表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
100/276

邪神さんと冒険者さん 75

 ---------


夜も大分深くなった頃。

山道を登り切り、広場に出たところで

月明かりに照らされた我が家が姿を見せた。


殆どの部屋が真っ暗な豪邸というのは

山の中特有の暗く不気味な雰囲気とも相まって

ぱっと見は放棄された幽霊屋敷かといった印象なのだが

一階の角の部屋から漏れている灯りと

そこから聞こえてくる少女達の明るい声が

辛うじてこの家にも人の気配があるのだという事を感じさせた。


(結局あの娘達は、今日も泊まっていくつもりなのかな?)

家から聞こえてくる少女達の楽し気な声にフィルはリラ達三人娘の事を考えた。

旅をして回っているというサリアはともかくとして

本来リラ、トリス、アニタの三人はこの村の住人である。

なし崩し的にこの家に泊まる事になり

そのまま部屋を貸すことになって数日になるが、

麓の村に行けば当然自分達の家もあるし、

問題が解決した今となっては彼女達の家でゆっくりしても良かったはずだ。

年頃の娘がこんな山奥で、

幾ら村に貢献したとはいえ得体のしれない魔法使いと一緒に寝泊まりするなんて

親が居れば絶対反対するだろうと、

当人のフィルですらそう思ってしまうのだから、

村人達はもっと不安に思っているのではないだろうか?


とはいえ、フィルとしては

リラ達が来てくれてからはフラウが夜の屋敷を怖がらなくなった事を考えると

この家に留まってもらえるのは本当に有難い事だった。

(やっぱり、フラウの事を気遣ってくれているのかな)

フラウと一緒にお風呂に入ったり、

フィルが風呂に入っている間は一緒に厨房に居たりと

何かとフラウとリラ達が一緒にいることは多い。

おそらく彼女達なりにフラウの事を気にしてくれているのだろう。

純粋な厚意で世話を焼いてくれているのだとしたら

素直に感謝して甘えるのが良いのだろう。

食費やら燃料費やらがかさむのは……この際、些事として諦めるべきなのだろう。

(とはいえ、育ちざかりが四人……いや、五人か……まぁ、賑やかなのは嬉しいけど……)

そんなことを一人考え、悩み、全てを諦めた後、

玄関に到着したフィルは扉に手をかけた。


開こうとした扉には鍵がかかっていた。

(ふむ、戸締りはきちんとしておいてくれたんだね)

こうした村では、家の扉に鍵をかけるといった習慣が無い場所も多い。

鍵を預けたしっかり者の幼い少女を心の中で褒めながら

自らが持っている家の鍵で扉の鍵を開ける。

思ったよりも大きな音を響かせて鍵が開いたことを確認すると

改めて扉を上げて家の中へと入った。


「ただいまー」

玄関ホールに入り、扉を閉めながら家の中へ声をかけてみると、

奥の奥の扉が開き、そこからパタパタと軽い音が近づいてくるのが聞こえてきた。

(この音は、たぶんフラウかな?)

居間のある廊下から出てきたのは予想通りフラウだった。

早速玄関のフィルを見つけると、嬉しそうに駆け寄ってきて

フィルを見上げてにっこりと笑う。


「おかえりなさいですー!」

少女は既に寝間着に着替えていた。

髪は少し湿って石鹸の良い香りを漂わせているところを見るに

既に風呂にも入ったのだろう。

にこにこと嬉しそうにフィルの前に立ち見上げる少女に

フィルもまた笑顔で少しだけ包みを持ち上げて見せる。


「ただいま。はい、これはお土産ね」

そう言うフィルに、フラウはわぁと言いながら包みの中をのぞき込む。

「わ、すごいですねー。こんなにたくさん! これ全部、お料理なんです?」

「ああ、帰りの間際に、色々持たされちゃってね」

「えへへ、きっと皆さんすっごく喜んじゃうとお思います! さっきまで大変だったんです」

「うん? なにかあったのかい?」

首を傾げるフィルに、フラウが笑ったところで通路からリラ達がやってきた。

彼女達もフラウと同様、皆、寝間着に着替えており、

やはり風呂上がりらしく髪を湿らせ、ほんのり頬が上気している。


「あ、フィルさん。おかえりなさーい。わぁ、それってお土産ですか?」

目ざとくフィルの手に持っている包を見つけたサリアが

フラウと同じように嬉しそうに駆けてきて中を覗き込む。

まるで姉妹のように同じ反応に思わずフィルから笑みがこぼれる。

「おお、これは凄いですねー。いや~、みんなお腹ペコペコだったんですよー」

やけに嬉しそうにフィルを見上げるサリアに再びフィルは首を傾げる。

見ればリラ達までもが妙に嬉しそうにしているのが見える。

「確か、先に帰るときに料理を貰っていかなかったっけ?」

先程のフラウの言葉といい、

想像以上の喜びように不思議がるフィル。

そんなフィルにサリアはてへへ、と照れ笑いを浮かべた。


「実は帰ってお風呂入ってさっぱりして落ち着いてみたら、なんかみんな思っていたよりお腹が空いてたみたいなんですよね……」

村を出る時は緊張が抜けてないせいもあってか、そんなにお腹も空かないし

あまり貰いすぎるのも恥ずかしいからと料理をあまり貰ってこなかった。


だが、いざ家に帰ってさっぱりして落ち着いて食べてみると

想像以上に自分達が空腹だった事に気が付いた、という事らしい。

さらには食べ物が入った事で胃が活性化したのか

なんだかさらにお腹が空いてくるという、

何とも言えない状態になっていたのだという。


「いやぁ、しょうがないから、これから何か晩御飯を作ろうかって話してたんですよ」

頭に手を載せたまま、からからと笑うサリア。

フラウを除く他の三人も照れくさそうにしている所を見るに、

サリアと同様、空腹を感じているのだろう。

リラは昼の時は食事どころではなかったし

その後の洞窟でもかなり激しい戦闘をしていた。

育ち盛りの年頃の娘としては今のこの状況も仕方ない事なのだろう。


「……まぁ、そういう事ならこれを食べようか。今ならまだ温かいだろうしね」

本当は明日のご飯にでもと思っていたんだけどと

諦め顔のフィルに少女達が喜びの声を上げる。

「わーい、あ、そうだ、朝作ったパンもありますよね? あれも出してもらってもいいですか?」

「ああ、そう言えば結局食べる機会無かったね」

忘れてませんよと得意げなサリアの言葉に、

すっかり忘れていた朝作った弁当の事を思い出したフィルは、

両手の包みをリラとアニタにそれぞれ一つづつ渡すと

それからカバンから朝作った弁当の包みを取り出し、それをサリアに手渡した。


「さてと、それじゃあ僕も先に風呂に入らせてもらうよ。僕は村で食べてきたから、晩御飯は皆で先にしてていいよ」

「「「「「はーい!」」」」」

一通りの料理を渡して身軽になったフィルは

自分も風呂に入ってさっぱりしたいからと

少女達の元気な返事に見送られ風呂場へと向かった。



風呂を終えてさっぱりしたフィルは

自分も居間に行こうと廊下を歩いていた。

部屋の扉の前に到着してドアノブに手をかけようとしたところで

扉の向こうから少女達の楽しそうに笑う声が聞こえてくる。

そこで今更ながらに中にいるのが年頃の女の子ばかりだという事に気付いた。


これまでは冒険の先輩として、

彼女達に何を教えたらよいか、どう教えたら良いのか、

そんな事ばかりを考えていて、他の事など考えている余裕がなかった。

だが、自分とは親と子ほどに歳の離れた相手

それも年頃の少女達の中に、若返っているとはいえ、

こんな中年が参加するのは如何なものだろうか?

とはいえ、自分だけ先に部屋に戻ってしまうのも

それはそれで相手の気を悪くすることになりかねない。

暫し悩んだフィルだったが、意を決して扉にノックをする。


「はーい、どうぞー」

扉越しに聞こえてくるサリアの声に扉を開けて居間に入ると、

テーブル並べられた料理を囲んで

少女達が寝間着姿でくつろいでいた。

なぜかフラウに膝枕してもらっているサリアの姿が一緒に目に入るが

とりあず一旦、それは見なかった事にする。

テーブルの上には料理の他にも食器やテーポットが置かれ

さながらちょっとしたお茶会のような雰囲気になっていた。

どうやらハーブティーを入れているようで

部屋の中を料理の香りに混じってリンゴに少し似た甘い香りが仄かに漂い、

それが余計に少女達のお茶会に迷い込んだような気分にさせた。

こうして楽しげにお喋りをしている姿は年相応の少女そのもので、

とても昼間、ゴブリンとの殺し合いをしてきたようには見えなかった。

だが部屋の片隅に目をやれば、血まみれのサーコートや鎧が

(女の子らしく丁寧に)折畳まれており、

昼間の事が実際にあった事なのだと物語っていた。



普段冒険が終わった後の打ち上げと言えば、

エール! 肉! 魚! そして酒!

という居酒屋宴会ばかりだったフィルとって、

このささやかな宴はちょっとした未知の世界だった。

なんだか自分って場違いなんじゃないか?とか

この輪の中に加えてもらってホントに良いのだろうか?

と、改めてそんな気にすらなってきた。


「あ、フィルさん。ここ、どうぞですー」

サリアに膝を占領されて動けないフラウが

自分の隣である隅のソファーを手でぱんぱんするのを見て

フィルはかわいらしい案内に従い席に着く。

席が若干狭く感じるのはフラウの向こうで寝転んでいるサリアの所為だろう。

サリアが殆ど二人分の幅を占領している所為で、

余った領域に小柄なフラウがフィルにくっつくようにしてソファーに座る。

「えへへ」

フラウの方を見てみると、やはり少し恥ずかしいのか

こちらを見上げてフラウが照れ笑いを浮かべている。

この状況に突っ込みを入れるのは野暮な気もするし、

話題を変えようとフィルは少し周りを見てみる。


「……なにか、甘い香りがするね。カモミールかな?」

「良く分かりましたね。ふふふっ、家から持ってきたんです。フィルさんもどうですか?」

そう言って嬉しそうに小さな素焼きのツボを見せるトリス。

中を見せてもらうと、乾燥し丸くなった花が瓶の中に入っていた。

「春からちょうど今頃まで花が咲くので、それを乾燥させてお茶にしてるんです。よく寝る前にみんなで飲むんですよ」

「なるほど、確かに良い香りだね。僕も一杯貰おうかな」

トリスがハーブティーを淹れてくれるのを待つ間、

フィルはテーブルの上に広げられた料理を眺めてみる。


テーブルの上には先ほど村から持ってきた煮込みや炒め物が温かい湯気を立てている。

木を厚めに削って作られた深皿は保温性が良いのか

村を出てから結構経っていたが、まだ出来たてのような匂いを放つ料理達は

村であれだけ食べたフィルでさえも、

もう少し食べたいと思えてくるほどだった。


「はい、どうぞ」

「ああ、ありがとう」

トリスが入れてくれたハーブティーを受け取ったフィルは

甘い香りを楽しみながら口へと含む。

仄かな苦みと、甘い香りが口の中に広がる。

「へぇこれは美味しいね。食事にもよく合いそうだ」

「ふふっ。そう言ってもらえると嬉しいですわ」

「そんなこと言っても、フィルさんはお茶よりもお酒の方がいいんじゃないんですか? 残念ながら、今、この家にはお酒は無いのですけどね! 食料庫を探しましたがお酒はありませんでした! あたっ!」

勝手に他人の家の家探しをしていたことを嬉しそうに

それもフラウの膝から報告するサリアに

フィルは軽くサリアの額にチョップを入れる。


「あーひどいですー!」

「人の家の食べ物事情を勝手に暴露しないの。でもまぁ、酒かぁ、確かに冒険の終わりと言ったらずっとワインかエールだったからね。でも、まぁ、こういう落ち着いたのもいいと思うよ?」

わざとらしく痛そうに頭をさするサリアに突っ込みを入れるフィル。

実際、力加減どころかつつく程度なのだから怪我なんてしてないはずだ。

そんなフィルに、ころっと表情を変えたサリアは興味津々といった感じでさらに尋ねる。

「でも、やっぱりこういう時にお料理を前にしたらお酒を飲みたくなっちゃうんじゃないんですか? ほら、キャンプ中でもお酒を飲みたくなったりとか!」

「要は、今、サリアがお酒が飲みたいんだね?」

リラの質問の意図を察して肩を竦めてから今度はサリアの額をつつくフィル。

「えへへー。はい! そりゃもちろん、今日は大事な大事な初めての祝勝会ですからねっ! だから、冒険者らしく、お酒を飲んで打ち上げをしてみたいんです!」

悪びれもせずに堂々と認めるサリア。

だが、まぁ、その気持ちは良く分かる。


「それで僕にお酒を持っていないかって、お酒をせびっているのだね」

「はいー! きっとフィルさんなら冒険中に飲んだりするお酒ぐらい持っているんじゃないかっておもうんです。 ねっ? 一緒にのも?」

(フラウの膝の上からだが)愁いを帯びた表情で

可愛らしく猫なで声で尋ねてくるサリアにフィルはため息を吐く。

これが街の酒場とかで、他に同席しているのが昔のメンバーで

そこで今みたいにサリアのような美少女に言われたのなら

お酒の一本や十本、奢ってしまっていたかもしれないだろう。


だが、此処は自分の家の居間で、

周りにいるのは幼い同居人の少女や、

ごくごく普通の感性をもつ若い娘達だ。

彼女達に白い目で見られるは何としても避けたい。

周りの視線を最大限に利用して、顔に出ないよう努力をして

フィルはサリアの誘惑をどうにか退ける。

「すごく可愛らしい尋ね方だとは思うけど、言っている内容がすごくおじさんっぽい感じだよ? ……まぁ、祝勝会もそれらしくやりたいっていうのは、僕もなんとなく分かるけどね」


もう一度サリアの額をつつくフィルに

えへへと照れ笑いを浮かべるサリア。

他の娘達も照れ笑いを浮かべているところを見るに共犯なのだろう。

「だってほら、せっかくの初めての冒険なんですし、どうせなら冒険者らしく乾杯したかったんですよー!」

さっきの愁いを帯びた表情から一転、

拗ねた子供のように言い訳をするサリアにフィルは苦笑いを浮かべる。

「まぁ、分からないでもないけどね。でもお茶だって悪くないと思うよ?」

「そりゃあ確かに悪くないけど、折角ですしやってみたいんです! それに……フィルさんは、村で飲んできていますよね?」

すんすんと鼻を動かす仕草をしながら、

隣のフラウの膝の上を超えてフィルのところまで顔を突き出すサリア。


「いいなぁー。フィルさんは村でお酒も飲んで、きっと冒険の成功を祝して、カンパーイとかしてきたんでしょうね~。私達だって乾杯してお祝いしてみたいですよねー?」

ねーっと、リラ達に同意を向けるサリアに、少女達もうんうんと頷き同意する。

せっかく冒険者らしい仕事を一つこなしたのだ。

どうせならきちんとお祝いもしたい。

そんな気持ちは確かにフィルにもわからないでもない。


「フィルさんは飲んできちゃったんですね~?」

フラウの膝の上から意地の悪い笑顔でフィルを見上げるサリアの額に

もう一度チョップを入れてからフィルはため息を再びついた。

「わかったわかった。僕の手持ちの酒があるから、それを飲むといいよ」

わーいと喜ぶフラウも巻き込んで喜ぶ少女達に

観念したフィルはカバンに手を突っ込み、

中から金属製の酒杯を取り出した。


「それは……? なにかのマジックアイテムですか? もしかして、ここからお酒が出てくるとか?」

「うん、正解。よく分かったね。さすがバードといった所かな?」

「えへへ、何となくですけどねー。それにさっきまでの会話の流れでそれ以外のアイテムを出すなんてひどい事、フィルさんだったら絶対やらないって信じてましたから!」

フィルさんの事ならお見通しですよと、フラウの膝の上から自信満々に言い放つサリア。

そんなサリアにフィルはため息を一つ吐く。

「あー、ひっどーい! 褒めてくれても良いじゃないですかー」

「お見通しされる側としては何とも言えない気分なんだけどね。まぁいいや。とりあえず、このアイテムはワインが無尽蔵に出る魔法の酒杯でね、名前はゴブレット オブ ザ ネヴァーヴァインというんだ」

「ヴァイン? 永遠のワインじゃなくて永遠の葡萄なんですね?」

身を起こして感心しながら酒杯を眺めるサリア。

やはりバードは伝説を集めるのが仕事と言われるだけあって

こうしたマジックアイテムへの興味も強いようだった。

「ああ、その辺は製作者のこだわりみたいだね。レジェンド・ロアの呪文でアイテムの来歴を見てみたけど、機能的には普通のマジックアイテムだったよ。とはいえ、美味しいお酒を造りたいって物語を延々と聞かされることになったけどね」

「へぇ~。今度聞かせてくださいよ!」

「うーん、実際に自分で魔法で聞いてみるのがいいんじゃないかな……、僕の時は途中で眠りかけてたからね……」

「そんななんですか……」

「ああ、酒造りの苦労とか、各地の銘柄の特徴とか、果ては酒に合うつまみのや器の形とか、そんなのばかり延々と聞かされたんだ……」

「なんかすごいアイテムなんですね……」

「機能としてはワインが無尽蔵に出るというだけなんだけどね……それじゃあええと……、ジョッキは大きすぎるだろうからコップはあるかな?」

「あ、はい、持ってきますね!」

リラ人数分のコップを持ってくると

フィルはコップに魔法の酒杯を傾け、そして指で軽く叩く。

すると酒杯から美しい葡萄色をした液体が流れ出し、

静かに、だがしっかりとコップへ注がれていく。

暫くすると全員分のコップへと注ぎ終え

フィルは器をもう一度軽く指で叩く。

それからフラウの分には水でしっかり薄めてそれから果実の汁を絞り入れる。


皆の準備が終わり、コップを手に取った所でフィルはリラへと話を振ってみる。

「それじゃあ、改めて乾杯しようか。……リラ、せっかくだし、なんか言うかい?」

「え、私ですか?」

突然のフィルのたじろぐリラに、サリア達が追い打ちをかける。

「そうですねー。リラは私たちのリーダーですからね!」

「そうねぇ~。折角ですしね」

「私も、それがいいと思うな」

仲間たちにも見捨てられというか、担ぎ上げられて

何か良いことを言おうとうーんと悩んだリラだったが、結局、

「それじゃあ、今回の冒険、皆無事に帰ってきた事を祝して、かんぱーい!」

「「「「「かんぱーい!」」」」」

「もう、やっぱ無理ですよう!」

「あはは、十分いい挨拶だったよ。それだけ出来ればきっと良いリーダーになるさ」

フィルはそうリラに言うと、自分の持っているコップを一息に飲み干した。

蜂蜜にも似た甘さすら感じる爽やかな味は本来ならば高級品であり、

少しずつ飲んで楽しむのが正しい飲み方なのだろう。

だが、フィルは冒険者であり、冒険後の宴会なんて飲んで酔って喰ってが基本だ。

幸い、このワインは無尽蔵に飲めるという事で、

いつの間にかこの飲み方が癖になってしまっていた。


まわりの娘達を見てみると、さすがに普通の感性なのだろう

静かにワインを口に含んで、普段飲むワインとの違いに驚いている。

「わぁ、このワイン、本当に美味しいですね! すっごく甘い」

「私の水で割ったのもすっごく美味しいです」

「あーフラウちゃんのもいいなぁ、あとで作ってもらおーっと」

隣で話し合っているフラウとサリアだけでなく、

向かいで飲んでいるリラ達からも評判は上々だった。

(まぁ、たまにはこんな事もいいか)

そんな事を思いながら少女達の様子を見ているフィルに、

再びサリアが質問をしてきた。

「フィルさん、何でこんなに良い物があるのに隠していたんです?」

サリアの質問にああ、と、真面目な顔でフィルは頷く。

「このワインは確かに美味しい。だけど問題が一つあってね」

「問題、ですか?」

実は中毒性があるとか? と、

フィルの苦々しい表情を見てサリアの表情も強張る。

「ああ、このワインは他と比べて旨いけど、特徴が強すぎて、こればっかり飲んでいると直ぐに飽きるんだ」

「ええ……」

力説するフィルにそんなことで?と脱力するサリア。

だが、キャンプや非常時など、毎日ずっとこのワインを飲み続けてみれば

必要が無い時は、できるだけ他の物を飲みたいと思うフィルの気持ちが

きっと心の底から良く分かる事だろう。

この酒杯から出てくる酒が、

うすい安物のワインか、エールやサイダーだったらと願った事は一度や二度では無いし、

魔法により湧き出るこの葡萄酒の味を、

魔法で別の味に変えた事なんてそれこそ二度や三度では無い。

やはり何事も適量というのが大切なのだ。



 ---------

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ