4月 回り始めた運命の歯車 パート4
その神社は小高い丘の上に立っていた。
かなり年季が入っている石段を囲むように、竹林が生い茂っている。
石段の頂上には威風堂々とした鳥居が建立していた。
「あったあった。ここだな」
「えっ?でもここは……」
「ほら、行くぞ」
「あっ、待ってよ」
何か言いたそうな奈緒であったが、葵が石段を昇って行くや、後をついてくる。
二人が石段を登り、鳥居をくぐりぬけると、鮮やかに咲き誇った桜の下でひっそり佇む社が現れる。
「いつ来ても寂れてるよな。この神社って」
葵は目の当たりにした光景を見て率直な感想を述べた。
「仕方ないよ。近くにおっきな神社があるんだから。でも……本当にここでいいの?」
奈緒がチラチラと葵を見ながら、言いにくそうに話す。
「なんでだ?」
「だってここ……縁結びの神様だよ?」
「そうなのか?」
「そうだよ。だからお参りしてもあんまり効果がないんじゃ……」
「まぁ、縁結びだろうがなんだろうが、神様には代わりないんだろ?だったらここでいいよ」
「でも……」
「奈緒、お前もちゃーんと恋人ができるようにお参りしとけばいいじゃん」
葵は笑いながら賽銭箱へと向かった。
「……鈍感」
奈緒はぼそっと呟くが、葵の耳には入らず、すぐさま後を追い掛ける。
賽銭箱の周りには桜の花弁が散りばめられていた。
葵は財布の中から5円玉を出すと、それを賽銭箱の中へと投げ込んだ。
奈緒も同じように自分の財布の中から5円玉を取り出して中へ投げ込む。
「ほら、ガラガラ鳴らすぞ」
「う、うん」
太い綱を持った葵に促されると、奈緒も同じように握って鈴をガラガラと鳴らす。
そしてパンパンと拍手を打って目を閉じた。
「……………………」
「……………………」
無言になる二人。静寂が訪れる。
少し強めの春風が、桜の花弁を従えて吹きぬけた。
葵と奈緒はほぼ同時に目を開けた。
「奈緒は何お願いしたんだ?」
「ひ、秘密だよ!!」
葵の質問に、奈緒は頬を紅く染める。
葵も大方検討がついたので、それ以上聞くことはしなかった。
「さーて、帰るか」
葵は大きく伸びをして、空を見上げた。
日は徐々に西へと傾き始め、空の色も水色から橙色へと変色を始めている。
そういえば……あの日もこんな風景だったな……と、葵は昔を懐かしむような目で、大空を眺める。
「……ここにお参りにくるのも懐かしいなぁ……」
葵の口から自然と、そんな言葉が出た。
「アオくん、この神社にお参りにきたことあるんだ?」
奈緒が意外そうに葵をみる。
「昔、だけどな」
葵は笑いながら記憶をさかのぼるように話し始めた。
「あれは……奈緒がこの町に引っ越してくる前、のことだったかな?当時の俺はヤンチャ坊主でよ」
「今でもそうだと思うけど?」
いきなりのツッコミに葵はコホンと咳払いをした。
奈緒が申しわけなさそうに視線を伏せる。
「……でだ、俺は萌と一緒によくこの神社に遊びに来ていたわけだ」
「萌ちゃんと?」
「ああ。さっきも話したとおり、萌は妹みたいなもんだったからな。この神社は竹林に囲まれてるだろ?だから筍がいっぱい取れてよ。よく家に持ちかえったりしてたんだ」
「アオくんらしいね」
「でもなぁ……あの日を境に来なくなったんだ」
「あの日って?」
「萌が引っ越した日さ。萌が引っ越すことが決まって、俺達はこの神社に萌が引っ越さなくてもいいようにお参りにきたんだ。今考えればなんともおめでたい話だが」
「そんなことないと思うよ。アオくんらしい、とっても優しいことだと思うよ」
「まぁ、昔の話だからな。それで傷心しきっているところへいいオモチャのお前が引っ越してきた、と」
「ボク、オモチャじゃないもん!!」
奈緒は頬を膨らませた。
「そんなに怒るなよ」
葵は奈緒の頭をポンポンと叩いた。
「で、それからはお前の知ってる通り、と。わかったか?」
「ぶぅ~!!」
奈緒は答える代わりに膨れた表情を見せる。
「そういえば……あの時一緒に遊んだ奴は、今どうしてるかなぁ……」
「……えっ?」
葵の呟きに奈緒は再び表情を元に戻す。
「萌ちゃん以外にもいたんだ?」
「ああ。俺もよく素性は知らないんだが、ここに遊びにくるといつもいてよ。それでよく遊んだんだ。そう言えば、萌はそいつのこと『お姉ちゃん』って呼んでたな。女の子同士気があったみたいで、なついてたっけ」
「えー!?いいなぁ……」
奈緒は心底羨ましそうに言った。
「それで、その女の子はどうなったの?」
「さあ?随分経ってから1度来てみたことあったけど、その時はもういなかったからな。どうなったかまでは知らん」
「そうなんだ?」
奈緒は話を聞き終わると、少し何かを考えていたようであったが、すぐに笑顔になった。
「やっぱりここに来てよかった」
「どうして?」
「だって、ボクの知らないアオくんを知ることができたから」
「はぁ?こんな話聞いておもしろいのか?」
「うん!だってアオくん、たまにしか話してくれないもん」
「おかしな奴だな……こんな話だったらいくらでもしてやるよ」
「ホント!?やったぁ!!」
奈緒は両手を前であわせて、うれしそうにはしゃぐ。
本当におかしな奴だな……と思いながら、葵は視線を再び社の方へとむけた。
まるでその動作にあわせるかのように、誰かが社の影からでてくる。
それは髪の長い、巫女服を着た綺麗な少女だった。
手には長い竹ボウキを持っている。
「あっ……」
葵は思わずその少女に見惚れてしまい、言葉を失った。
「キレイな人……」
奈緒もじっとその少女を見つめる。
まるで桜のような、どこか儚さをもった少女だった。
少女は無言のままゆっくり葵のそばにやってくると、じっと葵の顔を見つめた。
その眼差しには悲しみのようなものを帯びている。
「あ、あの……俺の顔に、なにかついてますか?」
気恥ずかしい思いをしながら、葵はやっとのことで言葉を捻りだした。
「……死相……」
「……えっ?」
「あなたの顔に……死相が出ています……」
少女は表情をかえることなく、抑揚のない声でしゃべる。
「死相だぁ??」
葵はそれを聞いて、顔をしかめた。
見ず知らずの人間にいきなり「あなたは死にます」などと言われれば、無理のないことではあるが。
「アオくん、やっぱり……」
奈緒はその少女の発言をまにうけ、瞳をジワッと滲ませた。
「バ、バカ!奈緒、こんな発言間に受けるんじゃない!!」
慌てて葵は奈緒をなだめた。
「見ろ!あんたが変な発言をするからこいつ信じちゃってるじゃないか!!」
「私は嘘は申しておりません。事実を言ってるのです」
「いい加減にしろよ?しまいにゃ怒るぞ?」
葵が少女を睨むと、彼女は表情を悲しそうなものに変えた。
「あなたが信じないのならそれでもいいです。でも、あなたに残された時間は少ない。できることなら私がなんとかしてあげたいのですが……」
「アホらしい。まったく知らないあんたなんかにどうこうしてもらわなくって結構!」
「あら?私はあなたがたのこと、知ってますよ」
「えっ?」
「あなたは清峰学園2年A組の神津葵さん、それでそちらの彼女が同じクラスの紅林奈緒さんですよね?」
「!?」
少女の言葉に、葵と奈緒は互いに顔を見合わせる。
「あ、あんた一体……!?」
「申し遅れました。私、清峰学園3年A組、宗像沙夜と申します」
そして少女はペコリと礼儀よくお辞儀をした。いつのまにか寂しさの影が表情から消えていた。
「……ってことは、あんた俺達の先輩なのか?」
「はい。そういうことになりますね」
少女は葵の質問に物静かな口調で答える。
「……なぁ、奈緒。本当なのか?」
葵は沙夜と名乗る少女の言ってることが信じがたく、奈緒に助けを求めた。
「そういえば……」
奈緒は人差し指を口元に当てて考えこむ仕草を見せていたが、やがてポンと手を叩いた。
「うん。確かに『宗像沙夜』っていう名前の先輩はいるよ。確か巫女だったような……」
「……ってことは、本当なのか……」
奈緒の言葉を聞いて、葵もようやく納得する。
「信じてくださらなかったんですか?」
「気を悪くしないでくれよ、宗像先輩。いきなり『あなたは死にます』なんていう人の言葉を信じろっていうほうが無理な話だから」
「そうですか……」
沙夜は悲しそうに視線を伏せる。
「あなたとこうして出会えたのも、神のお導きだというのに……」
「は、はぁ……」
葵は曖昧な返事を返す。一刻も早くここから立ち去ったほうがいいような気がした。
「奈緒、行くぞ」
葵は奈緒の腕をつかんだ。
「えっ?えっ?」
突然の出来事に、奈緒は目を白黒させる。
「それじゃ宗像先輩、俺達はこれで」
「私のことは『沙夜』でいいですよ。葵さん」
「流石に先輩を呼び捨てにするわけにはいかないから……それじゃあ沙夜先輩、ってことで」
「また何かお困りのことがありましたら、来てくださいね」
「検討しておくよ。それじゃ!」
葵はきびすを返すと、そのまま足早に石段を降りていく。
背後で沙夜が小声で何かを呟いた。
「やっと……来てくださったんですね……」
葵には沙夜がそんなことを言ったように聞こえたようなきがした。