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茜色の宝石箱  作者: 杠葉 湖
4月 回り始めた運命の歯車
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4月 回り始めた運命の歯車 パート3

 昇降口を後にした二人は、中庭で行われている騒がしい部活の勧誘には目もくれず、そのまま校門を出た。

 鮮やかに咲き誇った桜並木は、春の陽射しをいっぱいにうけ、眩いばかりに儚く、そして美しく輝いていた。時折吹く春風にのって、薄桃色の花弁が、まるでシャワーのように、遊歩道へと降り注ぐ。

「うわぁ……キレイ……」

 奈緒は思わず感嘆のため息を漏らした。

「こんなのいつも見慣れてる光景じゃねえの?」

 同じくその光景を目の当たりにしている葵が、大きく欠伸をする。

 一瞬にして奈緒は雰囲気をぶち壊されたような気がした。

「もぅ!!アオくんは夢がないんだから!!この綺麗な景色を見て、なんとも思わないの!?」

「うーん……そうだなぁ……」

 睨む奈緒を見て、葵は桜を見上げる。

 そして再び大きく口を開けて欠伸をした。

「俺も奈緒と同じで、花よりみたらし団子の方がいいかな?」

「ボクは桜の方がいいもん!!」

 奈緒は怒り出すが、急に声のトーンが低いものになった。

「ねぇ……本当にお祓いして貰わなくって大丈夫?」

「大丈夫だっつってるだろ?奈緒は心配しすぎ」

「でも……」

 奈緒は悲しそうに視線を下に向ける。

 葵は奈緒に視線を向けると、ため息をひとつついて肩をポンと叩いた。

「わかったよ。いけばいいんだろ?」

「えっ?ホント!?」

 途端に奈緒の表情が明るくなる。

「約束だよ!?ぜーったい、約束だよ!?」

「ああ。約束するよ」

「うん!!」

 奈緒は眩しいくらいの笑顔を浮かべた。

 葵は一瞬ドキッとする。

 この笑顔を見せられたら、葵は何も言うことができなかった。

「どうしたのアオくん?顔が赤いよ?」

 そんな葵を、奈緒がじっと見つめる。

「な、なんでもねえよ。帰るぞ」

 葵はぶっきらぼうに答えると、桜の絨毯を踏みしめながら歩きだした。

「あっ、待ってよ」

 奈緒が慌てて隣に並んで歩く。

 ぽかぽか陽気に穏やかな天気で、まさに花見日和と言えるような日であった。

「ねぇアオくん。こんな天気のいい日はお花見に行きたいよね」

 奈緒がおねだりするような眼差しで葵を見る。

「ダーメ。却下。請求は棄却致します」

 しかし葵は、その奈緒のお願いを問答無用で断わった。

「ええ?どうして!?」

 奈緒の表情がブスッと膨れる。

「どうしても」

 しかし葵は、その回答をはっきりしようとはせず、それだけ言うと足早になった。

「桜は今の季節しか見られないのになぁ……」

 奈緒がブツブツ文句を言いながらついてくる。

 去年までの葵であれば奈緒の申し出を承諾したであろう。

 だが、何故か今年はそんな気にはなれなかった。

 桜の花を見る度に、どこか暗く沈んだ気分になってしまう。

 ひょっとしたら、その原因は自分が見ている夢にあるのかもしれない。

 葵は、奈緒に申しわけない気持ちになりながら、彼女をみた。

 奈緒の表情は、どこか寂しげなものを漂わせている。

 そして、葵達がちょうど曲がり角にさしかかったときのことであった。

 突然、出会い頭に誰かとぶつかり、葵は右胸のあたりに軽い衝撃を覚えた。

 ぶつかった相手は、走って来た勢いも手伝って、後方へと飛ばされ尻餅をつく。かけていた眼鏡が地面に転げ落ちた。

「だ、大丈夫か!?」

 葵は慌てて、倒れた相手に近寄った。

 相手は葵や奈緒と同じく清峰学園の制服を着ていて、髪を編んで肩の辺りまで垂らしている少女だった。

 つけているリボンの色が水色なので、今年入学したばかりの新入生だということがうかがえる。

 ふと葵は、その少女にどこか懐かしさを感じた。

 昔の記憶がフラッシュバックしてくる。

「め、眼鏡……」

 少女は何もみえないのか、落ちた眼鏡を慌てた様子で探している。

「ほれ」

 葵は眼鏡を拾うと、少女に渡した。

「あ、ありがとうございます」

 少女は、眼鏡をかけて立ちあがると、ペコリと頭をさげた。そして視線を下に向けたままモジモジと話し出す。

「あ、あの、なんてお詫びを言ったらいいのか……萌のせいで、こちらの不注意でご迷惑を……」

「萌?」

 その言葉を聞いて、葵の眉がピクンと動いた。

 同時にある少女の名前と姿を導き出す。

「ひょっとして……泣き虫萌か?」

「……えっ?」

 少女は驚いたように顔をあげた。

「ひょっとして……葵お兄ちゃん?」

「久しぶりだな、萌」

 葵が微笑むと、少女は目にジワッと涙を浮かべた。

「お兄ちゃん!!」

 そして葵の胸に飛び込んできた。

「お兄ちゃん!お兄ちゃん!!」

 少女は葵に抱きついたまま、泣き出す。

「お前は相変らず泣き虫だなぁ」

 葵は少女の頭を優しく撫でた。

「昔とちっとも変わってないんだな」

「そんなことないもん。萌だって大人になったもん」

「そうだな……眼、悪くなったのか?」

「うん……おにいちゃんは眼鏡っ娘キライ?」

「キライじゃないさ。よく似合ってるよ」

「そっかな……えへへ……ありがとう……」

 少女は恥ずかしそうに答える。

「あ、あの……アオくん……」

 その様子をポカンと眺めていた奈緒が、申しわけなさそうに口を開いた。

「その娘、アオくんの知り合いなの?」

「えっ?あ、ご、ごめんなさい!!」

 慌てて少女が葵から離れる。

「萌、久しぶりにお兄ちゃんに会えたからつい嬉しくなっちゃって……ごめんなさい」

「気にするなって。萌らしくて安心したよ」

 葵は笑いながら、奈緒に少女の紹介をはじめた。

「こいつは、むかーし近所に住んでた泣き虫萌。まぁ、俺の妹みたいなもんだ」

「泣き虫萌じゃないよぉ!」

 萌と呼ばれた少女は葵の言葉に抗議の声をあげる。

 そして奈緒に、恥ずかしそうにしながら自己紹介をはじめた。

「わ、私、1年C組の祥雲萌さくももえって言います」

「そうそう。祥雲萌。で、こっちが俺と同じクラスの泣き虫奈緒だ」

「ボク、泣き虫じゃないもん!」

 葵の言葉に、今度は奈緒がムスッと膨れる。そして自ら自己紹介を始めた。

「ボクは2年A組の紅林奈緒。よろしくね萌ちゃん」

「は、はい!!」

 萌は恥ずかしそうに頭を下げる。

 奈緒は何故か嬉しそうに微笑んだ。

「なにニヤニヤしてるんだ?奈緒」

「だってアオくんにとって妹のような子だったら、ボクにとっても妹みたいなものだよ」

「はぁ?なんでそうなるんだ?」

「ボク、前から萌ちゃんのようなかわいい妹が欲しいと思ってたんだ。ボクのことは『奈緒お姉ちゃん』って呼んでくれていいから」

「え、え、えっと……」

「わかったよ。奈緒お姉ちゃん」

 萌の代わりに葵が答える。

 すると奈緒は葵を睨んだ。

「アオくんに言ってほしいんじゃないもん!ボクは萌ちゃんに言ってるの!!」

「バカいえ。なんでお前のことを『お姉ちゃん』呼ばわりしなくちゃいけないんだ?みろ。萌が困ってるじゃないか。萌、奈緒のことは『泣き虫奈緒先輩』でいいからな」

「アオくん!!」

 奈緒は少し身体を震わせ怒りだした。

 流石にやりすぎたかなと葵は思ったが、いつものことなのであまり気にしないことにした。そして萌をみると、葵の後ろに隠れるようにしながら恥ずかしそうにモジモジしている。

「ほら、萌」

「う、うん……」

 葵に促されて萌は前に出てきた。

「あ、あの……よろしくお願いします、紅林先輩」

「こちらこそよろしくね、萌ちゃん」

「は、はい!」

 奈緒が微笑むと、萌はペコリとお辞儀をする。

 葵は一通り挨拶するのが終わるのを見計らって、萌に声をかけた。

「ところで萌、お前何そんなに急いでたんだ?」

「あっ!!」

 なにかを思い出した様に、萌は小さく声をあげて口元に手をあてた。

 そして申し訳なさそうな表情を作る。

「ゴメンねお兄ちゃん。萌、人と待ち合わせしてたの。だからもう行かなくっちゃ」

「そっか。それじゃあ、急がないとまずいんじゃないか?」

「ホントはね。萌、もっともっとお兄ちゃんといっぱいお話したいんだけど……」

「それは萌が暇な時でいいよ。同じ高校に通ってるんだから、いつでも逢えるだろ?」

「うん!」

 萌は元気よく頷くと、学校の方へと向かって走りだした。

「お兄ちゃん、紅林先輩、それじゃあ!」

「ああ、またな」

「萌ちゃん、バイバイ」

 葵と奈緒も手を振る。

 萌は名残惜しいのか時折葵達の方を振りかえっていたが、やがて見えなくなってしまった。

「いっちゃったね」

 萌の走り去った方角を眺めながら奈緒がポツリと呟く。

「ああ。昔からどこか抜けてて騒がしい奴だからな」

「でもとってもカワイイ子だったじゃない。あーあ。お姉ちゃんって呼んでもらいたかったなぁ」

「お前……まだ諦めきれないのか?」

 葵は苦笑しながら奈緒をみた。

 奈緒の表情からそのことがありありとうかがえる。

 よほど『お姉ちゃん』と呼んで貰えなかったことが心残りのようであった。

 葵はもう一度、桜を見上げた。

 満開に咲いた桜からははらり、はらりと、桜が散り落ちる。

 それはまるで、何かを暗示しているような気がしてならなかった。

 頭の中を不安がよぎる。

「なぁ、奈緒……この近くに神社、あったよな?」

「えっ?」

 奈緒は一瞬目を丸くするが、すぐに表情が明るくなった。

「お祓いにいくんだね!?」

「バカいえ。お参りするだけだ」

「なぁんだ……でも、やらないよりはいいよね」

 奈緒は残念そうにため息をつく。

 そして葵と奈緒は、近くの神社へと向かった。

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