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茜色の宝石箱  作者: 杠葉 湖
4月 回り始めた運命の歯車
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4月 回り始めた運命の歯車 パート5

 神社を後にし、奈緒と別れた葵は自宅へと帰って来た。

 辺りはすっかり夕闇に包まれている。

 家の中に入れば、後は夕食をつくって食べ、風呂にはいって、適当にくつろいで寝るだけだ。

 葵の両親は昔から海外によく行っていたため、彼は半ば放任主義の中で育ってきた。

 そのため葵は、現在の独り暮らしの生活が当たり前になってしまってしまい、だらだらとした生活を送っている。

 もっとも、心配性な奈緒がしょっちゅうやってくるため、寂しさなど感じることはまったくなかったが。

 葵は鍵を取り出すと、玄関の戸の鍵穴に差しこもうとした。

「…………?」

 葵はふと違和感を感じた。

 玄関の戸が開いている。

 確か朝家を出る時はちゃんと鍵をかけてきたはずだ。

 しかし、それは単なる自分の思いこみで、実際にはかけていなかったのかもしれない。

 となると、葵が学校へ行っていた間中、玄関の戸は開いていたことになる。

「まさか泥棒なんか入ったりしてないよな……」

 葵はドアをそっと開けると、中を覗き込んだ。

 静まり返った家の中は、物音ひとつ聞こえてこない。

 自分の思い過ごしか、と葵はホッと胸をなでおろした。

「ただいま」

 静かな声で呟き、中へはいるとドアを閉め鍵をかける。

 靴を脱いで上がると、念のため1階をみてまわった。

 リビング、台所、トイレ、風呂場……どこにも異常がない。

 安心した葵は、そのまま2階にある自分の部屋へ戻るべく、階段を上がって行った。

 おそらく奈緒の言った通り、最近夜更かししすぎてたのかもしれない。

 だから今日は早めに寝よう。

 葵はそう思って自分の部屋へと入ろうとした。

 その時、葵の目に、左隣の部屋の戸がわずかに開いていることに気がついた。その部屋は、小さい頃奈緒が遊びに来た時泊まっていった、いわば客間で、長いこと使用されていない。

「ちゃんと閉めといたのに……なんで開いてるんだ?」

 不審に思った葵は、自分の部屋に鞄を投げ入れてその部屋の前まで行くと、戸を開けた。

 淡いピンクのカーテンレースが左右に開かれ、差しこんできた夕陽が部屋の中を紅く彩る。

 白いカーテンレースが、開かれた窓の外から吹きこんでくる風によって揺られていた。

 左の壁際に添えられた木製の棚の上にはテレビや小物が置かれ、机には教科書やノート、参考書が置かれている。

 右の壁際にはベッドがすえつけられふわふわに膨らんだかけ布団が敷かれている。

 そして部屋の中央に、少女が立っていた。

「あっ!!」

 葵はその少女の姿に、ハッと息を飲んだ。

 少女は胸元に水色のリボンを結んだ清峰学園の制服を着て、大きなリボンを結んだ長い髪を風になびかせ、蔑むような視線で葵を見ている。

 服装を除けば、まるで葵の夢にでてくる少女そのものであった。

「だ、誰だお前は!?」

 葵は、突然様変わりを果たした部屋の内装と見ず知らずの少女を目の前にし、警戒心むき出しで身構えた。

「あら?随分とご挨拶ね。迎えに来てあげたっていうのに……神津葵」

 少女は凍りつくような冷笑を口元に浮かべる。

「迎えに来ただと……?」

「そうよ。あんたはもうすぐ死ぬんだから」

「ふざけるな!!」

 葵はこれ以上ないというくらいの大声で怒鳴った。

 怒りのあまり、身体がワナワナ震えている。

「なんで俺が死ななきゃいけねーんだ!?大体、なんで俺にあんな夢見せるんだ!?」

「ささやかな忠告のつもりだったけど……お気に召さなかったかしら?」

「お気に召すだと!?お前、一体何者だ!?」

「あら?言わなかったかしら?あたしは……死神よ」

 少女はクスッと笑った。

 強い突風が部屋の中に吹きこんで、カーテンレースが揺れる。

 一瞬にして沈黙が訪れる。

 葵は体が動かず、額から脂汗がにじみ出た。

 心臓が高鳴り、言葉が出ない。

「死神……だと?」

 葵はようやく、声を絞りだした。

「そうよ。まぁ、もっとも見習いだから、まだ一人前とは言えないけどね」

 少女は涼しい顔をしながら答える。

「見習い?」

「ええ。あんたの魂を連れて行けば、晴れて一人前ってわけ。人間の世界で言う卒業試験ってところかな?」

「卒業試験だと……?」

「とにかく、あんたは死ぬしかないの」

「ふざけるな!!」

 少女の言葉に、葵は激昂した。

 何故、こんな見ず知らずの少女のために、自分の命を捧げなければならないのか。

 何故、そんな理不尽な理由で自らの生命を脅かされなければならないのか。

 考えれば考えるほど、怒りがこみ上げてくる。

 とにかく、今は自分が助かる方法を模索しなければ……

 徐々に身体の感覚が戻っていく葵の脳裏に、あることが閃いた。

 目の前の死神をどうにかすれば自分は死なずに済むのではないか。

 目の前の少女がいなくなれば自分がこんなに苦しむことも無くなるのではないか。

 葵は慎重に、慎重に少女との間合いを計ろうとする。

 少女は華奢な身体つきをしているので、このまま体当たりすれば容易に押し倒すこともできそうだ。

「あたしを襲っても無駄よ」

 しかし少女は、そんな葵の考えなどお見通しとばかりに、悪魔のような微笑を浮かべる。

「例え見習いでも、あんたの魂を連れてくことくらいできるから。予定よりはかなり早くなるけどね」

「何!?」

「人間界でだって、よくやってるじゃない。あれこれもっともらしい理由つけて不祥事揉み消すことなんて」

「……………………」

「まっ、あんたを今すぐどうこうしようってわけじゃないから安心なさいな。あんたが死ぬのは1年後なんだから」

 少女は氷の微笑を浮かべながら楽しそうに話す。

 葵の身体から力が抜けていった。ガックリとうなだれる。

 少なくとも、この少女が言っていることは嘘ではなさそうだった。

「俺の命が後1年……それを直接言うためにわざわざ俺の前に現れたってわけか。イヤミな野郎だぜ」

「あたしは女の子だから野郎じゃないわよ。それに、それだけの理由であんたの前に現れたと思う?」

「それじゃあ、なんでだよ?」

「これから1年、あんたと同居するため」

「……はっ?」

 葵は顔をあげた。

 信じられないと言った表情を作るが、すぐに納得する。

「なるほど……俺の監視ってわけか」

「そーゆーこと。残された1年、十分に人生を満喫することね。それから!」

 少女は右手の人差し指をピンと伸ばすと、葵を指した。

「あたしには、ちゃーんと『虹沢姫子』(にじさわひめこ)って名前があるんだから、お前なんて気安く呼ばないでちょうだい!」

「虹沢姫子だぁ?バカ言え。お前なんか『呪殺悪魔子』で十分だ」

 葵の言葉に姫子の額がピクつく。

「あんた……あたしにケンカ売ってるの?」

「さぁな」

「なんかムカツクわね……とりあえず、これから1年よろしくね、葵」

「……………………」

 葵は姫子の言葉に反応を示そうとはしなかった。

 姫子がため息をつき、肩をすくませる。

「ま、いいわ。いきなり死ぬなんて宣告されてウキウキしてられる人なんていないものね。それよりも葵、あたしお腹空いたから早速夕食つくってちょうだい」

「……自分で作れ……」

 葵は暗く沈んだ気分でボソボソっと呟く。

 姫子は再びため息をついた。

「もう、しょうがないなぁ。そんなに元気なくすことないじゃない。いいわ。今回だけ、あたしが特別に料理をつくったげる」

「……………………」

「なにジロジロ見てるのよ?着替えるんだから、出てってちょうだい!」

「……………………」

 葵は無言のまま姫子の部屋を追い出されると、そのまま自分の部屋へと戻ってベッドに身を投げ出した。

 ボーっと天井を眺める。

 まるで心にポッカリ穴が開いてしまったような虚無感だけが葵の心を支配した。

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