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茜色の宝石箱  作者: 杠葉 湖
8月 海と少女
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8月 海と少女 パート6

 陽は水平線に沈み、燃えるようなオレンジの色彩が鮮やかに空に映えていた。

 砂浜には小波が打ちつけ、子供の作った砂城をのみこんでいき、心地よい潮風が浜辺を吹き抜けていく。

 昼間の賑わいがまるで嘘のように、海岸は静寂に包まれていた。

 ザァーン、ザァーンという波の音が、静かに響き渡っている。

 全てが茜色に染まった世界を、葵と沙夜は歩いていた。

 二人きりで話がしたい――沙夜からこう言われた時、葵は自然と胸の高鳴りを覚えていた。

 ひとつは期待。そしてもうひとつは不安。

 沙夜の表情からはどちらとも読み取れなかったため、複雑な思いが交錯する。

 愛の告白だったらそれに越したことはないが、沙夜には葵に対して『死の宣告』を行った『前科』がある。

 そのため、このような気分の高まるムードでも油断ならない相手であった。

 葵はいったん奈緒や姫子と民宿の方に戻ると見せかけて、そのまま沙夜のところに引き返してきた。

 そして現在に至っている。

「葵さん、ちょっと座りませんか?」

 沙夜は歩を止め、葵を見た。

「あ、ああ」

 葵はコクンと頷いた。

 沙夜はそれを確認すると、砂浜に腰を下ろした。

 葵も沙夜の隣に座る。

「あ、あの……それで沙夜先輩、話っていうのは……?」

 葵はおそるおそる沙夜に尋ねた。

「葵さん……今日はありがとうございました」

 沙夜はにこりと微笑んで葵に軽く頭を下げた。

「えっ?あ、ああ……そんなお礼を言われるほどのことはしてないから。でも……話がしたいって、このことだったの?」

「はい。あの……ご迷惑でしたか?」

「あ、ううん。迷惑なんかじゃないよ」

 葵は乾いた笑いをする。

 予想していた展開とは全く違うものだったので、葵はホッと胸をなでおろすと同時にかなり落胆していた。

 もっとも、死の宣告よりは遥かにマシではあるのだが……

 そんな葵の表情を沙夜はジッと見つめていたが、やがて夕陽に染まる海へと視線を移した。

「綺麗ですね」

 沙夜がポツリと呟く。

「ああ、本当だね」

 葵もコクリと頷き、沙夜を見た。

 沙夜は何か昔を懐かしむような、どこか遠くを見ている眼差しを浮かべながら海をジッと見つめている。

 しばらくの間、二人は無言になった。

 小波の音だけが、耳の中に入ってくる。

「私……こんな夕焼け空が大好きなんです」

 沙夜がポツリポツリと語り始めた。

「夕焼けって素敵ですよね。こうして見ていると、なんだかとっても幻想的な気分になれて、まるで夢の世界にいるような気がして……。だから私、いつも夕焼け空を眺めるようにしているんです。楽しかったことや嬉しかったこと、それに思い出がいっぱい詰まっているこの空を見ると、『頑張らないと』って、なんだかやる気が出てくるんです。……それに、辛いことや嫌なことがあった時も、この空を見れば忘れられるような気がして……」

「へぇー。それじゃあ沙夜先輩にとっては、夕焼け空は大切な物を閉まっておく箱みたいなものなんだね」

「はい。私にとって夕焼け空は、茜色に塗られた宝石箱なんです」

 沙夜は空を見上げた。

「葵さんとこうしていると、昔のことを思い出します」

「昔のことって……あっ、ひょっとして、昔沙夜先輩が好きだった人とこうして一緒に夕焼け空を見上げていたとか?」

「…………」

 沙夜の表情が赤らむ。

「やっぱりそうなんだ?で、今その彼氏はどうしてるの?ひょっとして、親が認めてくれなったとか?」

「さぁ……私の片想いでしたから。それに……私はその人に、取り返しのつかないことをしてしまったので……」

 沙夜は表情を曇らせ、寂しそうに言った。

「それに、私は幼い頃両親を亡くしましたので……」

「あっ……変なこと聞いて……ゴメン……」

 葵はかなり気まずくなり、顔を俯かせる。

「そんなにお気になさらなくっても大丈夫ですよ」

 沙夜はいつもの物静かな口調になり、言葉を続けた。

「両親を亡くした私は、叔父に引き取られ、ここで育てられたんです。中学を卒業してから、清峰市に戻って今の学校に入学しちゃいましたけど」

「へぇ……それじゃあ、今独り暮らしなんだ?」

「時々叔父や雪乃さん達が来てくれますけど、独り暮らしですね」

「そうなんだ……」

 葵は顔を上げると、沙夜を見た。

 そこには今まで知らなかった沙夜の姿があった。

 両親を亡くし、あの神社で独り暮らし……

 平静を装ってはいるが、その心の奥には寂しさが見え隠れする。

 同じ独り暮らしでも、自分はどれだけ恵まれているか、葵は痛感せずにはいられなかった。

 そして同時に、沙夜にこんなに想われている相手を恨めしく思えた。

「大丈夫だよ!!きっと、そいつだって沙夜先輩のこと、許してるよ」

 葵は立ち上がると、沙夜に言った。

「そうでしょうか?」

「そうだって。沙夜先輩がそいつのことそんなに想ってるんだから、きっと思いは届くって。それに沙夜先輩はかわいいし」

「えっ……」

 沙夜の頬が紅色に染まる。

「もぅ……葵さんの意地悪」

 沙夜は恥ずかしそうに言うと、立ち上がった。

「そろそろ帰りましょうか」

「ああ、そうだね」

 二人は互いに頷くと、着替えに向かった。

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