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茜色の宝石箱  作者: 杠葉 湖
11月 それぞれの秋
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11月 それぞれの秋 パート4

 奈緒と別れた葵はそのまま一人、どこか重い足取りで我が家へと帰って来た。

「ただいまー」

 少し沈みがちの声をだしながら、玄関の戸を開ける。

 しかし返って来たのは無言の反応だった。

 いつもならば先に帰ってきてるはずの姫子が何らかの言葉を返してくれる。

 珍しいこともあるもんだ、と思いながら葵は靴を脱いで家の中へと上がった。

「腹へったな……」

 丁度夕食時だったので、姫子はおそらく夕食の食材でも買いだしにいってるのだろうと結論付けた葵は、そのまま台所へと向かった。

 無人の台所は窓から差しこんできた夕陽の光によって、オレンジ色に染まっている。

「食いもんは……おっ。ちゃんとあるじゃないか」

 台所に入った葵は、ちょうどテーブルの上に、苺ショートケーキがひとつ置かれているのを発見した。

 まだ一口も手をつけられてないところをみると、よほど慌てて家を飛び出していったらしいことがうかがえる。

「姫子のやつ……ちゃんとケーキはしまっとかなくちゃダメじゃないか」

 葵は椅子に座ると、おもむろにフォークを手にとった。

「まったく仕方ないやつだな……」

 そして一口サイズにきって、口の中へと運ぶ。

 まろやかな生クリームの甘味、ちょっと甘酸っぱい苺の果汁、ふんわりしたスポンジの食感が絶妙にマッチし、得も言われぬハーモニーを奏でて夢のような世界へと誘う。そして、舌の先には上品な甘味のとろけるような余韻が残る。

「美味い!!」

 葵は手が止まらず、夢中でそのケーキを口の中へと運んでいった。

 甘いものは決して好きとは言えない葵であったが、このケーキは別格で、これならいくつでも食べられると思えるほどであった。

 やがて、ケーキの皿は空になってしまった。

「ふぅ、食った食った」

 ケーキを食べ終えた葵はフォークを置くと、爪楊枝を手にとって目を閉じる。

 葵はとても幸せな気分だった。

「……………………」

 突然、その余韻をぶち壊すかのように、入口からバタンと何かが落ちる音が聞こえた。

「な、なにしてんのあんた……」

 続けざまに、震えた声が発せられる。

 葵が目を開けると、姫子が顔面蒼白状態で震えながら立っていた。

「よう?遅かったな姫子」

「なにしてるの、って聞いてるの!!」

「なに……って、見ての通り、ケーキを俺のお腹の中にしまってたところ」

「!!」

「いやぁ、美味かったぞ。こんなケーキもあるんだな……んっ?」

 葵は途中で言葉を遮った

 姫子がワナワナ震え、瞳には大粒の涙を貯めている。

「どうして……どうして勝手に食べるのよ!?」

「えっ?」

「あたしが……あたしがやっとの思いで手に入れたケーキだったのにー!!」

 姫子は物凄い形相をしながら葵のそばに近寄ってきた。

「2ヶ月よ!?2ヶ月!!わかる!?アマリリス亭の限定苺ショートケーキを手に入れるために、あたしがどんなに待ちわびていたのか!!あんたなんかにわからないでしょうね!!」

「あ、いや、その……」

「バカバカバカ!葵のバカー!!」

 姫子はありったけの声を振り絞って、叫んだ。

 家中に怒りの気持ちでいっぱいの悲痛な叫び声が響き渡る。

「だから悪かったって!そんなに怒ることないだろ?」

「キライキライ!葵なんて大っキライっ!!」

 姫子は聞く耳持たぬといった様子で葵を責める。

「返して!あたしのケーキ返してよ!!」

「ったくうるさいな!いい加減にしろ!!」

 あまりにしつこい姫子に、ついに葵は逆ギレした。

 普段ならば全面的に葵が非を認めるところではあるが、この日の彼は虫の居所が悪かった上に、姫子の存在をうっとおしく感じていたことが、その行動に拍車をかけた。

「な、なによ!そんなにおっかない顔して怒鳴ることないじゃない!!」

 その迫力に、思わず姫子もたじろいでしまう。その眼差しは怯えたものになっていた。逆に、葵の表情はとても険しいものになっている。

「食っちまったもんはしかたねーだろ?それともなにか?俺に食ったケーキを吐き出せって言うのか?」

「そ、そんなこと誰も言ってないじゃない」

「だったらもう騒ぐんじゃない。悪かったって謝ってるんだから」

「……………………」

 葵の横暴な態度に、姫子は無言のまましゃくりあげ始めた。

「葵なんて……葵なんて、もう知らない!!」

 そして瞳に大粒の涙をためながら、きびすを返し走りだす。

「あっ!?おい!!どこ行くんだ!?」

 葵の問いかけも届かず、姫子はそのまま玄関を飛び出していってしまった。

「……ったく、なんだってんだ……」

 葵はやりきれない気持ちで姫子が出ていった入口をみた。

 姫子が落とした、スーパーの買物袋が転がっている。

 袋から牛乳パックが少しだけ飛び出していた。

「……悪い事しちゃったかな……」

 少しだけ罪悪感に捕らわれながら、席から立ちあがった葵は牛乳パックを拾いあげると冷蔵庫の中に収納した。

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