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邪神さんと休日3

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「あ、そうだフィルさん。武器の修理が終わった後なんですけど、午後って何か予定あります?」

「うん? 今日はフラウと一緒に字の読み書きの勉強をするつもりだけど、どうかしたのかい?」

朝食の最中、午後の予定を尋ねてきたリラに

フィルはシチューを食べる手を止めて何気なく答える。

それを聞いてフィルの左隣に座るフラウが

「えへへー。今日はフィルさんに文字を教えてもらうんです!」

と嬉しそうに午後の予定をリラ達に報告をしている。



育ち盛りの娘が五人もいると

食卓は随分と賑やかなものになった。

少女達は居間のテーブルを囲み

フラウの作ったシチューを食べながらお喋りに花を咲かせている。


フィルはその輪の中には加わらず、

少女達の賑やかなやり取りを笑顔で眺めながら、のんびりと朝食を食べていた。

(護衛対象や敵味方としてなら気にならないんだけどなぁ……)

……実際の所は「加わらなかった」のではなく

「加われなかった」と言った方が正しいかもしれない。


元々フィルは男ばかりの冒険者パーティに所属していて、

しかもここ十数年は、やれデーモンだリッチだエレメンタルだとか

たまに美女がいるかと思えばヴァンパイアだったりで

人外相手の案件ばかりこなしていたように思う。

もっとも報酬で考えるとそれは仕方のない事で

リッチやドラゴンの住処を攻略すれば小国の宝物庫なんて目じゃないほどの財宝が手に入るし、

こうした上位のクリーチャーからはマジックアイテムの素材となるエッセンスが採れる。

ハックアンドスラッシュ……と言うのか定かではないが

より強い装備を揃え、より強い敵を狩る。

そのためには中途半端な盗賊団程度ではもはや役不足なのだ。


さらに言えば依頼人や同行する者にしても

酒場の髭親父やら厳つい騎士と言ったやたらごつい親父や

年老いた高司祭やら学院の魔導師などという爺ばかり。

とはいえ、世界の危機や重要度の高い依頼というのは

こうした者達でなければ扱う事は無いし

一旦彼らとコネやパイプが出来ると、

難易度の高い(そして戦利品が多い)案件が多く舞い込むようになる。

戦利品の良さもあるが、どの案件も火急を要したり、周辺地域に重大な被害を及ぼしていたりで

此処数年はそういった依頼ばかり受けていたような気がする。

改めて思うと、若い女の子と関わるなんて本当に随分と久しぶりだと思う。


(それにしてもいざこうして見ると、何を話したら良いものか、全然思い浮かばない……)

ここ十年以上、冒険にばかりかまけていたせいで、

いつの間にか感性もすっかり中年オヤジと化しているだろうか。

フィルは年頃の娘とどうやって付き合えば良いのか皆目見当がつかず、

とりあえずこちらからは下手に手を出さない方が良いだろうと判断するに至った。

(まぁ、下手に加わって場が白けるより、こうしてこのまま彼女達が楽しめる方が良いだろうし)

仕事ばかりで年頃の娘のとの関わり方が分からない親父というのは、こんな気分なのだろうかと、

世の父親達の苦労に思いを馳せながらシチューのおかわりを自分の皿に盛る。


早々に会話に加わる事を諦めたフィルとは反対に、

歳もそれほど離れておらず、同じ女の子でるフラウは

サリアやリラを相手にニコニコとおしゃべりを楽しんでいた。

「おー。このシチュー美味しいですねー。しっかり味が出てますし、具沢山ですし」

「えへへー。ちゃんと出来て良かったです! フィルさんが一杯手伝ってくれたんです! お肉も奮発してくれたんです!」

「お世話になってるのにフラウちゃんにばかり作らせるのも悪いし、次は私達が晩御飯作ろうか?」

「わぁ~。ありがとうございます! あ、でもお昼はフィルさんが村の食堂で食べようって言ってました!」

フラウなりにフィルの印象を良くしたいと思っているのか、

度々話題にフィルの事が出るのだが、

それがフィルにはなんとも気恥ずかしい。

そんなフィルのむず痒そうな表情を見て心情を察したのか、

フラウを挟んで隣に座るサリアが悪戯っ子のような笑みを浮かべて

前かがみにフラウの前に顔を出してフィルの顔を覗き込む。


「ほほーう! ということは、お昼はフィルさんがご馳走してくるのですか? うれしいなー。私もお財布の中身、結構ピンチなんですよねー。やっぱりフィルさんはやさしいなー」

わざとらしく棒読み笑顔でフィルをおだてるサリア。

要約すると、お金ないんだから奢ってくださいよと言った所か。

そんなサリアにフィルはもう慣れましたとばかりに諦め混じりに頷く。


今の所、彼女達はゴブリン退治の報酬を得ていない。

自分が駆け出しだった時の事を思い出せば容易に想像ができるが、

駆け出し冒険者の懐具合なんてたかが知れている。

そうでなくてもつい先日まで普通の村娘だった彼女達が

所持金に余裕があるようには見えない。

元よりフィルとしては全員の支払いをするつもりだったが、

此処は交渉役を頑張ったサリアの顔を立てるのが良いだろう。


「ああ、そうだね。僕が支払うから気にせず食べると良いよ」

「やたっ! それじゃあ一生懸命食べないとですね!」

「ははは……食べ過ぎには注意するんだよ?」

……元より昼食は払うつもりだったが、

遠慮の無い決意を誓うサリアに、

フィルは諦めが更に増量された苦笑いを浮かべる。



その後も少女達の会議の議題は尽きる事が無い様で

食堂のランチは何がオススメかやら

村に行く時に何を持って行こうかやら

帰りに雑貨屋で買い物していこうやら

ついでにお菓子買いたいやら

この家に荷物運ばないとやら

今日の洗濯当番は誰にしようやら

晩御飯は何にしようやら

晩御飯の食材も買っておこうやら

パンが食べたいやら

それじゃあ食堂に行く時にパン種を貰えないか聞いてみましょうやらと、

新しい話題がポンポンと出てきては次々に可決されていく。


フィルはやはりその賑やかなやり取りはついて行けず、

のんびり朝食を食べて、おかわりしたりしながら眺めていたが

話題が午後からの予定に移った所でリラから先程の質問をされたのだった。



「そっかぁ。一緒に剣の稽古してもらえたらなって思ったんですけど。先約があるなら仕方ないですね……」

フィルの言葉にフラウちゃんの勉強も大切ですしと、

リラは納得しつつも残念そうに肩を落とす。

以前の訓練の時にフィルの腕前を見ていたリラとしては

打ち合わせて剣技を学びたかったのだろう。

相手の動きを研究するのにしても

効果的な打ち込みを試すにしても

自分よりも腕の立つ者との訓練は得られる物が多い。

それでなくても剣の訓練は一人より二人の方が何かと都合が良い。

同じ戦士の端くれとして、フィルにもその気持は良く分かる。


「まぁ、フラウとの勉強は午後の間ずっとっていう訳じゃないから、勉強を終えた後でなら良いよ?」

「え、ほんとですか!」

嬉しそうに顔を上げるリラに

自分も腕が鈍らないように少し体を動かしたい所だったしとフィルが答える。

すると今度はそれを聞いていたアニタから手が挙がった。


「あ、それなら私も! 私も魔法で分からないところを、お、教えてもらいたいです……」

昨日はそれなりに会話もあったしフィルにも慣れてきたかなと思ったのだが

まだ面と向かって頼み事をするのは気恥ずかしいようだった。

「……次に覚えたい呪文で分からない所が幾つかあって、教えてもらえたなって……」

喋っているうちに、アニタの声はだんだんと声が小さくなっていく。


同じ魔法を操るクラスでも

その身に流れる血筋を力の源とするソーサラーや

神格との結びつきで信仰呪文を行使するクレリックとは異なり、

ウィザードは知識で理を操り現実を捻じ曲げる。

その為、ウィザードが魔法を習得する為には、

師匠や書物やスクロール等から魔法の知識を学習しなければならなかった。

一応、独学で魔法を習得する者も居ない訳ではないが、

世界の秘密がそう簡単に紐解けるなんて事はあろうはずも無く、

そうした者はほとんどが挫折してしまう。

大抵は私塾か学院に通い、師匠や教師から教えを請うのが普通で

フィルにしてもその他多くのウィザードと同様、

魔術師の学院へと通い呪文を習得している。


アニタの場合は両親が存命の時に

初級呪文までの基礎的な知識を学んでいたのだという。

その後は独学で魔法の勉強を続けて

今では一人前とも言える第一段階の呪文を扱えるまでになっていた。

ここまで来たのなら、後は冒険の中で呪文の腕や知識を磨きつつ

新しい呪文はスクロールから覚えていけば良いので、

もう師匠が必要な時期は過ぎているとも言えるのだが

幼い頃に必要な基礎は全て学んでいたとはいえ、

初級呪文を習得してからはずっと一人で勉強をしてきた事に

覚えてきた知識が間違いが無いか不安があるのだろう。

普通ならばそんな時こそ、師匠や同期の友人なんかに助けを借りるのだが

残念ながらアニタにはその機会が無かったのだ。

それならばウィザードの先輩として後輩にしてあげられる事も有るだろう。



「フラウとリラの次となると夕方になってしまうかもしれないけど、それで良ければいいよ? 攻撃呪文の実演とかでもなければ部屋でも問題無いだろうしね」

「あ、はいっ! それでお願いします!」

それで良ければと言うフィルに、アニタは嬉しそうに頷く。

(この分だと今日はそれで一日が終わるかな?)

「わかった。多分それが終わる頃には夜になっていると思うけど、僕の今日の仕事はそれでいいよね?」

「あ、それなら、私達もリラと一緒にフィルさんに訓練してもらいましょうよ」

「え? でも、二人の訓練のお邪魔になりませんか? あの、大丈夫です?」

流石にこれ以上は無いと思っていたが、どうやらまだ追加があった。

もう無いかな? と尋ねるフィルに

ついでに私達もー、と気軽なサリア。

そしてそんなやり取りにフィルを気遣って逡巡するトリス。

(……まぁ、リラと一緒にという事なら時間が追加という訳でも無いし、いいか)

「どうする? 僕は別に構わないけど?」

そう言いながらリラの方へと顔を向けてみると、リラは笑顔で即答する。

「あ、私も大丈夫です。ずっと二人だけで剣を振っていてもバテちゃいそうですし。三人で回すぐらいで丁度いいと思いますし!」

「……僕もちゃんと休ませてね」

得意げに言うリラに、フィルは苦笑いで返す。

確かに神?の力を得た今のフィルは

剣の腕も身体能力も並の戦士より遥かに上だった。

駆け出しの三人が相手なら

一度にかかって来たとしても問題無く捌けるだろう。

(とは言え、休まずずっと相手をするのは流石に勘弁願いたいなぁ)

三人とも若いし体力の回復も早いだろう。

下手をすると本当に休まずに訓練に付き合わされるかもしれない。

さすがにずっと休み無しで相手をするのは勘弁してもらいたい。

(サリアはともかくリラやトリスはそんな事しないと思うけど……)

「……まぁ、問題ないか。この前みたいな召喚呪文は準備してないから、僕が直接稽古をつけるだけになるけど、それで良ければいいよ」

「やったー! フィルさん大好きです!」

満面の笑顔でバンザイをするサリア。

「やれやれ、君は本当調子がいいんだから……」

「早速三人でどうすればフィルさんを倒せるか、作戦会議ですねっ」

「君は大好きな対象を、三人がかりで倒すのかい……」

さっそく気合充分と言った様子で物騒な事を相談をしようするサリアに

フィルは殆ど諦めのため息を吐いた。


その後も会議は続き、午後の予定がどんどん決まっていった。

アニタは昨日、フィルから貰った「グリース」のスクロールを呪文書に写して

リラとトリスが晩御飯の準備をする事になって、

サリアはフラウに楽器の弾き方を教えることなった。


「音楽はいいですよー。フラウちゃんにも楽器を貸してあげますね」

「わぁ、はいですっ!」

任せてくださいと、自信たっぷりに薄い胸を叩くサリアに

そんなサリアを尊敬の眼差しで見つめるフラウ。

それからサリアの反対側に座るフィルの方へと向き直り

「フィルさん。サリアおねーさんから音楽教えてもらえる事になりました!」

と早速、嬉しそうに報告をする。

「ああ、フラウも頑張ってね」

「はいです! がんばります!」

本音を言うと、このままフラウがサリアの影響を受け続けて

サリアのようなバードを目指してしまうのではと少し心配になってしまうのだが、

流石にそんな理由でフラウが音楽を習うのを止めさせるというのは大人げない。

喜ぶフラウの頭を、うんうんと撫でながら微笑むフィル。

「あ、そうだ、もし欲しい楽器ができたら僕が買ってあげるよ?」

「わっ、ありがとうございます!」

「あ、いや……たしか魔法のフルートやマンドリンだったら幾つか持ってたかな。演奏できる様になったら使ってみるかい?」


フィル達がかつての冒険で手に入れたアイテムの中には魔法の楽器も幾つかあった。

こうした魔法の楽器には呪文を発動する能力が込められて

バードが特定の曲やリズムを演奏する事で

楽器に込められた魔法を発動する事ができるものがある。

込められている魔法は楽器ごとに様々で

もちろん強力な呪文が込められている楽器ほど、その価値は高くなっていく。


フィル達がかつての冒険で手に入れた楽器の中には

アニメイト・デッドが発動するような危険なドラムなんかもあったりするが、

ライトや低位の回復呪文が使えたりするだけの楽器のような

日常の普段使いに丁度良い感じの楽器が殆どだった。


勿論そんな微妙な効果の魔法の楽器でもそれなりの価値があり、

売れば金貨数百から数千枚になるのだが

そんな半端な金額ならば、店に売って半値で買い叩かれるよりは、

もし楽器が必要なバードがいたら与えようと仲間内で話し合い、

フィルのバッグ・オヴ・ホールディングスの中に保管されてきたのだった。

フラウのお気に入りとして大事に使ってもらえるのなら、

楽器本来の使い道だろうし、良い使われ方だとフィルは思う。


「ええー! フィルさん! 魔法の楽器が有るなら私にもくださいよー!」

そんなフィルの言葉に反応して、

サリアが身を乗り出してフィルに抗議する。


バードにとって魔法の楽器を持つという事は一種のステータスであった。

冒険の最中、ダンジョンの中で見つけたり

あるいは、冒険の報酬を貯めて購入したり、

何れにせよ、ダンジョンは危険だし、気軽に買うには高価な品だしで、

それを持っているという事は冒険で成功したという証でもあった。


「うーん、一つぐらいなら……とは言っても、フラウにあげる楽器には大した魔法は込められてないよ? 下手に強い魔法が発動したらフラウが危ないしね」

今回フラウにあげようと思っているのは、

ライトが一日一回使えるだけだったり、

傷の治りを早くする魔法が一日一回使えるだけだったり、

魔法の楽器とは名ばかりで冒険ではあまり役に立ちそうの無い楽器達だった。

そう説明するフィルだったが、

それでもサリアの方は納得した様子を見せてくれない。

「それでも魔法の楽器は憧れなんですー! 旅のお供にほしいんですー!」


マジックアイテムの多くは高品質のアイテムに基に

そのアイテムに魔力を付与して制作される。

魔法の楽器も例外ではなく、

腕の良い職人の手による名器とも呼ばれる楽器に魔力を付与して造られるのが殆どであり、

その為、純粋に楽器として見ても十分に良い品であり、

さらに付与された魔法のおかげで頑丈になって簡単に壊れる事も無い。

こうした要素も旅が多いバードが魔法の楽器を欲しがる理由の一つだった。



「フィルさん! 私もそれ欲しいですー! ほしいですー!」 

サリアは隣に座るフラウの目の前を越えて、

更に隣に座るフィルの方に身を乗り出した。

急にサリアの体が前を横切ったせいで、

フラウは持っていたスプーンを思わず落としそうになる。

「わわっ」

「うーん、もう少し僕のことを大事にしてくれれば考えるのだけどね」

「そんなー!。私は何時だってフィルさんの事大事にしてるじゃないですかー!」

そういってフラウの前で器用に胸をそらすサリア。

だが、身を乗り出しては流石に体勢が辛いのか、

もぞもぞと体の位置をずらし仰向けになって

フラウの膝を枕として接収しての長期戦の構えに出た。


「えっと、フィルさん。私もサリアおねーさんにも楽器をあげて欲しいなって思います」

自分の膝に乗っかったサリアの髪を整えてあげてから

困ったような笑顔を浮かべてフィルを見上げるフラウに、

フィルはやれやれと溜息を吐く。

魔法の楽器の価値を知らないフラウは

サリアが楽器をもらえなくて可愛そう位にしか思っていないのだろうが

アイテムの値段を知っているフィルとしてはこのまま引き下がるのは、ほんの少しだが悔しい。

「うーんサリア? そういうのは自分のお金で買ったり、冒険で自分で手に入れたほうが良いと思うよ?」

「だってあれ高いんですもん! 私じゃ買えないです! それに冒険だと何時手に入るか分からないし選べないじゃないですかー」

もーわかってるくせにーと拗ねるサリアにフィルはもう一度溜息を吐く。


確かに駆け出しの冒険者にとって、魔法の楽器は高価な品だった。

最も簡単な一日一回ライトの呪文が使える程度の楽器でさえ、

店で購入すれば金貨二百枚は必要だし。

そこそこ使える呪文が込められていれば金貨二千枚を超える。

強力な呪文が込められていればそれこそ金貨数万、数十万と

魔法のマジックアイテムに劣らず高価な品ばかりだった。


「私にだって優しくしてくださいよー!」

「わかったよ、それじゃあ一つだけ、君にあげるよ」

そう言いながら頬を膨らませるサリア

さっきまでフィルを倒そうとか言っていたその少女の頬を指でつつき空気を押し出すと

フィルは自分も三度溜息を吐いて、バッグからリュートに似た楽器を取り出した。


「わー、これって、シターンですか!?」

先程までの不機嫌から一転、満面の笑顔で楽器を受け取ると

持ち上げてあれこれ様々な角度から楽器を覗き込むサリア。

「マックフィルミディ・シターンという楽器だよ。スリープとメイジアーマー、それとキュアライトウーンズがそれぞれ一日一回つかえる」

フィルが楽器の説明をしている間もサリアは楽器に夢中になっていた。

早速弦に手をかけて楽器を奏でようと姿勢を正す。

「楽器としてもすごく丁寧に造られてますねぇ……。あ、このコードを弾くと呪文が発動するんですね」

そう言って試しにと、手慣れた手付きで弦を操り、魔法の起動コードを紡いでいく。

「わっ」

すぐ隣りにいるサリアの体が光に包まれて驚くフラウ。

(そう言えばフラウに人に呪文をかけたところを見せた事って無かったっけ)

「だ、大丈夫です?」

「あはは、今のは傷を直す魔法だからね。大丈夫大丈夫。驚かせちゃいました?」

「えへへ、びっくりしちゃいました」

「ごめんね? 驚かすつもりはなかったんですよ。あと、ありがとうございます。フラウちゃんの援護がなければフィルさんは攻略できませんでした!」

そう言ってフラウの頭を撫でるサリアに

こちらも嬉しそうにサリアに撫でられるに身を任せるフラウ。

それはまるで仲の良い姉妹のようではあったが、

フィルはどちらかと言えば敗者の側であり、出てくるのは苦笑いと溜息しか出ない。


「はぁ、結局、サリアに持っていかれてしまったか……」

ちなみにあのシターンのお値段は金貨にしておよそ二千枚。

出世払いだとしても少々奮発しすぎたかもしれない。

(とはいえ、まぁ、これから冒険者になる者への餞別代わりには悪くはないか……)

元々あのシターンは冒険の最中に手に入れたが

フィル達のパーティには使える者が居ないため

いつかバードが加わった時の為にと保管していた物だし

今此処でサリアの手に渡る事に何の問題がある訳でもない。

昔の仲間達がいたら、苦笑いを浮かべながらも納得してくれた事だろう。

(けど、こうも簡単に持っていかれるのは何か納得いかないんだよなぁ……)

そんなフィルの思いを知ってか知らずかフィルへと満面の笑みを向けるサリア。

欲しかった人形を買ってもらった少女のような満面の笑みに、

フィルは諦めの混じった苦笑いを浮かべる。


「これでバンバンお役に立ってみせますから、期待しててくださいね!」

「ははは、それじゃあ期待させてもらうよ。あ、スリープは誤爆に気をつけるんだよ」

「はーい。大丈夫ですって。ふふっ、フィルさんってなんだかお父さんみたいですよね」

フィルの小言に気にした風でもなく軽く返すサリア。

それはまるで思春期の娘に良いように扱われる父親のようで

フィルはやれやれと、もう一度、苦笑いを浮かべてため息を吐いた。



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