邪神さんと休日2
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扉の音はその後も二回ほど聞こえ
その度に二階からはトリスやアニタの声が聞こえてきた。
どうやら同室で寝ていたトリスとアニタが先に起きて
個室で寝ているリラとサリアを起こして回っているようだった。
「えへへ~、みなさん起きたみたいです」
上の階から聞こえてくるトリスの世話を焼く声と
眠たげなリラのやり取りを聞きながら
今朝フィルを起こした時の事を思い出したのか
悪戯っぽい笑顔でフィルを見上げるフラウ。
「ああ、そのようだね。この分だとみんな身支度とかまだ掛かるだろうし、丁度御飯が出来るぐらいに一緒になりそうだね」
「はいです! それまでに支度しちゃうです!」
フィルの予想にフラウは頑張ります!とこぶしを握って気合のポーズをとって見せる。
フラウの楽しそうに微笑む姿に釣られてフィルもまた笑顔を返す。
それから数刻の後、フィルの予想は的中し、
ちょうど二人が朝御飯の準備が終えた所で厨房のドアが開きリラ達四人が入ってきた。
「「「「おはよーございますー」」」」
「あっ、おはようございますー!」
「ああ、おはよう」
扉が開くと直ぐに振り返り、元気に挨拶を返すフラウ。
それから少し遅れてフィルも振り返って挨拶を返す。
皆、既に二階で着替えも身支度も済ませており
リラなんかは頭に少し寝癖が残っていたりするが
全員、普段着に身を包み、髪もきちんと整えて、
いつでもお出かけの準備万端といった風だった。
(流石に女の子、朝からキチンとしてるなぁ……)
昨日の様に鎧やローブで武装した姿と違って、
普段着の彼女達はこうしてみると至って普通な可愛らしい女の子だった。
昨日までは鎧姿だったり、脱いでも鎧下だったり
そもそもゴブリン退治を手伝うという目的もあって、
容姿などにはあまり気にはしていなかったが、
こうして見ると四人とも人並み以上に可愛い容姿だと思う。
今日は鍛冶仕事の手伝いという事もあって
多少汚れても良いように質素な服を着ているが、
それでもこうしてしっかりと身嗜みを整えた姿は
流行に敏感な街娘と比べても十分に魅力的に見える。
「わぁー。皆さんかわいいです!」
「ふふー。やはりフラウちゃんは良い子ですねー。せっかく村に行くんですし、おめかしは大事ですからね!」
年上の少女に幼い子供が憧れる様に
リラ達を尊敬の眼差しで褒めるフラウの頭を撫でながら、
サリアは満面の笑顔で頷くと
それからフィルの方を見て得意げな笑みを浮かべた。
今日は鍛冶仕事の手伝いなのだし、
そんなに気にしなくても良いんじゃとないかとも思うが
相手は年頃の娘なのだ。やはりこういう事には気になるのかもしれない。
それに、この得意げな顔にはフィルが野暮な事を言っても、
こちらが言い負かされるのオチだろう。
そんな事を考えながら、さてどう答えたものかと
迷宮でリドルを出されたかのように答えあぐねているフィルに
得意顔のサリアはにっこりと笑顔を浮かべる。
「ふふふー。フィルさん、ちゃーんとフラウちゃんに身だしなみを整えるだけの時間あげました?」
「いや……そこまでは、多分普通に着替える時間ぐらいだったんじゃないかな」
確かに思い返してみれば、
着替えの時に軽く髪を整える程度の時間はあったろうが
それ以上の時間は無かったように思える。
自分が外で待っていたのを気にして最低限の身支度しか出来なかったのかもしれない。
サリアはそれを聞くと、やれやれとわざとらしく溜息を吐きながら首を横に振ってみせる。
「だめですよー? 女の子なんですからね! 気を使ってあげないと!」
それからもう一度しみじみと駄目ですねぇとため息交じりに呟く。
「それじゃあ、フラウちゃんには後で私が髪を整えてあげますからねー」
「わぁ、ありがとうございますー!」
まるで不器用な父親に代わって母親が子供の世話をするかのように
喜ぶフラウの頭を笑顔で撫でるサリア。
「あ、ついでにフィルさんもどうですか? せっかくですし私がコーディネートしてあげましょうか?」
悪戯っ子のような笑みで尋ねてくるサリアにフィルは苦笑いを浮かべて首を横に振る。
可愛い女の子に身だしなみを見てもらうというのは少し気にはなるが、
お願いして後でどんな姿にされるかと思うとちょっと怖い。
(絶対リテイクしたくなっても許してもらえないだろうしなぁ)
「いや、僕は良いよ。僕じゃあやっても大して変わらないだろうしね」
「ふふふっ、それはわかりませんよー? 案外大変身しちゃうかもしれないですよ?」
「あ、ああ、それはそれでちょっと怖いから遠慮するよ」
苦笑いを浮かべて丁寧に辞退するフィルに
サリア折角の玩具を放してはなるものかと尚も食い下がるが
ふと何かに思いついたらしく、
ワザとらしく残念そうに溜息を吐いて見せた。
「むぅ~。残念。あ、そうそうフィルさん。後もう一つ忘れてません? フラウちゃんはちゃーんと出来ましたよ?」
「うん?」
新しい悪戯を思いついた子供のような笑顔を浮かべるサリア。
そんなサリアを前にふむと首を傾げるフィル。
何かしなければならない事なんてあっただろうか?
朝食も作ったし、顔も洗った。
強いて言うならばフィルは既に腰にロングソードを帯びているが、
何も持っていない丸腰な彼女達に冒険者たる者云々とお説教すべきか?
特に答えが思い浮かばずに首を傾げるフィルに
サリアはリドルを解けない冒険者達を眺める迷宮主のような顔で、
もぉ~と呆れてみせる。
「ほら、ちゃーんと皆に可愛いねって言ってあげることですよ!」
確かにサリアの言う通り、四人とも並み以上に可愛いとは思う。
今日は鍛冶の手伝いもあるし汚れてもいいよう質素な服を着ているが、
きちんと着飾れば流行に敏感な街娘にも劣らないだろう。
それ位は女性と無縁で疎いフィルでも何となくは分かる。
(とは言え、朝から褒める必要は無い気がするけど……)
「ふむ? たしかに可愛いとは思うけど……、褒めた方が良かったのか?」
そこまで駄目なものなのだろうかと首を傾げるフィルに
サリアは楽しそうに人差し指を立てて注意をうながす。
「もぉ~、だめですよ? 女の子にはちゃーんと褒めてあげないと! 男の子失格ですよ?」
そう言うものなのかと、リラ達の方を見てみると
サリア以外の三人の少女達は困ったような笑顔を浮かべている。
(やっぱり、違うよなぁ……)
「あ、でもフィルさんに着替えた後、可愛いねってちゃんと褒めてくれました!」
これ以上フィルを困らせまいと、一生懸命弁護するフラウに
サリアは少し驚いたが、ふむふむと何故か嬉しそうに何度か頷く。
「ほほーう。フラウちゃんにはちゃんと出来ていたのですね。まぁ、それなら許してあげましょう。でも、次はちゃーんと私達もですよ?」
フラウちゃんに免じて今回は特別ですよと、
念を押してからようやく鉾を収めるサリア。
なんとも不条理なものを感じるが、これが年頃の娘というものなのだろうか?
「やはり年頃の娘というのは難しい……」
「えっと、フィルさん? ……頑張ってくださいね」
思わず口に出てしまったフィルの独り言にトリスが少し気の毒そうに慰める。
とは言え、半分ぐらいは彼女も楽しんでいるようで、少し微笑んでいるようにも見える。
「あ、ああ、いや、大丈夫だよ。それより皆、昨日はちゃんと休めたかい? 特にリラは昨日の疲れは抜けてる? 初めての戦闘というの何かと疲れるから無理はしないようにね?」
朝から疲れるやり取りだったが、とりあえず気を取り直して、
フィルは少女達に体調を尋ねた。
人型の生物の中でも特に弱いとされる種族であるゴブリン。
たとえそんな「雑魚」が相手だったとしても
殺意剥き出しに襲い掛ってくる相手と正面から殺し合いするというのは、
かなりの体力と気力が消耗させられる。
特に初陣ならば尚更で、慣れない戦場は普段以上に体力や気力がすり減っていくものだが
初めての戦闘に気が昂り、自分の限界を超えているのにも気付かずに戦闘を終え、
一晩休んだ後で一気に疲労が押し寄せて、翌日は丸々寝込むなんて事も珍しくは無い。
「あ、うん。一晩ぐっすり寝たら疲れも殆ど取れちゃいました!」
そんなフィルの心配はどうやら杞憂だったようで
フィルの問いかけにバッチリですと得意げに答えるリラ。
他の三人もリラの言葉に同意する。
昨日のゴブリンとの戦闘では此方の方が場所的に有利だったし
隊長格を含んだ危険な遭遇は、先にフィルが片づけたりもしたが、
それでも並の人間ならば疲労の色が見えても良いとは思う。
ファイターとして日頃から訓練をしていてリラはともかくとして
ウィザードであるアニタや、バードのサリアも元気というのは少し意外だった。
(案外この娘達は皆冒険者の素質があるのかもしれないな)
この分だと一緒に冒険するという約束は、暫く続く事になるかもしれない。
そんなフィルの思いに気付く者は無く
少女達は朝食の準備をしていたフラウを取り囲み
あれやこれやと賑やかなお喋りに花を咲かせていた。
「おー、これはシチューですか? お肉も入ってるとは豪勢ですねー!」
「はいですっ。ちょうど出来たから、皆さんが顔を洗ったら朝ごはんにしようってフィルさんと話てたんです」
「そう言えば、おなかすいちゃったわね」
「もうっリラったら、昨日あれだけ食べたのに?」
「そうは言っても、なんだかものすごくお腹が空いたんだってば! 昨日沢山動いたからかな?」
フラウを中心にワイワイと賑やかにお喋りをする少女達。
能天気に御飯を喜ぶファイターに、それに呆れるウィザード、
それはパーティ内の他愛ないやり取り。
年齢も性別もまるで違うが以前のパーティでも同じ様な事があったのを思い出して
こういう事はどこでも一緒なのかと
そう思うと、ちょっとだけ懐かしくて可笑しくて、
フィルは思わず笑みを浮かべた。
「冒険や戦闘の後で眠くなったり空腹になったりは良くある事だよ。特に酷く疲れた時なんかはね。初陣だったんだし、色々と疲労は溜まっていたんじゃないかな?」
実際フィルも二日ほどの強行軍をした後、ようやく宿屋で休めた時なんかは
三日ほど殆ど寝て過ごしたり普段の倍以上の食事を取ったりした事が何度かあった。
(あの眠気や空腹感は実際経験してみないと分からないだろうなぁ)
「僕も何度か経験があるけど、そうやって体の疲労を回復させたり筋肉の成長をしているのかもね」
フィルの説明になるほどーと素直に頷く五人。
その様子があまりも素直でフィルは思わず笑みをこぼす。
「そっかー。それじゃあ、やっぱりお腹が空くのは普通なんですね!」
「リラは普段から良く食べるんだから、体重には気をつけなさいよ?」
フィルの言葉に食べても良いのだと安堵するリラを、今度はトリスが窘める。
ウィザードに続いてクレリックからも突っ込まれて、むぅと頬を膨らませるリラ。
「そうだよ? ほどほどにしないと食べすぎて太っちゃうんだよ?」
念押しのようにもう一度アニタにダメ押しされて、なんとも言えない顔になる。
「ちゃ、ちゃんと運動すれば良いんだよね?」
「そうね、でもあまり無茶はだめよ?」
「うーん? なんかさっきと言ってる事が逆のような?」
「何事も程々にしなさいってことです」
まるで本当の姉のようなトリスの言い方に周りからも笑いが漏れる。
「ふふふっ。それじゃあ、そろそろ朝御飯を食べちゃいましょう! まずは顔を洗ってからですよー」
「「「「はーい」」」」
話題も途切れて丁度良いタイミングとばかりに
フラウの言葉に四人は元気よく声を重ねて水場へ向かっていく。
そんな少女達を見送るフィルとフラウは、何方からともなく顔を見合わせる。
「こうして見ると、なんだかフラウがお母さんみたいだね?」
「えへへ……そうです?」
フィルの言葉にフラウは嬉しそうに笑うが、
ふと思いついたようで、少し恥ずかしげにフィルに尋ねる。
「あ、それじゃあ……、フィルさんは皆さんのお父さんかもです?」
フラウの言葉に、ふむと考える。
確かにこうして世話を焼くのは父親らしいとも言えるかもしれない。
実際に父親をした経験は無いから大きな口では言えないが、
実年齢ならフィルだってそれ位してもおかしくは無い歳だ。
今やっている程度では父親代わりとはいかないかも知れないが、
せめて保護者代わり位にはなっていれば良いなとは思う。
「はは、そうだと良いね」
頷いて何気無くそう答えるフィルに、
フラウは先程よりも増して嬉しそうに満面の笑みを浮かべる。
「えへへ……はいです!」
そう言って嬉しそうに笑うフラウを眺めながら
どうして少女が喜んでくれたのかは今一つ分からなかったが
とにかく少女が喜んでくれたのは良い事だろうと
フィルはフラウの頭を撫で、もう一度、二人は笑い合った。
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