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茜色の宝石箱  作者: 杠葉 湖
6月 恋の梅雨前線北上中
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6月 恋の梅雨前線北上中 パート7

 恵美からケーキを受け取り、鈴歌と別れた葵は、急ぎ足で自宅へと戻ってきた。

「ただいまー」

 玄関の戸をあけて、家の中に入ると、そこには薄暗く静寂に包まれた空間が広がっていた。

 葵は靴を脱いで家の中へと上がり、静かに二階へと上がっていく。

 そしてまず、自分の部屋へと入ると、鞄を置いた。続いてその足で姫子の部屋へと向かう。

 姫子の部屋の前に立ち止まると、葵はドアをノックした。

 コンコンと、渇いた音が静かに響き渡る。

「姫子……入るぞ?」

 葵はガチャ、とドアを開いて部屋の中へと入った。

 部屋の中は薄暗く、重苦しい雰囲気に支配されている。

 雨の音に混じって、ベッドで寝ている姫子の苦しそうな息遣いが聞こえてきた。

「姫子……」

 葵は部屋の中央に置かれているテーブルの上にケーキの入った箱を置くと、姫子を見た。

 姫子は顔を真っ赤にしながら、時折呼吸音を乱し、苦しそうに眠っている。

 葵が恐る恐る姫子の額に掌をあててみると、とても熱かった。

「世話のかかるやつだな……」

 葵はその手を離すと、姫子の部屋を出た。

 そして階段を下り、風呂場へと向かう。

「確か使ってない洗面器ってあったよなぁ……あ、あったあった」

 脱衣所で洗面器とタオルを確保した葵は、その足で今度は台所へと向かった。

 冷凍庫から氷を取り出し、タオルの入った洗面器の中に入れる。

 そして水道の蛇口をひねって水をだし、その中に水を入れた。

「何やってるんだろうな……俺……」

 葵は自虐的に独り言を呟く。

 今自分のやろうとしていることは、自分を狩りに来た者を看病することだ。

 とても正常な精神状態では考えられない。

 しかし、葵には、このまま姫子の苦しむ姿を見続けることはできなかった。

 葵は蛇口を閉め水を止めると、洗面器を持って再び姫子の部屋へと向かった。

 水をこぼさないように慎重に階段を上がり、姫子の部屋へと入る。

 相変わらず姫子は苦しそうな表情を浮かべながら眠っていた。

 葵はテーブルの上に洗面器をおいて、中に浸していたタオルを取り出し、ギュッと絞った。

 それから、そのタオルを小さく折りたたみ、姫子の額へとのせる。

 すると、今まで苦しそうにしていた姫子の表情が幾分和らいだものへと変わった。

「……………………」

 姫子がうっすらと目を開けた。

 そして横にいる葵をチラッと見て、静かに口を開いた。

「……葵……?」

「あっ、起こしちまったか?」

「なんで……あんたがこの部屋にいるのよ……早く出てってよ……」

「おいおい。随分とご挨拶だな。せっかく看病に来てやったっていうのに」

「えっ……」

 姫子は布団の中から手を出すと、額の辺りを触った。

 冷たく濡れたタオルが、自分の額にのせられていることに気がつく。

「これ……」

「なんだ?もう換えて欲しいのか?」

 葵はそのタオルを、姫子の額からとった。

 冷たく濡らしたはずのタオルは、いつの間にか温かくなっている。

 葵はタオルをテーブルの上に置いておいた洗面器の中に浸し、今度は絞りすぎないように注意して、よく絞る。

「これくらいでいいかな……ちょっと冷たいかもしれないけど」

 そしてコンパクトにタオルをまとめると、姫子の額の上にのせた。

「ん……」

 姫子は一瞬目を瞑るが、すぐに気持ち良さそうな表情を浮かべる。

「……どーゆー風の吹き回しよ?」

「さぁな」

 姫子の質問に葵はそれだけ答えると、その場にしゃがみこんだ。

「あんた、絶対おかしいわ」

 姫子がボソボソっと呟いた。

「どうして?」

 葵が聞き返す。

「だってそうでしょ?あたしはあんたの魂を狩りに来たのよ?そのあたしに対してこんなに優しくしてくれるなんて、絶対どうかしてるわ」

「じゃあ何か?お前は、俺に冷たくあたってほしかったのか?」

「そ、それは……」

 姫子は言葉につまり、口ごもる。

「まぁ、確かに最初はそうしようかと思ったけどな」

 葵は物静かな口調で答えた。

「じゃあ、なんで……」

「放っておけなかった、って所かな?」

「えっ?」

「やっぱお前が元気じゃないと、こっちまで病気になりそうだからな」

「葵……」

 姫子は首を横に動かし、葵を見る。

「あんた、変わってるわ」

「へいへい、そりゃどうも。悪かったな変わってる奴でよ」

「ホント、悪いわよ」

 姫子は微笑を浮かべた。

「ノックもしないで女の子の部屋に入ってくるなんて、サイテー」

「ノックはちゃんとしたぞ?お前が眠ってて気づかなかっただけだ」

「どうかしら?まぁ、いいわ。電気つけてくれる?」

「あ、ああ」

 葵は立ち上がると、姫子に言われたとおり電気をつけた。

 部屋の中が明るくなり、暗い雰囲気から一転、明るく華やかな部屋へと様変わりをする。

 明るくなった部屋で、姫子はふとテーブルの上におかれている白い箱に目を留めた。

「それは……何?」

「ああ。ケーキだ」

「ケーキ?」

「とりあえず、お見舞い品だ」

「お見舞い品……?」

「お前、ケーキ嫌いだっけ?」

「ううん、そんなことないわよ」

「それならいいけど……」

「葵……」

「なんだ?」

「……ありがとう……」

 姫子はそれだけ言うと姿勢を戻し、視線を天井へと向けた。

 静寂に包まれた空間は、雨の降りしきる音だけが、外から静かに聞こえてくる。

「……そろそろ夕食の時間だな。なんか食うか?」

 時計を見た葵は、姫子に尋ねた。

「うん……」

 姫子は小さく頷く。

「そっか……じゃあちょっと待ってろよ。なんか作ってきてやるから」

 葵は部屋を出ようとしたが、その前に姫子の額にのせているタオルをとって冷やしなおすと、それを姫子の額へとのせる。

「気持ちいいか?」

「うん……」

 姫子は瞳を閉じ、小さく頷いた。

「ちゃんと寝てなくちゃダメだぞ?」

 葵はそれだけ言い残すと、姫子の部屋を出て、一階へと降りていった。

「とりあえず……何作ったらいいかな……」

 そんなことを考えながら台所へと向かう。

 そして台所へついた葵は、電気をつけ、冷蔵庫の中身を確認した。

 とりあえず、冷蔵庫の中には一通りの食材がそろっている。

「あいつは病人だから……卵入りのおかゆでいいかな?」

 そうと決めた葵は卵を取り出し、早速おかゆ作りに取り掛かった。

 鍋に米と水を入れ、ふたをし、ガスコンロに火をつけ、それをコトコトと煮ていく。

 しばらくの間、葵はボーっとおかゆが煮えるのを待ち続けた。

 そして煮えたころを見計らって卵をとき、鍋の中へと入れる。

 そして一煮立ちさせ、たまご粥が完成した。

「とりあえず、梅干しでも持ってけば大丈夫だよな」

 出来上がったおかゆを茶碗に盛り、おかずの梅干しをお皿に乗っけた葵は、ケーキ用のナイフとフォーク、それに皿も用意して、それらをお盆に乗せ、そのまま姫子の部屋へと向かう。

 姫子はおとなしくベッドに寝ていた。

「ちゃんといい子にしてたようだな。感心感心」

 葵はお盆をテーブルの上におくと、ケーキの箱をテーブルの下へと移動させた。

「起きられるか?」

「う、うん……」

 姫子は額にのせていたタオルをとって上体を起こすが、フラフラと見るからに危なっかしい様子を見せる。

「ああ、そのままでいい」

 布団から抜け出そうとした姫子を制止した葵は、お盆を持ってそのまま姫子の近くへと行った。

「食べさせてやろうか?」

 そして、姫子に尋ねる。

「いいわよ……自分で食べられるから」

 姫子はやんわりと、葵の申し出を拒否した。

「そっか。ほら」

 葵は卵粥に梅干しを乗っけて、茶碗とスプーンを姫子に渡す。

「ありがと」

 姫子はそれを受け取ると、ゆっくりとした動作で卵粥を口の中へと運んだ。

「……どうだ?」

「……うん、おいしい」

 姫子は弱々しく頷く。しかし、その表情はとても嬉しそうなものであった。

 葵も姫子の表情を見て、ホッと胸をなでおろす。

 実際自分を狩りに来た者に対して何故こんなに優しく接することができるのか、葵自身にもよくわかってない部分があった。

 しかし、同時に自分のしている行動は正しいと、自信を持って言えることができるものでもあった。

 姫子の嬉しそうな表情を見て心が落ち着く自分がそこにいるというのは、紛れもない事実であったからだ。

 ちょうどいい機会なので、葵は、前々から疑問に思っていたことを、姫子に尋ねてみることにした。

「なぁ、姫子」

「……なに?」

「ちょっと訊きたいことがあるんだが……いいかな?」

「なによ?」

「もし……お前が俺の魂を連れて行けない場合、お前はどうなるんだ?」

「…………」

 姫子はお粥を食べる手をピタリと止め、無言になる。

 葵は、聞いてはいけないようなことを聞いてしまったような気がして、少しだけ心が重くなった。

「あ、別に答えたくなければいいんだ。訊かなかったことにしてくれ」

「……消滅するだけよ」

「……は?」

「だから、消滅するだけ」

 姫子は淡々と答える。

「消滅……って?」

「だってそうでしょ?死神になれない死神なんて、存在する価値も理由もないもん。だからもし、あんたを連れてけなかった場合は、あたしの存在が消滅するだけ」

「…………」

 葵は、姫子の思いもよらない言葉に、しばし絶句した。

 そして、必死だった姫子の行動にも、それなりに納得した。

 こいつもこいつで、一生懸命だったんだな……

 しかしだからといって、自分の命をむざむざと捧げてしまうわけにもいかない。

 葵の胸中は複雑なものになっていた。

「……ねぇ」

「……うん?」

「ケーキ」

「えっ?」

「だから、ケーキ」

 いつの間にか卵粥を食べ終えた姫子が、ケーキを指差す。

「ああ、悪い悪い」

 葵は空になった茶碗を受け取りお盆の上に乗せると、白い箱を開けて中からケーキを取り出した。

 恵美特性の手作りケーキは、見ているだけで幻想的な世界に引き込まれそうになる。

 葵はそれにナイフを入れて一人前の大きさに切り分けると、それをお皿の上にのせた。

「ほら」

 そして、姫子に差し出す。

「……食べさせてよ」

 しかし姫子はそれを受け取ることはせず、葵に食べさせるよう催促した。

「えっ?」

 思いがけない姫子の言葉に、葵は目を白黒させる。

「どうしたの?食べさせてくれないの?」

 姫子は悲しそうな表情を見せて呟いた。

「……わかりましたよ、お姫様」

 葵は一口サイズにきってフォークに刺すと、それを姫子の口の中へと運ぶ。

「どうだ?うまいか?」

 姫子は口をもぐもぐさせていたが、やがてニッコリと微笑んだ。

「うん、おいしい」

「そっか。まだまだたくさんあるから食えよ」

「うん」

 葵は再びケーキを一口サイズに切って、姫子の口の中へと運ぶ。

 そして、葵は姫子にカットしたケーキを1個食べさせた。

「ありがと、もういいわ」

 ケーキを食べ終えた姫子は、満足そうにお礼をいい、再びベッドにその身を横たえた。

「残りのケーキ、冷蔵庫に閉まっておいてね」

「へいへい、わかってるよ」

 葵はタオルを冷やして姫子の額の上に乗せると、空になった皿と茶碗、それにケーキの箱をお盆の上に乗せると、それを持って姫子の部屋を出て行こうとした。

「待って」

 姫子が葵を呼び止める。

「どうした?」

 ドアを開けたままの状態で、葵は振り返って姫子を見た。

「葵……ありがとう……」

 姫子は恥ずかしそうに呟く。

「……困ったときは、お互い様だろ」

 葵はそう言葉を返すと、そのまま姫子の部屋を出て行った。

 姫子がまさかあのような言葉を言うとは、葵にはまったく信じられないことであった。

 そしてそれが、ますます葵の胸中を複雑なものにしていった。

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