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プロローグ

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 黒いローブを纏い、悠然と立つ男を前に、魔法使いは剣を構える。

(まったく……割に合わない仕事だ)

 すでに燃え尽き、天井も壁もほとんどない廃城は、ほんのひと月前は周辺一帯でも最大勢力を誇る王都の中心だった。

 そして魔法使いは、この国を滅ぼした元凶を前に剣を向けていた。

 冷静に考えれば自分の死は既に決まっているも同然だ。むしろ今、生きていることに可笑しささえ感じる。


 魔法使いの右横、パーティの中心には黒く輝くアダマントのフルプレートに身を固めグレートソードを構えた戦士が立ち、その反対側には、ミスリルと法衣を組み合わせた鎧をまとい、カイトシールドとロングソードを構えた僧侶が固める。

 隙なく鎧で防御を固めた二人に対し、旅人のような軽装はかなり心もとないものだが、しかし“相手”の力を考えれば、鎧など大した違いはないことを思い出し、自身を奮い立たせる。

 だが、いくら気力が満足でも力の差は埋められず、さらに言えば三人は今日組んだばかりの即席パーティ、連携など望みようがなく。まさに自殺志願者の集まりという言葉が良く似合う。

 隣も同じことを考えていたのだろうか、かみ殺した笑い声が聞こえる。


「ようこそ、よく来たな。俺を倒すなど無謀なことを。それとも死にたくてやってきたのかな?」

 男は黒い“何か”の燃えカスが残る玉座の残骸の前に立ち、必死に歯向かおうとする彼らを憐れむような、蔑むような表情で大げさなため息をついてみせる。

(馬鹿なことだとは十分承知してるさ)

 やれやれといった風で、男は彼ら……否、彼らと男を周囲から取り囲む者達に話しかける。

「囮を置いたところでお前達の位置がわからないと思っているのか~?。無駄な努力だな!」

 言葉と同時に、焼け残った柱の裏で悲鳴が上がる。声が出せるということは、腕か足、体のどこかを消し飛ばされたのだろう。


 その声が始まりの合図になった。

 戦士が前から突っ込み、僧侶と魔法使いは左右に回り込む。僧侶の神への祈りと、魔法使いのマナを紡ぐ真言が重なる。先に僧侶の祈りが完了し、三人が光に包まれるのに少し遅れて、魔法使いの呪文が完成する。直後、男の装備が幾つかはじける。

 マジック・ディスジャンクション、解呪系最高位の呪文は男が身に着けた幾つかのマジックアイテムと、かかっている幾つかの魔法を解除できたようだが目的の物は突破できなかったようだった。

 自身の防護を剥がされた男は苛立たし気に魔法使い睨む、だが、次の瞬間、違和感を感じ眉を顰める。

 その瞬間を見逃さずに戦士と僧侶が切りかかる。戦士の技は一瞬のうちに数回の斬撃を繰り出し、僧侶もまた並みの戦士以上の剣技だったが、男の人間とは思えない素早さと、その身を包む不可思議な力に阻まれ、浅い傷しか負わせることができずにいた。そして、そのなけなしの傷もたちどころに消え去ってしまう。


 魔法使いはもう一度解呪を唱え放つ。

 今回の作戦、魔法使いの役割は単純だった。すなわち、男の持つ魔法障壁の破壊。

 解呪系最高位の魔法をもってしても確実とは言えないが、繰り返し打ち込めば、一時期とはいえ壊せないものではない。

 同じ魔法が男に複数同時にかかる。周囲にいる別の魔法使いからの援護だろう。少しでも多く、少しでも解呪の成功率を上げるため、この戦いには周辺各国から最高位の魔法使いが集められていた。彼のもう一つの役割は各国の重要人物達への被害がいかないよう囮になることだった。

「ええい、ゴミどもが!」

 男は苛立たし気に吠える。と同時に周辺の空気がゆがみ、中から炎をまとった獣が現れた。すぐに周囲から悲鳴や剣戟の音が響く。

「こいつは俺達でやる、ほかは周りを抑えてくれ!」

 戦士の呼び、皆へ指示している間にも魔法使いは次の魔法に集中する。すでに“一度消し飛ばされた”からあと四回、魔法の残り回数も限りがある、男が気づく前にかかってくれれば……


 戦士を睨みつけた男は、やはりこの三人が『破壊』に対して何らかの対処をしていることに気が付いたのだろう。顔に笑みが広がる。そのまま凄まじい速度で僧侶に突進し、手を突き出す。反応することができず、男の拳をよけ損ねた僧侶は鋼鉄の砲弾を受けたかのような衝撃で後ろへ吹き飛ばされる。


 三度目、魔法使いの解呪が飛ぶ、今度は男の動きが止まり、これまでとは比べらものにならない怒りの形相で魔法使いを睨みつける。

「成功だ!」

「よし!」

 魔法使いの合図に応じて戦士が声を上げ男に切りかかる。周囲の味方からも獣との戦闘であろうに合間をぬって魔法や矢の援護が飛ぶ。戦士は大剣による渾身の一撃を見舞うものの、男は素手で受け止め、そのまま鎧の巨体を投げようとする。だがその瞬間、男が振りかぶろうとするその時を逃さず、魔法使いは懐に潜り込む。そして突き出された剣は男に突き刺さり、ようやく“致命的な一撃”を与えることに成功する。

「貴様ぁぁ……」

 男は魔法使いを『破壊』しようとするが、やはり破壊できない。焦り腹の剣を引き抜こうとするが、魔法使いは渾身の力を込めて踏みとどまる。

 掴まれたままの大剣から手を放し、腰の短剣を引き抜いた戦士が背後から突き刺す。

 傷を癒し戦線に戻った僧侶が逆側からこれに続き脇から剣を突き刺す。

 周囲の味方からも予備の剣が投げられる、戦士と僧侶は動けない男にありったけの剣を突き刺していく。強力な再生能力を持つと言えど、剣が刺さったままでは回復しようにもすぐに切り裂かれる。

 元凶を断つためか、男は持っていた大剣を投げ捨て、魔法使い両肩を握りしめた。魔法使いは自身が殺されることを覚悟した。が、何を思ったか、男は狂人の笑い声をあげながら言った。

「ふふふ……おまえに…しよう」

 息をするのが苦しいのか途中間を置きながらも、それでもはっきりと男はつぶやく。怒りに燃える狂気の瞳は何かへの期待なのか、むしろ喜びの表情に見える。

 魔法使いは男から逃れようともがくが、戦っている時と同様、凄まじい力で押さえつけてくる男の腕は彼を微動だにさせない。

「おまえが……一番良かったぞ……喜べ……お前が次だ」


 次の瞬間、男は崩れ去った。

 着ていたローブ、突き刺した大量の武器が盛大な音を立てて地面に落ちる。

 残っていた獣達も同時に崩れ去り、少しの静寂の後、周囲から歓声が上がった。


 一息ついた戦士と僧侶は魔法使いを見やった。

(コワセ……)

 呆然としていた魔法使いだが、頭に響く何かの声に気付く。

 声は次第に自分のものとなり、自分の欲求のごとく囁きかける。

 声は頭の中を満たし、思考能力どんどん奪い去る。


「大丈夫か?しっかりしろ!」

 僧侶の顔をぼんやり見やる。彼らは本当の仲間ではない。名前を少し前に知った程度の関係だ。これまで一緒だった仲間は、あの男によって文字通り装備どころか魂までも破壊された。

(ソレナラ、コワシテモヨイ)

 声が自分の思考に絡みつき、自分が声となり、声は自分となる。


 異変に気が付いたのだろう、周囲にいた者達も集まってきた。

「大丈夫ですか!?」

「大丈夫?しっかりしなさい!」

 回復役として待機していたのだろう、法衣を着た少女が『ヒール』を唱え、魔法使いの女性が『リムーヴ・カース』のスクロールを使う。

 彼女達はどちらも百年に一人の逸材と言われていたっけ、何十年もかけて魔法を覚えた自分とはえらい違いだ。

(コワセバイイ、ソンナキモチ、シナクテスム……)

 自分の考えなのか、それとも別の物なのか、もはや分からない。魔法使いは手を伸ばし…皆を押しとどめる。

「すまないが……ここから離れてくれ……早くっ!」

 壊したくて堪らない…目に見えるもの全てを。だがわずかに残った理性がそれを押しとどめる。

「頼む、離れてくれ!」

 もはや理性すらもねじ曲がりそうな思考の中、彼は自分のバッグの中から巻物を取り出し、起動させる。巻物が崩れ去ると同時に彼の体は浮かび上がり、かつての男の動きと同様に、異常な速さで彼方へと飛んで行った。


 男は、かつては何の変哲もない村人だったという。

 ある時、瀕死の旅の者を助けた男は、それ以来、神のごとき力を得た。

 助けたという旅人がその後どうなったかは知られていない。

 ただ、あの男はこう言っていた。

「俺は奴を殺し、新しい神になったんだ」



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