邪神さんと休日15
「フィルさんフィルさん。それで明後日の用事って何なんです?」
さっきの話で気になったんですけどと
隣に座るフラウ越しにフィルに尋ねるサリア。
普通の人なら聞き流してくれていたのだろうが
やはりサリアが相手では見逃してもらえなかったかと、
フィルは自分の見通しの甘さに内心悪態をついた。
別に悪事を働こうとかでは無いのだが、
ここで素直に話してしまうと、その後の展開が容易に想像できるので
出来れば彼女達には伏せておきたい所ではあったのだが……。
「ねーフィルさん? フィルさーん?」
「あーうん……まぁ大したことじゃないんだ。ちょっとした用事があるだけだよ?」
「ですから、そのちょっとした幼児って何をするんですか? 教えてくださいよー?」
視線を逸らして言葉を濁すフィルに何かを嗅ぎつけたのか
サリアは更に楽しそうに尋ねてくる。
「えー良いじゃないですかー。何するか教えてくださいよー。知りたいですよぉー」
言葉を濁した事で余計にサリアの興味を引いてしまったようで
身を隣のフラウの方に乗り出して更にしつこく迫るサリア。
どうやら諦める気は完全に無いらしい。
どう言えば諦めてもらえるのだろうかと、あれこれ考えてはみたが
「ねぇねぇフラウちゃん。フラウちゃんも気になりますよねー? 私達に内緒でしたい事って何なんでしょうね~?」
「え? ええっと……」
仲間を作ろうとしてフラウにまで迷惑がかかりそうな気配に、
フィルはついに諦めて、ため息を一つ吐いた。
「あー、うん、武器にエンチャントをしようと思っているんだよ。それを街で売って生活費にしようと思ってね。エンチャントはほぼ半日、付きっ切りでやる事になるから家から離れられないんだ」
フィルがこの村の中で生活費を稼ぐ手段は非常に乏しい。
農業や牧畜はまるで素人だし、
それ以前に今から野菜や家畜を育てても収穫までかなりの時間がかかってしまう。
幸い、村から半日と掛からない所に大きくは無いもののそれなりに賑わっている街があるので、
フィルの持つ魔法の武器防具作成の特技を活かして魔法の武具を作り、
そこで武器を売れば現金が得られるだけでなく、
街で得たお金を村で消費つすることで、村にとっては外貨を獲得できる。
という算段だった。
「ええっ!? フィルさんってマジックアイテムを作れるんですか!?」
フィルの説明に、先ほどまでのんびり成り行きを聞いていたリラが思わず横から乗り出す。
「あ……うん、一応ね? この手の特技は一つあると何かと便利だからね」
何となく予想していた事だが、予想以上の食いつきに
フィルは少し面食らいながらも答える。
魔法の武具に限らず、ポーションやワンド、
大抵の魔法の品というのは、安い物でも金貨数百枚になる高価な品だ。
そもそも希少品であるため街の商店程度では
欲しい物が何時でも購入できるとは限らない。
それを自力で作る事が出来るようになれば経済的に楽になるというだけでなく
必要な時に必要な物を準備出来るようになり、冒険の成功率が格段に上がる。
その為、フィル達のパーティではメンバーで分担して
ポーションやワンドといったマジックアイテムを分担して製作していたのだが
そこでフィルが受け持っていた役割が武器の制作だった。
強力な魔法の武器をまともに製作しようとすれば
制作期間が数か月でも足りるものではないが
戦う相手に応じた矢や手投げ矢の制作であったり
既存の武器のアップデートならば
それなりの期間で済ませられるし効果の見返りも大きい。
「そ、それじゃ! 私達の武器も作ってもらえたりします!?」
そこまで言って乗り出していたリラはあっと我に返って、
照れ笑いを浮かべて自分の椅子に腰かける。
周りを見回すと他の少女達も期待に満ちた目でフィルの方を見つめている。
やはりか……と、予想していた少女達の反応にフィルはもう一度溜息を吐く。
「あー……うん、まぁ作れはするけどね? 作れるといっても時間がかかるから、そう簡単には出来ないし、素材は君達自身で用意して貰うからね?」
流石に無料で作ったりはしないよと釘を刺すフィルに、リラはですよねぇと項垂れる。
それでも十分破格だと思うのだけどと思いはするのだが
魔法の武具の値段を知らない少女達にそんな事言っても仕方無いのだろう。
「素材かぁ……素材ってやっぱり高い物なんです……よね?」
「んー、まぁ、作る物にもよるかな? 店で材料を買おうとすると、大体マジックアイテムの値段の半分位が素材の金額と思っておくと大体間違いないよ」
ちなみに残り半分に付与術者の利益と店の利益、管理費なんかが諸々詰まっている。
なのでアイテムを店に売る時、
交渉次第で半額買取が七割買い取りぐらいまで値上げ出来たりするのは
実際店としてはしてそれでも十分に利益があるからなのだ。
と、エンチャント素材の話に戻ると
エンチャントには用途に応じて様々な材料が必要となるのだが
これには力を秘めた希少な宝石や強力なクリーチャーの部位から抽出した力の精髄など
希少で高価な素材が用いられることが多い。
これは強力な魔法の品になるほど、より顕著になっていき
金貨数万枚もするようなアイテムともなると
高位のデーモンやドラゴンの血なんかが使われている事も珍しくはない。
フィルの場合は過去の冒険でかなりの量の素材を手に入れているので
大抵のエンチャントならすぐにも出来るのだが、
これらの素材をリラ達の為に提供するつもりは無かった。
けち臭いと思われるかもしれないが
フィルの経験から、それ位の事が自分達で出来ないようでは
これから先、冒険者を続けられるとは思えないし、
ダンジョンの中で手に入れるにしろ、店で買うにしろ、自分達で作るにしろ、
彼女達自身が苦労して手に入れた物でなければ
愛着も沸かないだろうし価値も見い出せ無いだろうと思うのだ。
ちなみに最低限の強化の魔法が付与されたロングソードでも
街の商店で購入しようとするとおよそ金貨千枚になる。
作る場合はそれの半額として金貨五百枚が必要となるのだが
今の彼女達ではそれだけのお金を揃えるのはかなり難しいだろう。
「うーん……、半額といってもかなりするんですねぇ……」
フィルから強化に必要な素材の金額を聞いて溜息を吐くリラ。
駆け出しであっても金貨五百枚ぐらいなら
冒険の時に戦利品の回収をきちんとやっていけば
それほど苦労せずに貯められると思うのだが
まだ本格的な冒険をした事が無い彼女達にはそう言った実感が湧かないのかもしれない。
「冒険をしている最中に上手く素材が手に入れば材料費も浮くし、気長に集めてみるのが良いんじゃないかな?」
「なるほど……ちなみに素材ってどんなのを集めれば良いんですか?」
「そうだねぇ……さっき言った簡単な強化だと黒曜石とジャイアントバットの牙とか……グールのかぎ爪とかでもいいかな? まぁどれでも良いって訳じゃなくて、それなりの品質の物が必要なんだけどね」
「あ、あんまり簡単には手に入らなそうですね……」
「ははは、だからこそ素材はそれなりに効果なんだよ」
これが簡単に手に入る素材で出来るのなら
今頃魔法の武器はもっと安価な物となっている事だろう。
世の中にはそこで武器を製作するだけで魔法の武器を生み出すという伝説の炉、
なんていう代物も有りはするが、それはあくまで非常に特殊な例であり、
普通は魔法の武器を作るためにはやはり素材が必要になる。
それでも先ほどフィルの言ったような素材は比較的入手しやすい物であり
他と比べれば取引される量も多いのだが、
一方ではこうした魔法の武器は値段が手頃な為、購入者の数が多く
結果として慢性的な品不足となり、店での値段が下がらない原因となっていた。
「あ、黒曜石なら、この辺りでも結構とれたと思うよ? 探せば大きいのも見つかるかも?」
「あ、そう言えばそうだったね……そうなると問題はジャイアントバットかぁ……流石にグールはまだ無理だよね?」
「ええっと、グールって銀の武器が効くのでしたっけ? さすがにアンデットだから私の呪歌は効果なさそうですけど」
「グールは銀じゃなくても大丈夫だったはずよ? ただ他のアンデットよりターンアンデットが効き辛いって聞いたことがあるわ」
さっそくわいわいと作戦会議を始める少女達。
その姿に自分のかつてのパーティの姿が重なる。
丁度、今の彼女達のように酒場で次の冒険の相談をしていたものだった。
そんな少女達の様子を眺めるのは懐かしくもあり、少し寂しくもあった。
フィルがリラ達の様子を眺めていると、
今度は隣のフラウがフィルの袖を引いてきた。
「フィルさんフィルさん。グールってどんな魔物なんです?」
フィルを見上げて質問をするフラウ。
グールは比較的有名なアンデットではあったが、
さすがに冒険者でも無く、しかもまだ幼いフラウには想像がつかないのだろう。
まるで怪談をせがむ様に、好奇心一杯の眼差しでフィルを見上げている。
食事中にアンデットの話をするのもどうかとも思ったが
幸い食事も一段落している事だし、
食後の怪談話というのも悪くは無いのかもしれないと
フィルはフラウの頭を一撫でしてからグールについて語った。
「グールっていうのはね、アンデットと呼ばれる、不浄な力で動く死者の一種だよ。他のアンデットと比べて死体を食べる事を好むのが特徴なんだ」
「死体を食べちゃうんです?」
「うん、まぁ他のアンデットも大抵は死体を食べようとしたり生者を襲うような奴らばかりだけどね。グールの爪や牙には麻痺の効果があって、相手を麻痺させて動けなくなったところで殺して食べるんだ。あとグールに噛みつかれると病気に感染してしまうんだけど、この病気にかかった人が死ぬと、その人もグールなってしまうからこの点も気を付けた方が良いね」
「なんだかとっても危なそうです。……おねーさん達で倒せる魔物なんです?」
「うーん、まあ相手が一体なら大丈夫だと思うよ。ただ二体以上を同時に相手するのは避けた方が良いだろうね。ゾンビなんかと違って人間と同じぐらい素早くてそれなりの知能もあるから、少しの油断で瞬く間に前衛が麻痺させられてパーティが壊滅したなんて話は結構良くあるんだ」
「わぁ……」
「あと、それなりに知恵があるから、そこも気を付けたほうが良いね。待ち伏せしたり、罠を仕掛けてきたり、人が多い所を避けて一人の所を後ろから襲い掛かってきたりと、ゾンビやスケルトンなんかと一緒だと思っていると確実に酷い目にあうだろうね」
と、そこまで話してフィルは聞いていたフラウの顔が
だんだん青ざめていくのに気が付いた。
どうやら必要以上にフラウを怖がらせてしまったらしい。
食事の時だというのにこんな話してしまったのは、
今更だがやはり失敗だったのかもしれない。
「ま、まぁ他のアンデットとかと違って剣でもメイスでも槍でも普通にダメージを与える事が出来るから、冷静に戦えば大丈夫だと思うよ? 魔法の力で守られているとかも無いし、それなりに知恵があると言っても人並みだから、きちんと注意して戦えば十分倒せる相手だと思うよ。毒のある病気持ちの野盗と思えばそこまで怖くないんじゃないかな?」
「なるほどです……? でも罠とかって分かる物なのです?」
慌てて言い繕うフィルに、首を傾げるフラウ。
確かに罠に気をつけろと言ったところで、
どれが罠なのか判断できなければ意味は無い。
「そうだなぁ……分かりやすいのは遭遇してすぐに逃げたりする時かな。怯えような演技をしていたら奥に罠がある可能性が高いと思っていい。そう場合は相手が逃げ出しても無理に深追いしない事が鉄則だよ。幸い弓やスリングが普通に効くから追撃は弓で射るに留めて、倒せなかった時はディテクトアンデットで敵の位置を確認しながら慎重に追うんだ」
「「「「「なるほどー」」」」」
見れば何時の間にか他の四人も作戦会議を止めてフィルの話に聴き入っている。
「フラウちゃんのおかげで良い情報が得られました。お手柄ですよー」
「えへへ、はいです!」
サリアに褒められて嬉しそうに頷くフラウ。
感謝されるのがフィルではなくフラウという所はなんだか釈然としないが
まぁ、フィルとしても助言したくない訳では無いし
彼女達の役に立ったのならばそれは良い事なのだろう。
「あ、そう言えばグールって共同墓地や下水道に潜んでまるで家族や村のようなコミュニティを作って「生活」したりするって聞きましたけど、やっぱり知恵があるからですかね?」
「そうなんです? ……お父さんとかお母さんが居たりとか、道具屋さんがあったりとかするのです?」
サリアの疑問にフラウも一緒になってフィルを見上げて尋ねる。
「お父さんが居るかはちょっと分からないけど、サリアの言うように集団になるとそう言う場合もあったりするね。大抵はコミニティもどきと言えるような粗末なものだけど、強力なグールが率いる一群になると地底の奥深くに都市を作ったりしてるとも言われてるね。この辺は僕も実際には見たことないけどね」
「……グールって凄いんですね……」
「そうだね。アンデットらしく捻じ曲がっているとはいえ自我もあるからね。十分気を付けるに越したことないよ」
「なんだか話を聞いているとグールでも私達では苦戦しそうな感じがしますね……」
溜息交じりに弱音を言うトリスにフィルは満足気に頷いて見せる。
相手を軽く見ないというのはとても大切な事だ。
冒険では些細なミスで流れが敵側に傾き、そのまま全滅、なんていう事も珍しくない。
そしてそう言った些細なミスの原因の多くは油断によるものなのだ。
「魔物の怖さを理解して油断しないのが大事って事だよ。無謀と勇敢を間違えない事さ。まぁ、君たちが冒険に成功して、首尾よく素材も入手できて、数日で済むようなエンチャントなら、今度時間のある時にやってあげるよ」
「分かりました! うふふふ~。期待しててくださいね!」
楽しそうに返事を返すサリア。
あまりよろしくない約束をしてしまったかなとも思ったが、
本当に素材を入手できるようになる頃には
魔法の武器を持ってもおかしくない実力になっているだろうからと
フィルはその時が来るのを楽しみに待つ事にした。