邪神さんと冒険者さん 76
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「それでは! 本日の反省会をしたいと思いまーっす!」
フィル達は村人から貰った料理を囲み
お酒が加わったとはいえ、ささやかなながらも和やかな祝勝会を行っていた。
……はずだったのだが、それは酔ったサリアの一声で終わりを告げた。
呼びかけにわーっと拍手を鳴らす少女達。
見れば言い出したサリアだけでなくリラ達も酔っているのか、
ジュースにして飲んでいたフラウ以外の全員が、ほんのりと頬を紅く染めている。
(まだ数杯しか飲んでないはずだけど……あ)
フィルの持ち出したこのワインは極甘口で
薄めたりせずに飲むのが美味しい飲み方と言えた。
そういう事もあって皆、特に薄めたりはしないで飲んでいたのだが、
酔いやすさで言えば、このワインも普通のワインとそう違いは無い。
もともと薄いピケットや、普通のワインを薄める感覚で飲んでいれば
すぐに酔いは回ってしまうだろう。
盛り上がる少女達を眺めながら、ここにきてフィルは、
ワインを注いだ時に薄めなかった事を少しだけ後悔した。
(それにしても、年頃の娘さんが夜に寝間着姿で集まってお酒まで飲んでやることが冒険の反省会というのは……)
はたしてどうなのだろうとも思うのだが……。
「わぁー」
隣で楽しそうに拍手をしているフラウを見て
フィルは直ぐにそんな考えを諦めて拍手に加わることにした。
「それじゃあ、本日の反省点をフィルさんに指摘してもらいまーす!」
「って、反省会でいきなり僕なの?」
各人の反省が全く出る事無く、いきなり総評を振られ、
思わず尋ねるフィルにサリアは得意げに頷いて見せる。
「それはもう! 新米の私達があれこれ言うより、経験者に指摘してもらった方が確実じゃないですかぁ!」
若干呂律が怪しくなりながらも笑顔で自信満々に言い切るサリア。
そんなサリアにリラ達もなるほどーと頷く。
フラウに至っては頼もしそうにフィルを見上げている。
口車に乗せられたようで、何とも言えない気分だが
とはいえ、サリアの言い分にも一理はあるかもしれない。
一応、自分は彼女達の先生役でもあるのだしと、
フィルは何を言うのが彼女達にとって良いだろうか考えてみる。
反省点と言っても、昼間の彼女達については
冒険者としてきちんと動けていたと思う。
その時々での判断もおおよそ正しい判断を出来ていたと思う。
恐らく彼女達に必要なのは実戦経験だろう。
様々な冒険に出て、冒険を成功させる為に努力をする。
そして、その時の経験を次の冒険に活かしていく。
端的に言えば、冒険者とはそんな事の繰り返しになる。
「うーん、反省点かぁ……今回は冒険という意味で言えば特に僕から指摘する事は無いかなぁ。皆、その時に応じた事をきちんと出来ていたと思うよ」
フィルの言葉に少女達からおーと喜びの声が上がる。
その様子を眺めながらフィルは言葉を続ける。
「だから僕が言うのは、これから気を付ける点についてかな。これからも冒険者を続けるのなら、色々な敵や色々な状況と戦う事になる。そんな時に冷静に対処できるように、常に備えておくと良いと思うよ」
フィルの言葉を真面目な顔で聞き入る少女達。
酔っていてもこういう所は変わらないのだと
フィルは生徒達の素直な様子に感心する。
「とりあえずは序盤から気を付けておいた方が良いのは、普通の武器が効かない敵、それからものすごく素早い敵、あとは巨大だったり固い敵、まずはこの三種類の対処方法を準備しておくと良いよ」
こうした敵との戦闘は存外に早くにやってくることが多い。
シャドウやワーラット、トロル等のように、
普通の武器だけでは倒すことが難しい敵というのは
意外と難易度の低い依頼でも何かの拍子に出会ってしまうことは結構あるものだ。
そんな時に冷静に対処出来るか出来ないかで
パーティが生存できる可能性は大きく変わってくる。
「普通の武器が効かない敵というと、銀の武器や魔法の武器が必要って事かな?」
「武器での攻撃自体がダメな時もあるよね? 魔法も色々準備しておいた方がいいのかな?」
「素早い敵と言うとどんなのが居たかしら?」
「結構マイナーなのが多いですけど……スウォーム系もある意味素早い……ですよね?」
早速作戦会議を始める少女達に、自分達の駆け出しの頃が重なる。
冒険では予期しない偶発的遭遇なんてよくある事だった。
そんな相手に限って、嫌らしい特徴を持つ相手だった事が多い気がする。
フィル達のパーティでも何度も煮え湯を飲まされて
その度に次は対応出来るようにと対抗手段を集めたものだった。
今もスクロールやワンド、魔法の武器やアイテムといった様々な品が
フィルの持つバッグ・オヴ・ホールディングの中には大量に保管されている。
(もっとも、これも今となってはもう使う事も無いか……)
目の前の少女達もかつてのフィル達と同じように
様々な危険と直面するのだろうか?
どんなに注意深く歩を進めたとしても敵はあらゆる手段で狙ってくるだろう。
中には余りのえげつ無さに心が折れそうになる事だってあるかもしれない。
過去に自分が見たような凄惨な光景を見た時、
彼女達は冷静に動く事が出来るのだろうか?
(僕達の時は無理だったっけ……)
苦い思い出というのは、こういう時に不意に記憶の底から湧き出してきて
フィルをむず痒い気持ちにさせてくる。
老婆心と自分でも分かっているが、
決して無理しないで危険と感じたらすぐ撤退するようにして
地位だとか名誉よりもまずは自分達の命を大切にして欲しい。
「……さん? フィルさんっ?」
何時の間にか考え込んでいたらしく、フィルはサリアの声で現実に戻された。
「ああ、ごめんごめん。どうしたんだい?」
「やっぱり、聞いていなかったんですね……もうっ」
フィルの返事にサリアは少しだけ苦笑いを浮かべるが、すぐに何時もの笑顔に戻る。
だが、その笑顔にフィルにはどこか懐かしい感じがした。
「それでですね、やっぱりこれからもフィルさんに一緒に冒険に来てほしいなって、皆で話してたんですよ」
「やっぱりこの四人だけだと、特に戦士が不安で……剣と弓だけでいいですから、一緒に来てほしいんです」
サリアの言葉をリラが引き継ぐ。
トリスもアニタもこちらの方を真剣な顔で見ている。
横を見ればサリアもやはり真剣な表情でこちらを見ている。
その誘いは目的の無い今の自分にとって、とても魅力的に見えた。
神になり、人と関わるべきでは無いと一人になろうとしたが、
結局、今はフラウが傍にいて、村人達とも色々関わっている。
自分は未だに人恋しいのだという事が今更ながらに分かった。
冒険にだってまだまだ未練はたっぷりある。とはいえ……。
「うーん、そうは言ってもなぁ、暫くはこの村の事もあるしなぁ……それにフラウの事もあるし」
今のフィルにとって、気にしているのは自分の事だけではない。
他人事だとしても、出来ればフラウの周りはできるだけ幸せであって欲しい。
村に居つくのであればそれぐらいは護っても罰は当たらないだろう。
「暫くは、この村の近くの依頼を受けようと思うんです。そうすれば、村の安全も守れるはずですし、村にもすぐ戻れますし」
悩むフィルにリラがそう説明する。
確かに今、村の周囲には徘徊するモンスターに旅人を襲う野盗にと、
冒険のネタに出来そうな問題がそこら中にある。
混沌にして悪の最上位ともいえるレッドドラゴン。
その勢力に支配されてしまった土地は、たとえ頭目が倒されたとしても、
完全にその支配から抜けるのは容易では無い。という事なのだろう。
「私もちゃんとお留守番します! だからお姉さん達を助けてあげてください!」
となりに座るフラウが不安げな顔でフィルの膝に手を置いて見上げる。
フラウとしても、このまま彼女達が冒険に出るのは心配なのだろう。
(この子は出会ってからずっと、誰かの事ばかり心配しているな……)
フィルはそんな少女の頭に置いて、そのサラサラの髪をそっと撫でてみる。
ここで断ったとして、この少女はずっとリラ達を心配し続ける事だろう。
だとすれば、自分が選べる選択肢は無いも同然と言えた。
「うーん……、わかった。だけど、リラが言うように魔法使いとしては加わらないから、そのつもりでね。普段はファイターとして振舞わせてもらうよ?」
魔法というのはそのパーティの力量を測るのに利用されることが多い。
呪文の種類だけでなく威力や効果時間で
大体ではあるが相手の力量を伺い知る事ができる。
それを元に使われる可能性のある呪文、
準備しておくべきアイテムや装備等、対策を検討するのだ。
もしフィルの呪文を見た敵が相応の対策をして来たとしたら
リラ達のような新米冒険者では、なすすべもなく倒されてしまうだろう。
逆にアニタの魔法で力量を測ってもらえれば
いざという時、フィルの呪文で逆転できる可能性が出てくる。
「それともう一つ、冒険中はパーティの決定を君達がすること。僕に意見を聞くのは構わないけど、君達自身で考えて決めていくんだ。もちろん僕も出来る限りそれに従う」
フィルの言葉にリラ達はお互いの顔を見合わせる。
自分達が正しい判断をできるのだろうかという不安。
技術不足に経験不足、何よりも知識不足がそれに拍車をかける。
だが、それはフィル達だって初めは似たようなものだった。
一人年長で人生経験豊富な者は居たが
誰一人事件を解決する為にどうしたら良いかなんて分からない。
そんな中で皆で必死に考えて解決をしていく。
勿論、時には解決出来たと言い切れないような結果の時もあるし
明らかに失敗だった時もあった。
彼女達だって勿論失敗する事はあるだろう。
だが、それでも彼女達の冒険は彼女達の考えで
進めて行く必要があるとフィルには思えた。
「……分かりました。冒険中は私達で決めていきます。皆も良いよね?」
リラの言葉に他の少女達が頷く。
(確かに戦士系が一人増えれば、このパーティはかなり安定するか……)
今のパーティの不足を補うため、というのであればフィルから言う事は何も無い。
「それなら、僕も君達のパーティに加わらせてもらうよ。これかもよろしくね」
フィルの言葉にリラ達から歓声が上がる。
「やったー」
「これからもよろしくね。フラウちゃん」
「はいです!」
喜び合うサリアとフラウ。もう暫くはこのバードが家に居候することになりそうだった。
「それじゃあ、明日家から他の荷物も持って来ないとね」
「あ、私手伝いますよ! 午前中に戦利品の修理したら暇になりますし!」
「それじゃあ、私も……祭壇とかも持ってきたいのだけどいいかしら?」
「あ、私も勉強用の本とか幾つか持ってきたいな?」
「ちょっと待った、何でリラ達までここで住むってことになったんだい?」
楽しそうに引っ越しの計画を始める少女達に慌てるフィル。
この娘達は麓の村に自分の家があったはず……。
「ええー? だって同じパーティの仲間ですし。一緒に行動したほうが都合がいいじゃないですか! それにここ、訓練するのに丁度いい広場もありますし、お風呂もありますし!」
と、先ほどの懐かしい感じの笑顔で言うサリア。
(……ああそうか。この娘が僕について来ようとした時もこんな感じだったか……)
思えば出会った時からこんな感じの笑顔で押し切られた気がする。
「ベッドもふかふかだもんね!」
「厨房も立派ですもんね」
お互いにねぇ~と言って新居に喜ぶアニタとトリス。
要は冒険の拠点にこの家を使いたいという事なのだろうが……、
さすがに家主としては若い娘がこんな山奥に
それも得体の知れない魔法使いと一緒に寝泊まり、
というのはどうなのだろうと思う。
だが、無邪気に喜んでいる少女達を見ていると
ここで追い出したりするのはさすがに憚られた。
「えへへ、フィルさん?」
もう心配してませんよとばかりに笑顔でフィルを見上げるフラウに
フィルはため息を一つ吐いて、その頭を優しくなでる。
「まぁ、仕方ないか……。分かったよ」
少女達の歓声が上がる。
さっそく、今度は街に行こうとか、
街で買いたい物があるんだけどとか計画を立てる少女達。
そんな楽し気な会話を何気なく聞いていると、フィルの腕が小さな手に引っ張られた。
横を見れば嬉しそうなフラウの笑顔が見える。
「えへへ、フィルさん、ありがとうございます!」
「まぁ、成り行き、だよ。これからしばらくは賑やかになりそうだね」
「はいです!」
フィルの言葉に嬉しそうに頷くフラウ。
そんな少女の笑顔を眺めながら、
これはこれで仕方ないかとフィルは笑顔を浮かべた。
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