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邪神さんと休日16

食事を終えた後、フィルとフラウはリラ達とは別れて

いつものように一緒に食器を洗い片づけて、

それからいつものように皆の分の洗濯を呪文でして

ついでにいつものように玄関を出て村に雨を降らせて、

ようやく二階にある自分達の部屋に戻った。


「ふぅ、なんだか今日は本当によく働いたなぁ……」

自室のソファにぐったりと座りこんで伸びをするフィル。

武器の修理をしたり戦闘の訓練をしたりはともかくとして、

文字や魔法の先生役なんていうのをしたせいか、

今日はなんだか普段よりもかなり疲れたような気がする。

(最近、慣れない仕事が増えたからなぁ……)

冒険をしていた時には使わなかった筋肉やら脳みそを使うからだろうか?

いや、今日は筋肉は使っていないはずなので、これはきっと心労なのだろうと、

ぐったりとソファに寄り掛かりながら頭の中でぼんやり考えるフィル。


「えへへ、今日はお疲れ様ですっ!」

フラウはそんなフィルの横にちょこんと座ると

そのままフィルの方へと寄り掛かかっている。

「フラウだって、今日は大変だったろう? 勉強したり手伝いしたり、楽器を習ったりとか?」

フィルがそう言いながらフラウの方を見てみると、

笑顔でこちらを見上げているフラウと目が合った。

思えば今日は一日ずっとフラウは笑顔だったような気がする。

フィルとしても上機嫌な顔がずっと見れて大満足な一日といえるだろう。


「えへへー。大変でしたー。でも、とっても楽しかったです! 楽器の練習もすっごく楽しかったですー」

「うんうん。頑張ったなぁ……。いい子いい子」

「サリアおねーさん、とっても上手なんですよー。とってもすごかったです! あ、歌もとっても上手なんですよー!」

「うんうん。僕達が勉強してた所にも楽器の音が聞こえてきたよ」

「あとあと、楽器がすごかったんですー。私が持ったら使いやすい大きさになるんです!」

「うんうん。魔法の道具は使う人に合わせて大きさが変わるものがあるからね。指輪なんかもそう言うのが多いんだよ」

今日一日の出来事を楽しそうに報告するフラウ。

そんな少女の報告を、こちらも嬉しそうに聞きながら少女の頭を撫でるフィル。

フラウもフィルに頭を撫でられるとえへへと笑いながら身を寄せる。

「フィルさん、私がちゃんとひけるようになったら、音楽きいてもらってもいいです?」

「うんうん。すっごい楽しみにしてるね。 そうだ、フラウに楽器をあげるって言ってたよね? ちょっと待っててね」

ひとしきりフラウを褒めて頭を撫でる事にも満足したフィルは

そう言って自分のバッグから一挺のリュートを取り出した。


「はい、これだよ」

「わぁー!」

フィルが取り出したのはリュートだった。

固有の銘は持たないが細部まで丁寧に造られたそれは

一目で高品質な楽器だという事が分かる。

「サリアにあげた楽器みたいな固有の銘は持ってないんだけど、一日一回、ライトの呪文が使えるリュートだよ」


このリュートは以前の冒険で手に入れたのだが

流石にライトの呪文を一回使えるだけの道具、

それも楽器を鳴らせる者にしか使えない道具というのは

フィル達のパーティにとって使い道が無く、

かといって店で売っても二束三文の金額にしかならない。

それならばいつか楽器を失ったバードを冒険中拾った時に

とりあえずの装備としてあげれば良いだろうという事で

フィル達のパーティ資産として保管していた品だった。


「わぁ……凄いです! でもこんなにすごいの、ホントにもらっちゃっていいんです?」

「ああ、冒険で使うには心細い性能だし、フラウが使ってあげた方がこの楽器もきっと嬉しいと思うんだ。練習に使うのだって立派な使い道だと思うよ? はい、持ってごらん」

「はいですっ……あっ」

フィルから手渡されてリュートを持つと、

リュートはフラウの手の中で縮んでいき丁度フラウの手で弾きやすいサイズになる。

日中に楽器の練習をした時に経験済みだからだろう。

少し驚いたものの、フラウはリュートを取り落とす事も無くしっかりと腕に抱き寄せた。

「これも大きさが変わるんですね!」

「魔法の楽器はこういうのが多いみたいだね。やっぱり使いやすさが最優先なのかな?」

自分に合った楽器で最高の演奏をしたいというのは

芸術家からしたら誰もが思う事なのかもしれない。

思えば幾つか見つけた魔法の楽器は今の所、

どれもが持ち手に合わせてサイズが変化するタイプだった。

武器や防具の場合は、かなり高価な物でなければ見られない機能だが

指輪や楽器、靴といった品は逆に殆どがこうした機能をはじめから備えている。

おかげで子供から大人、果ては巨人やドラゴンまで、

こうしたマジックアイテムの恩恵を受ける事が出来るのだ。


「このリュートは、マジックアイテムとしては極々初歩的な物だけど、リュートとしての品質はきちんとしてるから練習に丁度いいと思うんだ」

「わぁ……ありがとうございます!」

「実の所、サリアに渡したシターンとは楽器としては違うみたいなんだけど、僕には違いが良く分からないんだ。その辺は明日にでもサリアに聞いてみるのが良いと思うよ」

一応鑑定を済ませて、楽器の効果とアイテム名は知っているが

それ以外の事、例えばリュートとシターンにどんな違いがあるのか、

とかいった事柄にはフィルは何も知らなかった。

興味が無かったと言えばそれまでだが、

もう少し勉強しておくべきだったと後悔するフィル。


「えへへ、実はサリアおねーさんにおしえてもらったんですよー!」

「そうなんだ?」

「はいです! シターンは指じゃなくてピックでひくんです。でもリュートは指でひくんです!」

得意げにそう言ってフラウはさっそく覚えた指の形でリュートを持つと、弦を指で軽く弾いてみる。

ポロンという余韻を伴なった心地良い響きが部屋を満たす。

たしかに午後に聴いた音色とは少し違うようにも聞こえるが、

こちらの音色も同じぐらい心地よい音色に思える。


「えへへ、まだこの指しか知らなくて……」

照れくさそうにそう言って何度か弦を弾くフラウ。

おそらく今日の授業で一生懸命覚えた指の形なのだろう。

一つの音色しか奏でることが出来ず、音楽と呼べる代物では無いのかもしれないが

フィルにはそんな事は些事と思えるぐらいにフラウが楽器を弾いてくれた事が嬉しかった。

「それでもすごいと思うよ。こうして聴くとリュートっていうのは良い音色だね」

思えばこうして静かな部屋で楽器の音色をじっくり聞いた事なんて無かった。

酒場や貴族の宴の席に連れ出された時に何度も聞いた事はあったが

屋内が広いせいか音が直ぐに散ってしまい余韻まで楽しむのはなかなか難しい。

「えへへ……どうです?」

「うん、とっても素敵だったよ。また聴かせて欲しいな」

「はいですっ」

さらに何度か同じ音色を鳴らしたあとで照れくさそうにこちらを見上げるフラウに、

フィルは笑顔で少女の頭を撫でた。



それからしばらくは今日の音楽の話をしたり今度のパン焼きの話をしていたが

今日は一日、朝早く起きて働いたり勉強したりお手伝いをしたりで疲れているのだろう。

「ふぁ……」

気が緩んだのか思わずフラウの口から欠伸が出てきた。

「ははは、無理はしない方がいいよ? 今日は一杯働いたんだし、ゆっくり休まないとね」

「えへへ、でももうちょっとこうしてたいです……」

そう言って自分に寄り掛かるフラウの頭をひとしきり撫でてあげた後、

フィルはいつものように明日使う呪文の準備をする為に自分のバッグから呪文書を取り出した。

「僕は明日使う呪文を覚え直すけど、フラウは先に布団に入って休んでる?」

「あ、えっとそれじゃあ、今日はこれしたいんです」

尋ねるフィルにそう言って

フラウが持ってきたのは午後の授業で使った小型黒板だった。

フラウは黒板を胸の前に持ち上げて、少し恥ずかしそうにフィルを見上げる。

「フィルさんが魔法を覚えてる間、私も横でお勉強しててもいいです?」

「ああ、それじゃあ一緒に今日最後の一仕事を頑張って終わらせちゃおうか?」

「はいです!」

嬉しそうに返事をするフラウ。

それから二人は今日最後の作業に取り掛かった。


「ふー、ふー、ふー……」

隣からは黒板に書き込むカリカリという音に合わせて、

今日覚えた字を繰り返し呟く少女の呟きが聞こえてくる。

普段なら呪文の記憶に集中している時は

外の騒音なんて疎ましいとしか感じなかったのだが、何故だか今はとても心地良い。

もう少し聞いていたい所だったが

今日使った呪文は天候操作以外は簡単な呪文ばかりで

ものの数分で全ての更新が終わってしまう。

仕方なくフィルが呪文書を閉じると、

それに気が付いたフラウが勉強の手を止めてこちらを見上げた。


「フィルさん、おわったんです?」

「ああ、こっちは終わったけどフラウのはもう少し勉強するかい?」

「あ、私も大丈夫です!」

そう言ってフラウはソファから立ち上がると

ととととベッドに向かって、そのまま布団を被ってお休みの準備を始めた。

「フィルさんフィルさん、はやくはやくー!」

もはやフィルと一緒に寝る気満々のフラウ。

そんな少女に釣られるようにフィルもベッドに入り、寝台の灯りのフードを落とすと、

先程まで明るかった部屋はぼんやりとした小さな灯りが一つ残るのみの暗闇に包まれた。



「えへへ、フィルさん。お疲れ様でしたー」

「うん、フラウもお疲れ様でした」

大きな枕に頭を並べて、二人で顔を見合わせて笑い合う。

それから少しして隣のフラウから声がかかった。


「フィルさん、寝るまでもうちょっとだけ、お話してもいいです?」

「ああ、全然大丈夫だよ。フラウはまだ眠たくはならない?」

フィルの言葉にフラウが体をこちらの方へと向ける。

顔と顔の距離が一層近くなり、まるで内緒話をしているかのような形になった。

「えへへ、もうちょっと大丈夫です。えっと、今日はすっごくありがとうございます。だから……えいっ」

可愛らしい掛け声と共にフィルに抱きつくフラウ。

フィルがどうしたものかと硬直していると、顔を上げたフラウと間近で目と目が合った。

そのままフィルの唇に柔らかい感触が一瞬重なる。

それは直ぐに離れ、目の前には少し悪戯っ子のような笑みを浮かべたフラウの顔がある。

本人も相当に恥ずかしいのだろう、顔色が火照ったかのように赤くなっているのが暗がりの中でも良く分かった。


「えへへ、びっくりしちゃいました?」

「うん、びっくりした。かなりびっくりした」

そう言うフィルにえへへと悪戯っぽく笑う。

「サリアおねーさんに一番大好きな人へのお礼はこうするのが一番だって、教えてもらったんです」

フィルの顔を上目遣いに見上げて嬉し恥ずかしそうにそう言うフラウ。

こんな時、どのような顔をしたら良いのだろう。

結局全く思いつかずフィルは困ったような笑顔を浮かべる。

(あの娘にはいつかきちんとお仕置きをした方が良いのかもしれないな……)

今頃は良い事をしたと満足気な笑顔で寝ているであろうバードの少女に密かに復讐を誓うフィル。

とはいえ、どういった手段で復讐すべきか全然思い浮かばないのが残念な所ではあったのだが。

そんな困り顔のフィルを眺めていたフラウもさすがに恥ずかしさに耐えられなくなったのか

布団に潜って顔が見えない様にして、そのままフィルに身を寄せ顔を埋めてしまう。

「私、フィルさん……大好きです……」

布団の中から聞こえてくる少しだけこもったフラウの声。

さっきのよりもずっと緊張しているように聞こえるのは多分、フラウの精一杯なのだろう。


年端もいかない まだ幼いと言ってもいい少女から告白されて

こういう時、父親だったらとか、学校の先生だったらとかあれこれ考えてみるが

どうすれば良いのか全然まったく解決方法が浮かばない。

結局、ええい儘よと顔を埋める少女を抱き寄せるフィル。

「……うん、僕もフラウの事、大好きだよ」

「……本当です?」

フィルの言葉に再び布団から浮上して顔を見せるフラウ。

身を寄せていた所だったせいか顔と顔の距離がいつも以上に近く感じるその顔は

気恥ずかしさと不安が入り混じったような顔だった。

(まだ幼い女の子にこんな顔させちゃ、ダメだよなぁ……)

まだ幼いこの少女が大人になるまでにはきっと

様々に気持ちが変化していく事だろう。

この歳まで生きていると、幾ら疎いとはいえ、さすがにそう言った事も分かってくるものだ。

とはいえ、それはそれとしてこの子の今の気持ちも大切にしてあげたい。

「うん、本当だよ。フラウの事、僕も大好きだよ。だからこれからもこうして一緒に居て欲しいんだ」

こんな事しか言えない自分の不器用さが恨めしいが、

それでもキチンと伝えて、少しだけ腕に力を込める。

フィルの言葉にフラウは初めはぱちくりと目を瞬かせると、

その言葉の意味を反芻するようにだんだんと表情が明るくなっていく。

「えへへ……はいですっ」


すっかり目が覚めてしまったフラウがようやく眠りにつくのは

それから小一時間たっぷり二人でおしゃべりをした後だった。

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