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邪神さんとお仕事14

「さて……」

フラウ達を見送ったフィルは

家の中へと戻り二階へと向かった。

向かう先は自室では無く、

この家でフィル達がこれまで使っていなかった部屋。

この家の元の主の自室だった部屋だ。


自室と言っても彼が捕らえられた時に、

他にも犯罪の証拠がないか徹底的に調査され、

部屋の中には私物から家具、果てはカーテンやカーペットと言った物まで

ありとあらゆる物が証拠品として持ち去られ綺麗さっぱり無くなっており、

今では板張りの空っぽの空間があるのみで

貴族の私室の面影は微塵も無くなっていた。


(そう言えば初日にこの部屋を調べた時、フラウがかなり怖がってたっけなぁ)

フラウがやって来た初めての夜を思い出しながら

フィルは板張りとなってしまった寂しい部屋の真ん中に立ち、

自分のバッグの中から、これからの作業に使う道具を取り出していく。


(あれ以来、フラウはこの部屋には近寄ろうとしないんだよなぁ……)

多少なりとも生活感の残っていた他の部屋と比べて

家具も何も無いこの部屋が余計に不気味に感じられたのは仕方無い事だろう。

さらに言えばあの時は照明が何も無かった。

暗闇に食われたような寂しい空間に少女が怯えるのも仕方無い。

さらに追い打ちでフィルがこの部屋は縁起が悪いとか言った所為だろう。

あれ以来、フラウはこの部屋の扉を開けようとはしないどころか

通り過ぎる時にも扉に近づこうともしなくなってしまった。



(まぁ、これから魔法の実験をするようになったら危ない物も置く事になるし、その位が丁度良いのかもしれないけど……)

魔法の実験で使う物の中には危険な品も多い。

怖がられるのは少し寂しい気がするが、

不用意に触れてあの娘が怪我してしまうよりは何倍もマシと云う物だろう。

そんな事をつらつらと考えながら

一通りのエンチャントに使う器具一式をバッグから取り出して床に置くと

次にコンパクトに折り畳まれたテーブルをバッグから取り出し、

これを組み立てて部屋の隅に設置する。

それから先ほど床に置いた器具を使えるように組み立てては

テーブルの上の適切な場所に配していくと

十数分の作業の後には、簡易ながらも「魔術師の作業台」が完成した。

「これで一通りかな?」

最後にエンチャントの素材、素体となるロングソードを作業台に置き

完成した自らの仕事場にフィルは満足気に頷いて見せる。


アイテムへの魔力付与やマジックアイテムの作成には相応の設備が必要となる。

そういった設備は大抵実験室や研究室を兼ねていたりして

部屋一つ、場合によっては巨大な建造物一つを必要とする大掛かりな儀式場になるのだが、

「魔術師の作業台」というのは

そうした儀式場の機能を一部の付呪やマジックアイテム作成に絞って

出来る限りコンパクトにした設備だった。


新しい魔法の開発・実験は勿論出来ないし、

可能な付呪やアイテム作成に制限があるものの

今回行う予定の「簡単な強化」程度の付呪なら問題無くできるし

場所を取らないから魔法使いの書斎や店の片隅に置いたりと

ある程度のスペースさえあればマジックアイテムを作成できるメリットは大きい。

特に根無し草の冒険者であるフィル達にとっては、

移動先でもエンチャントやアイテム作成を行えるというのは大きく

旅先で街に到着して宿を決めた後、

レンジャーやファイターが情報収集だと言って酒場に繰り出している間

仲間のもう一人のウィザードは酒場で酒を飲み続けるのは老体には堪えるからと

借りた部屋でこの作業台を使い

ワンドやマジックアイテムを作っていたものだった。

(そこまで歳というほどでもない癖に)

確かに一人皆より明らかに年上ではあったが

それでもパーティを結成した時はまだ中年ぐらいだったはずだ

最後の方は初老が混じってきてはいたが、

それでも老体と呼ぶほどの歳でも無いだろうにと

フィルは作業台で仕事をしている仲間の思い出に突っ込みを入れる。


付呪の準備が一通り整った後、

(とりあえずこっちはいいとして……さてと、今のうちにこれも試しておかないと)

周囲に誰も居ない事は分かっているが、

それでも誰にも聞かれない様に心の中で呟きつつ、

フィルは先ほど準備した依頼品のロングソードとは別の、

同じ店で自腹で購入したもう一振りのロングソードを取り出した。


あの時、あの男を殺し、力を無理やり与えられた時、

フィルは破壊する事以外にも権能とも呼ぶべき幾つかの力を受け継いでいた。

それは周辺の環境に影響を与える能力であったり

単純な自身の身体能力の向上であったりと様々だが

その中の一つに「力を付与」する、と言うものがあった。

おそらくエンチャントに近いが、

それよりも良くある神の御業と呼ばれる

神様がなんか不思議な力でマジックアイテムやアーティファクトを生み出したりする

なんかそんな類の力なのだろう。

それが実際にどのように造られて、

どういった効果を表すのかといった事はまるで分からないが、

感覚としてこうすれば作る事が出来るという事だけは分かっていた。

(……まるで鳥が本能で飛ぶ事を知ってるみたいだな)

知識は学び理解し実践する中で徐々に身に染みていくものであるが

こうしていつの間にか身に付いてしまう知識というのは、

何かに浸食されてるような、そんな心地悪さを感じてしまう。

(とはいえ利用できるのなら使っておくべきか)

せっかく力を得たのだし、使わずにおくのもそれはそれでなんかもったいない。

毒を食らわば皿まで、とは少し違うかもしれないが、

どうせなら色々やっておけば、

今後の問題が発生した時の解決の役に立つかもしれない。



通常のエンチャントは一旦作業を始めてしまうと

どんなに急いでも四時間は作業にかかりきりになってしまうので

その前にこの力が実際にどんな効果があるかを試しておきたいという事で

鞘から抜いたロングソードの刀身を眺めながら

さて、どんな力を付与してみようかとフィルは思案する。

どうやらこの力は何でも生み出せる万能の力という訳ではなく、

何らかの制限があるようで

例えば強化や攻撃系のエンチャントは

フレイミング、ホーリィと同様な効果を

剣やメイスといった様々な種類の武器に込められて

込める力の強弱もかなり融通が利くようなのだが、

アニメイテッドやリターニングといったエンチャントは

付与する事自体が出来ないようだった。


神様と云えども万能ではないというのは世知辛いものがあるが、

一方でリング・オヴ・リジェネレイションと同等の再生機能や

暗視やヒーリング系呪文の詠唱といった

破壊とは関係ないような付呪が出来たりと、

その判断基準がいまいちフィルには掴めない。

ここはもう、そう言う物だと割り切るしか無いのだろう。



(とりえず最初だし、まずは無難にと……)

お試しという事でフィルは「強化」の付呪をすることにした。

「強化」は力術系統の魔力を刀身に宿らせて

武器の威力と扱い易さを向上させるエンチャントであり

武器のエンチャントの中でも最も基本となる付呪と言えた。

これなら成功したかどうかや普通に付呪した時との違いを確認し易いだけでなく

この剣を購入した時に店の主人と約束しているので

うまく付呪に成功した時は、そのまま店に売ることも出来る。


(普通にすればどんなに急いだとしても四時間はかかるけど、こっちはどうなるか……)

精神を集中しエンチャント対象のロングソードに自分の力を込めるフィル。

自身の中に明らかに異質な力が巡る感覚を感じながらその力を組み上げ

以前、オークやドラゴンを破壊した時のようにロングソードに向けて力を注ぎこむ。


(……? あれ?)

確かに力を剣へと放った感覚はあるのだが

以前のオークやドラゴンを破壊した時とは違い、

ロングソードの刀身は破壊されず、以前と変わらない姿を保っている。

やけにあっさりと終わってしまったので失敗したかとも思ったが、

武器の性能を確認する為にアイデンティファイの呪文を唱えてみると

刀身から魔力が感じられる所から、一応、付呪には成功しているらしい。

自分の内に潜む力が破壊の力を振るった時と同様に快感に喜んでいる事からも

付呪自体は間違く成功したのだろうとフィルは確信する。



(けど、うーん……これは……)

アイデンティファイが宿った瞳でロングソードを凝視しながら

刀身を取り巻いている魔力の系統を確認するフィル。

付呪には成功したようだが、その表情には落胆と疑念が浮かぶ。

(少なくとも力術系統の力じゃ無いよなぁ……これは……)


通常、「強化」が付呪された刀身には力術系統特有の魔力が宿る。

それは市販の魔法の剣であろうと伝説の宝剣であろうと関係なく見られる特徴なのだが

目の前のロングソードからはそういった力術の魔力は感じられず

代わりに系統の判別が付かない、

なんとも形容しようの無い魔力が放たれていた。

通常のマジックアイテムではまず見ない魔力だが

残念な事に似たような魔力を放つ品をフィルは知っていた。


(アーティファクト……か)

アーティファクト……俗に秘宝とも呼ばれる強大な力をもったアイテムの中には

こういった良く分からない魔力を放つ物があった。

(まぁ、神様が生み出したと言えば近いか……)

げんなりしながら自分が関わった事のあるアーティファクトを思い出してみる。

アーティファクトというと

少なくとも定命の者が一般的に行なう手段で作成できる代物では無く、

それ一つで国の興亡を左右するほどの力を持つ品も多い。

それ故に欲する者も多く、そう言った者達には厄介な手合いも数多い。

所持しているだけで彼らの注目を集め、厄介事に巻き込まれる可能性が高くなる為

フィル達はそれなりの実力を身につけた後でさえも

アーティファクトを入手した時は、その殆どを神殿に寄贈するなどして

なるべく手元に残さない様にしてきたのだった。



(……これだったら呪いの方がまだマシだったかもしれないな……にしてもアーティファクトにしては魔力が弱いけど……)

フィルの知るアーティファクトは真夏の太陽の様に強烈に魔力を放つ、そんな存在だった。それは下級、上級のアーティファクト問わず変わらない。

だが、目の前のロングソードからは

今回付呪した最も威力の低い「強化」にも満たない微弱な魔力しか見られない。

(こうして見ているとそんなに警戒する必要は無さそうに思えるけど……)

この程度の魔力なら、

本物のアーティファクトのように危険な手合いの注目を集める心配は無いだろうが

とはいえ、それでも店で売る事は難しいだろう。

なにせ鑑定しても性能や使い方が分からないのだ。

下手をしたら呪われたアイテムだと疑われるかもしれない。


(レジェンド・ローアで視れば詳細も分かるのだろうけど、あれは触媒が高いんだよなぁ……ヴィジョンじゃ疲れてこの後エンチャントどころじゃなくなるだろうし……)

自分の使える鑑定系の魔法を頭の中で確認しては諦めるという事を繰り返し

結局、今の時点では鑑定しても意味が無いと判断したフィルは

手にしていたロングソードを一旦鞘にしまった。

もう少し詳しくロングソードを確認したい所ではあったが

いずれにせよ、これでは店に売れないという事が分かっただけでも良しすべきだろう。

ある程度は店で売れないのも覚悟していた事だし

今は付呪による「もう一つの結果」を確認するべきだろう。


(……これは「破壊」の時と同じ扱いになるのか?)

先程から感じている破壊衝動が満たされる感覚にフィルは思案する。

代償行動として使えるなら、これを活用しない手は無いだろう。

自分自身、今は抑えているとはいえ

今後も破壊衝動を抑え続ける自信は正直言って無い。

(……とりあえず店に売れそうには無いという事は分かった。この際だから色々試してみるか、せっかくだから、どの程度まで出来るかも見ておきたい)

そう思い直すとフィルはもう一度、

先ほど鞘に納めたばかりのロングソードを再び鞘から抜き

今度は思いつくままに効果を付与していった。



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