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邪神さんとお仕事9

風呂から上がったフィルが厨房へと戻ると

厨房ではシャカシャカという何かをかき混ぜる軽快な音と共に

ミルクの甘い香りが僅かに漂ってくる。

「ただいま……ん? 何か甘い香りがするね?」

お菓子でも作っているのかなと

厨房に入りながらフィルが尋ねると

フィルに気が付いたフラウが入り口に居るフィルの元まで駆け寄ってきた。

これから料理をするのか、服の上から白いエプロンをしているのだが

それが可愛らしいアクセントになって見える。


「あ、フィルさん! フィルさんはこっちですー!」

「ん、どうしたんだい? 何か作ってるのかな?」

フィルの質問には答えずに小さな両手でフィルの左手を握り

こっちですーと一生懸命引っ張るエプロン付きのフラウ。

そんなフラウに戸惑いながらもフィルが疑問の先へと視線を向けると

厨房の隅の方で脇にボールを抱え

慣れた手つきで泡立て器を手際よく操りかき混ぜているトリスの姿がある。

フィルと目が合うと困った笑顔を浮かべている所を見るに

この甘い香りといい、明らかにお菓子を作っている様子ではあるが

「えへへー、そっちは内緒なんですー!」

フラウはどうやらその事について内緒にしておきたいらしい。

「フィルさんはこっちで一緒にパンの作り方を教えてもらうんです!」

どうやらおやつの前にパン作りの準備をするらしい。

そう言って悪戯っぽく笑うフラウ。

あちらでトリスの作っている物も気になるが、

こんなに嬉しそうに言われてしまっては仕方無い。

そんな事を考えながらフラウに引かれるままついて行くと

そこにはフラウ同様、エプロン姿のリラとサリアが

パン作りの材料と共に二人を待ち構えていた。

リラとサリアの二人だけでなくトリスやアニタも

シンプルながら可愛らしいお揃いのエプロン姿なのだが

あれは確かリラが食堂で身につけていたのと同じエプロンだったはず。

多分サリアはリラの予備を借りているのだろう。

トリスやアニタも同じものを着ているという事は

二人も食堂で働いたりしているのかもしれない。



「あ、フィルさんも来ましたね? 準備はしておきましたから、それじゃあさっそく始めましょうか」

パン作り教室は教師役をリラが

生徒はフィルとフラウ、サリアで開催された。

先に生地を作っておき、おやつやその後の勉強の時間の間に膨らませ、

それから晩御飯の前に焼くのだと、そう説明をするリラ。

結局、隅でお菓子作りをしているトリスとアニタについては教えてもらえなかったが、

リラの説明から察するに、たぶんこの後のおやつの準備をしているのだろう。

(この前街でお菓子作りにと材料を一通り買い揃えていたおかげか)

本でも読みながらフラウと一緒に挑戦してみようと思って

とりあえずで思いつく材料を買い揃えてみたのだが

フィル自身はこれまで菓子作りなどした事が無く美味しく作れる自信も無かった。

家にある材料を使ってお菓子作りをしてくれるのなら

こちらとしてもありがたい事だった。


何を作っているのかは分からないが菓子作りはトリス達に任せるとして、

パン作りをすることになったフィルが調理台の上を見てみると、

小麦や砂糖、塩にといったパンを作るのに必要な材料や

大きな鍋といった調理器具が所狭しと並べられている。

「フィルさんも料理の準備をしないとですね!」

そう言って、はいっと用意していたエプロンを見せるサリア。

どうやらこれもリラの予備なのだろう。

少女達が着ているのと同じ可愛らしいエプロンは

フィルの体格では少し小さいようだった。

「うーん……これはちょっと僕には小さすぎないか?」

「後ろを紐で縛るだけですから、少し位小さくても大丈夫ですって」

そう言って笑顔でエプロンを差し出すサリア。

「いや、さすがにそこまでしなくても良いんじゃないか? 今までだって料理する時にエプロンなんてしてなかったし」

「も―! パン教室なんですよ? 生徒はエプロンするのが正装なんです! 制服みたいなものなんです!」

そう言うサリアに圧されて促されるままエプロン受け取り、

仕方なく身につけてみるが女性向けのエプロンはやはり少しサイズが小さかった。

幸いというか腰を結ぶ紐の長さは十分にあるので

とりあえず身につける事は出来るのだがこれでは動きづらい。

結局、フィルのエプロン姿を見てサリアが満足した事で

ようやくフィルのエプロンは諦めてもらい、

いよいよリラのパン教室が始まった。



「それじゃあ先生、お願いします!」

何故か進行役をするサリアに促されて

リラが苦笑しながら鍋などの調理器具の所に置かれているコップを手に取る。

見覚えの無いコップなのは、どうやらリラの家から持参品らしい。

「それじゃあパンを作る場合だけど……」

リラはそう言いながら手にしたコップで手際よく小麦をすくっては鍋に入れていく。

「こうやって無理に小麦の分量を測るよりコップ何杯で決めた方が簡単にいくの。大体、小麦三杯で水が二杯って感じで、塩とパン種は……こんな感じかな?」

そう言いながらリラはコップで麦や水を入れた後、スプーンで塩とパン種を入れていく。

なるほど、大雑把な分量ではあるが

確かにこうしてコップでどれぐらいと考えた方が

重さを数えて入れるよりずっと分かりやすい。


「街で買うパンだと厳密に小麦の量とか決められてますけど、この方が分かりやすいですねー」

「そうだね。まぁ、街の場合は法律でパンの重さや値段が決められてるからね」

サリアの感想に、フィルが補足をする。

この点が街のパン屋と田舎の家庭で作られるパンの大きな違いとも言えるのかもしれない。

大抵の街ではパン屋が販売するパンの重さと価格は

法律により厳密に決められていて違反者には重い罰則がある。

これは市民が不当な値段でパンを買う事にならない為という意図なのだが

その結果、街のパン屋に求められる技術というのは

定められた重さのパンを季節を通して作る続けるための技術が求められるようになり

街のパン職人達はこうした技をギルドで学ぶのだった。

だからこそ季節に関わらず、そして多少小麦の流通が変化しても

市民は同じ価格で安心してパンを食べられる訳だが

一般的には街で作られるパンより村人が自分達が食べる為に焼く田舎のパンの方が

同じ値段で見ると重くて食べ応えある物になり、

それ故に街に住む者でも田舎パンを好む者は多い。


「街のパン屋は同じ大きさ、品質のパンを焼き続ける事こそが凄い事なんだよ」

「なるほどー」「なるほどですー」

フィルの説明にサリアとフラウが声を合わせる。

最近では掛け声もぴったり揃い、

ますます姉妹化しているように感じる。

「でも街で買うパンよりも、こうして街の外で焼かれる田舎パンの方が安くて沢山食べられるからこっちの方が好きって人も多いんだ。中には野蛮だとか言って毛嫌いする人もいるけどね」

「「「なるほどー」」」

今度はリラが加わって三姉妹になっていた。


閑話休題

フィルの説明の後で再びリラの説明が始まる。

「で、これに水を入れたら良く捏ねます。それじゃあフィルさんにお願いしてもいいです?」

「うん、わかった……こうかな?」

水に塩とパン種を入れ終えたリラに促されるまま

フィルは調理台の前に立ち

鍋の中に手を突っ込み材料を捏ねていく。

本格的なパン作りは初めてだが、この手の力仕事は慣れたもので

始めは混ざらずに粉と水だった物が捏ねられるうち次第に馴染んでいき

やがて大きな団子の様な一つの塊になっていく。


「わー! フィルさん凄いです!」

「おー、さすが男の子。あっという間ですねー」

フィルの左右から鍋の中を覗き込んでいるサリアとフラウが楽しそうに声を上げる。

「おっとそうだ、二人も捏ねてみるかい?」

「はいです! やりたいですー!」

結構楽しくて思わず自分一人で捏ねてしまっていたが

自分だけやってしまっては彼女達の勉強にならない。

折角のパン作り教室なのだしと

フィルは隣で見ているフラウと交代して今度は見守る側へと移る。


「んしょ、うんしょっと……」

齢十歳の少女に調理台はまだ高く、身長を補うため踏み台に乗っているせいか

始めは捏ねようと体重をかけるも慣れずに手間取っていたが

すぐにそれにも慣れて自身の体重もかけてパン生地を捏ね上げていく。

「お、良い感じに捏ねてきたみたいだね?」

「えへへ……はいです!」

褒めるフィルに嬉しそうにこたえるフラウ。

楽し気なフラウの姿にフィルも思わず笑みを浮かべる。

「おー、フラウちゃんさすがですね! 次は私にもやらせてもらっていいですか?」

「はいですっ!」

フラウはサリアと交代し、

それからは二人で疲れたら交代しながらパンを捏ね上げていく。

さすがにフィルほどの力で捏ねる事は出来なかったが

それでも次第に生地に弾力が生まれ、

見た目もなんだか白くて丸いもっちりした物になってきた。

「うん、その位で良さそうね。みんなご苦労様!」

それからもう暫く捏ねて

一緒に様子を見ていたリラの合図でサリアが手を止める頃になると

水と粉だったパンの素は、もっちりした立派なパン生地となっていた。



「それじゃあ、出来上がった生地はこうやって、少し暖かい場所に置いて倍ぐらいの大きさになるまで待ちます」

生徒たちにそう説明しながら

リラはパン生地の入った鍋に蓋の代わりの濡れ布巾を被せると

窯の近くの温かい場所にそっと置いた。

初夏という事と窯の余熱があるおかげで

今の時期は膨らむのが早いのだという。

「この分だと大体二時間もすれば大きくなるから、勉強が終わる頃には焼けるはずよ」

「「はーい!」」

リラの説明に元気に返事をするフラウとサリア。

パン作り教室はここで一旦終わりとなり、

フィル達はようやくのおやつの時間となった。


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