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邪神さんの街への買い出し

「忘れ物は無いかい?」

「はいですー! あっ」

自室で荷造りをしているフラウは声を上げると

戸棚の自分の引き出しから以前街で買ったおもちゃの指輪を取り出すと

それを大事そうに自分のポシェットに仕舞い込む。

「えへへー」

「ははは。そうだ、今度その指輪にエンチャントをしてあげようか? そうすればサイズが自動で変わるようなるからフラウの指にもピッタリ嵌まるようになるよ?」

「本当です? してほしいですー!」

喜ぶフラウの頭を撫でてやりながら

フィルもまた思い出したようで声を上げる。

「おおそうだ、そう言えばこれを渡すのを忘れてた」

そう言うと自分のバッグから造りの良い、

だが戦闘も考慮しているのであろう頑強に造られたブーツを取り出した。

「今日は長い道を歩くことになるからね。いつもの靴だと大変だろうから、これを履いて行くといいよ」

「これです? ……でも、これってすごく大きいですよ?」

フラウの言うようにフィルの取り出したブーツは明らかに成人男性を対象とした大きさをしており

さらに言うと戦闘時の防御を目的とした補強が各所に施されていたりして、

とても幼い少女が履く代物には見えない。

そんなブーツを微妙な表情で眺めるフラウにフィルは笑って応じる。


「ははは、それはちょっとした魔法のブーツでね、試しに靴に足を入れてごらん」

「はいです」

そんなフィルの言葉にフラウが半信半疑でブーツに足を入れると

ブーツはたちまち縮まり、少女が履くに丁度良いサイズへと変化した。

ごつく男性的だったフォルムも、少女の足に合わせて細身になると

元々造りが良かった補強部分が精緻な装飾の様になり、

まるで初めから女性物としてデザインされた物であったかの様に思えてくる。

「わぁ……」

「これはブーツ・オヴ・ストライディングといって、長距離を徒歩で移動しても疲れなくなるんだよ」

ブーツの変化に驚いたままのフラウに、

フィルは悪戯っぽく笑いながら説明すると、

もう片方にも足を入れてごらんとフラウを促した。

「すごくピッタリです! すごく履きやすいですー」

「魔法が付与された装備には、こうした持ち主の体格に合わせて大きさが変化する物もあるんだよ。さっき話した指輪もこんな感じだね」

「なるほどですー。あ、でも、前にリラおねーさん達に貸した防具は大きさ変わらなかったですよね?」

「あー、あれはね、コストの範囲内で少しでも防御力を高めようとしたんだろうね。とにかく沢山魔法の鎧が欲しいとか、そういう目的で作られた武具には、ああいう物が多いんだよ」

それはつまり、武具を欲しがる側に明確な目的(例えば戦争とか)が差し迫っていたから、

という事なのだろうが、それはこの少女の知る必要の無い事だろう。

フィルの説明に良く分からないながらも何となく納得した少女はなるほどーと素直に頷く。



荷物の準備を終えた二人が顔を洗う為に一階の厨房に向かうと

すでにリラ達四人は厨房で身支度をしているらしく

廊下の先の厨房からは少女達の賑やかな声が聞こえてきた。

「おはようございますー!」

元気な声と共に駆け足で厨房に入って行くフラウに続きフィルも厨房に入って行くと

既にフラウは年上の少女達の輪に加わって楽しそうに挨拶をし合っている。


「おや? その凄く強そうなブーツはどうしたんです?」

「えへへー。フィルさんが今日は大変だから履いて行くといいよって言ってくれたんですー」

「ほうほう……」

嬉しそうに報告するフラウからニコニコと優しい姉のごとき笑顔で聴いていたサリアは

フィルの方へと向き直る時には既に小悪魔の様な笑みに代わっていた。

「いいなぁ~。私達もフラウちゃんみたいなマジックアイテム欲しいなぁ~」

「サリアには楽器をあげたよね?」

「え~。良いじゃないですかー。一つぐらいくださいよー」

「駄目だよ? 君達は冒険者となるんだから報酬はきちんと自分達の手で手に入れないとね?」

ぶぅーと頬を膨らませるサリアの頭をフィルは苦笑いを浮かべてポンポンと叩く。

サリアも初めから貰えるとは思っていなかったのか

けろりと普段の彼女に戻ると、すぐにフラウのブーツに興味を戻して

しげしげとフラウの足元を眺め始めた。

「へぇ~随分としっかりしたブーツですねぇ。やっぱり魔法の品なんですか?」

「えーっと、ブーツ・オヴ・ストライディング? です? 長く歩いても疲れないブーツなんだそうです」

「へぇ~。……あれ?」

フラウの説明を聞いたサリアがおや?という顔をすると

しゃがんだままフィルの方を見上げ尋ねる。

「このブーツってブーツ・オヴ・ストライディング・アンド・スプリンギングですか? 跳んだり跳ねたりできるっていう」

「あー、それとはちょっと違くて、フラウの言う通りブーツ・オヴ・ストライディングというアイテムだよ。あっちは移動速度の向上と跳躍能力を与えてくれるけど、こっちのは体が丈夫になって疲れにくくなるっていうだけの代物なんだ」


尋ねるサリアに説明するフィル。

移動を支援するブーツというのは古今東西様々な種類のものがあり,

ブーツ・オブ・トラベリング・アンド・リーピング、

ストライディング&スプリンギング・ブーツと

微妙に効果の違う品が様々にあるが、特に有名な物としては

先程サリアの尋ねたブーツ・オヴ・ストライディング・アンド・スプリンギングと呼ばれる

移動速度と跳躍力向上の効果があるブーツがある。

フィルの持っているブーツにはそう言った特殊な効果は無く、

単純に身体の耐久力が向上して疲れ難くなるというだけアイテムだが

とはいえ、耐久力の上昇効果は確かなもので、

どれだけ歩いても疲れないというだけでも

長距離の移動が十分すぎるほどに快適な物になる事は確実だった。


「へぇ~。そう言うブーツもあるんですねぇ」

「こっちのブーツは耐久力の向上だけだけど、旅での利便性で言えばこっちの方が上だと思うよ?」

耐久力が向上すればスタミナが増加して疲れ難くなるだけでなく

病気や毒の抵抗に有利になったりと旅中の生活でも役立つ事が多い。

それは魔法で移動速度と跳躍力を向上させるだけの

ブーツ・オヴ・ストライディング・アンド・スプリンギングでは得られない効果だった。

幼い少女が長旅をするのならば、単純に徒歩による疲労だけでなく

旅の疲労で体調を崩したり、

道中の食べ物や水で腹を下したりする可能性も考慮すべきだろう。

特にフィルの渡したブーツは

数ある同種のアイテムの中でもかなり上位のアイテムであり

たとえ幼い少女のフラウであっても並の大人以上の耐久力が得られる。

そうなればフラウが旅の疲れで体調を崩す心配は他の少女達と同程度で済む事になり、

リラ達、年上の少女達と一緒に旅をするのならばこの辺りの利点は地味だがとても大きい。


「なるほどぉ~。……で、実際の所は?」

「ブーツ・オヴ・ストライディング・アンド・スプリンギングは持ってないんだよね。あはは……」

「そんな事だろうと思いました」

「手に入る機会が無かったんだからしょうがないさ。こればっかりは運だからね」

呆れるサリアに苦笑いを浮かべて応えるフィル。

魔法のアイテムを入手出来る機会は非常に低く

その中で望んだアイテムが手に入る確率はさらに低い。

自分達でエンチャントして制作したり、

商人に高い金を積んで依頼するにしても

かなりのコストや時間が必要となり、そう簡単に手を出せるものではない。

そう考えればフィルが持ってないマジックアイテムがあるからと言って

何ら不思議な事では無いどころか、寧ろそれが普通だ。

(価値で言ったら此方の方が十倍以上するんだけどなぁ……それに耐久力しか上がらないというも、それはそれで都合が良い事もあるんだよ?)


ブーツ・オヴ・ストライディング・アンド・スプリンギングには

速足や跳躍の能力があるが、

戦闘経験どころか武器を振るった事も無い様な幼い少女が人前でそんな動きをしていたら、

それこそ周囲の盗賊や野党から襲ってくださいと言っているものだ。

一方でフィルの持つこのブーツは価値はともかく

傍目からは少し高級そうなブーツを履いている程度にしか見えない。

わざわざ子供のブーツを襲って金を手に入れようとする者は

流石にそうそう居ないだろう……と、思いたい。

(……うーん、なんだか少し不安になってきたな……)

それでもディテクトマジックとかされれば反応するだろうし

街中であれば何処かで目を付けられるとも限らないか。

(……街に行ったらなるべくフラウの傍に居る事にしよう)

新しいブーツを履いて嬉しそうにぴょんぴょん跳ねて見せているフラウを眺めながら、

そんな事を密かに思うフィルであった。

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