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邪神さんとお仕事16

(……ん? 帰って来たかな?)

家へ近づいてくる複数の足音と、聞き覚えのある少女達の話声に

フィルは本をめくる手を止めて窓の方へと目を向けた。

窓の外では大分傾いているとはいえ、

まだまだ元気な初夏の太陽が空を明るく照らしている。

日暮れにはまだかなりの時間が有るが

一旦、日が沈んでしまうと街灯の様な気の利いた物も無いこの辺りは

月明りすらも木陰に隠れて一面が真っ暗になってしまう。

そうなれば道中の危険も増す訳で

フィルとしてもこうして明るいうちに帰って来てくれると

心配しないで済むので大変ありがたかった。



付呪の実験で小一時間ほど使い、

さらにレジェンド・ローアの呪文を使った鑑定で三十分ほど使ったフィルは

このまままではフラウ達が帰ってくるまでに作業が終わらないと判断して

エンチャントを急ぎ終わらせることにした。


エンチャントは急いで行い時間短縮する事も可能なのだが、

その場合は呪文を維持するための難度が上がってしまう。

幸い今やってるエンチャントは簡単な強化の付呪であり

多少難度が上昇したところで、結局そう難しい物ではなく、

フィルは特に失敗する事も無くエンチャントを終える事が出来た。


その後は庭で軽い運動ついでに先程付呪した魔法の指輪の感触を確かめ

それも済んだ今はこうして厨房でゆっくりお茶と干肉を楽しみながら

魔導書を読みふけったりと

先程、昼食の時の一人の寂しさはどこへやら

こうして一人でいるのも満更じゃないなと

すっかり気楽な独り身を満喫していた。



「ただいまですー」

ガチャンという玄関の鍵が開く音がして、それから扉の開く音、

それから間髪を入れずに続くフラウの元気な声が聞こえてきた。

フィルが厨房を出て玄関ホールに向かうと

そこには床に籠を置いて一息ついている少女達と、

なぜか一緒にダリウとラスティの男二人の姿もある。

男二人は脇に数本のショートソードを抱えている所を見るに

どうやら今日修理する予定の剣を運んできてくれたらしい。

「ああ、剣を持ってきてくれたんだ? すまなかったね」

「いや、この位問題無い。これはどうしたらいい?」

普段通り、相変わらずの厳つい顔で答えるダリウだが、

今日は心なしかその顔が嬉しそうにしているように見える。

他の面々も疲れたーとか言ってボヤいているが満足そうな顔を見るに

どうやら皆、今日の山菜取りは楽しめたようだった。



「とりあえず全部で六本持ってきたんだけど、修理用はこっちの四本で、こっちの二本は時間のある時で良いから他の修理が終わった後でお願いできないかな?」

そう言ってラスティが差し出した二振りのショートソードは

最低限の洗浄こそ済ませてあるものの

修理対象と比べると明らかに造りが拙く、

見るからに安物と言った感じの短剣だった。


「うん? これってたしか売り物にならないからって潰すんじゃなかったっけ?」

一応、店でも買い取ってもらえるだろうが

それはあくまで素材としてで、二束三文でしか買い取ってはもらえまい。

それなら鋳つぶして村の鍛冶屋で使った方がマシ、という話になったはずだ。

「ああ、そうなんだけど自警団の訓練用に幾つかあったほうが良いかなって思ってね」

「そっちもたしか、村の自警団で使う様にって、売り物用の中から幾つか選別したよね?」

たしか自警団で使いつぶすならそれほど高い物じゃなくて良いからと

三振りほど、売り物の中でも比較的品質の低い(売っても安そうな)剣を選んだはずだ。


「そうなんだけど、流石にその剣で打ち合いの練習をする訳にも行かないなって話になってね」

確かに練習と言えども打ち合いをすれば剣は消耗する。

いざ実戦で使おうとして剣がボロボロでは笑い話にもならない。

軍隊なんかだと練習用に刃を潰した剣で訓練するのが普通で

木の棒でも出来ると言えば出来るが武器の感触に慣れる為にも

訓練用の武器が幾つかあったほうが良いだろう。


「なるほど、そう言う事なら直しておくよ」

「なぁ、訓練用ってやっぱ刃は潰したほうがいいのか?」

練習用のショートソードをラスティに返すフィルにダリウが尋ねた。

「そうだね。二人で打ち合いするならその方がいいだろうね。慣れないうちは寸止めも結構難しいし」

「そのままにしておいて、いざという時には武器として使えたらって話にもなったんだけどね。こう、刀身に布とか巻いたりしてさ」

「気持ちはよく分かるけど、バランスが大きく変わっちゃうし、それなら木の棒とあまり変わらないんじゃないかな? 訓練用の武器も重要だと思うよ?」

「まぁ、それもそうだな。やっぱ刃は潰しちまおう」

「はいはい、それまで―」

男三人の立ち話の間にサリアが割って入る。


「三人とも、そんな事よりまずは荷物を置かないと! 剣は後で回収しますからその辺りに置いておいて下さい!」

「あ、ああ……」「そ、そうだね。ここに置いておくから」

「それじゃあ厨房で採った山菜を洗ったり仕分けたりしますから、フィルさんも手伝ってくださいね」

「あ、ああ分かったよ」

放っておいたら何時までも立ち話している男達に

てきぱきと指示を出すサリア。

そんなサリアに率いられて一行は食材を整理するために厨房へと向かった。



少女達の採ってきた山菜はキノコが主で

それに野イチゴ、

それから野草の類が数種類。

フィルが名前を知っている物も知らない物もあわせて

数日食べるには十分な量の山の幸が厨房の台所を占領するように並んだ。


「ほう、これは大漁だねぇ」

「はいです! リラおねーさんの知ってる所、野イチゴがすっごく沢山でした! とっても甘いんですよ!」

そういってフラウは籠に入った野イチゴを一つつまむと

あーんとフィルの口へと差し出す。

「ん、ほんとだ。甘いね」

少し屈んで差し出された手からフィルが食べると

フラウは嬉しそうに顔をほころばせる。

「はいですー! あ、あとこのキノコ! 私が見つけたんです!」

そう言って並んだキノコの中でも一際大きく肉厚なキノコを手に取る。

「へぇ。これは大きいね。すごいねー」

「えへへー。私の顔よりおっきいです」

そう言ってキノコを顔の横に持ってみせるフラウ。

フィルとフラウがそうやって話をしている間にも

少女達は採った山菜を整理する準備に取り掛かっていた。


「野草は食料庫に入れちゃいましょう。キノコは乾燥させて、野イチゴはジャムにしようと思うけど、皆それでいい?」

「あ、それなら、この大きなキノコは乾燥させるよりソテーにして食べたらどうかな?」

この大きさなら人数分を十分に賄えるだろうし

乾燥させて小さくさせてしまうのは些かもったいない。

そんなフィルの言葉に指揮を執るリラも笑顔で頷く。

「そうですねー。それじゃあ折角だし、今日の晩御飯はこれを使ってソテーを作ってみましょうか?」

「あ、私作りたいですー!」

献立を考えるリラに、フラウが手を上げる。

「あはは、じゃあフラウちゃんは私と一緒におかず作ろうか。他は……」

リラの指揮で各自の持ち場が決まり、

さっそく手分けしての準備が始まった。

今日はフラウとリラとトリスが晩御飯を準備する事になり

それ以外の作業、

アニタはジャム作りを、

そしてサリアとフィル、ついでにダリウとラスティが巻き込まれる形で

キノコを天日干しにするための下準備に取り掛かる。



「あ、そうだ、フィルさん!」

「うん?」

採ってきたキノコをばらして板の上に並べているフィルにサリアが話しかける。

「ついでにお風呂の準備もしちゃいましょうよ。今日は結構汗かいちゃったんで、御飯前に入りたいです」

さっぱりしたいですと訴えるサリア。

何を言ってるんだと思って隣にいるサリアの顔を見ると、

その顔は真顔で、どうやら本気でそう思っているらしい。

そんなんで冒険者として務まるのだろうかとも思うのだが

日常生活と冒険は別物と割り切っているのだろう……と思いたい。


「ああ、それなら窯に火を入れておこうか。温まったらパンを焼いてもいいし」

「やたっ!」

溜息まじりにフィルが了承すると小躍りして喜ぶサリア。

大げさだよと苦笑いを浮かべてフィルが窯に火を入れようとした時

二人のやり取りを聞いていたリラから声が掛かった。

「あ、それならダリウ達もお風呂に入って行ったら? 山の温泉みたいでさっぱりして気持ちいいよ?」

フィルの家の風呂は一般家庭にあるような

タライに湯を張って体を拭くようなものでは無く

体ごとそのままに、しかも複数人が一度に入れる大きな設備だ。

確かに足を延ばしてゆっくり湯に浸かれば労働の疲れが良く取れる事だろう。

「ちょ、リラ!?」

リラのすぐ横に居たトリスが慌てて止めるが、

そんなトリスをリラは不思議そうに見る。

「どうかした?」

「どうって、男の人と一緒に入るつもり!?」

「もちろん私達が入った後によ? 流石に一緒に入る訳ないじゃない?」

「それにしたって!」

何をそんな当たり前の事をと不思議そうな顔をするリラに、

この娘をどう説得したものか言葉に詰まるトリス。


一緒では無いにしても

自分が入った後のお湯に若い男が入るというのは、

年頃の娘としてはやはり抵抗が有るのだろう。

日頃から後から風呂に入ってるフィルとしては

普段彼女達が我慢しているのだと思うと、

いささか複雑な気分ではある。


「えー? せっかくだし、入れてあげればいいじゃん。ねぇ、フラウちゃん?」

一方でそう言った事には無頓着なのか、

それとも幼馴染の慣れなのか

リラは気軽にそう言って隣で小麦の準備をしているフラウに尋ねる。

「はいです! きっと気持ちいいですー!」

こちらはまだ幼くそういった機微には疎いのだろう。

流石に女性の意見として採用するには弱いように思える。

だが、フラウが乗り気というのはフィルとしては考慮すべきだろう。


「ほら。フィルさんはどうです?」

そう言って今度は此方を見るリラ。

どうやら最終判断は家主の自分にあるという事らしい。

横のサリアを見ると少し引きつたった笑顔でこちらを見ている。

……サリアもフラウが賛成している手前、反対とは言い辛いのだろう。

(……これはOKしたら後で文句言われるのかな……?)

アニタも困り顔でこちらを見ているし

ダリウ達は何と言えばよいものかと言いあぐねている。

どっちを答えてもたぶん片方からは不満が出るだろう。

それなら……

フラウとリラの期待の眼差しにフィルは覚悟を決める。


「……まぁ、良いんじゃないかな? ダリウ達も入って行くといいよ? 疲れも取れるだろうしね」

ここまで山を登って疲れてるだろうし、

疲れを取るのにお湯に入ってのんびりするのは確かに良い事だ。

それに、少女達には悪いが、実際、彼女達に何か被害がある訳でも無い。

フラウも乗り気だしと……、

後で少女達から怒られるであろう事を半ば諦めて二人を誘う。

「あ、ああ……それなら」

「……それじゃあ、お言葉に甘えるよ」

「それじゃあ、二人は私達が入った後、フィルさんと一緒ですね」

間髪入れずにサリアが纏め、なぜか笑顔でフィルの腕を掴む。

「お風呂の使い方とか、ちゃんと教えてあげてくださいね」

笑顔でこちらに念を押してくる。

掴む手には力が籠っており、痛くは無いのだが結構、圧が凄い。

我が家の風呂にそんな大層な仕掛けなんて無いのだが

たぶん「変な事をしないようにしっかり見張っておけ」という事なのだろう。

「……あ、ああ分かった。そうするよ」

フィルがため息交じりに受け入れると

ようやくサリアは掴んでいた腕を解放してくれた。


残念ながら

今日はどうやら一人でゆっくり風呂に浸かるとはいかなさそうだった。

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