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茜色の宝石箱  作者: 杠葉 湖
9月 嵐来たりて、秋遠からじ
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9月 嵐来たりて、秋遠からじ パート4

 食事を終えてアマリリス亭を後にした二人であったが、いつのまにか空模様が怪しくなっていた。

 先程まで広がっていた青空が、まるで夢幻かの如くその姿は消え失せ、代わりに鈍色の雲が空を覆い尽くしている。

 肌にまとわりつく熱気。

 あまり気にならなかった蒸し暑さに対する不快な感情が、途端に心の片隅に巣くい出す。

「おいおいマジかよ。雨降りそうだな」

 葵は空を見上げながら手を天にかざした。

 幸い、冷たい物は落ちてきてはいない。

「今日、雨予報だっけ?」

 葵は手を下ろし、萌を見た。

「ううん。晴れ予報だったよ」

 萌は首を横に振る。

「萌、傘持ってきてないよ。お兄ちゃんは?」

「俺も持ってきてない」

 葵は肩をすくめる。

「二人とも傘持ってないって事は、雨降ってきたら困るな。まぁでも、雨予報じゃなかったし、多分大丈夫かな」

「うん」

 葵の言葉に萌は頷く。

 そして二人は、人通りのない路地を歩き始めた。

 灰色の背景色に覆われた街の建物が、少し重苦しい雰囲気を漂わせる。

「アマリリス亭のケーキおいしかったね。お兄ちゃん」

 萌が話しかけてきた。

「そうだな。こんな人が来なさそうなところに店が建ってるのにあれだけ客が入ってるんだから、たいしたもんだよ」

 葵は後ろを振り返った後、萌を見る。

 萌は幸せいっぱいの表情を浮かべていた。

 女の子はおいしいデザートには目がないと奈緖や姫子から話を散々聞かされていたことや、鈴歌が同じような反応をしていたため、改めてデザートの魔力を再認識せざるを得なかった。

 そして、萌をアマリリス亭に連れてきてよかったと、心底感じた。

「そういえばお兄ちゃんは、どうしてあのお店のこと知ってたの?」

「奈緖から聞いたんだよ」

「紅林先輩から?」

「ああ。姫子が風邪引いたことがあってな。病人にはケーキがいいんだよーとか抜かしやがるから」

「でも、男の人一人で入るのは大変だったんじゃない?」

「あの時は、これでもかってくらい客がいなかったからなぁ……それに、たまたまその場所にいた鈴歌ちゃんが一緒だったから」

「ああ、この前お兄ちゃんが話してくれた」

 萌は過去の記憶をたぐり寄せる。

 そして、自らが葵の膝の上に座ったことを思い出し、顔を赤らめた。

「ご、ごめんねお兄ちゃん。あの時、萌お兄ちゃんに変なことしちゃって」

「そうか?俺は嬉しかったけどな。昔みたいに萌が甘えてくれて」

「お兄ちゃん……」

 萌は顔を赤らめて俯く。

「お兄ちゃんの意地悪」

 そして、か細い声で呟いた。

「ははは。冗談だよ。萌は昔から変わらないなぁ」

 葵はそう言って笑いながら、昔の彼女に面影を重ね合わせていた。

 幼い頃、奈緖が引っ越してくるまでは、萌とこうして一緒に歩いていた。

 流石に幼子が遠出する事は出来なく、歩くと言っても親同伴の近所の公園や近場に限られていたが、いつも葵の後ろをとことことついてきた萌の姿は、今でも脳裏に焼き付いている。

 それが今、こうして一緒に並んで歩いている。

「大きくなったな、萌」

「えっ?」

 葵の言葉に、萌は顔を上げる。

「なんでもない」

 葵はごまかして、話題を変える。

 そんな他愛もない話に花を咲かせながら歩くこと二十数分。

 不意に、天から冷たい物が堕ちてきた。

「ん?降ってきたか?」

「そうみたいだね」

 葵と萌は、天を見上げる。

 初めはポツポツと雫が落ちてくる程度だったが、それはすぐにしとしと量が増え、瞬く間に前が見えないくらいの豪雨に変貌した。

 流石にこの天候の急変は予期出来なく、葵と萌は、傘代わりに鞄を頭にかざし、走り出した。

「うわっ!?なんだこれ!?」

「お兄ちゃん、どうしよう!?」

「どうしようって言われても……」

 葵は雨宿り出来そうな場所を探すが、住宅街に入っていたため、そのような場所は見当たらない。

「ここからだと、俺の家が近いから、俺の家に行くぞ」

「う、うん」

 二人はそのまま豪雨の中、葵の家へと向かって走り出した。

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