邪神さんとお仕事17
「あ゙あ゙ぁ~、これはいいな……」
「ああ……確かに温泉を思い出すね……」
「まぁ、温泉じゃなくて普通の風呂なんだけどね」
揃って湯船に浸かる男三人。
山仕事の後とあってかダリウとラスティは湯船に肩までつかり
声を出しながら心地よさそう息を吐く。
フィルとしては、何故自分の家の風呂に
男三人で入らねばならないのだとも思うのだが
先程のサリア達の必死の眼差しを思い出して、
これもまた仕方無しなのかと、前の二人とは違う溜息をそっと吐く。
食事の準備を終えたフィル達は
先に少女達が風呂に入り、
それから交代でフィル達が風呂に入る番となった。
実際の所、幾ら少女達が入った後の風呂だからといっても何が変わるという訳も無く
未だって浴室の中は先ほど焼いた平パンの香ばしい香りが僅かに残るぐらいで
至って普通。温かい湯が今日の労働の疲れを癒してくれるのみだ。
サリアやトリスは気にしすぎじゃないかとも思うのだが、
まぁ、あの年頃は何かと多感なお年頃なのだ。
男の子にしても女の子にしても色々大変なのだろう。
「……そう言えばさっきも温泉って言ってたけど、この辺に温泉があるんだ?」
風呂に浸かって入り口の方を眺めながら、
フィルは先程から気になっていた事を尋ねた。
確かにドラゴンの住んでいた山は火山であり
温泉の一つや二つ湧いていてもおかしくは無いが
村ではその気配すら見られなかった。
その為、この村には温泉は無いのだろうと一人納得して諦めていたが
存在しているのなら無性に温泉を見たくなったのだった。
「ああ、この家の下に流れてる川を遡った所にあってね。川辺に温泉が湧いていて、そこに小屋が建ってて着替えて誰でも入れるんだよ。遠いから行くのが結構大変なんだけど、そこのお湯から塩が採れるから、ちょっと前までは村の人が交代で泊まって塩を作ってたんだ」
「へぇ。でもそれじゃあ、よくドラゴンに目を付けられなかったね?」
ラスティの説明に疑問を口にするフィル。
ドラゴンの知覚力というのは凄まじいもので
数キロ先の獲物でも容易に見つける事が出来る。
河原の遮蔽の無い場所に人間がうろうろしていれば、
すぐに発見されているはずだ。
「……まあね。塩を納める代わりに見逃してもらっていたんだよ」
「ああ……なるほど……」
一般に塩は岩塩が採れる地域や海沿いの地域でなら、そこまで高価な品では無い。
また、それらの産出地域との交易が容易な地域でも、そこまで高価にはならないだろう。
しかし、山間部の、しかも外部との交流が分断された村にとって、
体の健康に欠かせない塩は非常に貴重な品となる。
幸い、この村の温泉には塩分があったらしく
そこから精製される塩で村人達の健康を維持していたのだろう。
そして同様の事はオーク達にも言える。
オーク達にとっても村人が塩を作る事を容認した方が得だったのだろう。
とはいえ、温泉から採れる塩の量などたかが知れている。
ラスティは何気無い風に言ってはいるが、
そんな貴重な塩を差し出さねばならない悔しさはどれほどのものだったのだろか。
そんな事をフィルが考えていると、
隣のダリウが気楽な口調でぼやいてきた。
「あー……確かに気持ちいいんだが、行くまでが遠いんだよな……行くのに疲れるし、帰ってくるのにも疲れるしで、行ったら行ったで塩を作るための薪集めだ鍋の番だって殆ど入る温泉に入る暇も無いしな」
「あはは、でもまぁ、釣りしたりそれを焼いて食べたりで、結構楽しかったりもするんだけどね」
「へぇ~、なんか楽しそうだね」
確かに川沿いなら魚釣りをしたりも出来る。
塩も有るなら焼き魚をしたり、確かにそれはちょっと楽しそうだった。
「今なら塩を作る必要も無いし、温泉や釣りで遊ぶだけっても出来るんだろうが……でもこの時期は畑仕事がなぁ……」
ぼやくダリウ。
確かにこの季節は雑草が生えやすく、虫も付きやすい。
特に夏野菜はこまめに面倒を見ないと直ぐに食べ辛い大きさに成長してしまう。
農家としてはあまり畑を離れる訳にも行かないのだろう。
「もっと村の近くに温泉があればいいんだけどね。畑仕事の後に一風呂浴びたりとかさ」
「確かに、冬場なんか近くにあればとはいつも思うがな……まぁ、無いもんは仕方ねぇよ」
そう言って言葉を切って、もう一度と湯船に肩を沈めるダリウ。
「なぁフィル……温泉って村の近くに出せたりできないか?」
「ん~そうだなぁ……」
ダメ元といった感じで湯に浸かったままこちらに尋ねるダリウに
フィルも湯に浸かりながら天井を見上げる。
村人達に魔法を望むなら代価を要求するといった手前、
ほいほい魔法を使うのはどうかとも思うのだが、
とはいえフィルも温泉には入ってみたい。
個人的にやりたい事ならば、まぁ問題無いだろう。
そもそも、魔術師が井戸を作ろうとした時
良くある穴を掘って水脈から水を汲むといった事は殆どやらない。
代わりにデカンター・オヴ・エンドレス・ウォーターを作成して
フィルの家の厨房にあるような、無限に水が湧く水場を作るのが普通だ。
それ以外の方法、地道に穴を掘る場合だと魔法と云えどもなかなかに難しい。
まず温泉を探すのに占術系の呪文で探すのだが、
これはおそらくロケート・オブジェクトで探ればいけるだろう。
とはいえ、実際にそんな事試したことが無く、成功するのかは断言できない。
なにせ通常ロケート・オブジェクトでは物の形状を思い浮かべて探索対象を特定するのだが
探す対象が不定形でしかもそこら中にある水では
下手をしたら水脈と全く別の(例えば川とか水桶に貯めた水とか)水に反応しかねない。
一応、熱を強くイメージすれば良いのかもしれないが
こればかりは試してみないと分からない。
次に穴を掘る魔法だが
まずウィッシュ系呪文は予算オーバーだ。
井戸一つに金貨千五百枚とかはちょっと高すぎる。
次に思いつくのはパスウォールだが
あの呪文は壁が対象で掘れる距離もそれ程長くないから井戸を掘るには向かない。
最後の候補はムーブ・アースの呪文といって、
そこそこの広さの土や砂を掘ったり盛り上げたりする呪文なのだが
あれは堀を掘ったり埋めたり、地形の傾斜を修正したりするのが主な使い道で
トンネルや井戸のように狭い範囲を掘り進めるのには使えない。
(一旦大きな堀を掘って後から埋めれば何とかなるか? 土砂の後片付けが大変そうだけど……)
大穴を埋め戻す時に水源の周りをレンガで囲っていけば井戸として使えるようになるはずだ。
だが、それには結局人手が必要になり、魔法で手軽にという訳には行かなくなる。
さらに言えばそんな大きな穴を作るとなると、
穴をあける際に出来た大量土砂を置けるだけの広い場所が必要となり、
それには少なくとも村の中でやるのは無理だろう。
「ん~、一応、出来るとは思うけど、探すのはともかく、掘るのは魔法を使ってもかなり大変だと思うなぁ」
そう言ってフィルはムーブ・アースを使って井戸を掘る方法を説明する。
「んー……まぁ金が掛からないなら試してみるのもいいかもな。聞いた限り、井戸の材料さえあるなら俺達だけでも出来そうだ」
「ああ、ムーブ・アースは呪文に使う物質要素が必要だけど、それは高い物じゃないから大丈夫だよ
でも問題は掘った所が水の可能性もあるって事だけど、あ……」
「なんだ?」
「いや、水でもお湯を沸かせばいいんじゃないかって」
「そりゃそうだが、そんな大量の薪使えないぞ?」
薪は風呂以外にも食事の煮炊きや暖を取ったりと生活に欠かすことが出来ない。
山に行けば大量に手に入るとはいえ有限の資源だし
集めるにもそれなりに苦労が必要となる。
だからこそ一般の家庭ではあまり薪を無駄にしないよう
風呂は最低限の湯を張ったタライで済ませているのだし
自然に熱湯が湧き出す温泉が重宝されるのだ。
「それに薪でお湯を沸かすのだと、誰かが風呂釜を管理しないといけなくなっちゃうね」
「ああ、それに丁度いい道具が有るんだ。うちの窯だと火力が強すぎて使えないけど、それに耐えられる専用の風呂釜を作るなら問題無いはず」
(……道具というか、炎の魔力をエンチャントした剣なんだけどね)
それで組み上げた水を常に沸かし続けていれば
薪の心配や風呂釜の番をする必要は無い。
「なるほど、それでお湯を沸かし続けていられるなら、温泉と似たようなものか」
「そういう事、それなら別に水が湧こうが構わないかなって」
「なるほど、でもそれなら、川から水を引いてくるでも良さそうだね」
「「あ……」」
ラスティの一言にダリウとフィルが揃って声を上げる。
どうやら村の風呂は考えていたよりも
手軽に出来そうだった。
それから、どうせなら川の近くにして釣りがしたいとか
それなら生簀を作って手軽に獲れるようにしようとか
散々盛り上がった三人は、すっかり長湯をしてしまい、
風呂から上がった後、三人揃ってサリアから怒られたのだった。