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邪神さんと休日7

「……もう少し休んでから始めるかい? さっきまで山道を登ってきた訳だし」

自室の書き物机に座ったフラウに

別室から調達してきた椅子に座ったフィルが尋ねる。


村の食堂で昼食を済ませたフィル達一行は、

途中ダリウからパン種を分けてもらったりしながら自分達の家へと戻った。

そこから庭で戦闘の訓練をするから着替えると言うリラ達と別れ、

今はフィルとフラウの二人、二階の自室で勉強会を始めるところだった。


家までの道はそれほどきつくは無いとは言え山道ではあるし、

到着したばかりで疲れて無いかと心配するフィルに、

フラウはにっこりと微笑んでフィルを見上げる。

「大丈夫です! それに休んじゃうとリラおねーさん達がその分遅れちゃいます」

本当によく気が利く娘だなと思う。

思わずフィルはフラウの頭を撫でてしまい。

そんなフィルをフラウはニコニコと見上げる。

「ははは、そうなんだけどね。あまり無理はしちゃダメだよ?」

「えへへ、はいですっ!」


「こほん、それじゃあ、字の読み書きの勉強をしようか?」

「はいです! お願いします!」

ひとしきりフラウの頭を撫で終えて満足したフィルは

先生らしく?コホンと咳ばらいを一つして先生っぽく真面目な顔をしてみせるが

慣れないせいかどうにも締まらない。

フラウはそんなフィルにニコニコと笑顔で返事をする。

(……無理に真面目にする必要もないかな)

この娘が委縮したりするよりは、自然に勉強できる方が何倍も良いだろう。

幸い今は前向きに勉強しようとしてくれているのだし、

その気持ちに応えてあげるだけの方が良いのかもしれない。

フィルはそう考え直して緊張を解くと、自身のバッグに手を突っ込んだ。


「それじゃあまずは、字を勉強するための道具からだね。書き方を練習には、これを使うのが良いよ」

そう言ってフィルが自分のバッグから取り出したのは

使い込まれた携帯用の黒板にろう石、そして古びた布切れだった。

「これに書くんです?」

「そう。文字っていうのは自分で書いてみたほうが覚えやすいからね。ここに繰り返し書いて練習するんだよ」

そう言いながらフィルはろう石を手に取ると

フラウの名前を黒板の上に書いていく。

「これがフラウの名前だよ。まず今日は名前を書けるようにしよう」

「わぁ~」

フィルに差し出された黒板に書かれた自分の名前を興味深げに眺める。

普段は紋様程度の感覚で見ていたものが、

意味を持ったものとして知覚した時の感動。

少女のそんな様子にフィルは嬉しそうに目を細める。

「これが『ふ』で、これが『ら』、で、ここが『う』……今日はこの字の書き方を覚えることにしよう」

「はいです!」

「この板は濡らした布でこすると消すことが出来るから、覚えるまで何度も自分で字を書くのがいいよ」

そう言ってフィルは布切れで先ほど自分で書いたフラウの名前を消してみせる。

「あ……」

布に拭かれて文字が消えていく様にフラウは残念そうに声を漏らす。

「ね? それじゃあもう一度書くから、それをお手本に一文字ずつ教えるね?」

そう言ってもう一度フラウの名前を黒板に書き込むフィル。

再び書き込まれた黒板を見て再びフラウの顔が嬉しそうになるのを見て、

フィルからも自然と笑みがこぼれる。

「それじゃあ、一文字ずつ読み方と書き方を教えるから、フラウは下の空いている所に文字を繰り返し書いてみるんだよ。何度か書いていると自然と覚えていけると思うから頑張ってね」

「はいです!」

「それじゃあ、まずは『ふ』の字から……」

「はいです! えーっと……」

フィルの言葉にこくこくと頷き、

さっそく黒板で字の練習を始めるフラウ。

フィルはフラウに読み方や書き順を教えて、

出来上がった文字の出来栄えを確認してあげる。

フィルが書いた文字を褒めてあげると少女は嬉しそうに笑い、

もう一度と、忘れない様に黒板に字を書き込んでいく。

そんな少女の真剣な横顔を、とても大切な物のように眺めるフィル。


(それにしても……自分が子供に字を教えることになるとは)

ウィザードとして、戦士として、

冒険の中、多くの魔法を身につけて散々剣を振り回して、

何の因果か神の力まで手に入れて……、

それが、今はこうして小さな村で少女に文字を教えている。

他の冒険者が見たら、昔の仲間が見たら何と言うだろうか?

宝の持ち腐れと蔑むだろうか? 脱落者とあざ笑うだろうか?

(あいつ等なら案外羨ましがるかもしれないかな……)

熟練の冒険者の引退というのは

ある意味では負けであり、ある意味では勝ちと言える。

これ以上、成長できる可能性は殆ど無くなるし、

お金だってそれ以上は貯まらなくなり減っていくばかりになる冒険者が殆どだ。

なにせ冒険では敵の組織一つを潰して、

その組織が貯め込んだ資産を丸々接収するのだから

その稼ぎが如何に大きいかは想像も容易い。

そしてその稼ぎで装備を強化して有用な技術を学んだりする、

ハックアンドスラッシュ……そうとも呼ばれる冒険者の典型的なサイクルだった。

だが一方で、首を切られたり、全身を溶かされたり

アンデットの下僕にされたり、脳髄を啜られて体を乗っ取られたり

捕らえられ生きたまま別のモンスターに改造されたりする可能性だって大きく下がる。

そう考えるからこそ、熟練の冒険者はいつかは自分も引退をと考えながら

世界の危機とも呼べる事件に立ち向かっていくことになる。

フィル達パーティも熟練の冒険者として

何度か世界の危機と呼べる案件と対峙した事があるし

それらを成功させるだけの実力を持っていたという自負もある。

そんな上位のパーティが居なくなった事で、

この世界は危険が増したのかもしれないが

今だって新しい冒険者のパーティは次々と生まれているし、

古い冒険者のパーティが消えて行くのは

それが早いか遅いかはともかく世の常であり何時かは必ずある事だ。

自分達の影響なんて、結局はその程度の事でしかない。

だとすれば、今こうして自分が平和な時間を過ごせているというのは

とても幸せな事なのかもしれない。



そんな取り留めも無い物思いに耽っているうちに

フラウは自分の字を一通り覚えた様で

声を出して読みながら自分の名前を黒板に書いて練習していた。

「……これで、どうでしょう?」

「うん、ちゃんと全部書けているよ。良く出来たね」

「えへへ……」

褒められて嬉しそうに笑う少女の笑顔を眺めながら、フィルもまた目を細める。

こうして平穏な暮らしができている今なら、

冒険者を引退して良かったのだと思う。

願わくばこの日々がずっと続いてほしいとは思うが

(あの子達もいるしそれは難しいか……)

新しい冒険者、未来の英雄候補の顔を思い浮かべてみる。

今、彼女達が相手できる程度のクリーチャーはフィルにとってはどれも容易に倒せる相手だが

彼女達が成長して熟練の冒険者となった時

フィルは再び現役の時のような緊張と殺戮の日々に戻ることになるのだろうか?

(あ、でもこの力があるし、そうはならないのか……)

この前に得た破壊の力のおかげで、今のフィルは良くも悪くも並みの人間を超えている。

老齢のドラゴンすらも一人で倒す事が出来るこの力があれば

他の強力な魔物とも昔と比べてかなり容易に倒すことが出来るだろう。

(それは嬉しい、とは思うけど……勿体ない?物足りない?何というか……)

贅沢な悩みだとは思うが自分でも言葉にできない物足りなさを感じる。

それはつまり、彼女達と本当に一緒に冒険していると言えるのだろうか?

とはいえ、あの娘達が目の前で不幸な目を合うよりは何倍もマシなのだろう。

そう思えばこそ彼女達の同行を受け入れたのだから。



小一時間程経って、フラウが自分の名前に使われている文字を一通り書き終えると、

フィルが文字の出来を確認して満足気に頷きながら少女の頭を撫でる。

「うん、完璧に覚えられたみたいだね。よくやったね」

「えへへ、ありがとうです!」

フラウは撫でられながらくすぐったそうに微笑む。

「明日からは残りの文字の勉強をして行こう。この黒板はフラウにあげるから、これからもこれで練習をするといいよ。文字の勉強を覚えるには何度も書くのが一番だからね」

「わぁ、ありがとうございます!」

今覚えただけだと忘れてしまうかもと思っていたのだろう。

喜ぶフラウにフィルは少し照れくさそうに答える。

「ははは、喜んでもらえて良かったよ。お古で申し訳ないけどね」

「そんなことないです! あ、でもこれ、フィルさんも文字の練習をしたんです?」

フラウにとっては何気ない質問だったのだが

その質問にフィルは昔を懐かしむ目をして答える。


「いや、これは冒険で使ってたんだよ。冒険中の打合せとか、ダンジョン内でマップを書き込む時の下敷きにしたりとか、リドルを解くときにメモ代わりにしたりとかね」

「わぁ……凄い板だったんですね!」

フィルの冒険という言葉に興味深々といった顔になるフラウ。

目をキラキラさせてフィルを見上げる様に、

冒険者をしていた頃、村の酒場などで冒険譚を聞かせてくれとせがんできた子供達の顔が重なる。

「これって冒険で使う道具だったんですね! 冒険の時はどうやって使うんです?」

「まぁ、別に魔法の品と言う訳じゃないし、高価なアイテムと言う訳でもないから、そのまま、見た通りの使い方になるんだけど、例えば、盗賊のアジトに攻め入ろうとする時にね……」


羊皮紙で事足りる事は多いが

何度も書き直したり、その場限りのメモ書きなどは、

手軽に消す事のできる黒板が都合の良い事も多い。

それ以外にも手軽な大きさの板という事で、

紙に書く時の下敷きにしたり

地面にカップや食器を置く時の台として使ったことも有ったし

捕らえてパンツ一丁まで身ぐるみ剥いだ盗賊の首魁が分からなくなるので

「私がボスです」と書いた黒板を首に吊るさせた事もあった。


「……そんな感じで冒険中、雑に使って来たおかげで、結構ボロボロなんだよね。ごめんね、こんなお古で」

そう言って改めて見ると、結構いろいろなところに傷がついており、

随分と手荒に使われてきたことがうかがえる。

突然の戦闘になった時に、そのまま地面に放り出してたりしてた事を考えれば

当然と言えば当然の事だった。

ばつの悪そうに謝るフィルに、フラウは首をふるふると横に振る。

「そんなことないです! 大事にしますね!」

そう言って嬉しそうに笑う少女。

それから、何か思いついたのか、少し物欲しそうな顔でフィルに尋ねる。

「えへへ……、あ、フィルさん?」

「うん、どうしたんだい?」

「またフィルさんの冒険のお話、聞かせてほしいです。またこんど聞かせてもらってもいいです?」

「ああ、僕ので良ければいつでもいいよ」

「わぁ、ありがとうです!」

フィルの言葉に先ほどより更に嬉しそうにフィルの首に抱き付くフラウ。

そんな少女にフィルは少し顔を赤らめながら、

ありがとうと、少女の頭に手をおいてそっと髪を撫でた。

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