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邪神さんとお仕事15

「よし……問題なさそうだな」

誰も居ない部屋の中でフィルは満足顔で独り言をつぶやきながら、

たった今、魔法での鑑定を終えたばかりの指輪を眺める。


指輪とは言ったものの、その見た目は肌色をした革の紐であり

贔屓目に見ても指輪と呼ぶには無理があるように思える代物だった。

だが、こんな見た目でも「リング・オヴ・ハイディング」と呼ばれる

身を隠す時に着用者を周りの風景に溶け込ませ見つかり辛くするという

れっきとしたマジックアイテムであり、

もしも店の棚に並ぶことがあれば金貨数百枚の名札が付く代物である。

もっとも、その効果からローグやアサシンといった類に大人気のこのアイテムは

犯罪に使われ易い事もあって市場に出回る事は滅多に無い。

……滅多にないのだが、マジックアイテムとしては比較的安価に作れる為、

どこかの犯罪組織が量産しているらしく

冒険者をしていて盗賊や暗殺者なんかを倒すと偶に良く手に入ったりする。

そんな微妙なアイテムと言えた。

そして幾ら手に入ったからといっても犯罪を助長するアイテムを街の商店に卸す訳にもいかず

大抵は密偵を養成している国に少し買い取ってもらったりとか

溜まり過ぎたら仕方なく焼却処分したりとか、

なかなか処分に困る微妙アイテムであるとも言えた。


そんな微妙アイテムなのだが

もともと大した効果を持っていない、安価なマジックアイテムという事は

今回の実験台には丁度良いアイテムとも言え、

もう一つのアイテムが持つ効果からも

今後、フィルが使うのに丁度良いアイテムだった。



ロングソードに「力」を使って付呪する実験から小一時間ほど、

あれからフィルは手持ちのマジックアイテムを使い、

既存のマジックアイテムに追加で「力」による付呪が出来るかを試した。

結論としては付呪自体は問題無く出来たのだが

そのどれもがロングソードの時と同じく、

よく分からない力がマジックアイテムに憑りついた様になるという事だった。

そしてそれぞれアイテム毎に付呪出来る効果の種類や

込められる強さの強弱には違いがあるらしい事が分かった。

名剣と呼ばれる剣で付呪が殆ど出来なかったかと思えば

銘の入ってない高品質なだけの武器に想像以上に付呪が出来たりと

付呪の出来る出来ないは、武器の品質や性能とは違う要因があるらしく、

その理由や要因は分からないが、総じて言える事は

大抵の場合は通常の手段でエンチャントするより遥かに強力なエンチャントが出来るという事だった。


幾つかの武器を試し終えたフィルは

次は鎧、グローブ、ベルトといった装備類

その次はアミュレット、リングといったアクセサリと

思いつくままに付呪を試していく。

付呪でかなりの力を放っているはずだが、

フィルの中の力に枯渇する気配はまるで見られず

それどころか力を放つ事の喜びでより力を増しているようにすら感じられる。

どうやら、以前をドラゴンを破壊した時と同様

力を使って破壊しているのと同じ扱いになっているらしい。



(それじゃ……早速試してみるか)

そんな実験を一通り終え、フィルは最後に付呪をした

肌色をした紐を指に巻き付けて装備をする。

未だに得体の知れない力で作成したアイテムではあるが、

あの後、結局高価な触媒を使ってレジェンド・ローアの呪文で鑑定を行い

問題無い事は確認済みだ。

鑑定結果の性能はフィルが想定した通りだったし、

アーティファクトや呪われた品すらも鑑定できるこの呪文で問題が無いのであれば

おそらく、たぶん、一応、装備しても問題無いはずだ。


フィルの指に巻き付けられた指輪は

元々肌色をしていることに加え、

魔法による効果でフィルの指と同色となり、

ぱっと見ではまるで何も身に着けていないかのように変化した。

このアイテムがローグや密偵に人気なもう一つの理由、

それは装備している事が他人から見つかり辛い、というものだった。

勿論、魔法で感知すればすぐにばれてしまう程度の物だが

それでもパッと見て、何も指輪を付けてない様に見えるだけでも

相手の油断を誘う可能性はかなり高くなる。

今回、フィルが望んだのもこの効果だった。


指輪を装備しても何かの変化が起きたという実感は湧かなかったが

試しに自分のバッグから一振りのグレートアックスを取り出すと

早速現れた指輪の効果にフィルは思わず笑みを浮かべる。

(……ふむ、どうやら成功してるみたいだな)

ここ数日と違い、以前のような確かな鋼の重みを感じながら

フィルは満足気にグレートアックスを正面に構え

持つ手に力を込めたりして、その重さの感触を確認する。


フィルが「リング・オヴ・ハイディング」に施した付呪は

装着者の筋力、敏捷力、耐久力を大きく低下させるものだった。

ありったけの力を込めただけあってその効果は大きく、

オーガなら赤子同然まで弱体化させるほどの効果となっているはずだ。

それでも神の力による身体能力の上昇を完全に打ち消すまでには至っていないが

とはいえ、これ位の筋力なら上位の冒険者にはそれなりの数がいるし、

これまでのように身体能力を増加させるマジックアイテムを装備しているのだと言えば

十分に誤魔化せる範囲だろう。


(これでようやく自分も訓練が出来そうだな)

これまでは強化された身体能力の所為で

リラ達を相手に訓練していても殆ど自分の訓練にならなかったが

ここまで落とせば流石に昔と同程度の訓練が望めるだろう。

外に出て試し切りの一つもしたい所だったが

既に付呪の実験で小一時間ほど、

さらにレジェンド・ローアの呪文による鑑定では三十分ほど時間を使ってしまっている。

そろそろ本来の仕事に取り掛かるべきと

フィルは逸る気持ちを抑えてグレートアックスをバッグの中へしまい込むと、

ようやく今日予定していた本来の作業、

普通のやり方での武器のエンチャントに取り掛かった。



「ん……もう、昼か?」

遠く麓の村から聞こえてくる微かな六時課の鐘の音に

フィルはエンチャントの集中を止めて窓の外を見やった。

久々のエンチャントに手中していて、すっかり時間が過ぎるのを忘れていたが

窓の外はすっかり日が昇り、昼時となっていたようだった。

(そろそろ皆は鍛冶屋の手伝いを終えて山菜採りに出発する頃かな?)

この天気なら、山で食べるお昼御飯はきっと美味しい事だろう。

少し日差しが強めかも知れないが、山の中なら涼しい木陰には事欠かない。

相変わらずの晴天の空を眺めながら、

青空の下、賑やかに昼食をとっている少女達の姿を想像して

フィルは自分もまだ昼御飯を食べていない事を思い出した。


フィルはエンチャントしているロングソードを一旦待機状態にすると、

部屋を出て一階の厨房へと向かった。

普段よりも静かに感じる廊下を抜けて厨房に入ると

台所の上に布が被せられた、お目当ての皿が目に入る。

(フラウは自信作って言ってたっけ)

朝に朝食と一緒にお弁当を作っていた時、

得意げに話していた少女の顔を思い出しながら被せられている布を取ると、

そこには大ぶりの細長いパンに切れ込みを入れたサンドイッチが一つ

それが横置きにされて皿からはみ出すように置かれてあった。


形こそリラ達がお弁当に持って行った物と一緒だが

大きさはそれよりも一回りは大きかった。

お弁当に使う一人一つ食べる小振りなパンを焼いた時、

試しに少し大きめの物を一つ焼いたのだが

実際のお弁当では食べようとする者がおらず、

結局フィルに回ってきたのがこれだった。


フィルとしてはこれ位の量はむしろ望むところだったのだが

もしかしたらそれを見越して一つだけ大きく焼いてくれたのかもしれない。

(とはいえ、焼くのに失敗したらどうするつもりだったんだろう……)

そんな大ぶりパンの前、真ん中、後ろ区画のそれぞれには

ハムとチーズ、野菜炒め、玉ねぎのマヨネーズ和えといった

昨日の晩御飯の残りが種類を変えてたっぷりと詰め込まれ

そのままでははみ出た具が布についてしまうからと

わざわざ横置きにされて皿に置かれている。


そんな豪華なサンドイッチをメインに、

まだまだ仕事中なので酔わない様にとワインに水を注ぎ薄めたジョッキを添えて

どうせ一人で食べるのだしと、そのまま厨房で一人、昼食を始める。

(ん、旨い……)

口を大きく開けてハムとチーズの所から食べ進めていく。

それから野菜炒めの区画、最後にマヨネーズ和えの区画へと進んで行く。

それぞれの区画の切り込みの底には

玉ねぎのスライスしたものやベーコンが薄く敷かれていて

味が単調にならないのもまた良い感じだった。

周りに誰も居ないので特に話をするでもなく一人黙々と食べ進んで行く。

……確かに旨いのだが、久しぶりに一人で食べる食事は少し寂しい感じもして

そんな事を感じる自分自身にフィルは苦笑いを浮かべる。

(まぁ、もともと此処には一人で住むつもりだった訳だし、今更か……)

エンチャントをしていた時は作業に夢中で気が付かなかったが、

こうして落ち着いて家の中へ注意を向けてみると、

より一層、家の中の静かさが身に染みる。


家の外からは鳥の声や風の音が聞こえてくるので

全くの無音だったり静寂に包まれているという訳では無いが、

そのおかげで余計に屋敷内の静かさが引き立っている。

(この家、人里離れた一軒家だしなぁ……)

街の中、いや、せめて村外れとかなら、

まだ周囲に人の気配が有ったりするのだが、この場所ではそれも難しい。

この家に住んだ当初は一人でいるのが当然で、寂しいなど考えもしなかった事だが

今となっては、この静かさが少し寂しいと思えてくる。

(……それだけあの娘達が日常になっていたって事か)

まだ僅か数日だというのにこんなに違いを感じるとは、

思った以上に自分はあの娘達の影響を受けているのかもしれない。

そんな事を考えながらフィルは昼食を済ませると

再びエンチャントの作業へと戻っていった。


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