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邪神さんとお仕事2


フィル達が鍛冶屋に到着すると

作業場となっている中庭の入り口近くにある井戸の周りには

既に何人かの村人達が来ており、文字通りの井戸端会議をしていた。

昨日から参加している村の若者代表ともいえるダリウとラスティに加え、

今日は村の実質的な纏め役であるゴルムの姿もあって

そのおかげなのか、井戸端会議の雰囲気が

若干中高年の寄り合いじみた雰囲気になっていた。


フィル達に気が付いたラスティが手を上げると

他の者達も気づいてフィル達を手招きをして井戸端会議の中へと引き入れる。

皆、朝の畑仕事を済ませてきたらしく、

入り口すぐ傍の柵にはまだ新しい土がついたままの鍬や鎌が立てかけられていた。

どうやらついでに農具のメンテナンスをしようとという考えらしい。


主要メンバーが集まっているのは丁度良いと

皆に明日は修理を休ませてもらう旨を伝えると

村人達は快く了承してくれた。

「そうかー。まぁ気にする必要はねぇさ。手ぇ離せない仕事なら仕方ねえわ」

「ああ、そうだなぁ。うちなんて漬物造る時なんか一家総出で一日仕事だったりするからなぁ」

「あれも一気にやらんとダメになっちまうからなー」

そう言って笑い合う村人達。

マジックアイテムの制作と漬物が同格なのはどうかとも思うが

冬を超すための大切な行事だと思えば

寧ろ漬物作りの方が重要な事かもしれない。

というか、そんな手間をかけて作られた漬物が妙に気になってしまう。

そう言えばここに引っ越してから漬物を食べていない。


「漬物ですかぁ。いいなぁ」

「お、フィルさんも作るかい? 種まきの時期はもう過ぎちまってるけど、収穫手伝ってくれたら分けてあげるよ?」

「え? いいんですか? その時は是非に。漬物って作ったこと無いんですよ」

「そうなんか? この辺じゃみんな自分家で作るんだよ」 

作り方やら料理やら今の季節は酢漬けが良いだとか、

フィルが村人達と漬物談義に興じていると

その横では何事かを考えこんでいたダリウがポツリと呟く。

「魔法の武器か……」

「どうかした? 魔法の剣でも欲しくなったのかい?」

尋ねるラスティに、独り言を聞かれたダリウは少し照れながら答える。

「ああいや、剣じゃなくて鎌とか斧に魔法をかけたら、畑仕事が楽になるんじゃないかってな」

ダリウの説明を聞いて、漬物談義をしていたフィルが二人の方へと首を向ける。

「ふーむ……まぁ、確かに魔法を付与すれば切れ味が上がったりはするけどね」

斧を振る回数が減れば伐採の時にそれだけ早く楽になるし

作物の収穫も鎌の切れ味が良ければ作業が捗るだろう。

だが、それ以前に大きな問題がある。


「魔法の武器はかなり高いよ?」

「まぁ、何となくそんな気はするが……そんなに高いのか?」

「まず素体となる武器だけど、高品質の物でないといけないんだ。これは店で買おうとすると最低でも金貨三百枚はする」

「う……」

値段を聞いて苦虫を噛み潰したような顔になるダリウ。

高位の冒険者からすれば「その程度」で済む額ではあるが

日雇い仕事の日当が銀貨一枚という庶民の金銭感覚からすると

金貨三百枚というのは正直言って現実的な値段ではない。


「で、その武器に魔法をかけて強化するんだけど、今回僕が作ろうとしてる一番基本的な強化でも街で材料を買おうとすると最低でも金貨数百枚が必要になる」

「むぅ……」

「一応、効果対象を植物に限定するとかすれば必要な素材を軽減させることが出来ると思うけど、それでも金貨数十枚はするんじゃないかな?」

この辺りは威力とのトレードオフになるだろうが

ある程度実用的な物を作ろうとすれば、

どうしてもそれ位は掛かってしまうだろう。

勿論金貨数十枚だって、ダリウ達にとってはかなりの出費だ。

ジャガイモを一キロ売って銅貨四枚の市場では

村中の食料を売ってもそれだけの金貨を手に入れるのは難しいだろう。


「僕も素材については幾らかは持っているけど、高価な品だし流石に譲ってあげる訳には行かないからね?」

「まぁ……そうだよなぁ……」

溜息をつくダリウに、横から入って来たリラが助け舟を出す。

「あ、でもフィルさん、自分達で素材を手に入れたら作ってくれるって言ってましたよね?」

「ん~、あれは同じパーティの仲間だから特別なんだよ。普通ならエンチャントを依頼をする時は、依頼料だけでもかなりの金貨が必要になるんだよ」


マジックアイテムを術者に制作依頼すると、簡単な物でも金貨数十枚、

強力な品になれば、それこそ金貨数万枚かそれ以上が要求される事もある。

強力なマジックアイテムの製作となれば

高位の術者が数週間から数か月、あるいはそれ以上、

作業に掛かりきりになって

他の事を殆ど何も出来なくなってしまう事を考えれば仕方無い事なのだが、

並の冒険者パーティにそんな金銭的余裕があるはずもない。

フィルのパーティの場合でもそう言う負担を無くすため

もう一人のウィザードと分担して制作系技能を習得して

自分達で製作できるようにしていたのだった。


「リラ達にやってあげるのだって一日で全部済ませられる範囲でのみ。それに一つ作るのに最低でも一日必要になるから幾つも作れないし、依頼を受けるのは時間の余裕がある時だけだからね?」

「え、あ、分かってますってー! あははは」

釘をさすフィルにリラは笑って誤魔化す。

この辺のマジックアイテムの価値観は実際に店で値段を見たり

制作を依頼して値段を聞いたりしてみないと実感が湧かないのかもしれない。

アイテムを作ってあげると言ったのは、

彼女達には少し早すぎたのかもしれないなと、

そんな思いがフィルの頭の中をよぎる。


話を戻すと村人達相手にしたエンチャントをした場合、

商売としてはまず成り立たないだろう。

なにせこの村には今現在殆どお金が無いし、

収入だって農民では多くは望めない。

そうなると儲け無しで働く事になるのだが……。

(まぁ、この村で使う位なら煩く言う必要も無い……か?)

先程の手間賃の例はあくまで魔法使いや冒険者や商人達の儲けの都合によるものだ。

ここで暮らして、この村に貢献するという意味では

フィルの懐が痛まない範囲でなら、力を貸しても良いかもしれない。


「……まぁダリウ達も自前で素材を手に入れて来るなら最低限の手間賃で作ってあげるよ。とはいえ、殆どの素材は猛獣やモンスターの体の一部だったりするから、自分達で採りに行くのはあまりお勧めは出来ないけどね」

「そうか……素材ってどんなのが必要なんだ? あと、手間賃ってどれぐらいになる?」

「植物限定というのは僕も作った事が無いのだけど、そうだねぇ……植物限定にして素材を抑えるとして、定着用の素材は黒曜石があればいいとと思うけど……後はたぶん地系の精髄になるのかな……比較的手に入りやすいのはスケルトンのあばら骨とか、熊の爪とか……? あと手間賃は作業日数相応の食べ物とかが良いかな、旨い物なら尚良いな」

実際、彼らから銅貨や銀貨で貰っても大した額は望めないし、

寧ろそのお金は村の中での流通に使ってもらいたい。

だったら食べ物で現物支給してもらった方が良いだろう。


「なるほど、それなら俺達としても助かる。なにせ金はまったく無いからな。となると後は材料か……」

「スケルトンはともかく、熊の爪なら何とかなるかもしれんぞ?」

それまでフィルとダリウの会話を聞いていたゴルムが突然話に加わってきた。

先程までは村の年長者として若者達の戯れからは少し距離を置いていたのだが

どうやら話の内容に興味を持ったらしい。


「そうなのか? でもここ数年、この辺に熊なんて見たことないぜ?」

尋ねるダリウに分かってると頷いて見せるゴルム。

「ああ、ドラゴンが来てからはそうだな。だが昔は年に何頭か村の近くに出ていてな。ドラゴンが居なくなった今年はじきに熊や他の獣も現れるようになるはずだ」

そう言って頑固おやじそのものといった厳つい顔がにやりと笑う。

どうやらゴルムも魔法の農具作りに加わる気満々のようだ。

「確かに……まぁ、それなら気長に待ってみるのが良さそうだな。さすがにスケルトンを倒しに行こうとは思えないしな」

「黒曜石もこの辺なら確か、フィルの家のある山で採れる場所があったはずだ。それも今度探しに行ってみればいいだろう」

周辺知識豊富な年長者であるゴルムの説明に若者一同がなるほどと頷く。

黒曜石も爪も街ではそれなりに珍しい品なのだが

ここでならさほど珍しくは無いのだろう。

流石は緑に囲まれた山村である。


「ふむ、エンチャントの方はひとまずそれで良しとして、素体の斧や鎌はどうするんだい?」

「ああ、そっちもあるんだよな……農具だからって別に安い訳じゃないしなぁ……」

フィルの問いかけに、ダリウはそう言って柵に立てかけてある自分の仕事道具を眺める。

この世界では鉄や鋼にはそれなりに価値がある。

農具といえども例外ではなく、鉄や鋼が使われた農具は高価になりがちで

一般的な小さな鎌やシャベルや鍬で金貨二枚、

斧なら大きさにもよるが金貨六枚からといった所だろう。

これらは農民にとっては大切な財産であり

手に入れたら壊さない様に大事に使い続けていくのだ。

ちなみに金貨二枚はダガーとほぼ同価値になる。

そして畑仕事で大活躍する大鎌のサイズなんかはなんと金貨十八枚で

これはロングソードの金貨十五枚よりもお高い。

勿論これらアイテムの価格は用いる材料と加工の難易度、

そしてどれだけ手間をかけたかで変わり、

単純に鉄を鋳造した物よりも、

鋼を打ち鍛えて造られた品はそれだけ高値が付く。

命を預ける武器でさえ、安い鋳造品が多く出回るこの世界では

農民が高価な鋼を鍛えた農具を持つなど、

無駄金を使うようなものだと笑い話として扱われそうな類の話だった。


「おう、それなら俺が力になってやれんこともないぞ」

ゴルムに続いて何時の間にか井戸端会議に加わっていた鍛冶屋の主人が

斧を手にもちフィル達の話題に加わってきた。

「さっきから面白そうな話をしてたんで気になってな。この斧なら使えそうか?」

そう言って主人がほれと差し出した斧を受け取り

フィルはアイテムの品質を見定める。

「ふむ、良く鍛えられた鋼で出来ているようだし、身も締まって重い。柄の部分もしっかりしたものだし、これなら十分魔法をかけられそうです」

武器の斧とは若干バランスが違うが、それは間違いなく高品質の品と言える。

そう言うフィルに、主人はにやりと笑って見せる。

「それぐらいなら俺が拵えてやろう。丁度材料になる鋼も手に入ったことだしな。役に立つ道具になるなら、あれも幸せだろう」

そう言って視線を向けた先には、

破損がひどくて修理を諦めたショートソードの山があった。

以前、鍛冶屋の主人が人殺しの道具は嫌いだと言っていたのが思い出される。

「でも、良いんですか? 武器じゃ無いとは言え、これだけ高品質の品、本来ならかなり高価で売れる物ですよ?」

「なに、こいつは武器じゃねぇし、それに知らない奴に売る訳じゃないからな。あんただってそれだから金を取らないんだろう?」

そう言って主人はじろりとフィルの顔を覗き込む。

確かにエンチャントにしろ高品質の武器にしろ、

売値のかなりの部分を職人の技量に対する付加価値が占めている。

そこを減らせば確かに価格は落とすことが出来るが

それはつまり、製作者の収入が減るという意味であり

自分の商品の価値を貶める事を意味する。

普通の職人ならそんな事を絶対しないのだが、

村の鍛冶屋という特殊な状況がそれを良しとさせているのだろう。


「ええ、まぁ……そうですね。でも良いんですか?」

「それなら俺も手間賃程度の上乗せで十分だよ。その代わり、大事に使わない奴や外から来たもんには定価で売るさ。それでもいいなら安く作ってやるよ」

フィルの問いに腕を組んで自信たっぷりに答える主人。

主人の漢気に男衆一同からオーという歓声が上がる。

「よっ! オトコだねぇ!」

「さすがは村一番の頑固おやじ!」

「ええい! 五月蠅いわい!」

囃し立てる村人達に怒鳴る主人。

その様子は集まって遊びを考える子供のようでもあり

半ば商店と化している街の鍛冶屋ではたぶん見られない光景だろう。

「ま、まぁなんだ、それは助かるが、ちゃんと取れる時に取っておけよ?」

「お前さん達からカネを取ろうにも持っとらんじゃろ? その代わり、炭やら木材やらの材料はそちらで用意してもらうからな? その位はしてらうぞ?」

「……ああ、それぐらいならこっちに任せてくれ」

ゴルムの忠告を分かっとるワイと返す主人。

これにはさすがに普段厳つい面構えのゴルムも苦笑いを浮かべている。

どうやら農具を卸してくれる鍛冶屋という立場だけでなく

あの主人の性格からも村人達から信頼されている存在らしい。

そうして魔法の農具制作の段取りがついた所で

そろそろ井戸端会議も閉会の時間が近づいてきた。




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