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茜色の宝石箱  作者: 杠葉 湖
7月 期末試験と招待状(上)
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7月 期末試験と招待状(上) パート1

 ジメジメした梅雨は過ぎ去り、清峰市にも本格的な夏がやってきた。

 あちらこちらから聞こえてくる、騒音にも似たセミの合唱。

 カンカンと照りつける太陽によって、外に出歩くだけであっという間に全身から汗が噴き出してくる。

 しかも今年は例年にない猛暑、いや酷暑であった。

 幸いなことに、梅雨前線の活動によって雨はたくさん降ったので、水不足に悩まされることはなさそうであった。しかし、代わりに日射病や熱中症で倒れる人が続出しており、病院はどこもフル回転状態であった。

 夏といえば、気だるい暑さの中、汗をぬぐいながら、何とかやる気を振り絞り、ひたすら先生の話に耳を傾け、黒板に書かれたことをノートに書き写す、と言った光景を想像する。

 ここ清峰学園もご多分に洩れず、ムシムシとした暑さが教室の中を包み込む中で、毎日授業が行われていた。

 というのも、清峰学園は、各教室毎に冷暖房が完備なされているが、その肝心の冷房が数日前に原因不明の故障を起こしたのである。

 正確には、故障したのは、それらをコントロールするシステムなのだが。

 中枢が壊れてしまったのであれば、もはやどうすることもできない。

 早急に修理すればいいものを、夏休み直前ということもあり、学校側は業者に連絡がつかないという理由を口実に、修理しようとはしなかった。

 故に生徒や教師達は天国のような涼しさの中での授業から一転、拷問に近い環境下で授業を強いられることになったのである。

 無論生徒の気力は激減で、中には授業中にダウンに近いような状態で熟睡モードに突入してしまう生徒もいる。

 教師も注意はするが、それ以上きつく言ったりすることはしなかった。

 もっとも、他の県公立高校では、このような環境下での授業が極当たり前のことではあったのだが。

 むしろ、生徒達の授業を受ける気力を激減させる原因は、他にあった。

 そちらの方が一部の生徒を除く、大多数の生徒の共通の悩みといってもいい。

 だから、気力がないからといって授業を放棄することは、自らの首を絞めるようなものであった。

 授業の終わりを告げるチャイムは、生徒や教師達にとって、まさに福音なのである。

 そのために、はやく授業が終われと心の中で願いながら、みんな必死でノートを取る。

 勿論、葵もその中の独りであった、

 チャイムが鳴るのを今か今かと待ちながら、黒板の文字をノートに書き写していく。

 やがて、3時限目の終わりを告げるチャイムが鳴り響いた。

「よーし、それじゃ今日はここまで」

 チャイムが鳴り終わると、英語教師の瀬山は教科書をパタンと閉じ、ニヤリと笑った。

「そうそう。赤点取った者は夏休みに楽しい補習がまってるから、覚悟しておくよーに」

『ええ~っ!?』

 クラスのあちらこちらから非難の声が上がり、一気に騒がしくなる。

「そういうことだから、みんな、テスト頑張れよ」

 瀬山はそれだけ言い残すと教室を出ていった。

 途端に教室の中は喧騒に包まれる。

「あーあ……補習かぁ……」

 葵は椅子の背にもたれかかって、天井を見上げた。

 背中は汗でぐっしょりと濡れている。額からも汗が噴き出していた。

「ホント、大変なことになっちゃったね」

 葵の席へとやってきた奈緒が声をかける。

「ああ、まったくだ。瀬山の野郎、余計なこと言わなくってもいいのに」

 葵はそうぼやくと、ハンカチで額の汗をぬぐった。

「仕方ないよ。去年もそうだったんだから」

 奈緒は苦笑した。

 清峰学園は3日後から期末試験に突入する。

 そこで赤点を取った者は例外なく、夏休みに補習を受けさせられるのだ。

 幸いなことに、葵も奈緒も、まだ一度もお世話になったことはないのだが。

「いいや!!仕方なくなんかない!!」

 葵は体勢を戻して奈緒を見た。

「いいか?夏休み前に、試験をやること自体間違ってるんだ。試験なんて夏休み後にやればいいんだ」

「それじゃあ、赤点続出だよ。特にアオくんなんか」

「なんだと?」

「だってアオくん、夏休み中に勉強したいと思う?」

「まったく思わん」

「でしょ?」

「うーむ……思わぬ難問だな」

「全然難問なんかじゃないよ」

「そうだ!試験なんかなくせばいいんだ!!そうすれば試験で悩むことなんかなくなる!!」

「それじゃあ無茶苦茶だよ」

 奈緒は呆れて大きくため息をつく。

「それよりも、ボクは赤点取らないように勉強した方がいいと思うけど?」

「それができたら苦労しない。俺は奈緒みたいに頭よくないから」

「そんなことないよ。アオくんだってやればできるもん」

「やればできるねぇ……」

「そうだよ。だから、テスト頑張ろうよ」

「頑張りたくねーなー……」

 葵は深いため息をついた。

 葵の成績は中の上といったところでそれほど悪くはない。

 しかし、毎度のことではあるが、試験だからといって試験勉強をする気には、葵にはなれなかった。

「あーあ……補習やだなぁ……」

「アオくん、今からそんな弱気じゃダメだよ」

「そんなこと言われてもなぁ……大体この学校、間違ってるぜ」

「間違ってるって……何が?」

 奈緒は不思議そうに聞き返す。

「いいか?冷暖房完備って言うのは、私立校の特権だぞ?」

「室内プールもね」

「それもそうだけど。とにかく、その特権を剥奪したまま試験を受けさせるなんて、絶対間違ってる!」

「それを言ったら、補習だって私立校の特権だと思うよ?」

「そんな特権はいらん。あー、勉強なんかしたくねー」

「アオくん……」

 葵のやる気のなさを見て、奈緒は表情を曇らせる。

 しかし妙案がひらめいた奈緒は、ポンと手を打ってニコニコ微笑んだ。

「そうだ!いい方法があるよ」

「いい方法?」

「うん。ボクとアオくんが一緒に勉強するの」

「バ、バカ言うな!!却下だ!!」

 奈緒のとんでもない発言に、葵は即座に拒否反応を示した。

「どうしてさ?」

 奈緒が面白くなさそうに言う。

「とにかくダメなもんはダメ」

 葵は頑なに奈緒の申し出を拒む。

 奈緒はムッとすると、葵を睨んだ。

「アオくんのケチ!」

「ケチでも何でも結構!!」

「いいじゃないか!一緒に勉強するくらい!」

「ぜーったいダメ!!俺が勉強に集中できなくなる!」

「そんなこといって!!勉強しないでずーっと遊んでるつもりなんでしょ!?」

「バカ言え!!俺は、お前の迷惑になるんじゃないかって思ってだな!!」

「えっ!?」

「あっ……」

 葵は慌てて口をつぐむが、奈緒の頬はポッと赤くなる。

「アオくん……ボクのこと思って……」

「ち、違う違う!!つまりだな、その、なんて言うか……」

 葵は懸命に否定するが、まったく説得力に欠けていた。

「…………」

 奈緒は無言になったまま、葵を見つめる。

「あー、もうわかったよ。一緒に勉強すればいいんだろ?すれば?」

 観念した葵は、奈緒の申し出は受諾した。

 うっかり本音を漏らしてしまった自分に、葵は頭を抱えたい気分に駆られる。

「うん!」

 対照的に奈緒は嬉しそうに大きく頷いた。

「それじゃあ、今日からアオくんの家に行くね」

「わかったよ……」

「あっ、でもその前に返却したい本があるから、図書室寄ってってもいいかな?」

「好きにしてくれ……」

 葵は投げやりな態度で答える。

 精神的疲労が一気に来たような感じであった。

 猶予は2日間しかないので、今日が土曜日だということを考慮しても、どこまで復習できるのか大いに疑問が残る。

 しかし、だからと言ってやらないよりはマシであることには違いないのだが。

「それじゃ、行こうか……」

「待ってよ」

 席を立ち上がろうとする葵を、奈緒が静止した。

「なんだよ一体?」

「今日、教室の掃除当番だよ」

「掃除当番?いいよ掃除は。家で毎日やってるから。今日はパス」

「ダメだよアオくん。そんなこと言っちゃ」

 葵が拒否反応を見せると、奈緒はため息をついた。

「そうよ!奈緒の言う通りよ!!」

 そして、その奈緒の後方から葵を非難する声がすると、モップを持った二つ結びの髪型の少女が姿を現した。

「なんだよ委員長まで……」

 葵はげんなりした様子で呟くとそのまま机に突っ伏す。

「こら神津!!掃除当番さぼろうったって、そうはいかないんだから!!今日こそ、ちゃーんとやってもらいますからね!!」

 少女はモップを葵に突きつける。

「まったく、委員長はマジメだよなぁ……」

 葵は大きくため息を付いて、顔を上げた。

 領家若葉りょうけわかばは葵や奈緒と同じ2年A組のクラスメートで、クラス委員長を務めている。

 マジメな性格で少し勝気が強いが、とても明るい女子生徒だ。

「ほら、領家さんもこう言ってるんだから」

「面倒くせーなー……」

「もぅ、アオくん!」

 奈緒がいくら催促しても、葵はそのモップを受け取ろうとしない。

「ホント、奈緒も大変ね」

 若葉は苦笑し、ため息をついた。

「まったく、神津も奈緒と夫婦喧嘩ばっかしてないで、たまには奈緒の言うことも聞きなさいよ」

「だ・か・ら!俺と奈緒はそんな関係じゃない!!」

 葵は即座に反論し、若葉を睨む。

 そしてモップをひったくるように受け取った。

「やればいいんだろ?やれば?」

「そうそう。やればいいのよ」

 若葉はニコッと笑う。

「さっ、奈緒。神津君もやる気だしたみたいだし、私達も掃除しましょ」

「う、うん……」

 奈緒は真っ赤になったままコクンと頷いた。

「まったく……」

 葵は大きくため息をつかずにはいられなかった。

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