表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
152/276

邪神さんの街への買い出し10

地元の常連客が自宅に帰った後の食堂は

寝る前の酒を飲みに来た何人かの宿泊客が残るばかりで

先程までの賑わいとは打って変わっての静かさになっていた。

店員も先程まで風呂番をしてくれていた店員を最後に既に全員帰宅しており、

独り残った宿の主人がのんびり食器の片付けをしながら

時折注文にやってくる宿泊客の対応をしていた。


食堂に入ったフィルがダリウ達を探すと

夕食を食べたのと同じテーブルに男二人の他にリラ達やフラウまでが居て、

楽しそうに談笑しているの見える。

その増えた人数に軽くため息を吐きつつ

まずは自分の分の酒と肴を調達するために

宿の主人が仕事をしているカウンターへと向かった。


カウンターに立つ主人の手元には

ピューターやこの辺りでは珍しい磁器の食器が並べられており

主人は手にした布でそれらを丹念に磨いてはもう片方に置いている。

どの食器も素人のフィルの目から見ても一目で腕の良い職人の仕事と分かる見事な出来だが

これらは観賞用ではなく実際に食堂で使われている食器達であり

高価な料理や上客相手のおもてなしの時に度々利用され、

食堂が営業している間も随時洗われ綺麗な状態を保たれていたが

こうして改めて丹念に磨かれると見違えるような輝きを取り戻し

さながら店主の前に宝の山が出来ていく様にも見えた。


そんな作業を作業をのんびりと続けていた店主は

近づくフィルに気づくと、ニッコリと微笑み会釈をする。

「いらっしゃいませ。あちらで皆様と一緒に飲まれるんですか?」

「ええ、エールとつまみを貰えますか?」

銀貨一枚を支払い、主人が鍋にソーセージを入れてチーズを切り出している間

何気なくフィルは並べられた食器を眺めていた。

「こうして見ると綺麗なものですね。まるで宝の山みたいだ」

「ははは。うちの宿の中じゃ一番の別嬪さんですよ。まぁ、価値で言えば魔法の品には遠く及びませんがね」

「ああ……あれは桁が違いますからね」


宿の主人が言うように必要な金貨の枚数で言ってしまえば

魔法の食器と普通の食器の間には大きな差がある。

魔力を持たない普通の食器であれば

余程の芸術品でも無い限りは金貨数百枚が良い所なのに対して

魔法の食器や調理器具となれば、

最低ラインが金貨数百枚……高価な物となればその価値は計り知れない。

フィルが知っているだけでも

コールドロン・オヴ・ブリューイングなら金貨三千枚、

サステイニング・スプーンで金貨五千四百枚、

コールドロン・オヴ・プレンティでは金貨一万五千枚……。

まさに桁が違うと言って良いだろう。


「まぁ、あれは別物ですしね。僕としてはこうして大切に使われて、多くの人に喜ばれて、それって十分に価値が有ると思いますよ」

フィルの目の前にある銀色の皿には

綺麗に磨かれ新品の様な輝きを放っているが、その表面には細かい傷が付いており、

この皿が決してただ飾られているだけの物ではなく

実際に料理の食器として使われている事を物語っていた。

今日フィル達が夕食を食べた時にはごく普通の木の皿だったので

おそらくこの皿が使われるのは高価な料理を出す時や、

大切な上客相手の時の様な、ここ一番の場面でしか使われないのだろう。

そうしたハレの時、皆が笑顔の食卓の中心で

この食器達が料理と共に皆の目を楽しませている場面を想像すると

主人が別嬪さんと呼んで大切にするのも何となくだが分かる気がする。


「さしずめ箱入り娘と言ったところですね。それも中々な働き者の器量良しと」

「ははは、そう言ってもらえると光栄ですね」

そう言って笑いながら

主人は茹で上がったソーセージとチーズをつまみの皿に盛り付けると

入れたばかりのエールのジョッキと共にフィルの前に置いた。

「はい、どうぞ。あと、もう少しで私も上がりますから、飲み終えたら此方の台の上に載せておいて下さいな」

「ありがとう。皆にも伝えておきます」



宿の主人に礼を言い、

フィルはダリウ達の飲んでいるテーブルへと向かった。

どうやら少女達もまだ飲み始めたばかりの様で

テーブルにはリラ達の前にはソーセージとチーズの大皿が二つ、

片方は殆ど手が付けられてない状態で大皿に盛られている。

テーブルにはもう一つ、クッキー等の様々な菓子が盛られた大皿が

アニタとフラウが座っている側のテーブルに置かれているが

これは酒を飲めなかったり小さな客への配慮なのだろう。

(二人に金貨を渡しておいて正解だったな……)

ダリウとラスティの二人だけなら銀貨二枚でも問題無かったが

この人数を賄うには流石に足りない。

念の為と金貨一枚を渡しておいたのが功を奏したようだった。

ただ、この分だとお釣りは殆ど残っていないだろう。


「おまたせ。結局、皆揃っちゃったみたいだね」

「ああ、二人で飲んでたらこいつらがやって来てな……支払いはあの金貨でさせてもらったが……問題無いか?」

勝手に金を使った事を気にしてか済まなそうに言うダリウ。

おそらく彼に拒否権は無かった事だろう。

交渉役であるバードのサリアに説得されている光景が目に浮かんだフィルは苦笑いを浮かべる。

「ああ、構わないよ。サリア達にはいつか出世払いで返して貰うさ」

「えー、なんで私なんですか!? 酷いじゃないですかー」

「いや、大方説得したのはサリアかなって思ってね?」

「正解ですけどー!」

サリアの抗議を聞き流しながら、席の空いている彼女の対面に座る。

その席はフラウの隣でもあり、

隣に座ったフィルを見上げてフラウがにっこりと微笑む。

「えへへ」

「お菓子を貰ったんだね。美味しい?」

「はいです! とっても美味しいんですよー」

「ははは。うんうん。流石にエールとつまみという訳には行かないからね。でも後で寝る前に歯を磨こうね?」

「はいですー」

そう言って一頻りフラウの頭を撫でてから

フィルもエールの入ったジョッキを手に取る。


今回は夕食の時と違ってフィルの向かいにサリアとアニタが座り

もう一つのテーブルには

ダリウとラスティの向かいにリラとトリスが座っていた。

この配置は単純にお酒を飲める飲めないで席を分けたのか

それともダリウとリラの仲の進展を画策しての事なのか

多分後者なんだろうなとフィルは思ったが

口にすれば絶対藪蛇になるだろうからと、

口には出さずに黙ってエールを喉の奥へと流し込む。


「ふぅ……風呂の後のエールは美味いね」

宿屋の風呂は湯船に浸かるものではなく桶に張った湯で体を拭うものなので、

家の風呂に入った後のような体の乾きは無いが

それでも風呂で汗を流した後はサッパリするし

サッパリした後に飲むエールというのは美味いものだ。


それから目の前の皿に盛られたソーセージにフォークを刺し、

刺した箇所から肉汁の染み出すそれを口へと運ぶ。

食事が自慢の店だけあって、

想像していた通り茹でたてのソーセージからたっぷりの肉汁が溢れ

口の中に残っていたエールの風味を一気に塩気と肉汁が洗い流していく。

「ん-、この時間に食べるソーセージはやっぱ上手いなぁ」

深夜に食事をするのは食い意地が悪いとか人としての規範に沿ってないだとか

どこかの教会や道徳家からはずいぶん非難されているが

だからこそなのだろうか、

夜遅く、小腹が空いた頃に食べるこうした料理は

例えようが無いほどに美味く感じるのだった。


「ふふふ。そう言えば、前回来た時は一つの皿をフィルさんと分けましたけど、こうして一人分だと結構ボリュームありますよね」

「ああ。まぁ晩御飯ほどじゃないけど確かに食べ応えは有るね。男の僕からするとこの位が丁度良いけど、多かったら僕が食べるよ?」

エールの値段が銅貨四枚なので、残りの銅貨六枚分がおつまみの値段となる。

露天商の串肉が銅貨一枚で買える事を考えると

確かに結構な分のおつまみを買っている事にはなるかもしれないが

まぁ、居酒屋で頼む量としては丁度良い量と言えるだろう。


「この位、全然食べれるんで大丈夫です。前回は色々と緊張してたお陰であまり喉に入らなかったんで、今度はしっかり味わうんですから」

僅か数日前の事だが、前回来た時の事を懐かしみながら、大皿のチーズを摘まむサリア。

そういえば前回飲んだ時はサリアがワインを飲んだ後に

直ぐに眠ってしまったのだっけとフィルが彼女の手元を確認すると、

そこにはエールのジョッキが置かれていて、どうやら今回はワインは止めたらしい。

(前回の事で学習したのかな?)

それともあの日わざと酔ってフィルの部屋のベッドを占領したのは

彼女なりの頑張りだったのかもしれない。

何れにせよ今日は酔っ払いの世話をせずに済みそうだとフィルが安堵していると

自分を見ている事に気がついたサリアが此方の顔を覗き込んできた。


「? どうかしました?」

そう言ってニンマリと笑うサリアの顔はほんのり赤みがかかっており

既に酔いが回り始めているように見える。

思えば夕飯の時にも少々飲んでいたし、今回の分も合わせると

ワインでなくてもそれなりの量を飲んでいる事になる。

「ああいや、何でもないよ? それにしても、サリア達も飲みに来たんだね?」

誤魔化すフィルにサリアはふふんと得意げな笑みを浮かべる。

「そりゃーフィルさん達ばかりに美味しい思いはさせませんからね~。洗濯物をお願いしようとフィルさん達の部屋に行ったら誰も居ないんで、きっとここに居るのかなって思ったんですが。見事に大正解でした」

自分の推理が当たった事が嬉しかったのだろう。

自信たっぷり、薄い胸を張って得意げに答えるサリア。


「というわけで、ご馳走になります!」

「サリアは出世払いね」

「出世払い私だけになってますよー!」

このまま押し切って奢ってもらおうという試みは即座に却下され、

えーという抗議の声をサリアは上げるが

そんな声も肴とばかりにフィルは楽しげに聞き流しながらジョッキに口をつける。


冒険者同士の口約束で出世払いほど適当でいい加減な物は無い。

なにせ約束する相手も当人も、明日生きている保証すら無いのだから。

それでも冒険者同士で頻繁に出世払いの約束がされるのは

それは生きて戻ってまたこうして酒が飲めますようにという

照れ隠しの願掛けなのだとフィルは思う。


とはいえ、そんな中年男の照れ隠しが若い娘に理解されるはずもなく

未だに拗ねているサリアを楽しそうに眺めながら、

今度はつまみのソーセージにフォークを伸ばす。

「ねーフラウちゃん。聞きました? フィルさんってば酷いんですよー!」

「ええっと……」

「こうしてどんどん借金を増やして私を脅すつもりなんですよ?」

「? まだまだこれから増えるのです?」

「ええ勿論ですよ! これからもフィルさんには沢山ご馳走してもらいますからね!」

「ええっと……」

酔いの所為か段々怪しくなってきたサリアの訴えを聴きながら

フラウは果実水の入ったジョッキを両手で包こむようにして持ったまま

困った笑顔でフィルを見上げる。

その姿が、なんだかお祈りを捧げているようでフィルは思わず笑みを漏らした。

「まぁ……他の変な男に借金作られるよりはマシなんじゃないかな?」

「なるほどですー」

フラウが納得するのと同時にサリアから更に抗議が上がるが

とりあえずそちらは無視して、フィルはフラウの頭を優しく撫でた。


本日のささやかな宴はまだまだ続きそうだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ