邪神さんとお仕事22
昼食を終えたフィル達は
街に行く前に畑の世話をしておきたいというダリウとラスティの二人と村で別れ、
自分達の家へと戻り一休みした後、いつもの様に庭に出て訓練を始めた。
……最近は訓練やら勉強やらエンチャントやらで
殆ど休日らしい休日を取ってないし
今日ぐらいはフラウとのんびり過ごしたいフィルだったが、
明日は街に行くのだし今日は早めに体を休んではというフィルの提案は
向上心旺盛、勉強熱心、育ち盛りな少女達にあっさり却下され
さらにはフラウにも笑顔で「皆さんにお稽古してあげてほしいです」
と言われてしまったのでは、これはもう仕方がないと諦める他無く、
かくして今日も抜けるような青空の下
屋敷の庭でやる気満々なリラ達の訓練相手をしているのだった。
「てぇーい!」
打ち込まれるリラのロングソードをこちらのロングソードでいなすのと同時に
素早く横に移動し時間差で叩き込まれたトリスのメイスを寸出で避ける。
「あ……」
と、目標を見失ったトリスが言い終える間も与えず
フィルは回り込みながら剣を振るいトリスの背中にぽんと剣を軽く当てると
そのまま剣の腹の部分でトリスの背中を
少し遅れてフィルの死角からレイピアを繰り出そうとしていたサリアに向けて押し出す。
「きゃっ」
チェインメイルを着込んでいて、さらにパーティ内では一番大柄とはいえ、
人類の平均から見れば軽くて小柄な少女の体はフィルの振るう力に抗いきれず
押し出されて勢い良くサリアへと命中する。
「うわぁっとと……」
慌てて飛ばされてきたトリスを押し留め、
体制を整えたサリアがフィルに視線を戻すと
既にフィルがリラから一本を取った後だった。
「……さて、ひとまず休憩にしようか?」
その後も何度かの模擬戦を終えて
そう言ってフィルが軽く一息吐いてロングソードを下ろした時には
後方で援護射撃をしていたアニタを除く前衛の三人は
散々に振り回されて息は上がり、肩で息をしながらようやく立っているといった有様だった。
「ふぅ……疲れたぁ~」
「やっぱり全然当たらない……」
「あはは、アニタの射線はいつも気を付けているからね。そう簡単には当たらないよ」
訓練の感想を思い思いに言い合いながら、
休憩の為に庭の外れの木陰にある丸太に集まると
そこにはフラウが良く冷えた水に柑橘を絞り入れたコップを用意して一行を待っていた。
「フラウちゃ~ん。フィルさんが酷いんですよー」
「えへへ、サリアおねーさんも惜しかったです! 冷たいお水を飲んで元気出してくださいねー」
甘えるサリアを優しく励ましてコップを差し出してから
他の皆にも順番にコップを差し出していく姿は
もうすっかり一行のお母さんといった感じである。
全員受け取った所で、まずは一杯と美味しそうに皆で揃って一息に飲み干すと
ようやく一息付けたと、これまた皆が揃ってふぅっと息を吐く。
「むぅ~。あと少しってところまで行くんですけどねぇ……もう少し手加減してくださいよーっ!」
「これ以上手加減したら訓練にならないと思うよ?」
「むぅ……」
フィルに良いようにあしらわれたのが悔しいのか
今日のサリアは普段にも増してむぅむぅ言っている。
フィルはその膨らんだ頬を指で押してやりたい衝動に駆られるが
流石にそんな子供っぽい事をするのはどうかと、どうにか我慢した。
「それに今日は皆結構いい感じに動けてたんじゃないかな?」
代わりに思いついたのは宥めるための慰めの言葉だったが
宥める気持ちは半分、残りは素直な感想でもあった。
まだまだ未熟で粗削りな所も多いが僅か数日の訓練だというのに
少女達の動きは大分良くなっていた。
個々の技量の向上もそうだが連携の精度がかなり良くなり
今日の訓練でもフィルをあと一歩で一本取れるという場面が何度かあった。
(……これ位動けるのならゴブリンやオーク程度なら互角以上に戦えるんじゃないかな?)
勿論、余裕で勝てるとはとても言えないし
相手の数によってはこちらが全滅する可能性だって大いにあるが
それでも駆け出し冒険者向けのゴブリン退治程度の依頼なら
慎重に行動すれば彼女達だけでも十分に達成出来るのではと思う。
そう思える位に出会った当初と比べて少女達は成長していた。
一方のフィルはというと成長著しい少女たちとは反対に
先日作成した身体能力減退の指輪を装備している為に敏捷と筋力が大きく減退し、
以前と比べ身のこなしに余裕が無くなっていた。
経験の差もあってまだまだ少女達に遅れを取る事は無いが
四人掛かりでなら一本取られる日もそう遠くはないだろう。
だが、それは自分で望んだことであり
ともすれば加減できずに発揮してしまう化物の様な力を意識して抑える必要が無くなったお陰で
久しぶりに真剣になって体を動かしたという実感であり。
ここにきてようやく自分の為に訓練が出来るようになったという事でもあった。
「今回は上手く行ったと思ったんですけど……」
「ははは、挟撃は悪くないと思うけどね。もう少し相手に余裕を与えない様にした方が良いね」
新しくフラウに注いで貰ったコップを両手に持ってため息交じりのトリスの反省に
フィルは現実に戻され、少し慌ててアドバイスをする。
確かにトリスとサリア挟撃は上手く出来ていた。
だがしかし、あくまで挟撃は攻撃が命中する可能性を上げる為のもので
肝心の攻撃側の技量が未熟では僅かばかり命中率が上がった所で大した意味を成さない。
有利な状況を活かすのも鋭く正確な攻撃があってこそだ。
「確かに挟撃をすれば相手より有利に戦闘を運ぶ事が出来るけど、あくまで僅かな隙が出来る程度だからね。高い技量を持った相手には過信しない方が良いだろうね」
今の彼女達の技量だと、最も武器の扱いに長けたリラが挟撃したとして
フィルへの命中率は四回に一回といったところか。
……そう考えると、結構な命中率と言えるかもしれない。
「そうなんですか?」
「うん。でも戦術自体は悪くないよ。たぶんオークやオーガ相手なら十分に効果を発揮するんじゃないかな?」
一部の経験を積んだ古強者でもない限り、
一般的なオークやオーガに相手の動きを予想して捌くなんて思考は無い。
なぜなら彼らの膂力を持ってすればそんな面倒な事をしなくても
並の獲物なら手にした武器で殴るだけで簡単に殺せるし
彼らの周りにいるのはそんな並の獲物である事が殆どだからだ。
それ故にああいった単純な思考の輩には挟撃のような戦術が効果を発揮しやすい。
……逆に経験を積み知恵を付けたオークやオーガが想像以上の強敵になる事も有るのだが……
「「「「はーい」」」」と元気良く返事する四人の少女達の声を聴きながら、
フィルがそんな事を考えていると、
リラがふと気が付いたかのように尋ねて来た。
「あ、そう言えばフィルさん、今日って調子が悪かったりします?」
「え? いや特にそんな事は無いけど?」
「そうなんです? なんか今日は動きがいつもと違うなーって感じがするんですけど」
そう言って首を傾げるリラ。
「今日はなんだか、いつもより当てられそうな感じがしたんですけど、その割にいつもより隙が無いっていうか……うーん、自分でも何を言っているのか良く分からないんですけど」
「ふむ……」
おそらくリラが感じたのはフィルが装備している
身体能力減退の指輪の効果と攻防一体の特技によるものだろう。
今のフィルは敏捷が減った為に以前より相手の動きに集中しなければ
相手の攻撃を避けられなくなっている。
それを補うため今日の訓練では攻防一体の特技を使ってリラ達の攻撃を捌いていたのだった。
更にいうと、以前の訓練では逆に向上した身体能力がばれない様、
全力で動かないように心掛けてはいたのだが
危険を感じた時等、思わず素早く動いてしまっていたのかもしれない。
これらの違いがフィルの動きに出てしまっていたのだろう。
他の三人は気が付かなかったようで、
そうなの?といった感じでリラの感想に首を傾げているが
パーティの壁役としてフィルの動きを一番前で見ていたリラは
その動きの差異を違和感として感じ取っていたようで、
うんとはっきりと頷いて見せた。
「……多分それは、僕が装備を変えていたから、かもしれないね」
「そうなんです?」
「うん、装備を別のにしてね。以前よりも素早く動けなくなっているけど、それでも人並み以上には動けているはずだよ」
「なるほどー。それで動きが違って感じたんですね」
一応嘘は言ってはいない。
身体能力を大きく減じたと言え、
それでも未だに並の人間以上の膂力に素早さである事には変わりない。
マジックアイテムって便利ですねーと素直に感心するリラに
僅かな罪悪感を感じながらフィルは装備の変更を少しだけ誤魔化しながらリラ達に伝える。
「それにしても良く観察してたね。以前とあまり違わないように動いたつもりだったんだけど」
「あはは、見ようとして見てた訳じゃなくて、何となくそんな感じがしたってだけなんですけどね」
「それでも相手の違いを感じ取れたのは良い事だと思うよ? 戦闘じゃ、そう言った僅かな違い見つけるかどうかで生き延びるってのは結構あるからね」
偶発的遭遇では、こちらの知識に無い相手と遭遇する事が稀に良く有る。
初見のそれも何の事前知識がまるで無い敵を相手にした時は
相手の弱点、耐性、特殊攻撃を判断する為には観察以外に手段が無い。
勿論、そう言った状況にならない様に事前知識を備えて挑むべきなのだろうが
偶然出会ってしまった相手に事前準備しろというのも無理な話だろう。
「特にリラはパーティの一番先頭で敵と対峙する事になるし、敵を観察してどう戦えば良いかを考える癖をつけておくのは良い事だと思うよ」
「なるほど……やってみますね!」
「もちろん知識として敵を予め知っておくのは大切なことだから、そう言った勉強は怠らないようにね」
「「「「はーい」」」」と元気よく返事をする生徒達。
そんな素直な生徒達と共に今日も一日、
訓練や勉強の時間は過ぎていった。