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邪神さんとお仕事1

次の日の朝もフィルは小さい手に体を揺られて目を覚ました。

「フィルさんフィルさん! あさでーすよー?」

すっかり日課となったなぁと

のんびり考えながら声のする方へと顔を向けると

楽しそうに自分を揺らしている笑顔のフラウと目が合う。

「……ああ、おは」

「えいっ」

いつもの様におはようと言おうとしたところで

フィルの言葉は急に覆いかぶさってきたフラウに遮られてしまう。

体に軽い重みが圧し掛かってくるのと同時に少女の顔がすぐ前に迫ると

どうしても昨日の事を思い出してし照れくさくなってしまう。


「……フラウ?」

「えへへへ~おはようございますっ」

そう言ってフラウは年相応の子供らしい悪戯っ子な笑みを浮かべる。

普段おとなしい娘がこうして悪戯するなんてと少し驚きはしたが、

それ以上に自分に懐いてくれる事が嬉しくて

フィルは笑みを浮かべるとフラウの頭に手を乗せる。

「ああ、おはよう……今日もありがとうね」

「えへへ……おはようございますです……ねぇフィルさん?」

「うん? なんだい?」

「びっくりしました?」

そう言って尋ねるフラウの表情は先程までの悪戯っ子の顔から

少しだけ不安げな顔になっていた。

フラウ自身、昨日からどう接したら良いのか分からないのかもしれない。

(まぁ、それは自分も同じか……)

「うん、とってもびっくりした。でも嬉しかったよ?」

尋ねるフラウに笑って答えて、今もフィルに乗っているフラウを軽く抱き寄せる。

「わっ」

フラウは顔をフィルの首に埋める形になって顔は見えなくなってしまったが

その方がお互い照れた表情を見せなくて済むので丁度良いだろう。

「……ほんとです?」

顔を埋めたまま尋ねるフラウの頭をいつもの様に撫でながら答える。

「うん……いつも一緒に居てくれてありがとうね」

「えへへ……ずっといっしょです」

そう言って顔を上げてえへへと微笑むフラウ。

その笑顔にフィルももう一度微笑んで見せる。

暫くして布団から出た二人はいつものように身支度を済ませると、

厨房へと向かい朝の準備を始めた。

顔を洗い、朝食にと昨日の残りのシチューを温めていると

リラ達四人が厨房へと入って来て厨房の中は一気に賑やかになった。



「「「「おはよーございますー」」」」

「おはようございますですー」

「おはよう」

元気に挨拶を済ませるや賑やかに水場で身嗜みを整える少女達。

フラウも一緒にまぜてもらって、今日はトリスに髪を結んでもらって嬉しそうにしている。

(年頃の娘というのは本当に賑やかだなぁ……)

今もサリアの持っていた化粧品をわいわいと言いながら試すリラ達を眺めながら

一人だけ輪の外で朝食のシチューを温めるフィル。

(まぁ、皆、仲が良いのは良い事かな。フラウも喜んでるみたいだし)

学生の下宿の女将にでもなったような気分でそんな事を考えながら

のんびりと昨日のシチューを温めていたフィルだったが


「フラウちゃんフラウちゃん、昨日はどうでした?」

「えへへ~」

「お、その様子だとバッチリだったみたいですねっ?」

「えへへへ~内緒ですっ」

二人のやり取りに思わず前で楽しそうに会話するサリアとフラウを見る。

見るとよしよしと満足気にフラウの頭を撫でているサリアと目が合った。

その途端、サリアの顔が作戦成功、もしくは計画通りと言わんばかりのにんまりとした笑顔に変わる。

(サリアおねーさんに一番大好きな人へのお礼はこうするのが一番だって、教えてもらったんです)

(……そう言えばフラウに入れ知恵をしたのはサリアだったか)

リラ達、他の三人はといえば

明らかにコメントに迷っているという感じの曖昧な笑顔になっている。

おそらく「首謀者、実行犯は一人です」という事なのだろう。

「フィルさん。良かったですね! おめでとうございます!」

心から祝福しますよと言わんばかりの笑顔でフラウを撫でながら声を掛けてくるサリア。

まったくこの娘は何を言い出すのだろうとフィルがげんなりしていると、

サリアはおや?と首を傾げて見せる。


「あれ? どうしたんですか? こんな可愛い子に告白されたんですよ? 嬉しくないんですか?」

そう言って、ほら、とフラウの両脇に手を添え、フラウを抱え上げて見せるサリア。

残念ながらサリアの身長では頭一つ分ほど足りていないが

それでも持ち上げられたフラウとフィルの顔の高さが近づいて

視線の合ったフラウが困った笑顔を浮かべる。

「ええっと……えへへ」

(いや、犬や猫じゃないのだから、その見せ方はどうなのだろう……)

どう言ったものかとコメントに困っているフィルを見て、

サリアは仕方ないですねぇとため息を漏らすと

腕を伸ばして更にフィルの頭の高さにフラウを近づけようと試みる。

「ほらーたかいですよー! どうですかー?」

「わぁ~、サリアおねーさん! ちからもちです!」

「ふっふっふー、冒険者はこれ位簡単なのですよー」

ワイワイキャッキャと楽しそうにしている二人の少女に毒気を抜かれ

窘める事を諦めてフィルは溜息を吐く。

とは言え、厨房で少女を振り回すのは流石に危ない。


「ええっと、サリア……厨房で暴れると危ないからフラウを置いてちょっとこっちに来なさい」

「えー、いやですよー。フィルさん絶対怒るじゃないですかー」

簡単とは言いつつも、実際の所は結構重かったのだろう。

サリアはとりあえずフラウを地面に降ろしはしたものの

今度は後からフラウの首に腕を回し、抱き寄せたまま手放そうとはしない。

まるで人質はどうなってもいいのかという悪人のそれである。

「ほほう、僕が怒ると分かっていてあんな助言をしたんだね?」

「ふっふっふーモチロンです! 私が怒られる事なんか、フラウちゃんの恋の成就に比べたら些細な事ですからねっ!」

人質を取りながら、どうですとばかりに薄い胸を張る。

多分、当人は本気でそう思っているのだろう。

流石にそこまで開き直られるともう溜息しか出ず、

諦めたフィルは朝食の準備を再開する。

それからもサリアはずっとフラウを手放そうとせず

ようやくフラウが解放されたのは朝食が終わった後だった。



「それじゃあ、頑張ってね。お昼には迎えに来るからね?」

イグン老の自宅の玄関前で

フラウの頭を撫でながら名残惜しそうにしているフィルに

少女は頭を撫でながら元気に返事をする。

「はいです!」

「任せてください! フィルさん達は安心してお仕事してきてくださいね!」

そしてそのフラウのさらに横には何故かサリアが立っていて

自信たっぷりにフィル達を見送ろうとしている。

鍛冶屋へと行く前に料理教室にフラウを送り届ける為

料理教室が開催されるイグン老の家に立ち寄ったのだが、

イグン老の家に到着したところで

サリアがフラウと一緒に料理を習いたいと言い出したのだった。


急な予定変更ではあったが、その原因はフィルにも何となく分かった。

イグン老の家からは何人かの女性の声が聞こえて来ており

今日の料理教室はフラウ以外にも何名かの村のご婦人が参加するようだったのだ。

どうやらサリアはフラウが村人達と一緒に居ても大丈夫か、

保護者を買って出るつもりらしい。


ここ数日のフィルの貢献により、大分村人達に信頼されてきたとは言え、

それでもフィルの立場はあくまでも、良く分からない余所者だ。

そんな他所者と一緒に住む事になったフラウを村人達が心配しない訳が無く、

本人がそのつもりで無かったとしても、フラウから今の生活を聞いて

村人達がフィル達を警戒したり、不安にさせたりしないかと心配しての事なのだろう。


交渉のエキスパートともいえるバードがフラウに同伴してくれるのは

心強いし有難い事なのだが、昨日や今朝の事もあって、

サリア一人だけをフラウと一緒にするという事に

フィルはどうしても言い知れぬ不安を覚えてしまう。

(まぁ……フラウが困るような事はしないと思うし、変な事はしないと思うけど……)


「フラウちゃんは私がちゃんとフォローしますから、安心してくださいね!」

「あ、ああ……あまり頑張り過ぎないでね? ほどほどで良いからね?」

「大丈夫ですって! ちゃんとしっかりフラウちゃんはお守りしますから!」

不安そうなフィルに自信満々、頼もしい笑顔を見せるサリア。

サリアとしては交渉事なら任せておけという事なのだろうが

だがそれが余計にフィルの不安を煽っていく。


とは言え反対する理由も見つからず、

不安を抱えたままサリアにフラウを託して、

フィルはリラ達と共に鍛冶屋へと戦利品の修理に向かった。



「ええっと、サリアもフィルさんやフラウちゃんの事を想って頑張ってるみたいですし……その、たぶん大丈夫だと思いますよ?……ええっと、頑張ってくださいね?」

鍛冶屋への道中、フィルの横を歩きながらリラが励ます。

顔には出さないように気を付けていたのだが、

どうやらかなり不安そうな気配が滲み出ていたらしい。

「ああ……それは僕も一応は……分かるんだけどね……」

そんなリラの励ましにフィルはため息交じりに頷く。

「悪い子じゃないんだよ? それは分かるんだけどね……」

「私達も出会ってそれ程ではないですけど、あの子は真っすぐな良い子だと思うんです。思うのですけど……」

トリスがフォローをしてくれるのだが、どうフォローしたものかと

言葉が途中で途切れてしまっている。

一同が無言になってしまった所で、何気無い感じでアニタが言った。

「サリアって目的達成の手段がなんというか、正面突破な所あるよね?」

アニタの指摘に、一同が「ああ…」と頷く。


確かに言われてみれば、サリアは正攻法というか

多少強引でも真っすぐ解決しようとする所があるように思える。

「そう言えば、僕らと出会った時もそんな感じだったっけ……」

あの時は上手く追っ手をかわしたと思ったら、

推理と聞き込みで宿を探し当てられて、

その後はなし崩し的にフィル達の部屋で寝る事になったのだった。

一応、人様に迷惑をかけたりはしていなかった様だが

思えばあの頃からフィルはサリアに振り回されている気がする。

「……まぁ、悪い娘じゃないと言うのは分かるんだけどね? 僕としてはあの子が本格的に事件に巻き込まれた時が心配だよ。まぁそれを言うなら君達だって同じパーティなんだから、振り回されない様に気を付けるんだよ? それぞれがちゃんと解決方法を考えて出し合っていく位じゃないとシティアドベンチャーは何かと大変だからね」

「「「はーい」」」

出会った時のサリアの行動を思い出して苦笑混じりに注意するフィルに、

三人の少女は声を揃えて返事をするとくすくすと笑いあった。

「なんだかんだで、フィルさんってサリアの事、大事にしてますよね?」

「うーん、どうなんだろう? まぁ、一応保護者だし、さすがに心配にはなるさ」

楽しそうに尋ねるリラに苦笑いで答えながらフィルは考えてみる。

サリアに舵取りを任せてシティアドベンチャーをしたら

どんな冒険になるのだろう?

あの娘の性格だから余計な事も背負い込んで高い難易度になりそうな予感がするが

意外とすんなりと解決出来たりするのかもしれない。

そんな事を四人で話しているうちに一行は鍛冶屋へと到着した。

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