邪神さんの街への買い出し9
賑やかな食事を終え、
フィルとラスティの男二人は宿の自室でくつろいでいた。
此処に居ないダリウは一階の風呂に湯浴みに行っており、
残った二人が荷物番をしつつ、
戻ったら交代で次はラスティが風呂に行く手筈となっている。
別の部屋を借りている女性陣も交代でお風呂に行っているようで
先程は、入り口の扉の前を第一陣なのだろうリラ達の賑やかな声が通り過ぎていった。
「それにしても、今日は一日、随分歩いたね」
そう言うラスティは自分の使うベッドに腰かけ
やれやれと自分の足をマッサージしている。
健康な若者であり、普段から畑仕事などで鍛えている彼だが
それでも山道を長時間移動するには慣れていない様で
先程から足を延ばしりマッサージをしたりして今日の疲れを取る事に腐心している。
「ああ、僕もこれだけ歩いたのは久しぶりだよ。前回来た時は馬だったからね」
一方でそうだねと相槌を打つフィルだが、
此方は冒険者としての慣れもあってか大して疲れた様子は見られない。
だがフィルも休める時にきちんと休むべしとばかりに
バッグから取り出した折り畳み式の椅子を部屋の隅に広げ
布の背もたれに深く沈み込むように腰掛けて疲れを取ろうと寛いでいた。
「僕も畑仕事とかで結構歩いてるつもりなんだけど、こうして旅してみるとやっぱり違うね」
「知らない山道を歩くのは結構疲れるからね。街道を歩くだけならこの位の距離でも大したこと無いんだけどね」
「あーそれはあるかもね。しかも往きは途中から下り坂だったけど帰りはその逆なんだよね……これは帰りが思いやられるなぁ」
「まぁ、帰りは荷車を買って帰るのだし、少しは楽になるんじゃないかな?」
「荷車と言っても家畜やらを載せたら一杯になるだろうし、むしろ上り坂で僕らが押してあげる必要があるかもしれないよ?」
「あー。それは確かに苦労しそうだ……」
そう言って二人、苦笑いを浮かべる。
そんな他愛ない話を二人でしていると
コンコンとドアをノックする音が聞こえてきた。
「フィールさん! 遊びに来ましたー」
扉を開けた先に居たのはフラウだった。
フラウはまだ風呂に入っていない様で今も外を歩いていた時の服のままだった。
少女達は浴室での防犯も兼ねて、
二人か三人で一緒になって風呂に行く様にしているのだが
どうやらフラウは後の組らしい。
「やあ。部屋の方は大丈夫かい?」
「はいです。今はサリアおねーさんがお留守番してくれてますー」
そう元気良く答えたフラウは早速フィル達の部屋に入れてもらうと
興味深げに部屋の中を見て回る。
「わぁ~こっちは、前に一緒に泊まったお部屋と似た感じなんですねー」
フラウの言う通り、部屋は簡素な造りで以前泊まった時と同様ベッドが二つに、物入が一つ。
そしてテーブルが無いのも、以前利用した部屋と同じだった。
「まぁ同じ宿の部屋だからね。他の二人部屋も似たような感じなんじゃないかな?」
「そうなんです?」
「掃除したりベッドを整えたりするのに、一々違うやり方だったら宿の人が大変だろうからね」
「なるほどー。確かにそうかもです」
そう言って部屋を見回していたフラウは、
部屋の隅に置かれていた椅子を見つけた。
「あっ、この椅子フィルさんのです?」
「おや、良く分かったね。初めて見たはずなのに」
「えへへー。前に部屋を借りた時は無かったから、フィルさんが持ってきたのかなーって思ったんです」
「なるほど。名推理だね。正解だよ。三人だと一人座る場所が無いから出したんだ」
得意げに答えるフラウの頭を優しく撫でてから、
フィルはついでだからと、同じ型の折り畳み式椅子をもう一つバッグから取り出すと
それを広げてフラウにも座らせてあげた。
「わー。なんだかすっごく気持ちいいですー」
「そうだろう? ハンモックみたいで寝ると気持ちいいんだよ」
「これで寝るんです?」
「そうそう、大休憩の時は地面に寝るより、こっちの方が疲れが取れるからね」
そう言って背もたれにもたれかかり腰を深く沈み込ませるフィルに、
フラウも真似て同じ様に椅子にもたれかかる。
「なんか、そっちは気持ち良さそうだねー」
そんな二人をベッドに腰かけて微笑まし気に眺めているラスティに
フィルは得意げな顔で応える。
「ははは。ラスティはベッドがあるんだから、そっちを使わないとね」
意地悪を言っているようだが、実際二人部屋は狭く
置くスペースに余裕が無い為フラウの椅子は扉のすぐ前に置かれている。
幸い扉は廊下側に開くので扉を開けたらフラウに当たるといった事は無いが
それでも扉を開けたらすぐ目の前に椅子があったら驚く以前に邪魔で仕方無いだろう。
「それは分かっているけど、こうして目の前で楽しそうにされていると、やっぱり気になるもんなんだって」
ラスティはそう言うが、その顔はむしろ楽し気であり
そこまで椅子を羨ましがっているようには見えない。
そんな感じで暫く三人で他愛もない話を続けていると
ダリウが戻って来て、代わりにラスティが風呂に行き、
それから暫くしてリラ達が賑やかに戻って来て
交代でサリアとフラウが仲の良い姉妹のようにして風呂へと向かった。
そうして部屋にはダリウとフィルの男二人が残る事になり
暫くの間、部屋の中は無言の空間となった。
(うーん……話題が思い浮かばない……)
二人共、話好きという性質では無いし、話かけるとしても話題が思い浮かばない。
そんな訳で暫くの間は二人共、無言でお互いベッドに横になったり、
椅子に腰かけて魔導書を読みふけっていたが、
「……暇だな。フィル達は宿にいる時、普段は何をしてるんだ?」
暇に耐えかねたか、ボソリと質問するダリウに、
フィルは内心ほっとしながら魔導書から顔を上げた。
「んー、宿屋の夜というと大体は冒険の準備をしていたかな? 後はずっと飲み続けるか、かな?」
「準備?」
「ああ、冒険に行く前なら持っていく武器や防具、道具の確認をするし、行かない時は呪文を書き写したりスクロールやマジックアイテムを作ったりしてた。特にスクロールなんかは幾らあっても困らないから、暇さえあれば作ってたよ」
「へぇ……」
「で、スクロールを作り終えて少し時間が空いた時は酒場に行ってた。冒険者の宿ってのは大抵一階は酒場になっているのだけど、大抵は仲間か知り合いが誰かしら居てね。そこで酒を飲みながら他の冒険者と情報交換したりするんだ」
「へぇ……村じゃあんま夜に酒を飲むとかあまりしなかったからなぁ」
昼間の疲れと満腹で動くのが怠いのだろう。
ベッドに仰向けに寝っ転がったまま答えるダリウ。
「ふむ……それなら後で下で酒を飲んでみるかい?この店は冒険者の宿じゃないけど酒は飲めるだろうからね」
フィルの提案に反応したダリウがもぞもぞとベッドから身を起こす。
「あーたしかに行って見たいんだが、俺あんま金持ってないぞ?」
「なに、そのくらいなら僕が払うさ」
身を起こしたダリウにニヤリと悪戯っぽくフィルは笑った。
別に高級酒場で豪遊しようって訳じゃない。
男三人で少し酒を飲むくらい大した金額にはならない。
ダリウの方もそこまで言われれば最早迷いは無く、
「そうだな、あいつが風呂から戻って、お前の風呂も終わったら行ってみるか」
「それだと待たせすぎるから、少しお金を渡しておくからラスティが戻って来たら先に二人で行くといいよ。僕は風呂に入ってから合流するから」
「わかった、お前がそれでいいなら先に行かせてもらう」
そう言って細やかながらも飲みの計画を立てる二人。
それは男三人、寂しいながらも気楽な飲み会となるはずだったのだが
色々な経緯で女性陣にも情報が洩れてしまい、
フィルが風呂から出て、酒場に顔を出した時には
そこにはフラウを含めた全員がおつまみと飲み物を囲んで談笑していたのだった。