邪神さんとお仕事20
鍛冶屋での用事を済ませた一行は
次の用事の目的地である雑貨屋へと向かった。
「次は雑貨屋さんのところです?」
フィルと手を繋いで雑貨屋へと続く村の通りを歩きながら、
隣のフィルを見上げて笑顔で尋ねるフラウに
こちらも同じぐらい笑顔でフィルが答える。
「うん、そうだよ。明日の準備と、あとは街で買う物の確認だね」
最初は街で迷子にならないようにと繋いだ手だったが
ここ最近ではどこに行くにも外を歩く時は
フラウの方から手を繋いでくるようになっていた。
この村の中はフラウの顔見知りばかりなので、
周囲の視線の中、幼い少女と手を繋ぎ歩くのはかなり気恥ずかしいのだが、
フィルの手を握ってきて嬉しそうにこちらを見上げて微笑んだり
横を歩いている時の少女の御機嫌な様子を見ていると
自分とてフラウと一緒に居られて嬉しいのだからと
今ではこうしてすっかり日常となっている。
「それじゃあ、その後はお昼ごはんです?」
フィルの言葉にフラウはそう言って嬉しそうに尋ねる。
自ら握ってるフィルの手をぶらぶらと振って
フィルをこちらに振り向かせよう頑張ったりする所がまた可愛らしい。
「そうだね。今日も食堂でいいかな?」
そんなほほえましい光景に頬を緩めながら質問に答えるフィル。
ちなみに今日は朝食は昨日の残りで作ったものの、お弁当を作ってないので
昼御飯の選択肢は村の食堂で食べるか、
もしくは家に戻って自分達で作るかになる。
実の所、フィルが食堂で食べる一番の理由は
フィルが食堂を利用して代金を支払う事で村に外貨を落とすのが目的だった。
数年に渡りドラゴンに支配されて外部との交流を絶たれたこの村は現在、
村内で流通する通貨が枯渇の一歩手前になっている。
一応、村の中でなら通貨を使わなくても生活が成り立つとは言え
外の村や街と交易したり冒険者に揉め事を依頼したりするにはどうしても通貨が必要になる。
その為フィルは食堂で食べてお金を支払ったり、
鍛冶屋や雑貨屋で物を購入したりして村に通貨を貯めるようにしていた。
これらの商店にお金が貯ればとりあえず当初の目的は果たされることになるし
そのうちは商店から村人への仕事の依頼や取引で村全体に通貨が流通する事になるだろう。
そうやって村人個人が富を蓄えられるようになれば
必要な時に道具を購入したり街で家畜や種を購入したりと生活をより豊かにする事が出来る。
……と、あれこれ理由はあるのだが、そんな理由が無くとも、この村の食堂の料理はどれも美味しいので、
美味しい物は食べれる時に食べておけがモットーのフィルは
村の食堂で食べるのが結構楽しみだったりする。
フラウもフィルの答えを予想していたようで笑顔で頷く。
ここ数日、村に来た時はずっと一緒に食堂で食べていたのだから当然と言えば当然だし
それにフィルは食堂のメニューの中でも普段フラウ達村人があまり食べない様な、
ちょっと贅沢(とはいえ銀貨数枚程度だが)な料理をよく頼んだりもするので
フラウもフィルと一緒に食べる食堂の料理は楽しみにしているのだ。
「はいです! あ、フィルさんは今日は何か食べたいのってあるんです? 私はパンが食べたいです」
「あはは、そうだなー。パンも良いけど、今日は茹でた芋とか食べたいかなぁ?」
「えへへー。フィルさんってご飯の時もお芋よく食べてますもんね。お芋好きなんです?」
「うーん。あんまり気にした事無かったけど……言われてみると確かに好きかな? 御飯として食べるのも良いけど夜中とかに小腹が空いた時に茹でて食べたりとか」
「寝る前に食べるんです?」
「うん、あと寝ていてお腹が空いて起きちゃった時とかね。お腹が空いてる時に食べる茹でたての芋がまた美味しいんだよねぇ。バターをのせて、塩をかけて……」
「わぁ~。美味しそうです!」
芋自体は別段高価な食べ物でも何でもないが、空腹の時に、
それも今食べたいと思っている料理を食べた時の満足感というのは何ものにも代え難い。
夜中に空腹になるのはフラウも経験があるのだろう。
その時の事を思い出してフラウがフィルのお夜食に興味津々になった所で、
すぐ後ろを歩くサリアから咎める声が飛んできた。
「ちょっとフィルさんっ。フラウちゃんに変な事教えちゃ駄目じゃないですか!」
後ろ見てみるとサリアがフィルを睨んでいる。
だが、一応睨んではいるものの、その雰囲気は怒っているというよりは
なにか新しい悪戯を思いついたという感じがして、別の意味でフィルを警戒させる。
「えー? そんなに駄目かな? 美味しいよ? 芋」
「駄目ですよーっ。そんな事したら朝御飯食べられなくなっちゃうじゃないですか」
確かにもっともな言い分である。
フィルの場合は独り身だったので、そんな時は朝食を抜かしたり……というか
きちんと朝食を取った事が殆ど無く、朝と昼を一緒に食べる事の方が多かった。
だが家族で生活しているのであれば、そうも行かないのだろう。
「まぁ、確かにそういう日は朝を抜かす事も多かったけど……そんなに駄目かな? フラウも夜に腹が減ったら食べたくならない?」
「うーん……とってもすくんですけど、おうちのご飯は勝手に食べちゃ駄目だから我慢してたのです。だから晩御飯はちゃんと食べないと駄目なんです」
ちょっとだけ困った笑みを浮かべて答えるフラウ。
特にこの村の場合はドラゴンやオークに食料を奪われたり
ここ最近は水不足による不作になっていたりと
慢性的な食糧不足の所為もあって、余計に食料の管理に厳しいのかもしれない。
それでなくても意図しないのに家の食料が減っていたりしたら問題になるだろう。
フィル達の以前のパーティにしても
冒険の為に準備した食料は夜食に使わずに
夜食は各人が購入してきた物を各々で食べていた。
冒険の行程に合わせて準備した食料が途中で尽きたりしたら
それこそ死活問題となってしまうからだ。
そう考えればフラウの言う事は確かに大事だ。
むしろどこの家庭でも普通はそうなのだろうが、
独り身ですっかり生活習慣が乱れきっていたフィルには耳が痛い事である。
「そっかぁ……、夜中に食べる芋とかベーコンって本当に美味しいんだけどなぁ」
「むぅ……まだ言います? そんな事言ってると、私達も食べちゃいますよ?」
てっきり追い打ちをかけるように怒るのかと思ったのだが、
サリアの反応はフィルの思い描いていたのは少し違った。
どうやらサリアの目的はフィルの家で夜食に食べる事のようで、その一言にフラウも反応する。
「あ、私もたべたいですー!」
「ん? それは構わないけど……」
フラウと一緒に夜食を食べるのもきっと楽しいだろうなと
フィルはそこまで言って、後ろにいる娘達の数を思い出す。
総勢五人、しかもほぼ全員が育ちざかりだ。
これだけの人数が夜食をつまみ食いするとなると減る食料もかなりの量になるだろう。
だとすると肉や野菜といった普通の食料はともかく
高価な品や嗜好品を食料庫に置くのは注意した方が良いかもしれない。
特にお菓子なんかを誰かに食べられたりしたら喧嘩になりかねない。
「……お菓子とかは一人で全部食べたりしないようにね? くれぐれも喧嘩をしないようにね?」
「そんな事しませんって! まったく、フィルさんは私達をなんだと思ってるんですか?」
あくまでも皆が喧嘩したりしない様にとの心遣いのつもりが
逆にサリアに怒られてしまった。
「あ、それなら人に食べられたくない物には自分の名前を書いて置けばいいんじゃないかな?」
そしてリラの一言で、いつの間にか食料庫を使うときのルールが出来てしまった。
「あ、私も自分の名前書けますー!」
「おおー。フラウちゃん偉いですねー。これならバッチリですね!」
「はいです! えへへー」
(フラウが楽しそうにしているのが唯一の救いかなぁ……)
フィルの心配をよそに少女たちはお夜食の話で盛り上がっている。
どうやら今日からさっそく試してみるらしい。
こういう時でも皆一緒でというのが何とも微笑ましいが
これが続くとなると街で買い足す食材は
予定よりさらに増やしたほうが良いのかもしれない。
そんな他愛ない世間話をしながら雑貨屋に到着すると
店内ではいつものように女店主が椅子に座ってのんびり縫い物をしながら店番をしていた。
この時間、村人は畑仕事をしている時間帯であり、
もちろん店内に他に客の姿は見当たらない。
女店主もこの空いた時間は手仕事をして時間を潰しているようで
その手には仕立直し途中のフィルが依頼したフラウのメイド服があった。
「あら、いらっしゃい。ちょっと待っててね」
女店主はそう言ってやりかけの縫い物を店の奥へと片付けると
今度は手に羊皮紙を持ってフィル達の元に戻ってきた。
「欲しい物のリストを纏めておいたから、これでお願いできるかい?」
「わかりました。それじゃ確認しますね……ふむ」
女店主から差し出された羊皮紙を受け取り、書かれた目録を確認するフィル。
目録に書かれていたのは前回と同様
穀物や塩と言った必需品が殆どだったが、
今回はそれに加えて砂糖やバターといった嗜好品が多めに追加されていた。
おそらくは戦利品の売却で資金に余裕が出る事を見越してなのだろう。
フィルとしても村の生活に余裕が出来るのは喜ばしい。
他には、この間のゴブリン狩りの時にフィルが買い占めてしまったキュア・ライト・ウーンズのポーションに
布や糸や石炭といった日用品が幾らかと……
「それと……この女性物の服を十着と子供の服を男女それぞれ五着程度というのは?」
「ああこれ? この村の娘達にも街の可愛い服を着せてあげたくてねぇ。可愛い服を何着か買ってきて欲しいんだよ。もしかしたらそれを見本にこっちでも仕立てられるかもしれないからねぇ」
「なるほど……」
なるほどとは言ったものの、当然の事ながらフィルに女性者の服を選ぶセンスなど無い。
中年男、それもむさ苦しい男ばかりのパーティで人生の半分以上を過ごしてきたフィルだ。
武器や防具の価値を見定めるのならともかく
年頃の娘さんが喜びそうな服を身繕うなど無理な話だ。
「……これは僕じゃ無理そうだからリラ達にお願い出来るかな?」
「任せてください!」
おそらく雑貨屋の主人もフィルには無理だと分かっているだろうから
多分これはリラ達女性陣へ向けての依頼なのだ
フィルの要請に一緒に目録を見ていたリラが大丈夫ですよと快諾する。
こういう時、女性が一緒にいると本当に頼もしい。
特に以前のパーティに居た頃はパーティメンバー全員が男だった為、
救出した少女に怯えられたりとか
同行する事になった女騎士に警戒されたりとか
襲ってきた女暗殺者を生捕にしたので身体検査をしたら泣かれたりとか
最後のはともかく、この手の女性が関わる事には何かと苦労したものだった。
今回の依頼もやる事は異なるとはいえ、
フィルのような男性では達成は難しいだろう。
フィルがそんな事を考えている間にも
女主人による欲しい服の説明は進められていた。
当然ながら横で聞いているフィルには説明の内容が半分も理解できなかったが
当の少女達は女主人の内容を理解しているようで
話が嚙み合っているように見えるのが本当に頼もしい。
(今後はこういった依頼が増えるのかもしれないなぁ……)
このパーティの男女比を考えれば
今後はこのような依頼が増える事はまず間違いないだろう。
その時、自分は戦力外になるのは間違いないが
そこは適材適所、少女達が上手くやってくれるだろう。
そうなったらフィルとしては遠慮なく彼女たちに任せるのが良いだろう。
そんな事を考えながらフィルは
少女達と雑貨屋の女主人との交渉をのんびり眺めていた。