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邪神さんとお仕事5

二人が見えざる従者で遊んでいると

上の階から扉を開ける音と

続いてリラ達の話声が聞こえてきた。

足音と賑やかな声は階段を降りると

そのまま玄関から外へと移っていく。

どうやらリラ達は厨房には寄らずに直接外へと向かったらしい。


「あ、皆さん準備が出来たみたいです!」

外から聞こえてくる賑やかな話声に

フィルを見上げて嬉しそうに報告するフラウ。

そんなフラウにフィルもまた笑って頷く。

「そうみたいだね、それじゃあ僕達も行こうか?」

「はいです! あっ、皆さんのお水も用意しないとです!」


フラウはそう言うと

既に厨房のどこに何があるのか場所を覚えているのだろう

水差しのしまってある棚へと迷う事無く向かい

大きめの水差しをよいしょと言って取り出すと

水場から汲んだ水を水差しへと注ぎ入れていく。


「できましたー!」

「うんうん。……ふむ、それなら……」

出来ましたと嬉しそうにフィルを見上げるフラウに

フィルは食料庫から柑橘を一つ持ち出すと

ダガーで半分に切って水差しの中に絞り入れる。

「こうすればもっと美味しくなるんじゃないかな?」

そう言って二人で笑い合う。

「きっと皆さん喜んでくれます!」

「フラウも後で一緒に飲もうね」

「はいですっ。あ、でもフィルさん?」

これで準備も全て終わり。

と思っていたところでフラウがフィルを呼び止める。

「うん? どうしたんだい?」


どうしたのだろうとフィルが少女の方を見てみると、

フラウは少し困ったようにしてフィルを見上げている。

「このままだと、飲む時にぬるくなっちゃいます」

確かにフラウの言う通り、季節は初夏、

しかも連日の晴天で気温はかなり暑くなっている。

幾ら魔法の水差しからの水が冷えているとはいえ

この気温の中、長い事置いておいたら

飲む頃にはぬるくなってしまうだろう。


「フィルさん。皆さんに冷たいお水を飲ませてあげたいです」

フィルなら何とかしてくれるんじゃないかと

期待を込めた眼差しでフィルを見上げるフラウ。


期待してくれるのは嬉しいが

ここは少しは我慢を覚えさせた方が良いのかもしれない……

「ふむ……、そうだねぇ……今日はプレスティディジテイションの余裕はもう無いから、これを使おうか」

フィルの決意はものの数秒で崩れ、

自身のカバンに手を突っ込むと、

中から一本のメイスほどの大きさの棒を取り出してみせる。

「わぁ、これって魔法の杖です?」

取り出した棒を見てフラウの顔がぱぁっと明るくなる。


フィルが取り出した棒は青白い金属で全体が造られており

その先端に嵌め込まれた宝石からは冷気が揺らめくように放たれていた。

フラウが言うように魔法の品なのは明らかだった。

魔法使いと言えば魔法の杖。

というのは歌や物語でよく聞くのかもしれない。

フィルの持つ棒に目を輝かすフラウ。

「ははは、これは杖というより笏……ロッドなんだけどね。ロッド・オヴ・フロストっていうんだよ」


ロッド・オヴ・フロストは、

何処かの魔法の学院で優秀な生徒に配られるという品で

効果は初級呪文のレイ・オヴ・フロストを何度でも使えるだけという

まさに記念品と呼べるロッドだった。

ちなみにレイ・オヴ・フロストとは

凍えるような空気と氷の光線を指先から発射する呪文なのだが

初級呪文なだけあって威力は殆ど無い。

一応、一般人相手なら二、三発打ち込めば気絶させる事も可能だが

それですら殺すまでには至らず、

フィルのような経験を重ねて抵抗力も高くなった者が相手では

ほんの少しだけ凍傷になる程度の威力でしかない。

はっきり言って戦闘での使い道は皆無なロッドなのだが

繰り返し使える為に大量の物を冷やしたりするのには重宝するので

フィル達のパーティでも手放さずに取っていたのだった。


そんなロッドを取り出して

水差しを冷やそうとするフィルに

フラウは首を傾げて見せる。


「ロッドって杖とは違うのです?」

「うん? そうだね。杖……スタッフはもっと長くて僕の身長ぐらいはあるものが多いね、。ロッドはこれみたいにメイスぐらい長さなんだ。ちなみに結構頑丈だから普通のメイスみたいに殴れる物も多いんだよ?」

「え、頭の宝石が割れちゃったりしないです?」

フラウはフィルのロッドを眺めながら尋ねる、

確かにフラウの心配するように

ロッドの先端に嵌め込まれた宝石はそれなりに堅そうとは言え

戦闘で使ったら割れたり欠けたりしてしまいそうにも見える。

「魔法で強化されてるから結構大丈夫なんだよ。まぁ万が一割れると大変だから、あくまで非常用の手段として使うのが殆どだけどね」

「なるほどですー。ロッドって凄いんですね!」

「まぁ、使い道としてはスタッフもロッドも結構似てはいるけどね……たぶんフラウの思い浮かべる杖と言うと……こんなのじゃないかな?」

そう言ってフィルはロッドを手近なテーブルに置くと

今度はフィルの身長ほどもある長い木の杖……スタッフをカバンから取り出して見せた。


木で出来たその杖は表面には細かいルーンが彫り込まれ

蛇のように捻じれた先端の先には自ら光る宝石がはめ込まれていた。

あまりにも武器としての機能とはかけ離れたデザインのそれは

まさに見た目からして魔法の杖と言えるものだった。

「わぁ~これですー! 魔法使いの杖です! すごいです!」

「これでも僕も魔法使いだからね。杖だって持っているのですよ」

フラウの喜ぶ姿に少しだけ得意げになるフィル。


「スタッフというのは基本的にはワンドから発展したものでね、ワンドが一つの魔法しか込められなくて使い切りなのに対して、スタッフは複数の魔法を込める事が出来て、チャージをすることで何度でも利用することが出来るのが特徴なんだ」

「ロッドとは違うんです?」

「ロッドとスタッフの使い道は殆ど一緒だけど、ロッドには再チャージの機能が無いんだよ。だから大抵は使い切りか、あとは一日に何回使えるっていうのが多いね。チャージをしなくても使えるロッドの方が便利という人もいるけど、スタッフの方が一度に使える回数が多いからと好む人もいる。まぁ、この辺は例外の方が多いけどね」

スタッフにも一日に何回という制限の杖だってあるし

無制限に使えるのも多くある。

とはいえ、この辺はややこしくなるだけなので

この辺の説明はひとまずは置いておく事にする。

「あとスタッフは杖に込められた魔法より使う人の技量が高いと、使う人の技量で魔法を発動させる事が出来るんだけど……まぁ結局はその人の好み次第になるかな? スタッフの方が魔法使いっぽいからって理由で好む人もいるし、大きすぎて邪魔からって理由で持たない人もいるしね」


ちなみにかつてのフィルのパーティでは

前者がもう一人の仲間のウィザードで

後者はフィルがそれに該当する。

だが高位の術者レベルで何度も魔法を発動できるスタッフは

難易度の高い冒険になればなるほどに重要になってくる。

その為、手に入れたスタッフの内、予備の何振りかを

フィルの手元で保管してあったのだった。


「なるほどですー。魔法使いだからって皆さん杖を持っている訳じゃないんですね」

「そういう事。でもどうして杖が見たかったの? 杖って結構地味じゃない?」

どちらかというと王笏が由来とされるロッドの方が装飾映えするだろうし

女の子の興味を持ちそうなものだけどと不思議に思ってフィルが尋ねると

フラウは少し照れくさそうに答える。


「えっと、魔法使いさんが杖をつかって女の子をお姫様にしたり、悪いドラゴンをやっつけちゃったりするお話を聞いたんです。だから本物を見たかったんです」

おそらくは酒場や広場なんかで吟遊詩人の歌う詩を聴いたのだろう。

この手の話は、実際の出来事の事もあるが

それでも大抵は誇張されていたり、

中には原型を留めていない歌もあったりする。

だが一般の人々にとって吟遊詩人の語る物語とは

情報を得る為という目的以上に娯楽の要素の方が重要なのだ。

その辺は仕方の無い事なのだろう。


「なるほどね。でも残念だけど僕の持ってる杖じゃドラゴンを倒すのはともかく、女の子をお姫様にしてあげるはちょっと無理そうかな?」


もしも実際に話の出来事を実現させるとしたら

込める魔法はウィッシュやミラクルになるのだろうか?

もしくは幻術の類で見た目を変えるのか?

それともポリモーフ系の呪文で変身させるか?

いずれにせよ自分が所持している杖の中には

フラウの期待に応えられそうな物は残念ながら無かった、

少女の期待に応えられないのは残念だが

スタッフやロッドはそもそも希少でなかなか手に入る物ではない。

こればかりは仕方の無い事だろう。


そんな事を考えながら残念そうにしているフィルに、

フラウもちょっとだけ困ったような笑みを浮かべる。

「えへへ。ちょっとだけ残念ですけど全然大丈夫です! フィルさんだって、お話の魔法使いみたいですごいです!」

「あはは、そうかな? とりあえず、こっちは使わないからしまっておくね」

「あれ? 杖は使わないんです?」

「うん。これは君に見せようと思って出しただけ。それにこの杖は結構危ないから外に出しておく訳にはいかないんだよね」

一応この杖でも氷雪系の魔法を使えはするのだが

アイス・ストームでは水差しはおろか厨房全体を破壊しかねない。

フィルの説明に一瞬呆気にとられたフラウだったが、

「もうっ、フィルさんったら。でもありがとうです!」

そう言って笑ってくれたので

フィルとしてもこれで良しと杖をバッグにしまい込む。



「さてと、と云う訳で今回はこのロッドを使おうと思います」

「はいですー!」

少しおどけて口調が先生のような丁寧口調になったフィルに

フラウが生徒役に右手を挙げて応える。

「このロッドの使い方は簡単です。まずはロッドの先端を水差しに向けます」

「はいです!」

フィルがそう言いながら実際にロッドの先をフィルは水差しへと向けるのを

フラウもまるで自分がロッドを使うかのように固唾をのんで見守る。


この操作、元になってるレイ・オヴ・フロストが遠隔接触魔法であるが為の操作で

マジック・ミサイルなんかは相手をイメージするだけで済むので

このロッド・オヴ・フロストはどちらかというと扱いが面倒な部類と言える。


「そして起動用の言葉を言います。『冷気を放て』」

フィルが言葉を発すると、ロッドの先端の宝石から

青白い光線がまっすぐに伸び水差しへと命中する。

光線を受けた水差しの表面に徐々に霜が広がっていき

数秒して光線が止む頃には水差し全体を霜が覆うほどになっていた。

「わぁ! なんだか魔法の攻撃って感じですね!」

「あはは、一応初級とは言え攻撃魔法だからね? くれぐれも悪い人以外に向けて使ってはいけません」

「えへへ、はいですー! あ、でも悪い人は良いのです?」

首を傾げるフラウにフィルは苦笑いを浮かべる。

「僕自身、散々使ったからね。多分まぁ、良いんじゃないかな?」



一通りロッドの使い方の説明を終えて、

水差しの中の水も十分冷えた所で

いよいよ準備が整った二人は

リラ達の待っている庭へと向かう事にした。


流石に凍った水差しをそのまま素手で持つのは危ないからと

グローブをしているフィルが水差しは持つ事にして

フラウは人数分のコップを載せたお盆を持って

二人は勝手口からリラ達が訓練をしている庭へと向かった。


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