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茜色の宝石箱  作者: 杠葉 湖
9月 嵐来たりて、秋遠からじ
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9月 嵐来たりて、秋遠からじ パート3

 商店街の裏通りにあるアマリリス亭に着くと、予想通り店の中は混雑していた。

 ギュウギュウ詰めとまではいかないが、それでも客席は満席になっている。

 あちらこちらから楽しそうな黄色い声が聞こえてくる。

 よく見ると、学校帰りの女子生徒ばかりで、男は葵一人しかいなかった。

「…………」

 葵はこの店に来たとことを、ほんの少しだけ後悔した。

「満席だね、お兄ちゃん」

「ああ……そうだな。持ち帰って家で食べるか?」

「うん……」

 萌は残念そうに呟く。

 しかしそんな萌の呟きに合わせるかのように、二人掛けのテーブル席が空いた。

「あっ、お兄ちゃん。空いたよ」

 途端に萌の表情は明るくなり、声を弾ませた。

「ああ……そうだな……」

 葵は苦笑しながら頷く。

 もっとも、この店へ来ようと言い出したのは他ならぬ葵自身だったので、葵も覚悟を決めた。

「それじゃあ、誰かに座られないうちに、座っちゃうか」

「うん!」

 葵と萌は素早く、その席を確保した。

 一足違いで店の中に入ってきた女子高生の二人組が、残念そうな面持ちでお持ち帰り用のケーキを買って店を出ていく。

「それじゃあ、俺達もケーキ買ってこよっか」

「うん!」

 葵と萌は席に荷物を置くと、二人でカウンターへ行った。

 カウンターには女性店員が立っており、カウンターのショーケースには色とりどりのケーキが置かれている。

 ショートケーキ、シフォンケーキ、ガトーショコラ、モンブラン、プリンアラモード……

 以前来たときよりも種類が増えているように感じられた。

「うわぁ。おいしそう」

 萌は目を輝かせながら、ショーケースの中を覗き込む。

「いらっしゃいませ」

 店員が笑顔を浮かべながら挨拶をする。

「萌はどれにする?」

「ちょっと待ってね」

 葵の言葉に萌は考え込みながら、様々なケーキに目移りさせる。

 やがて、萌は顔を上げた。

「決めた。お兄ちゃん、萌はレアチーズケーキとホットミルクにする」

「いいのか?それだけで」

「うん」

 萌は嬉しそうに頷く。

 葵は店員に声をかけた。

「すみません。レアチーズケーキ1つにガトーショコラ1つ。あと、ホットミルク2つで」

「はーい。レアチーズケーキ1つにガトーショコラ1つ。あと、ホットミルク2つですね。他に注文はございますか?」

 店員は注文を復唱し、確認する。

 葵はショーケースの中を見回すと、、顔を上げて店員に尋ねた。

「すみません。『妖精の詩』は、今日はないんですか?」

「『妖精の詩』ですか?少々お待ちください」

 それだけ言うと、店員は厨房の中へと消えていく。

「お兄ちゃん。『妖精の詩』って?」

 萌が不思議そうに尋ねる。

「まぁ、来てからのお楽しみって奴だな」

 葵は答えをはぐらかせる。

 程なくして店員が戻ってきた。

「お時間を5分少々いただくことになりますが、それでも宜しいでしょうか?」

「はい、かまいません」

「かしこまりました。それでは『妖精の詩』を2つ追加で。以上で宜しいでしょうか?」

「はい」

 葵は財布からお金を取り出し、代金を支払う。

「ありがとうございまーす」

 店員は代金を受け取ると、ショーケースの中からレアチーズとガトーショコラをそれぞれ皿にのせ、それをトレイの上にのせた。

 そして、ホットミルクの注がれたティーカップをそれぞれのトレイの上に乗せる。

「他にご注文いただいたケーキは、後でテーブルまでお持ちしますね」

「はい」

 葵と萌は、それぞれトレイを持つと、自分たちが確保した席へと向かう。

 そしてテーブルの上にトレイを置くと、向かい合うように座わった。

「それじゃあお兄ちゃん、ご馳走になるね」

「ああ、どんどん食べてくれ」

「えへへ。いただきます」

 萌はフォークを手に取ると、レアチーズケーキを一口サイズに先端をカットし、口の中へと運ぶ。

「おいしい」

 そして満面の笑顔を浮かべた。

「よかったな」

 葵もそんな萌を見てにっこりと笑う。

 実際、萌と二人きりで食事をするのは、初めてのことであった。

 昔よく遊んでいた、その時の記憶がまざまざと蘇ってくる。

「変わらないなぁ萌は」

「えっ?」

 突然の言葉に萌は手を止める。

「レアチーズケーキが好きなところとか、その食べ方とか」

「そ、そうかな……?」

「そうだよ。萌は変わってないんだなぁって。ちょっと安心した」

「……………………」

 萌はフォークを皿の上に置くと、恥ずかしそうに俯いてしまう。

「あ、あれ?」

 予想外の反応に、葵は戸惑いを覚えた。

 少しばかり沈黙の時が流れる。

 葵は事態を打開しようと何か言おうとするが、うまい言葉が見つからない。

「お待たせしましたー」

 その時、予期せぬ声が二人の間に割り込んできた。

「ご注文いただいた『妖精の詩』です」

 そして、ケーキの乗った皿がふたつ、それぞれ葵と萌の前に置かれる。

「穂麦さん」

 葵はその少女の名を呼んだ。

「お久しぶりです。神津さん」

 恵美はペコリと頭を下げる。

「また来ていただいて、嬉しいです」

「ここのケーキの味が忘れられなくって」

「本当ですか?そう言っていただけると嬉しいです」

 恵美は表情を輝かせる。

「お兄ちゃんの知り合い?」

 萌は顔を上げて葵に尋ねる。

「ああ、この人は穂麦恵美さん。このお店の人だよ」

「初めまして。私、穂麦恵美って言います」

 恵美はお盆を後ろ手に、萌ににっこり微笑んだ。

「は、初めまして。わたし、祥雲萌って言います」

 萌も恐縮しきった様子でぺこりと頭を下げる。

「かわいらしい女の子ですね。神津さんの従妹さん、ですか?妹的な」

 恵美はクスッと笑いながら、葵に尋ねる。

「ち、違うよぉ。お兄ちゃんは従兄じゃないよぉ」

 萌は慌てて否定する。

「えっ?じゃあ、彼女ですか!?」

 恵美は驚いたように、口元に手を当てた。

「ちちち、違うよぉ!!」

 萌は顔を真っ赤にして否定する。

「まぁ、妹みたいな物だけど。幼馴染みなんだ。萌とは」

「そうでしたか。すみません。私ってば、また早とちりしちゃって。どうぞ、ゆっくりしていってくださいね」

 恵美はぺこりと一礼すると、そのままカウンターの方へと戻っていく。

「穂麦さんはそそっかしいからなぁ」

 葵は苦笑すると、萌を見た。

 萌は顔を真っ赤にしながら俯いている。

「どうしたんだ萌?ケーキ食べなよ」

「う、うん」

 萌はフォークを手に取ると、運ばれてきたばかりのケーキの先端を一口サイズに分けて、口の中へと運ぶ。

「!!」

 そして一気に表情を綻ばせた。

 口いっぱいに広がる苺の酸味と甘み。

 スポンジに包まれた滑らかなホイップクリームの舌触り。

「おいしい!これおいしいよお兄ちゃん!」

 萌は興奮した様子で葵を見た。

「そうか。それはよかった」

 葵もホッと一息つく。

「この前、萌が食べたいって言ってたケーキだったからな」

「えっ!?じゃあ、このケーキが、前に鈴歌ちゃんと一緒に食べたケーキだったの!?」

 萌は驚きの声を上げる。

「お兄ちゃん、覚えていてくれたんだ」

「もちろんだ。忘れるわけないだろ?」

「お兄ちゃん……」

 萌は頬を赤く染める。

「お兄ちゃん、ありがとう」

 そう言って、萌はにっこりと笑った。

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