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茜色の宝石箱  作者: 杠葉 湖
4月 回り始めた運命の歯車
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4月 回り始めた運命の歯車 パート2

 廊下も教室の中に負けないくらい喧騒な雰囲気に包まれていた。

 鞄を持った生徒達が何かを話しながら歩いていたり、足早にどこかへ向かっていたりする。

 葵と奈緒もまっすぐ下駄箱へ向かっていた。

 穏やかな春の陽射しが、廊下の窓を通して差しこんでくる。

「ふわぁ~」

 葵は大きく口を開けて欠伸をした。

「アオくん……まだ寝たりないの?」

 その横で、奈緒が呆れたようにため息をついた。

「夜更かしばっかりしてるから、そんなに眠くなるんだよ」

「そっかぁ?夜更かしなんかしてないんだけどなぁ……」

「今日だって授業中ずーっと寝てたじゃない。ダメだよ?学年があがったのに新学期早々そんなことじゃ」

「おいおい……お前は俺の保護者か?」

 葵は、また奈緒のお節介が始まったなと苦笑せずにはいられなかった。

「ボ、ボクはそんなつもりじゃ……」

 奈緒は慌てて弁解しようとする。

「あー。わかってるわかってる。俺のことが心配だったって言いたいんだろ?」

「う、うん……」

 奈緒は小さく頷いた。

「アオくんずーっと寝てたから、ちょっと心配になっちゃって……」

「そうだな……確かに、このままじゃ勉強が実にはいらないかもしれない」

 葵はわざと深刻そうな表情を作って、ぼそっと呟く。

 それをみた奈緒は、途端に表情が曇る。

「や、やっぱり悩み事とかあるの?ボクでよければ相談にのるよ?」

「本当か?すまんな奈緒……」

 葵は弱々しい声をだして、大きくため息をついた。

「実はな……俺、今大きな悩み事を抱えていて……」

「う、うん……」

「……やっぱやめた」

「えー!?」

 葵が途中で言葉を打ちきると、奈緒は非難の声をあげた。

「だって、お前に相談したところで、解決しそうな問題じゃないんだもん」

「そ、そんなの言ってみなければわからないじゃないか!」

「いやぁ、絶対無理」

「そ、そんなことないもん!ボクにだって、解決できるもん!!」

 葵の言葉に、奈緒はムキになって反論する。

 葵は予想通りの展開に、内心ほくそえんだ。

「それじゃあ……打ち明けるけどよ」

 葵は他人に聞こえないようなボソボソっとした声で、奈緒にそっと話しかける。

「う、うん」

 奈緒の表情がグッとひきしまった。

「実は……」

「実は……?」

「実は……陽気がいいもんだから、とっても眠くなっちゃって」

「……えっ?」

「奈緒、頼むからこの眠気を誘うぽかぽか陽気を変えてくれ」

「………………はぁ~」

 今まで真剣に聞いていた自分がバカらしいといわんばかりに、奈緒は深いため息をついた。

「あっ、お前今呆れただろ!?」

「当たり前だよ。そんなこと、ボクにできるわけないじゃないか」

 葵が非難めいた眼差しを送るが、奈緒は呆れている。

「アオくん、そんなこともっともらしい顔して言わないでよ」

「なんだと!?俺にとっては死活問題なんだぞ!?古文の杉浦だって声を聞いてるだけで眠くなるし……あれはきっと、マインドコントロールの一種か催眠術を使っているに違いない!!」

「はいはい」

 奈緒は再び大きなため息をついた。

「ボク心配だよ。アオくんってそそっかしいし、とってもお寝坊さんだし、グータラなところがあるから。今日だってボクが起こしに行くまでぐっすり眠ってるんだもん」

「悪かったな。そそっかしくてネボスケでグータラでよ。そんなに心配してくれるんだったら、俺の家に住みこんで世話してくれてもいいんだぞ?」

「ええっ!?」

 奈緒の頬がほんのり赤く染まった。

 そしてオロオロとしながら、必死に言葉を搾り出そうとする。

「え、え、えっと……」

「……なーんてな。冗談だよ」

 葵はそれを見てハハハと笑った。

「きっと奈緒はいいお嫁さんになるだろうな。ちょっと口うるさいのが珠に傷だけど」

「もぅ、アオくんってば……」

 奈緒はムスッと膨れる。

 そんな雑談をしながら、葵と奈緒は廊下の角にさしかかった。

 突然、死角から誰かが飛び出してきて、葵と正面衝突する。

「きゃ!!」

「がっ!!」

 顔面を強打した葵はその衝撃で尻餅をついた。

 目から星が飛び出そうなほど激しい痛みを覚える。

「あ、アオくん、大丈夫!?」

 奈緒が心配そうに覗き込む。

「いてて……なんだ一体!?」

 葵は額を手で抑えながら立ちあがった。

 正面に同じく額を抑えながらかがみこむ、長い髪の女子生徒の姿がある。

「大丈夫か?」

「う、うん……なんとか……」

 葵が手を差し出すと、その少女はそれに捕まって立ちあがった。

「ゴメン……ちょっと急いでたから……」

 そして涙目になりながら、ペコリと頭を下げる。

 奈緒と同じオレンジのリボンをしているところから、2年生であるということがうかがえた。

「まぁ、大丈夫ならいいけど……ホント、気をつけてくれよ?」

「うん!」

 少女は一転して元気よく答えた。

「あたし、2年B組の綾杉楓あやすぎかえで!よろしくね!」

「楓か……俺は2年A組の神津葵。でこっちが……」

「ボク、アオくんと同じクラスの紅林奈緒」

「アオちゃんに奈緒ちゃんだね?覚えとくよ」

「あ、アオちゃんだぁ!?」

 楓の言葉に葵は素っ頓狂な声をあげた。

 しかし楓は、そんな葵の対応が不思議でしょうがないらしく、キョトンとした。

「そっ。アオちゃん」

「ダメだ!その呼び方はやめろ!!」

「え~?なんで~?カワイイと思うんだけど」

「そーゆー問題じゃない!!」

「まーまーいいじゃない。呼び方なんてどうだって」

「よくない!!」

 葵の抗議にも、楓はマイペースな調子でその呼び方をやめようとしない。

 たまらず葵は奈緒に助けを求めた。

「奈緒、お前からも言ってやってくれよ。そんな変な呼び方やめろって」

「そうかな?ボクもいいと思うよ?」

「奈緒!!お前はどっちの味方なんだ!?」

「だ、だって……」

 予想を裏切る言葉に、葵は奈緒を睨む。

「……あっ!!いっけなーい!!」

 その様子を笑いながらみていた楓が、突然大声をあげた。

「あたし用事があるんだった!アオちゃん、奈緒ちゃん、まったねー!!」

 そして勢いよく走りだす!!

「お、おい!!待て!!」

「だいじょーぶ!!今度は痛くならないようにうまく体当たりするからー!!」

 楓は手を振りながら答えると、あっという間に見えなくなってしまった。

「……なんだか凄い女の子だったね」

 奈緒は楓が去った後を苦笑しながら見ていた。

「まったくだ。あいつ、また体当たりするつもりなんじゃねえのか?」

 葵も苦笑いを浮かべながら楓の去った方向を見つめる。

「あーあ。今日は厄日だな。イヤな夢は見るし、体当たりは敢行されるし……災難な一日だ」

 そして何気なく呟いた。

「えっ?」

 しかしその言葉が、奈緒の表情を豹変させる。

「夢……?」

「えっ?俺そんなこと言ったか?」

 葵はしまったと思い、慌てて惚けようとしたが遅かった。

「ちゃんと言ったもん!!」

 奈緒は心配で心配で仕方ないといった表情で、葵を見る。

「ねぇ、どんな夢見たの?恐い夢?だからうなされてたの!?」

「どんな夢だっていいだろうが。お前には関係ないだろ?」

「関係なくないもん!!」

 奈緒は強い調子で葵に食い下がる。

「……わかったよ。物好きな奴だな。お前も」

 根負けした葵は苦笑しながら見た夢を奈緒に話した。

「最近同じ夢ばっかり見るんだ」

「どんな夢?」

「俺が死んじゃう夢」

「…………えぇぇぇぇぇぇぇぇっ!?」

 予期せぬ言葉に奈緒は驚きの声をあげる。そしてみるみるうちに瞳に大粒の涙を貯めていった。

「アオくん死んじゃうの!?ボク、イヤだよ!!」

「バ、バカ!夢の話をしてるんだ。夢の」

 慌てて葵は奈緒をなだめた。

 周囲の奇異な視線が自分達に集中していくことが、嫌でもわかる。

 しかし奈緒には、その夢の出来事でさえ現実問題として心配せずにはいられなかった。

「だ、だって……」

「大袈裟な奴だな。夢の話なんだから、心配するなって」

「でも……お祓いとかしてもらったほうが……」

「バカ言え。たかが夢だろ?そのうち、見なくなるさ」

「そうだといいんだけど……」

 奈緒はそう言ったきり、下をうつむいてしまう。

 バカ正直に話さなければよかったと、葵は後悔せずにはいられなかった。

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