表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
149/276

邪神さんの街への買い出し7

宿の一階にある食堂は以前フィルが訪れた時と変わらず

この宿を利用している旅人や行商人の一団、

近所に住む家族連れや仕事帰りの職人仲間等、

遠方近隣問わず様々な人々で賑わっていた。

多めのランプで明るく照らされ

賑やかな笑い声が聞こえる店内は

荒くれ共の喧嘩の怒声や殴り合いの音が店内に響いたりするような

場末の酒場や冒険者の宿とは大違いで

幼いフラウを連れたフィルが衛兵にお薦めされるのも納得の店と言える。


先に着替えてから食堂に行くからというリラ達を部屋に残し、

男性陣と元々普段着のフラウは席を確保するために先に食堂へと向かった。

だが宿の主人が気を利かせ隣り合うテーブル席を確保しておいてくれたお陰で

あっさりと目的を達成出来たフィル達は、

今はそのテーブルを繋げて大テーブルにして

遅れてやって来るであろう少女達を待っていた。



「フィルさんフィルさん」

「うん? どうしたの?」

「フィルさんは服に着替えなくても良かったのです? 疲れちゃいますよ?」

席に座りようやく落ち着けて、さあ今日の移動の疲れを取ろうと人心地ついた所で

フィルはすぐ隣に座っているフラウに尋ねられた。

(そう言えば前回はローブで来たんだけっけ)

今のフィルの格好は移動中から着ているレザーアーマーのまま

街中では邪魔になるコンポジットボウと矢筒はカバンの中にしまってあるが、

剣は紐で封印こそ施しているものの

今でも腰に帯び何時でも戦える状態にある。

旅や戦闘を想定して作られたあのローブも一般人からすれば目立つ格好ではあるが

それでも一応は衣服の範疇であり、革鎧と比べればまだ威圧感は少ない。

流石に旅の汚れや埃は落として身綺麗にしているものの

それでも街の住人や旅の商人が主な客層であるこの食堂では、

他にも似たような姿の者が数人居るとは言え、確かに目立つ格好ではあった。

そんな格好で食事を待っているのだからフラウが心配するのも無理の無い事なのかもしれない。


「うーん。まあ、万が一の事もあるし、一応の備えはしておこうと思うんだよ。それに僕はもう慣れちゃったからね」

フラウが心配するのも分からなくはないが

フィルにも革鎧を脱がずにいる理由が幾つかある。


一番の理由は何処に居るかもわからない、

神の力を奪わんとする輩が襲ってきた時の備えだが、

それ以外にもリラやダリウ達がアクシデントに見舞われた時の備えというのがあった。

それは単純に剣を振るって戦力となるというのも勿論だが、

もう一つ、パーティ内でのフィルの役割を「ウィザード」ではなく「軽戦士」として

周囲に認識させるという目的が大きい。


戦場ではスペルキャスターの存在が最も警戒される。

そして多くの悪党は此方の戦力を値踏みして

勝てると踏んでから襲いかかってくるものなのだが

その時、敵がパーティ内には駆け出しのウィザードが一人しか居ないと誤認して

駆け出し相手だから勝てると襲いかかってくる程度の輩なら

リラ達だけでも勝利できる可能性が十分に出てくるし

多少相手の方が強く此方が危機に陥ったとしても

その時はフィルが魔法を使えば勝つ事の出来る可能性は高い。


そんな理由でリラ達パーティ内に居る時だけでなく

今後は人前でいる時はなるべく軽戦士として振る舞おうとするフィルだったが

そういえば、この事はフラウはおろかリラ達にも特に説明していなかった気がする。


「でもそれならいつも着てるあの服のほうがいいんじゃないです? やっぱり革鎧だと疲れちゃいますよ?」

今も心配そうに自分を見上げるフラウに少しだけ申し訳無い気持ちになり

フィルは大丈夫だよと少女の頭を優しく撫でながら意図を説明することにした。

「ローブの事だね。それはまぁそれは確かにそうなんだけど、今のパーティでは僕は魔法使いではなく戦士だって、周りの人達には思わせたいんだよ」

「えーっと、そうなのです?」

フィルの説明に意図が分からず不思議そう小首を傾げるフラウ。


「うん。冒険者の一団で一番警戒されるのはウィザードのようなスペルキャスターなんだ。敵が僕らを襲おうとする時には、まず此方の戦力を見て勝てるか判断するのだけど、その時ウィザードが二人も居ると警戒されて、変な策を講じられたり罠を張られたりして、本気になって此方を陥れようする可能性が増えてしまうんだよ」

「そうなんです?」

「そう。その時、相手にこのパーティにはアニタしかウィザードは居ないって思わせる事が出来れば相手は油断してそのまま襲いかかってくる可能性が高くなるんだよ」

もっとも実力差が離れすぎていれば焼け石に水だろうし、

何度か冒険をこなして有名になってしまえば、

そんなハッタリは効かなくなってしまうだろうが

冒険者が全滅する可能性が一番高い時期は冒険を始めた直後だ。

この時期を乗り越える事が出来るのなら、

こんな策も十分にやる価値はあるだろう。


「そうなんです? あ、でもそれならフィルさんが強いぞーって分かれば、最初から襲われなくて済むんじゃないです?」

「まぁ、それはそうなんだけどね、でもそうなると、それでも襲われた時は僕の実力を知っていて、それでも勝つ自信があるようなのを相手にしないといけなくなっちゃうよ? それじゃとても勝てなくなっちゃうよね?」

「あぅ……」

この世界、どうにかファイアーボールを使える程度のウィザードが居るパーティの実力は

俗に言う脅威度5か6程度と言われているのだが、

この程度の実力のあるパーティやクリーチャーは世界には幾らでも居る。

そうした敵が襲いかかってきた場合、

駆け出しであるリラ達パーティの実力ではまず勝つ事はできない。

今の彼女達の実力では相手の脅威度は1……どんなに高くても3ぐらいが精々で

依頼を受ける時もこの範囲に収まる相手かどうか、

良く検討していかなければならない。


「というわけで冒険者をする時はなるべく魔法を使わないだけでなく、僕が魔法を使えるという事も周りに知られないようにしようと思うんだ。まぁ一応は僕も戦士だしね。剣も扱えるし鎧を着る事にも慣れてる。冒険者だった頃はそのまま酒場や食堂でご飯を食べたりすることも珍しい事じゃないし、慣れたもんだよ?」

「そうなんです? でもやっぱり大変そうだから、無理はしちゃ嫌ですよ?」

納得しつつも心配してくれるフラウに分かったよと言いながら

フィルはもう一度少女の頭を撫でてやる。

「分かったよ。まぁでも、冒険者でなくても旅をする時はこれ位は普通だと思うよ? ほら」

そう言ってフラウに周りを見てご覧と促すフィル。

周りを軽く見回せば、旅人の幾人かはフィルと同様に革鎧を身に着けているし

護衛らしき者は中装鎧とは言え金属鎧を着ていたりもする。

周囲に居る普段着の街の住民達と比べると明らかに浮いて見えるが

当人も住人達もそれが当然という感じで普通に食事を楽しんでいた。

「旅の途中で大事な物を盗まれたらそれこそ死活問題だからね。旅をする時は貴重品は常に身の回りに置いて、ああして自分もある程度は身を守れるようにしているんだよ」

「そういえば……そうなんです?」


基本的に宿屋というのは、あくまで雨風を凌いで休む事の出来る場所でしか無く、

安全に荷物を保管する事が保証された場所ではない。

もちろんフィル達が今居る街のように治安が良い街ではそうそう起こる事では無いが、

そんな治安の良い地域でさえ、

部屋に置きっぱなしにしていた荷物が盗まれるなんてのは十分ありえる話で、

治安の悪い、悪の属性の街では後ろ盾のない旅人なんかは格好の獲物とされて

襲われて身ぐるみ剥がされ奴隷にされるか邪魔な死体は何処かに捨てられる……

なんて事だって土地や場所によっては普通にありえる事だった。

それ故、旅をする際は貴重品などは常に一緒に持ち歩くのが鉄則で

そしてそれを狙った暴漢から自分の身を守る為に

最低限の武装を整えているのが普通だった。


「あ、でもそれだとリラおねーさん達の荷物は大丈夫です? お部屋に置いたままです」

そう言って不安そうに尋ねるフラウ。

本当に優しい子だなぁともう一度頭を撫でてやりたい衝動に駆られるが

流石に先程からずっと撫でてばかりなので、今回は仕方なく自重する。

「まぁ、さっき言った事と逆になっちゃうけど、この店なら大丈夫なんじゃないかな?」

「そうなんです?」

「うん。街の衛兵がお薦めするぐらいに評判の良い店だし。実際お店の雰囲気も悪くない。武器や鎧は結構嵩張るから盗もうにも手を出しづらいだろうし、それに……」

それに万が一盗まれたとしてもリラ達の装備なら以前フィルが直接観察しているので

ロケート・オブジェクトの魔法で探し出す事が出来る。

魔法のアイテムでも何でも無い装備を盗むようなコソ泥相手ならこれで十分だろう。

と、そこまで考えてはいるのだが、

ただ、それを説明してしまうのは自分が彼女達に過保護過ぎるようで何となく気恥ずかしい。


「それにです?」

「……まぁ、魔法の掛かってない装備はそこまで高価とは言えないし、一度被害にあって次から対策しようって本気で思う様になるなら、それは良い事かもしれないからね」

「えー、そうなのですー?」

肩をすくめて適当な説明をするフィルに、フラウは不安そうに首を傾げる。

「そういうのって、盗まれないようにしたほうが良いんじゃないです?」

確かにその通りだとフィルも思う。

「それはそうなんだけどね。でも始めの内は旅にも冒険にも慣れなくて色々と不用心になりがちになるだよ。じきに慣れてくだろうから今はたとえ失敗しても見守っていくのが良いと思うんだ」

「フィルは教えてやらないのか?」

フィル達の話を聞いていたダリウが尋ねる。

フィルの向かいに座るこの青年は強面で表情が判り辛いが

それでもリラ達の心配をしているのがフィルでも分かった。


「こういうのって僕からあれこれ言うより、自分達で実感して考えて対策するのが良いと思うんだよ。実感の無い時にあれこれ言っても口煩いだけになっちゃうしね」

「そういうもんなのか?」

「少なくとも僕の時はそうだったかな? まぁ、あの子達がそうとは限らないけどね。でもこういう事は誰かに言われるより、自分達で見つけた方が納得できると思うんだ」


この世界では人は決して善なるものでは無い。

人を陥れようと悪党が善人の笑顔で近づいてくる事は多い。

暫く冒険者を続け、失敗も何度か味わっていると

何となく見分ける事が出来るように様になるのだが

冒険者になったばかりで何かと余裕が無いこの時期は

人に騙されたり盗まれたりするのは致し方の無い事だとフィルは思うし

被害が比較的少ない駆け出しの内に学べるのだとしたら

それは不幸中の幸いと言っても良いものだと思う。

「勿論本当に危険な事は僕も手を出させてもらうけどね。それでもあの子達自身が学んで対応できるように成る事が大乗だと思うんだ」

「まぁ……確かにそんなもんなのかもな」



そんな事を話していると着替え終えた少女達が上の階から降りてきた。

先程までの鎧姿とは違って、

村娘らしい質素の普段着は流行に敏感な町娘と比べて地味ではあったが

それでも当人達の可愛らしさを十分に引き立てているように見え、

それが四人もいれば客の中にも何人か此方を注目しているのが傍目からも分かった。

幸いおまけがというかお邪魔虫がというか男性が三人

(しかも内一人は武装していて、もう一人はなかなかに強面だ)

も一緒にいるので声を掛けようとする無作法者は居ないが、

これが冒険者の店や場末の酒場だったのなら、

まず間違いなく絡んでくる輩が一人二人は出てくる事だろう。


少女達は手荷物の殆どの装備は部屋に置いてきているようだが

アニタはフィルから「借りている」魔法のクロスボウを

サリアはフィルから「貰った」魔法の楽器をそれぞれ手にしていた。

流石にマジックアイテムの価値を考えると

部屋に置きっぱなしとする気にはなれなかったのか。

案外、フィルが心配する必要が無い位にはしっかり用心しているのかもしれない。

(街にいる時はクロスボウは預かって置いてあげたほうが良いかな? 邪魔そうだし)


「おまたせしましたー」

「ああ、おかえり。まだメニューは頼んでないから好きなのを頼むと良いよ」

「「「「「はーい」」」」」

早速席に座りメニューを見てあれこれと料理を選ぶ一行。

目新しい名前の料理を見つけてはサリアやフィルに尋ねたりしつつ

基本となる定食の他に幾つかの単品を選んでいく。


「ここはとっても良いお店ですね」

自分の頼みたいメニューが決まったのか、

メニューから顔を上げ、フィルに話しかけるトリスに

此方は注文をフラウに任せ、のんびりと少女達を待っていたフィルがそうだねと頷く。

「うん。ここは前に来た時に衛兵にお薦めされた店なんだ。値段も良心的だしご飯も結構美味しいんだよ」

本当にあの衛兵は良い店を紹介してくれたものだと思う。

「あ、私前に来た時デザートをプレゼントしてもらいましたー。とっても美味しかったんです!」

「へぇ~。デザートですか? あ、これ別注文で追加できるみたいですよ。後で皆で頼んでみません?」

メニューからデザートを探し出しだしたサリアの提案に、女性陣が賛成ーと声を揃える。

こういう時の纏まりは本当に良いのだなとつくづく感心させられる。

冒険者としての心構えを心配したりもしたけど

こうした明るさは無くなっては欲しくない無いなと、

楽しそうにデザートについて話し合っている少女達を見ながら何となくフィルは思った。

そんな感じで賑やかにメニューを選び終えて

しばらくすると定食を筆頭に注文した料理の品々がやってきた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ