邪神さんの街への買い出し4
道の整備や小休憩を挟みながら山道をしばらく歩き、
出発時にはまだ傾いていた太陽が真上を少しばかり過ぎようかという頃
先頭を歩くリラは道の先にちょうど休憩を取るのに良さそうな広場を見つけた。
広場は山道の脇をポッカリえぐり取ったかのようにして出来ており
馬車を二,三台ほど停められそうな広さの空間の上には
張り出した木の枝が天然の庇のように被さり
日除けにも雨宿りにも都合が良さそうな立地になっている。
地面も木々が日差しを遮っているおかげか
それとも以前この場所を利用した旅人達によって踏み固められたからか
周囲と比べて雑草があまり生い茂っておらず
おそらく過去の旅人達がこの場所で野営するために拵えたのだろう
焚き火跡の周りには座るのに丁度良い大きさの石や丸太も転がっていたりして
まさに休憩所にうってつけの場所と言えた。
「座るのに丁度良さそうな丸太もあるし、ここで休憩でいいかな?」
「そうね、そろそろお昼になるし、ここで一緒におべんとうにしましょう」
広場の隅に焚き火跡を見つけ、休憩を提案するリラにトリスが同意する。
「へー。 やっぱ皆、考える事は同じなんですねー。うん、石も丸太もちゃんと座れそうですね」
さっそくサリアは焚き火跡と石や丸太の状態を軽く確認してから座ってくつろいでいる。
「やっぱりこの辺りまでくると、休憩所が欲しくなるのかもね」
「街から来た時もやっぱり休憩したくなる頃なのかな?」
リラやアニタも興味津々といった感じで、
手近な丸太の上に被っている落ち葉や土を落として腰掛ける。
腰を落ち着けて一息ついた後は、
各自で荷物を下ろして籠手を外したり鎧を緩めたり、
取り出した水袋で喉を潤たしてからようやく一息ついた。
「ふぅ……、疲れたぁ~さすがにこうもずっと山道だと嫌になっちゃうわ……」
「ですね~。あ、でももう少し進めば後は殆ど下り道になるはずですよ。その後は確か登る事は無かったはずです」
サリアは街から村に行った時の道のりを思い出しながら説明する。
「へぇ~。それじゃあもうちょっとの我慢だね。トリスは大丈夫?」
「ふふっ、まだまだ大丈夫よ。みんなが休憩をこまめに取ってくれたおかげね」
疲れたと言いながらも、元気そうにお喋りをする少女達。
小休憩を挟みながらとは言え、結構な距離を歩いたが
旅慣れていないにも関わらず少しの休憩で回復する辺り、これが若さなのだろう。
どうやら疲れて食欲が無いという心配は無さそうだと
フィルは自分のバッグからサンドイッチの入ったカゴを取り出した。
「それじゃあ、昼ごはんはここに置いておくから取っていってね」
そう言ってフィルがカゴを焚き火跡の傍に置くとカゴの周囲に少女達が集まる。
「あ、これ美味しそうー」
「フラウちゃん。こっちのなんてどうかな? とっても美味しいそうだよ?」
「これなんて食べごたえありそうですねー」
少女達はこれが美味しそうだとかこれはどうかなとか
賑やかにお勧めのサンドイッチをフラウにお勧めしているが
それが姉達が一番年下の妹を一番に選ばせているようで
見ていてなんとも微笑ましい。
そんな少女達の様子を
ダリウとラスティ、そしてフィルの三人は一歩離れたところから眺めていた。
三人とも特に示し合わせた訳では無いが
先に少女達に選ばせようというのは男の小さな見栄と言った所か。
まぁ、サンドイッチはまだまだ沢山あるから食べ逃す事は無いだろうし
味に関しても、あの食堂が作ってくれた食事ならハズレの心配は無い。
それなら女性陣が取り終えてからでも全然問題は無いだろう。
「そういえば街まではあとどれ位なんだ?」
選び終えるにはもう少し時間が掛かりそうだと思っていたフィルは
ダリウに尋ねられて以前通ったこの道を思い出しながら答える。
「んー。半分より少し足りない位かな? まぁこの分なら日が傾く前には到着できると思うよ」
前回、この道を通った時は
この先の道に大きく破損した箇所は無かったと記憶している。
徒歩なので馬を使った前回より進みは遅くなるが、
それでも夜になる前には到着できるだろう。
「そうか。それと途中で水を補給できる場所とかはあるか? できれば水を補充したいんだが」
「ああ、山を下った所に小川があるけど、飲み水に使うには一回沸かした方が良いだろうね。飲み水が足り無さそうなのかい?」
残念ながらフィル達が今いる休憩所に水場は見当たらない。
この先にあるという小川で水を補給するにしても、
煮沸して飲めるようにしていたのでは街に到着するのが大分遅れてしまうだろう。
「ああ、結構飲んじまったからな。まだ暫くは大丈夫だろうが、これからさらに暑くなるって考えると街まで厳しそうでな」
そう言ってダリウが自分の手している水袋取り上げて見せると
ダリウの言う通り、その水袋は大分萎んでいた。
おそらく中の水の量は水袋の半分以下といったところか。
ここに来るまで岩を動かしたり穴を埋めたり
何かと動いていたのだから無理もない。
一緒に体を動かしていたラスティも同じ位減っており、
それ以外の少女達も程度の差はあれ、大体半分近くには減っていた。
水が飲めなくても即座に命の危険がある訳では無いが、
初夏の日差しは真夏ほどでないにしても十分に暑いし山道を歩けば汗もかく
午後になれば更に暑さが増すと考えると、
どこかで水を補給しておいた方が良いのは間違いない。
「途中穴埋めたり石を除けたりしたしね。飲み水なら僕が多めに持っているからそれを……」
水はバッグ・オヴ・ホールディングの中に小樽で備蓄をしてあるで
いざとなったらそちらから汲もうかと考えていたフィルだったが
「あ、それなら私が補給できますよ?」
トリスの声にダリウとフィル、ラスティの三人は声のした方へと振り返った。
見るとトリスとフラウがこちらにやって来る所だった。
手にサンドイッチを持っている所を見ると
好みのサンドイッチを選び終えてこれから食べる所なのだろうが
フラウの手にはなぜか二人分のサンドイッチがあった。
「今日は移動が主になるかと思ってクリエイト・ウォーターの呪文を準備してきたんです」
そう言ってにっこりと微笑むトリス。
クリエイト・ウォーターは文字通り水を生み出す初級魔法で
綺麗で飲用に適した水を作り出す事ができる。
今のトリスの技量ならば作り出せる水の量は
おそらくは八リットル弱と言った所か。
皆の水筒をゼロから満杯にするとまでは行かないが
それでも、今ある分と合わせれば、道中に必要な飲水は十分賄えるだろう。
「それは助かるな。昨日特に話に出てなかったから、今日は準備してないかと思ったよ」
「寝る前に気がついたんです。ピュアリファイ・フード・アンド・ドリンクとも迷ったんですけど、こちらのほうが使いそうかなって思いまして」
そう言って照れ笑いを浮かべるトリスに、フィルはなるほどと素直に頷く。
クリエイト・ウォーターやピュアリファイ・フード・アンド・ドリンクは
クレリックやドルイドの扱ういわゆる信仰系の呪文であり、
ウィザードであるフィルやアニタには扱う事が出来ない。
その為フィルは準備をしていないし、
昨日、皆で旅の準備の話をしていた時に特に話題に出なかったので
てっきりトリスも準備してないものと思っていたのだった。
「なるほど、でもお陰で助かったよ。それじゃあ誰かの水が切れたらそのタイミングで補給しようか? 今補給しても水袋に入りきらない分が無駄になってしまうし」
「ああ、俺もそれが良いと思う」
「分かりました。みんなも水が切れたら言ってちょうだいね?」
トリスの言葉に傍でサンドイッチを食べていたリラ達もはーいと返事をする。
水の不安も解消した所で、
今度トリスと入れ替わりではフラウがフィルの前に立った。
「フィルさんフィルさん。フィルさんの分も持ってきたんです」
そう言って手に持ったサンドイッチを差し出すフラウ。
どうやら二人分の内の一つはフィルの為だったらしい。
「おー。これは随分豪華なサンドイッチだね」
「えへへー。とっても美味しそうですよね?」
具はどちらも一緒で、中から青々とした葉物野菜と塩漬け肉が顔をのぞかせている。
食堂の主人は賄いのついでだからとか言っていたが随分と豪華なサンドイッチだった。
多分、初めて村の外に行く若者たちへ彼なりの心からの応援なのだろう。
「これは今度ちゃんとお礼を言っておかないとだね」
「はいです!」
受け取ったサンドイッチに感心するフィルにフラウは自分の事の様に得意げに笑う。
「よし、それじゃ俺達も自分の分を取ってくるとするよ」
気を利かせてくれたのか
ダリウ達が自分の分のサンドイッチを取りに向かうのと入れ替わりに
フラウはフィルの横にちょこんと座ると、こちらを見上げて微笑む。
「えへへー。お揃いです」
「ははは。そうだね。それじゃ僕らも頂こうか?」
「はいです。いただきま~す」
挨拶を済ませサンドイッチにかぶりつく二人。
サンドイッチには肉と葉物野菜だけでなく
スライスした玉ねぎとピクルスが入っていて
それが程よい辛味と酸味で塩漬け肉の旨味をよく引き立てていた。
特にピクルスの酸味や玉ねぎの辛味は
山道を歩いて疲れた体にはとても心地良く、
もしかしたら、そういった事を踏まえての素材の選択なのかもしれない。
「うん、美味いな。本当にうまい」
「とっても美味しいです!」
思っていたよりも自分が空腹だったのか
それとも澄んだ山の空気のおかげで食欲が増していたのか
はたまたこうして皆で食べる事で美味しく感じたのか
それなりに大きさのあったサンドイッチだったが、
フィルはあっという間に平らげてしまう。
「わぁー。フィルさん食べるの速いです」
「あはは、どうやら思ってた以上にお腹が空いていたみたいだよ」
「えへへ。まだまだ沢山サンドイッチはあるから取ってきます?」
フィルが食べ終えた事に気がついて、おかわりを尋ねるフラウだったが
少女自身がまだ半分ほども食べていないのを見て
フィルは微笑みながら少女の頭を撫でる。
「おかわりは自分で取ってくるから大丈夫だよ。フラウはゆっくり食べてると良いよ」
そう言ってまだまだ世話を焼きたがる少女の頭を優しく撫でて、
フィルはサンドイッチを取りにカゴへと向かった。