邪神さんとお仕事19
村へと到着した一行は
そのまま村の大通りを進み、鍛冶屋へと向かった。
昨日で武器の修理が終わった事もあって
鍛冶屋の前に手伝いの村人達の姿は消え、
ここ数日の賑やかさは無くなっていたが
代わりに作業場の奥から聞こえくる砥石車が金属を擦りあげる音が
鍛冶屋が平時に戻った事を感じさせた。
「じいちゃんはもう仕事してるみたい。先におばちゃんに挨拶してこうよ」
そう言って店舗の入り口へと入っていくリラについて一行が店内に入ると、
そこには店番をしてた初老の女性……鍛冶屋の妻と
待ち合わせの約束をしていたダリウとラスティの三人が
カウンター越しに立ち話をしている所だった。
一行の到着に気が付いたダリウが手を上げて一行を出迎える。
「おう、今日は頼む」
「お待たせー。二人とも早かったわね。あ、今日もよろしくお願いします」
先頭を歩くリラがダリウには軽く手を振って返して、
それから鍛冶屋の妻に笑顔で挨拶をする。
明るく元気なリラは食堂で働いている事もあって村人達との関係も良好で
こういった対応も安心して任せられる。
戦士職の中には威圧担当とばかりにぶすっとした強面も多く
以前フィルがのいたパーティの戦士も大体そんな感じで
交渉役はもっぱらクレリックとレンジャーが行っていたが
こうした社交的な戦士のリーダーというのも良い物だと思う。
もちろん本格的な説得が必要な時はリラでは難しいだろうが
その時はもう一人の交渉担当であるバードのサリアがついている。
今は村の中での交渉は、リラの様な同じ村の出身者に任せるのが最善と、
二人が楽しそうに世間話をするのに口出しする事無く見守っているが
それでも何かあれば何時でも自分が出られるようにと、
リラから一歩下がった位置で笑顔で待機している。
自然とそうなったのか、彼女達で話し合って決めたのかは分からないが
彼女達の役割分担はフィルから見ても上手く出来ている様に見えた。
夫人への挨拶を済ませて仕事場に向かうと
入って来て目に付く中庭の一画に筵が敷かれており
その上に修理を終えたショートボウとショートソードが並べて置かれていた。
「おう! お前さん達、やってきたのか」
奥で仕事をしていた鍛冶屋の店主が
一行の到着に気づいて仕事の手を止め一行を出迎えた。
「おはようございます。今日もよろしくお願いします」
「おう、鞘がまだ乾燥させたままだから、ちょっと取って来るわな」
そう言って鍛冶場の奥へと引っ込んでいく店主を見送り
フィル達はさっそく置かれていた品物の確認に取り掛かった。
並べられたショートボウにショートソードは
魔法で破損や傷を修復した物は勿論の事、
村人達が手作業で修復した物も最後の仕上げを店主が施しただけあって
どれも傷一つ見られないほどに磨き上げられ、
一見しただけでは新品同様でとてもゴブリンの所持品には見えなかった。
「こうして見ると元があのゴブリンの武器とは思えないですよね」
「良くまぁ。あのガラクタがこれだけ綺麗に仕上がったよな」
感心して武器を手に取って眺めるサリアにダリウが同意する。
勿論その道のプロである職人や商人が見れば中古だとすぐ分かるのだろうが
それでもこれだけの仕上がりなら、
買い取った後の修理や仕上げの手間がいらない分
普通に使い古しを売るよりは高く買い取ってもらえる可能性が高い。
「鍛冶屋のおじいちゃんが頑張ってくれたんです」
「ずっーと、仕上げばかりしてたもんねー」
「はいです!」
「まったく、ここ数日は大変だったわい」
一行が武器を前にそんな賑やかなやり取りをしていると
一度鍛冶場の奥へと引っ込んだ店主が
木や革で出来た棒状の物を沢山抱えて此方へとやって来た。
「で、これがその剣に使う鞘だ。外側は綺麗にしたんだが、中の汚れは儂じゃどうにもならん、剣を納める前に魔法で中を綺麗にしてもらえるか?」
「このまま使うんじゃダメなの?」
店主が抱えている鞘の中から一本抜き取り、不思議そうに尋ねるリラに
店主は思い出して顔をしかめて理由を答える。
「鞘の中を見てみい。こんな血糊で汚れた鞘、使ったらすぐに剣が錆びちまうわい」
一般にゴブリンに自分の剣を大事にするといった文化は無い。
錆びようが気にしないし、寧ろ刃に色が付いた程度にしか思わないだろう。
そんなゴブリンが愛剣の手入れなどするはずもなく、
獲物を切ったり刺した武器はそのままに置かれて
魔法の武器でもない限り数日もすれば錆が浮いてくる事になる。
そんな剣を納めていた鞘の内側には剣についていた血糊や錆が付着する訳だが
こうなってしまうと剣を納めた時に鞘内に残った血糊や錆が刀身に付いてしまうようになり
こちらも剣に錆が浮く原因となってしまう。
店主の持ってきた鞘の中にも「使用後」である事を示すように
乾いて赤黒く変色した血糊が汚れのように染込んでいた。
このまま使えば店主の言う通り、
数週間もすれば剣に錆が浮いてくる事になるだろう。
「確かにこのままでは使えそうにないか……それじゃあ魔法で綺麗にしますけど、他に綺麗にしておきたい物はあります? ついでに一緒にやってしまいますよ?」
「ふむ。それなら例のゴブリンの革鎧も一緒に綺麗にしてもらえんか? 手洗いじゃ匂いも汚れもなかなか落ちなくて困っておったんじゃよ」
そう言って店主は仕事場の裏手へと向かうと、
そこから川で水洗いをして陰干しをしていたレザーアーマーを一領持ってきた。
一応水洗いされてこそいるが傷だらけの革鎧には
ゴブリン自身の物とも他の生物の物とも分からない赤黒い汚れや
何か分からない染みが取れずに幾つも残っていた。
「これなんじゃが、魔法で汚れを落とせそうかの?」
「ふむ……傷は直せないですけど汚れを落とすのはいけると思いますよ」
「それでええよ。あとは幾つ位出来そうかの?」
「あれぐらいの数なら全部いけると思います」
プレスティディジテイションの持続時間はおよそ一時間程度。
一度に綺麗に出来る範囲は一辺一フィートの立方体に収まる程度だが
持続時間の一時間以内なら六秒ほどでその範囲を終えて、
次の範囲を綺麗にすることが可能だ。
今回積まれたレザーアーマー程度なら
全部合わせても余裕で時間内に済ませる事が出来るだろう。
フィル達は店主と共に鎧を陰干ししてある店の裏手へと行くと
そこに鞘も置いてからプレスティディジテイションの呪文を唱えた。
呪文を唱え終えても特に何か光ったりとかの変化は無いし
元々外側が綺麗な鞘では見た目の変化が全然分からないが
数秒で隅にある数本の鞘の内側の汚れが完全に消えると
それから数秒で今度は隣にある数本の汚れが消えていく。
「ほう……」
毎日この呪文を使ってすっかり慣れっ子なフラウ達と違い
普段魔法を殆ど目にする事の無い店主だが
それでも一度感心の声を出したきりで、
その後は特に何を言うでも無く、黙ってフィルの作業をじっと見守る。
(ん……なんかやり辛いな……)
頑固な職人が弟子の仕事を見守るような値踏みするような
そんななんとも居心地の悪い感覚を感じながらも
それでも十数分ほどで全てのアイテムの洗浄が完了した。
「ふぅ、これで完了です」
「ふむ……やはり魔法は便利じゃのう。昔はよくアニタん所のお母ちゃんに頼んだもんじゃ」
「そうだったの?」
店主の言葉にアニタが尋ねると店主はうむと頷いた。
どうやらフィルの仕事云々というのは特には無いらしい。
「そうとも。もう十年以上は経つかの? 流石にこれだけの数をやった事は無かったがのう」
「そうなんだ……だから魔法を見ても驚かないんだね」
「まぁの。他にもお前さんトコのお母ちゃんには魔法で色々世話になったもんじゃよ。鎧に書かれた頑固な落書きを魔法で消してもらったり、素材の場所を探してもらったりの」
懐かしそうに思い出話を語る店主。
村を拠点にしている冒険者なら
馴染みの鍛冶屋に魔法を使ったりする事もあるのだろう。
いつの間にかダリウやフラウも集まって店主の話を興味深そうに聞いている。
「へ~。ねぇ、次はアニタがやってみるのもいいかもしれないですね?」
そんなサリアの言葉にアニタは少し考えてから頷いて見せた。
「うん……そうだね。やってみる」
「ね、おじいちゃん、私のとこのお父さんはどうだったの?」
「うん? お前さんか? お前さんの親父さんはなぁ、ここの設備の方が良いからって、うちの砥石を使いまくってなぁ……」
少女達が店主の思い出話に興じている間、一方のフィルはというと
一人で武器を鞘に納めてはバックの中に納めるという作業を続けていた。
自分一人だけ蚊帳の外という感じがして寂しくない訳では無かったが
このバッグ・オヴ・ホールディングを使えるのが自分一人という事もあって、
今のうちに済ませてしまおうと黙々と作業を続ける。
早く終わらせれば皆に加われるだろうと考えていたのだが
どれも同じショートソードとはいえ実際は作られた時も場所も違う物だと
微妙に剣と鞘のサイズが違ったりして合わない事が多く
とっかえひっかえ試しては丁度良い物を探してしまうという作業を繰り返しているうちに
何時の間にか店主の思い出話は終わってしまっていた。
「なんじゃ、一人でやっとったのか?」
「ああ、いえ……このバッグ使えるの僕だけなんで、今のうちにやっておこうと思いまして」
呆れる店主にようやく全ての剣をしまい終えたフィルはばつの悪そうに答える。
「お前さんも案外、要領が悪いみたいじゃのう」
そう言って笑う店主にフィルは何と答えたら良いか思い浮かばずに苦笑いを浮かべる。
つい何時もの癖で効率を求めてしまいがちだが
こうした村は時間に関してはのんびりしている事が多い。
「ははは……つい癖で分担で動けば良いやって思っちゃうんですよね」
「ははは、都会もんはそういったのが多いからの。そんな焦らんでも今日は急ぐ必要も無いじゃろ?」
そう笑って誤魔化すフィルに店主は楽しそうに笑う。
たぶん、ここでは店主の感覚の方が普通なのだろう。
フィルとしても今後この地に住み付くのなら……
というより、のんびり暮らすためにも慣れておきたい感覚である。
街で売る武器の回収を済ませ、
店主から街で買ってくる備品の一覧が書かれた羊皮紙を受け取ると、
フィル達は一行は次の目的地である雑貨屋へと向かった。