邪神さんとお仕事12
「「「「「「いっただきまーす!」」」」」」
六人のいただきますが重なり賑やかな夕餉が始まった。
テーブルの上にはフィル達の焼いたパンに
トリスとアニタが腕を振るったおかずの数々、
それからチーズやハムといった、
家の食料庫から適当に見繕ったパンに合いそうな食材が並び、
なかなかに豪華な晩餐となった。
「えへへー。すっごくおいしいですねっ!もっちもちです!」
そう言って満面の笑顔でパンを頬張るフラウ。
手に持ったパンにはアニタお手製の卵サラダと
薄くスライスされたソーセージがたっぷり挟まれており
食べる度にはみ出しそうになる具を押し留めようと格闘しながら
前から横からパンにかぶりついている。
「あはは、そうだねぇ」
「はいですっ」
零れ落ちない様に両手でパンを抑えながら笑顔でフィルを見上げるフラウに、
フィルもまたパンを食べながらフラウに笑い返す。
こちらのパンには塩漬け肉と玉ねぎマリネしたものがたっぷり挟まれていて
肉の旨味と玉ねぎの辛みをさっぱり楽しめるものになっている。
他にも塩漬け肉を焼いてソースに絡めた物や
ジャガイモと玉ねぎとベーコンを炒めたものなど
この短時間でよくぞと云うぐらいに様々なおかずが並んでいる。
「あ、フィルさん。たまごとハムといっしょに食べるとおいしいですよー」
「ははは、そうなんだ? それじゃあ僕も食べてみようかな?」
「はいです! あ、それじゃ作ってあげますね!」
そう言いながらフラウは嬉しそうに新しいパンを手に取ると
薄く切ったソーセージと卵サラダをパンにたっぷり載せてフィルに手渡す。
「はいですっ」
すっかり日課となったフラウのご飯の世話。
娘の恋人を楽しそうに見守る両親のような周囲の視線がかなり気恥ずかしいが
それでもフィルはフラウからパンを受けとると美味しそうに口に頬張る。
「うん、こっちも美味しいね。自分で焼いたからというのもあるのかな?」
「実際、上手に焼けてましたからねー。これなら都会のお店のパンと比べても美味しいと思いますよ?」
フィルの疑問にサリアが答える。
フィル自身そうじゃないかとは思いつつ、自画自賛じゃないかと言えずにいたのだが
そう言ってもらえると素直に嬉しいものだ。
「ほんとです? えへへー」
フラウも褒められてますます上機嫌になる。
そんな隣の少女の頭を撫でながら、サリアは笑顔で言う。
「ホントですって。こんな美味しいパンは街じゃそう食べれませんよ。まぁ、街のパン屋さんって重さがみんな同じだったり、違う意味で凄かったりしますけどね」
「そうなんです?」
「そうなんですよ。街ではみんなが同じ値段で同じ大きさのパンが食べられるんです。パン屋さんは決められた大きさのパンを作らないと罰せられたりもするんですよ?」
「なんだか、すごく大変そうです!」
「街にもよるんですけどね。あとはそうですね~……パン屋さんと言えばお風呂屋さんを兼業してたりするとこも結構あるんですよ。この家と同じように窯でパンを焼いた時の熱でお湯を沸かしたりサウナをしたりするんです」
「わぁ~。サウナってなんです?」
「サウナって言うのはですねぇ……」
面白可笑しくパン屋の仕事をフラウに話して聞かせるサリア。
サリアの話に、そのたびに驚いたり笑ったりと忙しいフラウ。
そんなサリアの話を聞きながら夕餉は賑やかに進んで行く。
皆も思い思いにおかずをパンに挟んだりシチューに付けたりして
かなりの量を準備していたはずの料理は
育ち盛りが揃っているお陰でパンもおかずも瞬く間に減っていく。
食事が終わる頃にはすっかり料理は無くなり、
満腹になった少女達はしばらくの間は雑談に興じていたが、
訓練や勉強の疲れもあってか、じきにそれも解散になって
それぞれ自分の達の部屋へと戻っていった。
フィルとフラウは皆とは別れて食器を食堂に運んだあと
食堂の勝手口から外に出て、いつものように魔法で村に雨を降らせる。
「ふぅ、これで今日の仕事も全部かな?」
「えへへー。あとは食器を洗わないとですよー?」
ようやく今日の作業も終わりかなと伸びをするフィルに
まだまだ、一緒にお仕事ですと嬉しそうにフラウが言う。
だがフィルはそんなフラウに笑って答える。
「ははは、それなら大丈夫だよ。昼に召喚したアンシーン・サーバントがまだ残ってるからね」
「えー、あんしんさんって食器もあらえるんです?」
「うん。呪文の詠唱者が特に技能を使わずに出来る事、こういう食器洗いや掃除とかなら大抵は出来るんだよ」
得意げに答えるフィル。
だがフラウはなぜか不満そうにしていた。
「ええー。フィルさんと一緒にしたかったです……」
フィルとしては家事は地味に大変なので非常に喜ばしい事なのだが
どうやらフラウにとっては楽しみが一つ、奪われた事になってしまったようだった。
便利も良い事ばかりではないか、とフィルは苦笑いを浮かべる。
「ははは、ごめんごめん。それじゃあ僕達も食器を洗おうか? 三人ですれば早く終わるだろうからね」
「はいです!」
「それじゃあ……」
結局、二人も食器を洗う事になって、
いつものように流し台に立つ二人。
アンシーン・サーバントは文字通り不可視の従者なので、
いつも通りの二人で作業しているようにも見えるが
フラウの隣では皿が一人で宙に浮いて
それに同じように宙に浮いていた布が合流して
踊る様に重なりながら拭かれるという、
知らない者が見れば不思議な光景が繰り広げられている。
始めの内はその光景を面白そうに眺めていたフラウだったが
直ぐにそれにも慣れて、今はフィルの隣で鼻歌を奏でながら食器洗いを加わっている。
「フィルさんフィルさん」
いつものようにフラウが食器を拭きながら他愛無い話題をフィルに振る。
フィルがフラウの方を見やると少女は笑顔でこちらを見上げる。
「うん? なんだい?」
「今日のパン、とっても美味しかったですねー」
本当に他愛無い話題。
だが、フィルにとってはそんな話題もなぜだかとても嬉しく思えた。
「そうだねぇ。普通のパンも良いけど、次はパイとかピザも焼いてみたいね」
「わぁ~ピザってどんなのです?」
「うん、トマトっていう野菜で作ったソースを上に塗って、それからチーズとか色々な具材を載せて焼き上げるんだ。焼けたチーズとかソースが美味しいんだよね」
「わぁ~美味しそうです! でもトマトってどんな野菜なんです?」
「ああ、トマトっていうのはね……」
他愛無い、本当に些細な話題だったが、
そんな話はいつまでも続き、気が付けば食器は全て洗い終わっていた。
「えへへー。これで全部終わりっです!」
満足気に最後の皿を重ねるフラウ。
こうして居ると、フラウが食器洗いを出来なくて不満そうだった理由が分かったような気がした。
思わずフラウの頭を撫でると、
少女は少しくすぐったそうに、だが嬉しそうに目を細める。
「うん、さて、それじゃあ僕達も部屋に戻って休むとしようか?」
「はいです! あ、あんしんさんはまだ働くのです?」
「ん? ああ、呪文は昼に唱えたから朝まで持つしね、とりあえず入り口に待機させて番をさせるつもりだよ、誰かが入ってきたら鐘を鳴らさせるんだ」
「誰か来るのです?」
「ああ、まぁ、実際来るかどうかと言われると、来ないとは思うけどね。万が一の備えってやつかな? 一応ここには高価な品もあるしね」
そう言ってフィルはフラウの問いかけに言葉を濁す。
実際、神の力を狙ってこの家に侵入を考える輩が無いとは言えない。
さらに言えば、そんな大それた事をしでかす輩は
愚か者か、そうでなければ相応の力を持った強敵となり、
強敵の場合はアンシーンサーバントなど何の役には立たないだろう。
とは言えこの家の護りが何も無いかと言うと、そんな事は無い。
神の力を受け継いだフィルが住み付いた事で
既にこの周囲一帯には侵入者を阻む聖域のようなものが出来つつあった。
それは侵入者の存在をフィルに教え、僅かに相手の行動を阻害する力を持っている。
伝説的クリーチャーは、ただ存在するだけで、
奇妙で不可思議な効果を周囲に引き起こすと言われているが
いざ自分がそうなってみると、なんとも複雑な気分である。
そんな訳でアンシーンサーバントが狼藉者相手に活躍する可能性は極めて低く
さらに言えばアンシーンサーバントに見つかる程度の相手は
はっきし言ってフィルの相手にはならないと思われるのだが
こうした、分かりやすいセキュリティというのは
住む者に安心を与えるという意味では効果的と言える。
フラウもフィルの説明になるほど~と、納得顔で頷く。
不安が一つ晴れたことで、
今日一日の仕事を終えた二人はようやく二階の自室へと戻った。
「ただいまですー」
自分達の扉を開けて元気良く部屋に入るフラウ。
すっかりこの部屋にも慣れた様で、
フィルから預かった灯りを壁に掛けると
ベッドの上に腰かけ、そのまま体を倒して寝転がる。
柔らかいベッドの感触はフラウのお気に入りの様で
腕を大の字にしたり、横向きになったりしているが、
もしかしたらお腹いっぱい食べたおかげで眠くなっているのかもしれない。
「ただいま。先に寝間着に着替えるといいよ。僕は廊下で待ってるからね」
「はいですー」
フィルは入り口の扉から部屋の中のフラウに声をかけて
それから廊下に出てフラウの着替えが終わるのを待つ。
暫くして寝間着に着替え終えたフラウが部屋から出てくると
入れ替わりに部屋に入って手早く自分の着替えを済ませて
廊下で待っている少女を部屋に呼び戻す。
「僕は明日の準備をするけど、フラウは眠かったら先に眠てていいからね」
ソファに座り呪文書の用意をするフィルに少女は少し思案するが
少しの思案の後、自分もソファに座ると笑顔で隣のフィルを見上げる。
「えへへ。もうちょっとだけ、こうしてたいです」
「ははは、そっか。それじゃあ、もう少し起きてようか?」
「はいですー」
嬉しそうに返事をするフラウだったが、
やはり眠気が勝ったのか、
フィルが呪文を覚え直していると暫くしてフラウの方は静かになり、
さらに時間がたって呪文の更新が終わる頃には、
手にしていた小さな黒板を膝の上に落とし
寝息を立てた小さい体がフィルへと寄りかかっていた。
「ん……今日も一日お疲れ様」
明日使う呪文の更新を終え、呪文書を閉じたフィルは
そう言ってこちらに寄りかかって寝息を立てる少女の頭を優しく人撫ですると、
そのまま少女を抱き上げてベッドまで運ぶ。
少女をベッドに横たえて一段落したところで
自分はソファで寝ようかという考えが一瞬頭をよぎる。
(……いや、一緒にいた方が不安にさせないか)
あんなに一生懸命に一緒に寝る様に説得されたのだ
先に寝たからといって自分がソファに寝たのでは
次からはフィルが寝るまで無理して起きているかもしれない。
(流石にこんな事はさせられないかな)
フィルは少しだけ笑みを浮かべると
もう一度、寝ている少女の頭を一撫でしてやり、
それから自分も布団の中へ、少女の隣へと潜り込んだ。