邪神さんと休日4
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朝食を済ませたフィル達は
再び身支度を済ませると麓の村へと向かった。
日も大分高くなり、既に早朝とは言えない時間になっていたが
麓の村まで続く山道は木々に囲まれているおかげか
初夏だと言うのに空気がひんやりと澄んでいて心地良い。
上を見れば木々の合間からは青い空に白い空が顔を覗かせ
前を見れば楽しそうにお喋りに花を咲かせながら歩く少女達。
そして横を見ると先程家を出る前にサリアに髪を編んでもらい
上機嫌でフィルの手を握るフラウの姿があった。
「こうも天気がいいと何処か遊びに行きたくなるね」
「えへへ、はいです!」
空を見上げて呟くフィルにフラウは嬉しそうに頷く。
そんな少女の様子にフィルも目を細める。
山道を降りきり村に到着した一行は、
途中、フラウの希望でイグン老の家に立ち寄った。
昨日フラウを預かってもらったお礼と、
明日フラウに料理を教えてもらう約束をしてから
自分の孫を見るような笑顔のイグン老に見送られて、
一行は川沿いの鍛冶屋へと向かった。
村の中央を通る街道を更に進み、
食堂の横を通り過ぎてその先にある鍛冶屋に近づくと、
既に作業が始まっているのか
硬いものを削るような音が街道まで響いていた。
音は鍛冶屋の設備が置かれている中庭から聞こえていたが
とりあえず店の方にも顔を出してみようと
店内に入ってみると鍛冶屋の婦人が店番をしており、
よく来たねぇと笑顔で一行を出迎えてくれた。
「朝から時間もあったし、準備も終わったから先に始めてたんだよ」
そう言ってうちの旦那はせっかちだからねぇと笑う婦人の案内に従い庭へと向かうと、
そこでは鍛冶屋の主人が一人、水車と連動した回転式の砥石で
戦利品のショートソードを研ぎ上げていた。
「あなた! 皆さんが来ましたよー!」
「おう、ちょっと待っとくれ!」
声を張り上げて呼びかける婦人に
砥石の擦れる音に負けない大声で応じると
鍛冶屋は砥石の回転を止めて一行の元へとやってきた。
「そんじゃあ、今日はよろしく頼むぞ。一応、昨日の内に仕分けして、元が良さげな武器を分けておいたから、魔法で直すならそいつらからやるといい。後、あっちに積んだ奴だが、あれは手仕事で直すのは無理だな。魔法でなら修理できるだろうが、直したとしてもごく普通の品にしかならんが、どうする?」
そう言って鍛冶屋の主人の指差す方には全体の三分の一ほどの武器が積まれていた。
手に持って確認をして見てると、確かに鍛冶屋の主人の言う通り、
どれも刀身や弓にひび割れや破損が入っていて
たしかにこのままでは売り物にする事は勿論、
練習用として使うにも支障が出そうだった。
「ダガーやショートソードならば鋳潰せば素材になるが、ショートボウの方は完全に廃棄だろうな」
そう言う主人にふむと頷きながら、フィルは破損した弓を眺めてみる。
確かにどの弓もヒビが入っていたり大きく歪んでいたり、
ゴブリン達もこんな状態でよく使っていたものだと
毎度の事ながら、その無頓着さ加減に呆れを超えて感心すら覚える。
(とは言え、流石に弓を廃棄は勿体ないな……)
一般に、これら武器の市場での販売価格は
ショートソードは金貨十枚。
ダガーは金貨二枚。
それに対して、ショートボウは金貨三十枚にもなる。
製作には重労働な鍛冶仕事を必要としない弓だが
弓の素材に適切な、しなやかで強靭な木材の調達したりする手間だけでなく、
その木を弓へと形作る為にも時間と熟練の技が必要になり
それ故、ショートボウ、ロングボウ、コンポジットボウと問わずに
弓は剣と比べて若干高価になってしまうのだという。
ちなみにコンポジット・ロングボウのお値段は金貨百枚。
単純な日雇い仕事の一日の稼ぎが銀貨一枚……。
ロングソードが金貨十五枚で買えて、
グレートソードですら金貨五十枚で買える事を考えると、
いかに弓が一般人にとって高価な品だというのが良く分かる。
(ショートボウの売値が金貨十五枚……この村の状況を考えると捨てるのは無いな……)
「わざわざありがとうございます。剣は鋳潰して素材にしてください。弓の方は魔法で修理しようと思います」
「なるほど、確かに弓は高価だからなぁ、それじゃあ剣の方は遠慮なく素材にさせてもらうな」
フィルの言葉に鍛冶屋の主人は分かったと頷く。
「ここの所、鉄が不足しておったからな。おかげで大分助かるよ」
そう言って厳つい表情を崩す主人。
たしか以前、最近は農具の修理にも難儀してたと言っていた。
鉄の入荷は余程ありがたい話だったのだろう。
一通り鍛冶屋の主人から備え付けの設備の説明を受けた一行は
早速武器の修理に取り掛かった。
魔法での修理はフィルの予想通り、
数分とかからずに今日の分の呪文を全て使い切り、
後は鍛冶屋の設備を使っての手仕事となる。
洗浄して小さな傷は磨き上げ、
剣は最後に鍛冶屋の主人が研ぎ直し、新品同様に仕上げていく。
そんな作業をパーティ全員にフラウも参加して総出で進めていく。
途中、ダリウ達、農作業が一段落した村人達が
自前の砥石や弓の調整道具を手に加わったのだが
参加予定だった何人かは昨日のゴブリン狩りの疲れが取れずに動けないらしく
代わりに彼らの妻が代打として参加していた。
おかげで十数人となった鍛冶屋の庭は午前中だと言うのに
ご婦人たちの世間話や笑いが飛び交う
なにかの催し物があるかのような賑わいとなっていた。
「なんだか楽しいですね! すっごく綺麗になりました!」
フィルに弓の調整道具を借りて一緒に弓を磨くフラウが楽しそうに笑う。
確かにフラウの言う通り、
二人が丁寧に磨き上げて小さな傷を削ぎ落とし
ワックスを掛けて表面を綺麗にすると、
先程までボロボロだった弓は見違えるように立派な姿を取り戻していた。
「さっきまであんなに汚かったのに、ちゃんとした弓みたいです!」
「ははは、元々ゴブリン達が使っている弓は、盗んできた物だからね。元の品自体はちゃんとしたのが多いんだよ」
「そうなんですか? でも、そう考えると盗まれちゃった人は可哀想ですね」
「そうだね。まぁ、こういった手合の戦利品というのは、殆どが盗品だからね。奪回依頼があったのならともかく、こうした持ち主が分からない時は僕らで有効活用させてもらうで良いんじゃないかな?」
こうした品は大抵がゴブリンの手に渡る時に、その持ち主は死んでいる事が多い……。
そんな事を言えばフラウを怖がらせてしまいそうで
フィルは笑ってごまかすことにした。
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