ってる鍛冶屋さんに直接依頼したりはしないんですか?」
「うん。仲の良い友人に頼みとかならそう影響は無いだろうけど、街には沢山の人が居るからね。注文をそれぞれの鍛冶屋に直接していると、一部の鍛冶屋は仕事が多すぎるのに、別の鍛冶屋には仕事が全く無くなってしまったりと、偏りが出てしまうんだよ。だからこうした商店が鍛冶屋の窓口的な役目を持っているんだ。勿論、実力に見合った職人に仕事を回すだろうから、実際に鍛冶屋に直接依頼しているのと大して変わらないんじゃないかな?」
「なるほどー。そうなんですねー」
鍛冶屋一軒が全ての村民の面倒を見ていた村に居た為か
フィルの説明になるほどと感心しながらリラは武器屋の戸を潜った。
店内には以前フィルが来店した時と同じ店員が店番をしており
フィルが着ているのが前回のローブではなくレザーアーマーだった事から
一瞬気が付かずに思い出そうと訝し気な表情を浮かべていたが
一緒に居るフラウで気付き直ぐに愛想の良い笑顔を浮かべ一行を出迎えた。
「ああ、いらっしゃい。今日は何かお探しですか?」
「お久しぶりです、今日は武器の買取をお願いしたいんです」
「ほう、という事は例のアレですか?」
「ええ。アレについては一振りは出来てます。もう一振りは少し売り物には難しそうなので自分で使う事にしました。今日はそれと普通の武器も買い取ってもらいたいんです」
そう言ってフィルは先に約束していたエンチャントしたロングソードをバッグの中から取り出しカウンターの上に置くと、続いて修理したショートソードとショートボウを取り出してはカウンターの上に並べていった。
「ゴブリンの群れを退治した時の戦利品です。基本は研ぎ直しと洗浄ですが必要に応じて魔法で修理していますから、どれも並の中古品よりは良い品のはずです」
「ほうほう……では少し確認させてもらいますね?」
店員はそう言うと前に並べられたショートソードの一振りを手に取り
商品の質を確かめに取り掛かった。
彼は職人では無いが
商人として長年武器を取り扱ってきた本職の武器商人である。
武器の品質を確かめる腕は確かで
先程の笑顔とは打って変わって
真剣な面持ちで表面の傷や刀身の歪みを確認していく。
もっとも稀代の名刀と云う訳でも伝説の聖剣でも無い数打ちの武器なので
一振り一振りの鑑定にそれほど時間が掛からず鑑定はテンポよく進んで行った。
然程待たされることも無く全ての武器の鑑定が終わり
最後のショート・ボウをカウンターに置いた店員がフィルに向き直った。
「確認しました。どれも状態は良いみたいですし、全部で金貨二百五十枚でどうでしょうか?」
「ふむ……なんだか色を付けて貰えたみたいですけど、いいのですか?」
単純に売値が市価の半額とすると
今回売ろうとしている武器の売値は大体、金貨二百三十枚から四十枚程が相場であり
想定していた金額よりも若干高いものとなっていた。
金貨十数枚程度とは言え、この規模の商店ではあまり無理は出来ないだろうにと
尋ねるフィルに店員は笑みを浮かべる。
「まぁ、その位ならこちらで儲けさせて貰いますからね」
そう言ってもう一つの売り物であるエンチャントされたロングソードを手に取り
武器の鑑定を開始した。
流石に魔法の武器となると、鑑定も一筋縄では行かない様で、
先程、全ての戦利品を鑑定するのにかけた時間よりも更に長い時間をかけて
店員はようやく鑑定を終えた。
「こちらは第一段階の強化が施されてますね。間違いないですか?」
「ええ。その通りです」
「それでは先程の武器も併せて金貨千五十枚で買い取りで如何でしょうか?」
「凄いですね金貨千枚なんて、初めて見ました!」
金貨千枚越えの売却価格に盛り上がるリラ達に
店主はにっこりと営業スマイルを浮かべる。
「剣を買い取ってもらった上に、買取という形で引き取る事になりましたからね。少しぐらい色を付けないと罰が当たってしまいますよ」
「ふむ……」
戦利品の販売価格を差し引くと、
ロングソードの売却価格は金貨八百枚となる。
第一段階の強化が施された魔法のロングソードの価格がおおよそ金貨千枚と考えると
相場よりもかなり高く買い取ってもらえている事になるが
元々素材を金貨三百枚で買い取っているので、
それを考えれば普通に魔法のロングソードを半値で購入してもらった事と変わりない。
(実質は戦利品の金貨十数枚がオマケ分か)
流石にリラ達みたいに、はしゃぐ気になれないが
それでも店主の鑑定結果は妥当であるし
値引き交渉の必要の無い誠実な金額と言える。
「その金額であれば私の方も問題ありません。それではお願いします」
フィルは提示価格に同意した事を店員に伝えると
店員もほっとした表情で笑顔を浮かべる。
「承知しました。あ……そう言えば、もう一振りの剣は結局どうなったんですか?」
「ああ……、あの剣は新しいやり方でエンチャントを試したんですけど、ちょっと売り物には難しい感じになってしまったんですよ。武器として実用は問題無いのですが鑑定の時に困りそうなので自分用にする事にしたんです」
「ほう……そうなんですか。まぁ無駄になっていないようなら安心です。それで、例のもう一振りのエンチャントはお願いできますか? 第三段階でお願いしたいのですが」
「うーん、それなんですが……」
第三段階の強化となればエンチャントに掛かる期間は二十日間、
その分得られる報酬も莫大な物になるとは言え、
流石に拘束時間の長さは如何ともしがたい。
「実は冒険に出る事になりそうなので、二十日間身動きが取れなくなるのは避けたいのです。第二段階の強化とショックやフロストといったエンチャントとかなら拘束期間が減るのでありがたいのですが」
第二段階ならば拘束期間は八日で済むし、
ショックやフロスト、フレイミングなら拘束期間は一日で済む。
価値は大分減るが拘束時間が大きく減るので
出来ればこちらで済まさせてもらいたい。
フィルの提案に店員は流石にすぐに承諾する事が出来ずに少し考え込んだ。
「うーむ。ちなみにフレイミング・バーストは行えますか?」
「いえ、あれのレシピは知らないんですよ。あとはホーリィとかもエンチャントに必要な魔法が使えないので無理ですね」
「なるほど……そうなりますと、やはりあの剣をお願いするのは止した方が良さそうですね……」
「そうですか……」
神妙な顔で諦める店員。
どうやらあの剣はこの店にとっては非常に大切な剣らしい。
大金を払ってでも第三段階のエンチャントを行いたいという特別な思い入れが有るのだろう。
「お役に立てず申し訳ありません」
「いえいえ、もし時間が取れるようになったら何時でも言ってください。それと、あれから高品質の武器がもう一振り出来ましたので、こちらで第二段階の強化とフレイミングのエンチャントをお願いしたいのですが、お願いできます?」
そう言って先程の神妙な顔から一転、
笑顔でカウンターの下から見事な造りのロングソードを取り出す店員。
そんな店員に苦笑いを浮かべながらもフィルは快くエンチャント依頼を承諾した。