7月 期末試験と招待状(上) パート4
楓と別れた葵と奈緒は、校門を抜けて二人一緒に歩いていた。
いつもの土曜日ならば、遊ぶためにどこかに寄り道していくというのがパターンであるが、今日は勝手が違う。
補習を受けないためにも、早く帰ってきっちり試験勉強をしなければならない。
葵はあまり乗り気ではないのだが、奈緒はやる気満々であった。
「それにしても暑いなぁ……」
葵は額の汗をぬぐうと、空を見上げた。
白い雲がゆったりと流れる真っ青な青空に、天高く上った太陽が燦燦と輝いている。
「こう暑いとやる気がでねえよ」
「ボクもそうだけど、我慢だよ。これが終われば後は夏休みなんだから」
「そりゃそうだけどさぁ……」
「それに、今年だけだよ。こんなに暑いのは。来年の夏は涼しいよ、きっと」
「来年、か……」
葵の心に暗い影が落ちる。
来年の今、自分はここに存在していない。
しかし、それを奈緒に告げることはできなかった。
無邪気な奈緒の言葉が、鋭利なナイフとなって葵の心に突き刺さる。
「どうしたのアオくん?」
葵の微妙な心の変化を感じ取ったのか、奈緒が心配そうに尋ねる。
「なぁ……ちょっと寄り道してっていいか?」
葵は空を見上げたままぼそっと呟いた。
「寄り道?どこへ?」
「……神社」
「えっ……」
その言葉を聞いて、奈緒の表情が曇る。
「アオくん……また怖い夢見たの?」
「ちげーよ」
葵は視線を奈緒に移すと、ぶっきらぼうな口調で答えた。
「試験で赤点取らないように、神頼みしに行くだけだ」
「えっ?」
奈緒は一瞬驚きの表情を作るが、すぐに呆れたようにため息をつく。
「アオくん……お参りするだけでテストの点数が上がるんだったら、苦労しないよ」
「そりゃそうだが、使える手は全て使っておかないとな」
「そんなことするよりも、時間がもったいないから、早く帰って勉強に取り組んだ方がいいと思うけど……」
「嫌ならいいんだぞ。先帰ってても。俺は行くから」
葵はそれだけ言うと、神社へ向かって歩き出した。
「あっ!待ってよ!!」
奈緒も慌てて後を追いかける。
「なんだ奈緒?時間がもったいないんじゃなかったのか?」
隣に並んで歩く奈緒を見て、葵は意地悪く笑った。
「アオくんの意地悪!」
奈緒はブスッと膨れた表情を葵に見せる。
「ははは。悪い悪い」
葵は笑いながら、内心ホッとした。
奈緒を騙し続けているようであまりいい気分はしないが、本当のことを知られるよりはいい。
自分のことで心を痛める奈緒の姿を、葵は見たくなかった。
しばらく歩くと、緑鮮やかな竹林が見えてきた。
青々と生い茂ったその姿は、見るからに涼しげで、幾分気分的に暑さを和らげてくれる。
そして竹林をかき分けるかのように、年季の入った石段が、堂々とした姿でそびえ立つ鳥居へと続いている。
葵と奈緒はその石段を登り、鳥居を潜り抜けた。
閑静な神社の境内には誰の姿もなく、社の前に賽銭箱が設置されている。
「ほんじゃ、パッパと御参り済ませるか」
葵は財布から賽銭を取り出すと、それを賽銭箱の中へと投げ入れた。
同じように、奈緒も賽銭を投げ入れる。
そして二人は拍手を打つと、目を瞑った。
「……………………」
「……………………」
少しの間、沈黙が流れる。
やがて二人は目を開けた。
「そんじゃ、帰ろっか」
「うん」
葵の言葉に、奈緒がコクンと頷く。
その時、社の影から少女が姿を現した。
「あっ、沙夜先輩」
それが見知った人物であることを確認すると、葵は声をかける。
沙夜は小袖に朱袴といった巫女装束スタイルで、物悲しそうな表情を浮かべて立っていた。
「宗像先輩、こんにちわ」
奈緒もぺこりと頭を下げる。
「葵さん……」
沙夜は静かに葵達の近くへと歩み寄ってきた。
「どうしたの?そんな悲しそうな顔しちゃって。ひょっとして、死相がでてるとか?」
「はい……」
沙夜は静かな口調で答えた。
「だろうなぁ……」
葵はそれを聞いて苦笑した。
「テストで死にかけてるから、しょうがないよ。だから今、テストでいい点取れるように御参りしてたところ」
「いえ、そういう意味では……」
「これでもし赤点とって補習、なんてことになったりしたら、沙夜先輩責任とってくれよ?」
「私に言われましても……」
沙夜は困った様子を見せる。
「ダメだよアオくん。変なこと言って宗像先輩困らせちゃ」
奈緒が横から口を挟んできた。
「そうそう。奈緒の言うとおり、冗談だから本気にしないでよ。沙夜先輩」
冗談を本気と捕らえる沙夜を見て、葵も苦笑する。
「まぁ、よっぽどのことがない限り大丈夫だって。これから家に帰って試験対策に取り組むつもりだから」
「そうなんですか?」
「ああ。奈緒が、手取り足取り大人の勉強を教えてくれるって言うから」
「ちょ、ちょっと!!ボクそんなこと言ってないよぉ!!」
奈緒は顔を真っ赤にして驚きの声を上げた。
「あれ?お前言ってなかったっけ?だから俺も楽しみにしてたんだが……」
「う~~~っ!!」
さも残念そうに言う葵に、奈緒は拳をグーにしてポカポカと葵を叩く。
「クスッ」
その様子がよほど面白かったのか、沙夜が笑った。
先程までの物悲しそうな表情とはうって変わって、穏和な笑顔になる。
「お二人とも、とても仲がよろしいんですね」
「まぁ、昔からの付き合いが長いからね」
「ということは、お二人は恋人同士、なんですか?」
「違う違う。こいつとはただの幼馴染」
葵はグーパンチを続ける奈緒の頭をなでながら沙夜に応対する。
「そうですか……」
沙夜は何故か安心したようにホッとため息をついた。
「ということは、葵さんは今、お付き合いしている女性の方はいらっしゃらないんですか?」
「いないって」
「葵さんほどの方でしたら、周りが放っておくはずはないと思うんですが」
「いいのかそんなこと言って?彼氏に怒られちまうぞ?」
「大丈夫ですよ。私、お付き合いしているお方はいませんから」
「へっ?」
沙夜の意外な言葉に、葵は目を丸くする。
「沙夜先輩、彼氏いないの?」
「はい」
沙夜は微笑みながら頷いた。
葵にとって見れば、まさしくそれは意外な回答であった。
沙夜は見た目にもかわいいし、プロポーションもいい。
となると、彼氏ができない原因は性格としか、葵には考えられなかった。
「へえ。そうなんだ?でも意外だなぁ」
「意外、とおっしゃいますと?」
「沙夜先輩ってキレイだから、彼氏の一人や二人いると思ったよ」
「そんなことないですよ」
「でも、好きな人とかいないの?」
「好きな人、ですか?」
途端に沙夜の顔が赤くなる。
「やっぱりいるんだ?」
葵は興味深そうに沙夜を見た。
「はい……昔からずっと想い続けてるお方が……」
沙夜は恥ずかしそうに小声で話す。
「でも……私なんかに好きになられても迷惑でしょうから……」
「そんなことないと思うよ。沙夜先輩のような美人に想われるなんて、俺は幸せな奴だと思うぜ?」
「そうでしょうか?」
「そうだよ。もっと自分に自信を持ったほうがいいと思うぜ。あっ、でも死相が見えるとか、そーゆーのは勘弁ね」
「でも……私はその方に、取り返しのつかないご迷惑をおかけしてしまいましたし……きっと嫌いになってると思います」
沙夜は昔を懐かしむような、しかし悲しい表情でぽつりぽつりと呟く。
「ですから、私はその方を想うだけで、幸せなんです」
そして沙夜は、明らかに無理をしているとわかるような笑顔を作った。
「沙夜先輩……」
葵もその表情に、どこか心を痛めてしまう。
沙夜にこんなに想われている相手を羨ましく思うとともに、許せない気持ちでいっぱいになった。
「どうしました葵さん?」
「あっ、いや、なんでもない」
葵は慌てて話題を変えた。
「それにしても大変だね。沙夜先輩も」
「大変とおっしゃいますと?」
「だってもうすぐ期末試験だっていうのに、巫女さんしなくちゃいけないなんて」
「いつもやってることですから、私は別に大変だと思いませんので」
「そうなんだ?まぁ。試験赤点取らないように頑張ろうな」
「はい」
沙夜はニッコリと微笑む。
「じゃ、奈緒帰ろっか」
沙夜と話が終わると、葵は奈緒を見た。
奈緒は頬を赤く染めたまま、じっと葵を見つめている。
「おおっ、悪い悪い」
葵は奈緒の頭から手を放した。
「それじゃ帰るぞ」
「うん……」
奈緒はコクンと小さく頷いた。




