邪神さんとお仕事18
「ふぅ……」
ソファに座り呪文の覚え直しを終えたフィルが手にした呪文書を閉じると、
その振動に隣に座ってフィルに寄りかかっていたフラウがビクッとして顔を上げた。
「ふぁ?」
思わず声を出してから、まだ少し眠たげにこちらを見上げるフラウだが
いつの間にか自分が眠っていた事に気が付いて、照れ笑いを浮かべる。
そんな少女の頭をフィルが撫でてやると
フラウは少しくすぐったそうにして、
それからもう一度、フィルへとその小さい体を預ける。
夕食を終えて、ダリウ達を玄関で見送ったフィル達は
皆で晩御飯の後片付けを済ませて、
今はフラウと二人で自室に戻っていた。
下の階では今も少女達がサリア曰く「女の子だけの秘密の打合せ」をしている。
当然中年のおじさんには参加資格がある訳も無く
呪文の更新もあるしと一足先に二階に戻ったのだが
そこにフラウも一緒に付いてきたのだった。
フィルとしては女の子同士の方が楽しいだろうにとも思わないでも無かったが
一緒に来てくれたことはとても嬉しかったし、
野暮な事を言ってフラウの気分を悪くする必要も無いかと
特に何も聞かずに二人で自室に戻ったのだった。
「今日は山歩きで疲れてるんじゃない? そろそろお休みしようか?」
「えへへ、大丈夫です! 少し寝たら眠くなくなっちゃいました」
横に座るフラウにフィルが問いにかけると
フラウはそう言ってにこにこと笑う。
先程フィルが呪文を覚え直している間、
最初は黒板を取り出して文字の勉強をしていたのだが
何時の間にかこちらに寄りかかって静かにしていた所を見るに、
どうやら少し居眠りをしたのだろう。
おかげで目が冴えてしまったようで
それは二人でベッドに入った後も全然眠くなる様子は見られなかった。
「フィルさんフィルさん」
「うん?」
布団の中、フラウに呼ばれて隣を見てみると
少女がこちらに体を向けているのが見えた。
やはりまだ眠くないのか、まだまだ話をしたそうなフラウに
フィルも体を少女の方へと向けた。
「どうしたんだい?」
「えへへ~。今日の晩御飯、すっごく賑やかでしたね!」
話題は何でもよかったのだろう。
今日の出来事を楽しそうに語るフラウに
フィルも笑顔を浮かべて答える。
「そうだね。あの人数になるとやっぱり賑やかになるね。フラウの作ったご飯も美味しかったしね」
「本当です?」
「うんうん。とっても美味しかったよ?」
「えへへ~嬉しいです。 あ、フィルさん?」
「うん?」
「こんどはご飯は一緒に作りたいです」
「?……ああ、そう言えば今日はキノコ干しで手伝えなかったっけ。そうだね。明日は一緒に晩御飯を作ろうか」
「はいです! えへへ~」
すぐ横で嬉しそうにころころと笑う少女に
フィルは手を伸ばし、その頭を優しく撫でる。
「? フィルさん? どうしたのです?」
「ああ、いや、何となくフラウの頭が撫でたくなっちゃってね」
親が子供の世話をする時というのはこんな感じなのかなと
そんな事を思いながらフラウの髪を撫でるフィル。
「あ。それじゃあ……」
そう言うと、フラウはもぞもぞと身をよじり、
フィルとの距離を詰めて顔を近づけた。
「これで撫でやすいです?」
「あ、う、うん。そうだね」
そう言って悪戯が成功した後の様な満足気な笑みを浮かべるフラウ。
そんな可愛らしい悪戯に年甲斐もなく照れるフィルだったが、
それはフラウも同じ様で元の位置に戻った後も、
フードに隠され僅かな魔法の灯りが照らすだけの部屋の中でも
少女の顔が赤く染まっているのがフィルには分かった。
「……フィルさん。もうちょっとだけ、このままお話してもいいです?」
「うん。ああいいよ? どんな話をしたいんだい?」
「えっと……えっとですね……あ、フィルさんの行った事のある町のお話が聞きたいです」
話をせがむ少女の頭をもう一度手を伸ばして優しく撫でて、
フィルは自分の行った事のある土地の話をする。
話を面白そうに聞いていたフラウが眠気に負けて
気持ち良さそうな寝息を立てるのを確認して
フィルも今日一日をようやく終えて眠りについた。
次の日、一行は何時ものように身支度を整えて村の鍛冶屋へと向かった。
昨日までで武器の修理は全て終わっているので
今日は売り物にする武器の最終確認と、
街に行く為の支度が目的となる。
「フィルさんフィルさん。今日ってどんな事をするんです?」
今日も今日とて晴天の下、家から村に向かう山道を下りながら
フィルと一緒に手を繋いで歩くフラウに尋ねられてフィルは笑って答える。
「そうだね~。まず修理した武器を受け取って、それから鍛冶屋さんと雑貨屋さんでそれぞれ街で買ってきて欲しい物が無いかを確認。後は街に行く時に必要な物が有れば買い足す位かな? まぁ、街までは半日も掛からないし、ここで無理に買うよりは街に行ってから買った方が良いかもしれないけどね」
「なるほどですー。街でお買い物ですっ」
フィルがそう言ってフラウに説明をしていると、
すぐ後ろで話を聞いていたリラが話しかけてきた。
「あ、そう言えば私達もバックパックとか旅の道具を買わないといけないんですよー」
言われてみれば彼女達が家にやって来た時、大きな籠に荷物を入れて持って来ていた。
村からフィルの家までならともかく
流石に旅をするのに籠を持って移動するのは大変だろう。
「うーん、革の袋とかはあったと思うけど、旅用のバックパックってあったかしら?」
リラの言葉に横を歩くトリスが言った。
有ったとしても三人分売られているかとか
大きさは三人のサイズに合っているかなど問題は他にもある。
「んー。そういったのは街で買った方が良いかもしれないね。使いやすいのを選んで買ったほうが良いだろうし。まぁ、雑貨屋さんに良いのが有れば、ここで買ってもいいと思うけどね」
「なるほどー。あ、でも行く時の荷物はどうします?」
「ゴブリン狩りの時に使ってたあの小さなバッグに身の回りの物を入れておくと良いよ。僕の使ってるバッグもそうだけど、ああした雑嚢は戦闘でもさほど邪魔にはならないからバックパックと併せてよく使うんだよ。大きい荷物はバックパックを買うまでは僕が持っておくよ」
「助かります! あ、バックパックを選ぶ時に注意した方が良い事ってあります?」
「そうだなぁ……あまり大きすぎない方が良いかな? 大きいのは便利だけど一杯に入れるとかなりの重さになるからね。最初はあまり大きくないバックパックで長距離の移動に慣れるようにした方が良いと思うよ。リラならサリアが持ってるのより少し大きい位が良いんじゃないかな?」
「でも私なら、もう少し多く持っても大丈夫そうですよ?」
「そうかもしれないけど、最初の内は無理しない事だよ。移動中に敵と遭遇したりとか考えると、余裕があるに越したことは無いからね」
長距離の移動では荷の重さというのは案外馬鹿に出来ない。
自身のキャパシティを超えて荷物を持ち運ぶと
移動は出来ても徐々に体力を消耗していってしまう。
街と街を繋ぐ街道はごく一部を除けば
法の支配の届かない無法地帯となっているのが常であり
移動中でも偶発的遭遇の可能性が常にあるのだ。
移動中に襲われた時、疲れて動けないなんて事になったら目も当てられない。
特に技量に余裕の無い駆け出しなら尚更だ。
その為、長時間移動しても疲れない様
荷物を持ち過ぎないという事は
中に入れた物の重さを無視できる魔法のバッグでも持たない限りは
冒険と言うより旅をする上での基本となる。
勿論、冒険に成功して戦利品が沢山だったり、
冒険に失敗して死傷者が出て荷物の運び手が減った時等
例外は幾らでもあったりはするのだが……。
「なるほどー」
「街に行ったら幾つかの店を周って使い易いのを探してみると良いと思うよ?」
「そうしてみます。二人もいいよね?」
「あ、私、ウィザード用のが欲しいな」
「私もそれで良いと思わよ」
「冒険するなら他にも必要になりますし、私が色々教えてあげますよー」
「サリアは何か買いたい物とかあるの?」
「今の所は無いですかね? この村に来る前、街で買っちゃいましたからね」
「へぇ~」
その後も背中からは少女達の賑やかな会話が聞こえてくる。
フィルと手を握って隣を歩くフラウも時に後ろに混ざり
時にフィルに話しかけたりと楽しそうにしている。
(なんか、賑やかだよなぁ……若いという事もあるだろうけど)
少し前に自分が居たパーティでの移動時を思い出してその違いに感慨に浸るフィル。
自分達も勿論、こうして移動している時に世間話をしたり冗談を言い合ったりはしたが、
ここまで次から次へと話題が出てくる事は無かった。
いや、若い時は興に乗ればこの位は喋っていたかもしれないが
最近では半分以上は黙って歩いていたような気がする。
(やっぱり若いって凄いよなぁ……)
若いというだけじゃ無いのかもしれないが、
とにかくその元気は尊敬にも値するだろう。
そんな事をぼんやり考えているうちに
一行は山道を下り終え、村へと到着した。