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茜色の宝石箱  作者: 杠葉 湖
8月 海と少女
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8月 海と少女 パート1

 8月になると、さらに気温は上昇し、連日40度を超える真夏日が続いていた。

 もこもこした形の大きな白い雲に青々とした空、カンカンに照り付ける太陽。

 いつしか涼やかなセミの鳴き声はうだるような暑さへの悲鳴へと変わり、熱せられたアスファルトからは陽炎が揺らめきたつ。

 暇な人々は外へ出るのを嫌がり、ついつい冷房の効いた家の中へとこもりがちになってしまう。

 葵、姫子もご多分に漏れず、家の中に篭もり、葵の部屋でテレビゲーム三昧の毎日を送るという、引き篭もり生活を送っていた。

「えーい!!」

 姫子の操るマスクマンが葵の操る筋肉隆々の男に向かって突進していく。

「!!」

 しかしこの動きを読んでいた葵は、ボタンを押して足を高く上げた。

 それが突進してきたマスクマンの顎へカウンター気味に入る。

 崩れ落ちるマスクマン。

 男はそのままゆっくりとマスクマンに覆いかぶさり――

「うりゃ!!」

 突然奇声が上がると、テレビの画面がブラックアウトした。

「あー!?」

 たまらず葵が非難の声を上げる。そして隣にいる姫子を睨んだ。

「なんてことするんだお前は!?もう少しで俺の勝ちだったのに!!」

「お黙り!!」

 逆に姫子が、鋭い眼光で葵を睨み返す。

「シャイニング・アップルボンバーが決まった時点であたしの勝ちだったのに、なんでカウントが決まらないのよ!?このゲーム、絶対壊れてるわ!!」

「だからって、リセットボタン押すことないだろ?いくら負けたくないからって」

「うるさいわね!!大体、何であたしがあんたとプロレスのテレビゲームなんかしなくちゃいけないのよ!!」

「それは、お前がやりたいって言ってきたからだろ?」

「うっ……」

 葵の言葉に姫子は声を詰まらせるが、すぐに反撃する。

「だ、大体、こんな生活を送ってること自体不健康だわ!!どーせならどこかに出かけて一夏の思い出をつくろうとか、思わないわけ!?」

「最期の夏、の間違いだろ?」

 葵は呆れながら言葉を返す。

「大体、こんなクソ暑いのに出かけたいと思うか?俺は御免だね」

「うー……で、でも、あたしは出かけたいの!」

「この前奈緒や楓達と山極先生の別荘行っただろうが。あれで十分だろ?」

「ヤダヤダヤダー!!アレだけじゃ不満ー!!もっと違うところ行きたいー!!」

 姫子は駄々をこねだす。

「まったく……しょうがねえ奴だな……」

 葵はそんな姫子を見て、大きくため息をついた。

「まぁ、確かに、俺だってこのままこんな引き篭もり生活は送りたくないけど……でも、お前のようなかわいげのないやつとどこかへ行くって言うのは御免だな」

「な、なんですってぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっっ!!?」

 途端に姫子は目を吊り上げると、葵の腕をつかんだ。

 そして両足を使って葵の体を強引に押し倒すと、同時にそのまま起き上がれないように押さえつけ、両足で挟み込むような形でつかんでいた葵の腕を力強く引っ張る。

 瞬く間に腕ひしぎ逆十字固めが極まっていた。

「ぐあああああああぁぁぁっ!!」

 たまらず葵は苦痛の悲鳴を上げた。

「こ、こら姫子!!リアルでプロレスの技かけるな!!」

「ちょっと!!もう一回言ってみなさいよ!!あたしが何ですって!?」

「ま、待て!!ギブ!!ギブアップ!!」

 葵は何度もタップをするが、姫子は技を解こうとしない。それどころか、さらに力を強め葵の腕をねじり上げる。

「だーれがかわいげのないやつなのかしら!?絶対許さないんだからね!!」

「わ、悪かった!!俺が悪かったから!!」

 葵は必死でもがき、姫子の技から逃れようとする。

 ふとその時、電話のベルが鳴っているような音がした。

「ま、待て姫子!!電話電話!!」

「そんなこと言ったって誤魔化されないんだからね!!」

「ち、違う!!電話が鳴ってるんだって!!」

「えっ?」

 姫子は力を緩めて耳を済ませる。

 すると、確かに一階においてある電話のベルが鳴っているのが聞こえてきた。

「あら?本当だわ。ちょっと葵、そんなところで寝てないでさっさと出なさいよ」

「……この体勢で、どーやって電話を取りにいけ、と?」

「えっ……あっ!!」

 姫子は慌てて葵の腕を放すと、飛びのくように離れる。

「こ、これでいけるでしょ!?さっさと出てきなさいよ!!」

「お前なぁ……」

 少し頬を赤らめる姫子に、葵は睨みながら文句を言おうとしたが、どうせ口論になるのがわかっているのでそのまま無言になった。

 そして腕をぷらぷらと軽く振ると、そのまま自分の部屋を出て1階にある電話機へと向かう。

 その間にも電話機はけたたましい音を響かせながらなり続けていた。

「はいはい、今出るって」

 葵は先ほどまで姫子に絞り上げられていた腕で受話器を取り、電話に出る。

「はい、神津です」

「あっ、アオくん?ボクだよ。奈緒」

 電話の主は奈緒であった。

「なんだよ……奈緒か」

 葵は聞きなれた幼馴染の声に面倒くさそうに対応しながらも、何故か安堵感を覚える。

「で、今日は何の用だ?まさか夏休みの宿題を一緒にやろうとか言うんじゃないだろうな?」

「違うよ。そんなことで電話したんじゃないもん!」

 奈緒は少し怒ったような口調で答える。

 しかし急におしとやかな口調になって、言葉を続けた。

「あのね、明日海に行くんだけど、お父さんがアオくん達もどうかっ、て」

「随分と急な話だな。アオくん達……って、俺と姫子のことか?ひょっとして?」

「ひょっとしなくってもそうだよ」

「……………………」

 葵は無言になり、考え込む。

 奈緒の父親はとても優しく、葵も昔からよくお世話になっていたりする。

 姫子と一緒、というのがかなりひっかかるが、それでもせっかくの申し出を断るのは、かえって失礼になるのではないだろうか。

 だからと言って、申し出を受けると、紅林家の家族旅行を邪魔するようで、迷惑になる可能性がある。

「ねぇ……アオくん。……やっぱ……ダメ、かな……?」

 電話の向こうから奈緒の悲しそうな呟きが聞こえてくる。

 葵は考え込みながら返答した。

「いや……俺は別にかまわないんだが……おじさんやおばさんに迷惑、じゃないかな?」

「ちっとも迷惑なんかじゃないよ。それどころか喜んでくれると思うよ」

「だろうなぁ……」

 奈緒の言葉を聞いて葵は苦笑した。

 よくよく考えてみれば、その申し出を断るほうが、結果家族旅行を邪魔することになり、迷惑になる。

 奈緒の父親や母親は、そのような温厚な人柄であった。

 だから奈緒のような娘ができるわけではあるが。

「それじゃあ、お言葉に甘えて一緒に行ってもいいかな?」

「ホント!?」

 奈緒は一段と声を高くした。

「ああ。よろしく頼むよ」

「うん!!」

 奈緒は嬉しそうに返事を返す。

「それじゃあ明日、午前9時に駅前でね!!」

「ああ、わかったよ。おじさんやおばさんによろしくな」

「うん。それじゃあねアオくん」

「ああ。じゃあな」

 葵は電話を切ると、軽くため息をついて天井を見上げた。

 電話の向こうで嬉々としながらはしゃぐ奈緒の表情が頭の中に浮かんでくる。

 まさか先ほど姫子が言ったことが現実になるとは、葵は思ってもみなかったのだ。

「まぁ……海も悪くないかな……」

 葵はそのまま階段を上がり、自分の部屋へと戻っていった。

 部屋の中では、ゲームに飽きた姫子がカーペットに寝そべりながら漫画を読んでいる。

 そして葵の存在に気がつくと、顔を上げて葵を見た。

「誰からだったの?」

「奈緒からだよ」

 葵はぶっきらぼうに答える。

「紅林先輩から?……ひょっとしてデートのお誘い、とか?」

「違うな。旅行のお誘いだ」

 予想通りの姫子の言葉に、葵は苦笑する。

「というわけで、さっさと準備済ませとけよ?出発は明日だからな」

「へっ?」

 葵の言葉に、姫子は目を丸くした。

「どういうこと?」

「だから海に行く紅林家の家族旅行に俺達も同伴させてもらうことになったから。あっ、行きたくないなら無理についていかなくてもいいんだぞ?独りで留守番してるほうが気が楽かもしれないし」

「ちょ、ちょっと待ちなさいよ!!誰が行かないなんて言った!?行くに決まってるじゃないの!!」

 姫子は慌てて立ち上がる。

「大変!!こんなことしてる場合じゃないわ!!新しい水着とか、買ってこないと!!」

 そして脱兎のごとく葵の部屋を飛び出していった。

「……元気な奴だな……」

 葵はそんな姫子の姿を見て、苦笑せずにはいられなかった。

 そして自らも、旅行への準備に取り掛かるのであった。

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