表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
110/277

邪神さんと休日9

「皆さんお疲れ様ですー。これ飲んでください―。あ、タオルもありますよー」

木陰の下にある丸太にちょこんと座り、

フラウが水差しと水の入ったコップをその横に準備して

準備万端と自信満々笑顔でフィル達を迎える。

「はい! どうぞですー!」

「ああ、ありがとうね」

フィルはフラウから差し出されたコップを受け取り、一息に飲み干す。

陶器の水差しから注がれたばかりの水はひんやりと冷たく、

運動した直後の乾いた体に心地良く染み込んでいった。

「ふぃ~生き返るー!」

「ほんとうね。この辺りは涼しいとはいえ、動くとやっぱり暑いわね……」

フィルと同じようにコップの水を一気に飲み干し、

もう一杯とリラが自分でコップに水を注いでいる横で

トリスがフラウからタオルを受け取り、顔の汗を拭いながら同意する。


山の中腹という事もあって、フィル達が訓練に使っているこの場所には

初夏でも周りの木々の合間からひんやりと涼しい風が吹きこんでくる。

おかげでこうしてのんびりと過ごす分には最高に気持ち良い季節と言えるのだが

戦闘訓練をしていた少女達となると話は別で

短時間とはいえ全力で激しく動いたせいで三人の少女達は盛大に汗をかいていた。

三人とも鎧やその下に着込んでいる鎧下の所為で体にかなり熱が籠っているのだろう。

鎧の留め具を緩めたり首元を手で広げたりして、

涼しい空気を入れようとそこへと手で扇いだりして

どうにか体の熱を外に逃がそうと苦戦している。

フラウはそんな三人に水差しやコップを持ってくるのに使ったお盆を持って、

ぱたぱたと仰いで風を送ってやっていた。

「皆さん、大丈夫です?」

「あ~ありがとう~。それにしても、これでまだ初夏ですからねぇ……夏本番になった時が恐ろしいですよ……。フィルさんは夏場はどうしてたんですか?」

冷たい水を飲んでフラウに扇いでもらいようやく人心地ついたサリアの問いかけに

フィルはふむと以前の自分達を思い出してみる。

「うーん……、冒険を始めたばかりの頃は水を大目に用意するとか、その位だったかなぁ。夏場は特に水を絶やさないように気を付けてたね。まぁお金が貯まってからはデカンター・オヴ・エンドレス・ウォーターや耐火や耐冷のアイテムを装備するようにしたけどね」


冒険を始めた頃の暑さ寒さというのはなかなかに厄介で

例えば灼熱の火山地帯や砂漠を横断したり、真冬の雪山を踏破したり

そこまで極端なものでなくても単純に真夏真冬の冒険はかなり厳しいものがあった。

脱水症状や熱射病、寒さで風邪をひいたりといった事は

鍛えた冒険者と言えども体調管理を怠れば割と簡単になってしまう。

それでなくても、こうした環境は何かと辛い事や注意しなければならない事が多い。

出来ればこの時期こうした場所への冒険は避けたいのだが

残念ながら世界の危機は季節や場所を選ばせてはくれない。


一応対策としては暑さ寒さを和らげる魔法

『エンデュア・エレメンツ』という第一段階の呪文があるのだが

この呪文は対象が個人なのでパーティ全員に使おうとすると

一回ごとにかなりのリソース消費となってしまい

ワンドにして節約しても冒険中毎日となると結構な出費になってしまう。

そこで考えたのが、耐火対冷といった魔法の付与された装備だった。

これらを人数分揃え、普段は何れかの装備品と交換する事で

極地でも寒さ暑さに悩まされる事は無くなったのだが

これまで装備していた戦闘を有利にするための装備との交換である以上

どうしてもパーティ全員の戦力が目減りすることは否めなかった。


「えー!? なんかずっこい! そんな良い物あるなら貸してくださいよー!」

「訓練なんだから、それくらい我慢しないとだめだよ。それに今は僕だって使ってないんだからね?」

駄々をこね出したサリアを、駆け出しの内から楽を覚えると碌なことは無いよと窘め

フィルは早々に話題を変えようと三人を見回して言った。


「それじゃあ、さっきの戦いについてだけど」

先程のリラ達の戦い方についてフィルが総評を話し出すと

少女達は真面目な顔で聞き入った。

「まずリラは……、あまり真正面から受け過ぎない事だね。君の膂力じゃ受けきれない攻撃は沢山ある。こういう時は避けたり受け流したりして、うまく攻撃をあしらうんだ。それでも十分にパーティの盾として役目を果たせるはずだからね」

「はい!」

元気よく返事するリラに頷くと、それからサリアを見やる。

「サリアは自分の身を護る事をもう少し優先しながら戦った方がいいね。剣が使えると言っても、その防具は装甲としては十分じゃないし、かといってローグのような敏捷がある訳じゃない。実戦では弓とかも使って、臨機応変に切り替えた方が良いと思うね」

「なるほど、思い切ってサポートに徹するのですね?」

「もちろん機会を見て前に出るのも良いけどね。バードは鼓舞や呪歌で味方を援護するのが本来の戦い方だろう? ウィザードもそうだけど、こうしたのは残しておくと厄介だから出来るだけ早めに倒そうと狙われやすいんだ。相手の手の届く位置にいると直ぐに狙われるから気を付けるんだよ?」

「はーい。分かりました!」

「それからトリスだね。……トリスは特に問題無さそうな気がするな。リラから少しタイミングを遅らせたりとか、旨くサポート出来ていたと思う。相手が自分達と同等以上の相手の時は、今回みたいになるべく離れないで何時でも回復できる立ち位置を確保するのを心がけるといいよ」

「まぁ……はいっ!」

フィルの言葉に嬉しそうに返事するトリス。

「あー、いいなぁトリスは、褒められて」

「トリスおねーさん、凄いです!」

「ふふふっ、ありがとう二人とも」

羨ましがるリラとフラウに笑顔で答えるトリス。

こうした動きが出来るのも

普段からこのパーティの中で一番のお姉さんとして

周りに気を配っているからこそなのかもしれない。

「今後は戦闘中に魔法やアンデット退散を使う機会があると思うけど、その辺りは実戦を何度かこなせば自然と慣れてくるんじゃないかな。で、リラは彼女達が呪文を使い易くなるように敵うまく足止めしたり引き付けておくんだ」

「「「はーい!」」」

声を合わせて元気よく返事する少女達。

こうした連携はぴったりだと思わずフィルは笑みをこぼす。



「あ、そう言えば、アニタはまだかかりそうなんです?」

もう一杯とフラウから水を注いでもらいながら

今も屋敷の中にいるアニタを気にするサリアにフィルが答える。

「スクロールを呪文書へ移すのは結構時間かかるからね。この位はどうしてもかかっちゃうんだよね」

自分も幾度となくなやってきた恒例の作業に実感を込めて、うんうんと頷くフィル。

ウィザードがスクロールから呪文書へと書き写す場合は

まずはスクロールに書かれた魔法の文書を解読しなければならない。

それが終わったら、次に一時間を費やして呪文を学習し

その呪文を理解できたところで、ようやく自分の呪文書に書き写すことができる。

それを考えると、少なくとも一時間以上は確実にかかる訳で

一時間少々で勉強を終えて訓練に参加したフィルよりも合流が遅れるのは当然と言えた。

ちなみに呪文の段階が高くなっても書き写す際の時間はあまり変わらない。

なのでファイアボールを覚える頃には慣れとも諦めともいえる境地に達して

大して苦には感じなくなってくる。

それでも一度に大量の未修得スクロールを手に入れた日には

数日呪文書に掛かりきりになってげんなりしたものだった。

「何個もスクロールを手に入れて何日も宿に籠りきりとかもあったなぁ……」

「ウィザードって本当、大変そうですねぇ……」

「ははは、バードから見ればそうかもしれないね。でも、おかげで使える呪文を増やすことが出来るんだし、僕は寧ろ利点だと思うよ?」

しみじみと頷くサリアに、フィルは肩を竦めてみせる。


「まぁいずれにせよ、そろそろ終わる頃なんじゃないかな? アニタが来た時に全員動けないとか、ならないようにちゃんと休憩しておくんだよ?」

フィルの言葉に、もう一度、はーいと声をそろえて返事する四人。

本当にこういう所は息がぴったりだなと思う。

そうこう話している内に家の玄関が開き中からアニタがやってきた。

既にローブに着替えて、手にはフィルから借り受けたクロスボウが抱えられている。

昨日は練習用のボルトを皆で作っていた、との事だが

軽い枝木を使い平たくした先端にさらに布玉を付け衝撃を吸収したとしても

クロスボウの威力で撃たれればかなり痛い。

というか鎧以外に命中すれば怪我をする事、間違い無しだ。

一応、クレリックのトリスなら傷を治せるし、

手持ちのアイテムや装備で幾らでも治す手段はあるのだが、

それでも、出来れば当たらないに越したことはないだろう。

この辺り、寸止めのできない遠隔武器が恨めしい。


この後の事を想像して微妙な表情になるフィルとは反対に

アニタのクロスボウを見るサリアはとても頼もし気だった。

「おー、ついに後方支援が来ましたよ! これで復讐できます!」

「いや、訓練なんだし復讐はダメだよね? それにクロスボウは危ないから的を狙った方がいいんじゃないかな?」

「何を言ってるんですか! 動く的に当てる練習しないと、上手くなりませんよ!」

「動く的なら別に僕じゃなくても、何か別の物で練習すればいいんじゃないかな?」

「みんなでの連携を訓練するためです! お互いの動きを良く知り、効果的に後ろから攻撃できるようにするのはとても大事なんですよ!」

薄い、革鎧に覆われた胸をそらして自信たっぷりに言い切るサリア。

そんなサリアにフィルはやれやれとため息を吐く。

今のフィルなら高い敏捷や革鎧のおかげで

そうそうアニタのクロスボウが当たる事は無い。

それでも絶対当たら無いとは言い切れない、なんとも微妙な線だった。

おそらく数十回も繰り返せば数発は当たるだろう。

それを考えると何とも気が重くなってくる。

(まぁ、当たらなければ良い、と考えれば……いや、あの手もあるか)



「……分かった。でも乱戦になるから味方の誤射には気を付けるんだよ? 敵も同士討ちになるように位置を取ったりするからね」

そう言って笑みを浮かべてみせるフィル。

そんなフィルの狙いを察したのか、サリアから余裕の笑みが消えた。

「あ、あれ……フィルさん? もしかして、私を盾にしようとか、考えてません?」

「いやー全然? ああ、でも上手くサリアを盾にして同士討ち出来ればお得だね」

さも今思いついたかのように両手を打つフィル。

ワザとらしいフィルの仕草にサリアの顔色が青ざめる。

「絶対ダメですからね! それになんで私限定なんですかー!」

「あはは、そんな狙ってもそう簡単に出来る事じゃないし、そんな気にしなくても大丈夫だと思うよ?」

「絶対私に当てる気満々じゃないですかー!」

先ほどまでの訓練から言って、これだけの実力差があるフィルならば

自分が盾になるように動くなど容易にやってのけるだろう。

フィルのはったりを容易に見破ったサリアが必死に抗議するが

既にその目は涙目になりつつあった。

そんな、サリアをさすがに見かねてか

フラウがフィルを見上げて窘める。

「フィルさん? ええっと、あんまり、サリアおねーさんをいじめないであげて欲しいです?」

そう言うフラウだが、その顔は心配そう、というよりは

寧ろに妹と弟の言い争いを笑顔で見守る姉のようだった。

「ふむ……フラウがそう言うのなら、サリアだけを狙わない様にしよう」

(……盾にする事には変わらないけど)

フィルの言葉にほっと息をつくサリア。

「フラウちゃん……ありがとうございます。これで光明が見えました……」

「えへへ……よかったです」

サリアにお礼を言われて嬉しそうなフラウ。

一方のサリアは、それでもまだ不安が完全に消えたようではないらしい。

そんなサリアに、当の射手であるアニタが少し不思議そうにフォローする。

「大丈夫だよサリア。私も気を付けて狙うようにするから、ね?」

「うーん、そうかもですけど……でも相手はフィルさんですし……さっきの訓練でも散々だったんですよ?」

「……そ、そうなんだ?」

「ええ、さっきの訓練は本当に酷かったんですよ? フィルさんってば訓練なのを良い事に私達を良い様に弄ぶんです!」

「そ……そうなの?」

なんだか言葉に悪意を感じる様な気がするのだが……。

そんなサリアの説明にフィルはコホンと咳ばらいをして言った。


「あーそうだ。魔法で敵に変身すると敵の射手を欺けるんだよ。ドッペルゲンガーが使ってきたりもするから皆も気を付けてね? 試しにやってみようか?」

「おーなるほどー」「変身ってそう言う事にも使えるんですねぇ」

フィルの一言にリラとトリスが素直に感心するが、

サリアは我慢の限界を超えたのか、顔を赤くして怒り出した。

「もー! なんでそんな事を言うんですかー! 今日は魔法での変身は禁止です! あと私の姿に化けるの禁止です!」

既に変身の対象が自分になるという自覚があるのだろう

必死にフィルの変身を阻止しようとするサリアに再び一同は笑いだす。

「分かった分かった。それじゃあ、今日は魔法を使わないでどれだけ出来るか試すことにしよう」

「むぅ~。そんな事にチャレンジングにならなくても良いと思います! ……でもこれ以上は私達が頑張るべき……? むぅ……」

未だに不承不承といった感じのサリアだったが、それでも前向きに考えれば

今は訓練中で、そうした突発的な事象の対応も貴重な訓練と言える。

当たれば確かに痛いかのも知れないが

訓練用ならばそこまで大怪我する事は無いだろうし、いざとなれば魔法で回復も出来る。

実際、乱戦になった時の弓の援護は難しい課題だし、

訓練で出来るのなら、やっておくべきなのだろう。

「……分かりました。では、こっちも全力で行きますからね! 私だってそうそう当たりはしませんから!」

どうせやるなら文字通り一矢報いてやりたいものだ。

拳を握り気合を込めるサリア。

フィルはそんなサリアを見て満足気に頷く。

「ははは、その意気だよ。戦闘中はどんな時も気を抜かないようにしないとね?」

後は実際に動いてみて、体で学んでいくのが一番だろう。

そうして四人となった冒険者達の戦闘訓練が再開された。


そしてサリアは二回誤射された。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ