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茜色の宝石箱  作者: 杠葉 湖
6月 恋の梅雨前線北上中
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6月 恋の梅雨前線北上中 パート6

 路地を抜け裏通りに出た葵は、少し歩いてすぐに目的の店を発見した。葵が想像していたよりも割と大きめな建物で、『アマリリス亭』と書かれた小さな看板が目に留まる。

「あそこか……」

 葵は店の前へやってくると、立ち止まった。

「いつの間にこんな店できたんだ?しかもこんなところに……」

 ガラス越しに見える店の中には、誰の姿もない。雨の影響もあるだろうが、少なくとも奈緒が話していたように繁盛している店には見えなかった。

 ここでいいんだよな……

 葵の脳裏に少し不安がよぎる。

「セーンパイ」

 と、その時、葵は背後から声をかけられた。

「うん?」

 葵はゆっくりと背後を振り向く。そこには傘を差し、不思議そうな表情を浮かべて立っている鈴歌の姿があった。

「あっ、鈴歌ちゃん」

「神津先輩、こんなところで何してるんですか?」

「あ、いやぁ……ケーキを買おうかなぁ、って思って……」

「先輩がケーキ、ですか!?」

 鈴歌がさも意外だといわんばかりに驚きの声を上げる。

 葵は慌ててその理由を説明した。

「あ、その、俺が食べるんじゃなくってね、風邪を引いて寝込んでる姫子に買ってってやろうと思って……」

「ああ、なるほど」

 鈴歌は納得したように小さく頷く。そしてニヤニヤ笑いながらジッと葵を見た。

「先輩って、随分お優しいんですね~」

「そ、そんなことないよ」

「でもぉ、このこと萌が知ったらすっごく悲しむだろうなぁ~」

「えっ!?」

「あたしイチゴショートが食べたいなぁ~。ねぇ?センパ~イ?」

 鈴歌は瞳を輝かせながら、甘い声を発して葵におねだりをする。

「……わかったよ。おごればいいんでしょ?」

 葵は大きくため息をつくと、渋々了承した。

「本当ですか!?だから先輩って好き!!」

 鈴歌は笑顔になり、嬉しそうにはしゃぐ。葵はそれを見て苦笑するしかなかった。

 もし仮に葵が鈴歌の脅迫まがいのおねだりを断り、このことが萌の耳にでも入ったりしたら、彼女は間違いなくやきもちを焼くだろう。それだけならまだいいが、ひょっとしたら彼女自身が意図的に風邪をひく、なんてこともやりかねない。故に葵はこのおねだりに対して首を縦に振るしかなかった。

 鈴歌に会うときはできるだけ覚悟するようにしようと、葵は心に刻むのであった。

「それじゃ神津先輩、入りましょ」

「あ、ああ」

 鈴歌に促されるまま、葵は店の中へと入った。

「いらっしゃいませ」

 奥の方から店員の女性が、慌てて出てくる。

「うーん……」

 鈴歌は熱心にガラスケースの中を見回していたが、顔を上げると店員に尋ねた。

「あの、イチゴショートはないんですか?」

「ごめんなさい。今日はもう売り切れちゃって……」

「ええ~っ!?」

 鈴歌は不満げな声を上げる。そしてガックリと肩を落とした。

「今日はこんな天気だから絶対残ってると思ったんだけどなぁ……」

「申し訳ございません。今日はいつもより早めに売り切れてしまったので……後30分早ければ残っていたんですけど」

「あーあ、残念。それじゃあモンブランと苺のタルトを……あ、それとアップルティーを。先輩はどうします?」

「俺は……ショコラでいいよ……」

「それじゃあ、ショコラとアップルティー1つ追加でお願いします」

「はい、かしこまりました」

 注文を受けた店員が、手際よくケースの中からケーキを取り出す。

「それじゃあ先輩、よろしくお願いしますね」

「はいはい」

 葵は財布を取り出すと、渋々代金を払った。

 鈴歌はケースの上におかれた、ケーキののったお皿を三つ持つと、テーブル席へと向かう。

 葵もアップルティーの入ったティーカップ2つを持って、鈴歌の後をついていった。

 あまり広いとは言えない店内は、白を中心とした清楚なイメージで統一されており、小型のシャンデリアから淡い灯が零れ落ちる。

 鈴歌は窓際の席を選ぶと、お皿をテーブルの上において、椅子に座った。

 葵も鈴歌と自分の座る席の前にアップルティーを置くと、椅子に座る。

「それじゃあ先輩、ご馳走になりますね」

「はいはい。どーぞ召し上がれ」

「えへへ……それじゃあ、いただきまーす」

 鈴歌はフォークを手に取ると、モンブランを口に運んだ。

「うーん!おいしー!!」

 そして至福の表情を浮かべる。

「やっぱりここのケーキって、サイコーですよね、先輩!」

「そ、そうだね」

「どうしたんですか先輩?ひょっとしてケーキ、嫌い……とか?」

「あっ、いや、そんなことないよ。鈴歌ちゃんがあまりにもおいしそうに食べるもんだから、つい見惚れちゃって……」

「えっ……」

 鈴歌はほんのり頬を赤く染めると、下を俯いてしまう。

 しばらく互いに無言の時間が流れた。

 外から雨の音だけが、静かに聞こえてくる。

「あ、雨、よく降るね」

 何とか話題を切り出そうと、葵は口を開いた。

「そ、そうですね」

 鈴歌も頷く。

「こんなに雨降ってるんだったら、お客さん少ないだろうから、イチゴショート残っててもいいのにね」

「それは仕方ないですよ。お店の人だって、お客さんの流れって言うのを計算してケーキを焼くと思いますから」

「そっか。それじゃあ、今日は運が悪かったってあきらめるしかないね」

「はい。ちょっと残念ですけどね。でも、このお店、他のケーキもおいしいですから」

「鈴歌ちゃんはケーキ、好きなんだ?」

「うーん……一番好きなのはアップルパイなんですけどね。ケーキも大好きですよ」

「アップルパイが好きなんだ?……あっ、だからアップルティー頼んだの?」

「はい」

 鈴歌は頷くと、急にモジモジしながら、ほんのり頬を赤く染めて、葵を見た。

「あ、あの、先輩……」

「どうしたの?」

 葵は口の中が甘ったるくなってきたので、アップルティーを飲む。

「そ、その……あたし達、こうしてると……ま、まるで、デートしてるみたい、ですね……」

「!!」

 突然の鈴歌の発言に、葵は飲んでいたアップルティーをふきだしそうになった。

「あ、あはは……あたしってば、何言ってるんだろ……」

 鈴歌は照れ笑いを浮かべながら、ケーキをパクパクほおばる。

「もう……急に変なこと言わないでよ……」

 葵はそんな鈴歌を見て、苦笑せざるをえなかった。

 実際のところ、鈴歌がこんなことを言うとは、葵には想像だにできなかった。

 鈴歌は萌のことを第一に考えているところがある。そのため鈴歌は萌の悲しむようなことはしないし、言わない傾向にある。

 その鈴歌が、まさか自分と『デートしてる』などと、言うわけがないと葵は考えていたのだ。

 もっとも、葵は葵で、鈴歌とデートすることが嫌と言う訳ではなく、それはそれで嬉しいことであったのだが。

 しかし家で苦しんでる姫子のことを考えると、どうしてもその気にはなれなかった。

「イチゴショート、かぁ……」

 思わず思っていることが口に出てしまう。

「やっぱり先輩も、イチゴショート食べてみたかったんですか?」

 鈴歌が、食べる手を休めて尋ねてきた。

「うん。鈴歌ちゃんに言われて、どんなケーキなのかなぁ、って気になっちゃって。実際、どんなケーキなの?」

「とってもおいしいケーキなんですよ。一度食べたら忘れられなくなるくらい」

「へぇ~」

「あーあ、イチゴショート食べたかったなぁ……」

 鈴歌が残念そうに呟く。

「ゴメンなさい。今日はあまり作らなかったもので」

 突然、申し訳なさそうに謝る声が飛び込んできた。

「えっ?」

「あっ……」

 二人は同時にその方向を見る。すると、先程とは違う店員が二人の側に立っていた。

「き、君は!!」

 その少女を見て、葵は驚きの声を上げた。その少女は、先程葵に道を教えてくれた少女だったのだ。

 少女はチェックのエプロンを身にまとい、お盆を大事そうに持っている。

「先輩の知り合いの方ですか?」

 鈴歌が葵に尋ねてきた。

「さっき、この店の場所を教えてもらったんだよ。ちょっと迷っちゃってね」

 葵は鈴歌に事のいきさつを簡単に説明する。

「さっきはどうも、ありがと」

 そして葵は、少女にお礼を言った。

「いえいえ。どうやら無事たどり着けたみたいで、安心しました」

 少女はしとやかな口調で答える。

「しかし、まさかここの店員だったとは……」

「店員って言っても、時々お手伝いしてるだけ、なんですけどね」

「えっ?」

「ここ、私の家ですから」

「ええっ?」

「そ、そうなの?」

 少女の言葉に、鈴歌と葵は驚きの声を上げる。

「はい、そうですよ」

 少女は微笑しながら言った。

「自己紹介がまだでしたね。私、穂麦恵美ほむぎえみって言います。桜ヶ丘高校の2年生です」

 そしてぺこりと頭を下げる。

「お、俺は神津葵。清峰学園の2年です」

「あたしは夕凪鈴歌です。清峰学園の1年生です」

 葵と鈴歌も自己紹介をした。

「神津さんに夕凪さん、ですね。これからもアマリリス亭をよろしくお願いしますね」

「あ、いえ、こちらこそ」

「そ、そんなにかしこまらないでください」

 妙に礼儀正しい恵美に葵と鈴歌は恐縮してしまう。

 すると、恵美は申し訳なさそうにいった。

「ごめんなさい。せっかくのデートだというのに、イチゴショートをお出しできなくって」

「えっ!?」

「あっ、ち、違うんです!!」

 恵美の言葉に、二人は慌ててそのことを否定した。

「違うんですか?」

 恵美はキョトンとなる。

「ああ。鈴歌ちゃんとはたまたま近くで一緒になっただけで」

「そ、そうですよ!!デートだなんて、そんな……」

 鈴歌はそのまま恥ずかしそうにうつむいてしまった。

「ご、ゴメンなさい。私ったら、早とちりをしてしまって」

 恵美は申し訳なさそうに頭を下げる。

「あの、お詫びといってはなんですが、ケーキの試食をしていただけませんか?」

 そして、葵達にケーキのモニターを頼んできた。

「えっ?」

「試食、ですか?」

 突然の申し出に、葵達は戸惑いを覚えた。

「どうする?鈴歌ちゃん」

「あたしは別に構いませんけど……」

「俺も構わないから」

「そうですか?ありがとうございます」

 恵美は一礼をすると、店の奥へと消えていった。

「試食って……どんなケーキが出てくるんでしょうね?先輩」

「さぁ……?」

 二人は恵美の消えていったカウンターの奥を見守る。

 やがて恵美は、お盆にケーキを乗せて戻ってきた。

「お待たせしました」

 恵美は、ケーキを二人の前に置く。

 それは、見た目は極普通のショートケーキであった。

「さぁ、どうぞ召し上がれ」

「それじゃあ、遠慮なく」

「いただきますね」

 二人はフォークを手にとり、ケーキを口の中へと運ぶ。

「!」

「!!」

 そして、互いに顔を見合わせた。

 ほんのり甘い生クリームと、少しすっぱいスライスされた苺の味が絶妙にマッチし、桃源郷へ誘われるようなおいしさを演出していた。

 ほのかに香る甘く刺激的な香りがアクセントを加え、完璧な仕上がりを演出している。

 スポンジの間からは溢れんばかりの苺ソースが生クリームと混ざり合って口の中に溶け出していった。

 少なくとも、葵はこのようなケーキを、今まで一度たりとも食べたことがなかった。

「あ、あの……どうでしょうか……」

 笑みは不安げな眼差しを浮かべ、ドキドキした様子で二人に尋ねる。

「とってもおいしいです!!」

「ああ。こんなにうまいケーキ、食べたことないよ」

 鈴歌と葵は、それぞれ最大級の賛辞を送った。

「よかった……」

 恵美はそれを聞いて、ホッと胸をなでおろす。

 そしてニコッと笑った。

「このケーキ、私が焼いたんです」

「これを、穂麦さんが?」

 葵が恵美に聞き返す。

「はい。私、自分で焼いたケーキをお客様にお出しするのって初めてだったから、不安だったんです。でも、これで自信がつきました」

「そんな不安だなんて。こんなにとってもおいしく作れるのに。でも自信って?」

「実はこのケーキ、期間限定で売り出そうかと思ってたんです」

「えっ!?じゃあ、アマリリス亭の新作ケーキ、ってことですか!?」

 鈴歌が驚いたように尋ねた。

「そういうことに、なりますね」

 恵美はコクンと頷く。

「苺の種類とか、量とか、普通のイチゴショートとは違うので限定品になっちゃうんですけどね」

「そうだったんですか……えへへ。新作ケーキ食べられたなんて、ラッキーかも」

 鈴歌は嬉しそうに笑う。

「うん。このケーキだったら大ヒット間違いナシだ」

 葵は太鼓判を押した。

「そんな。おだてたって、何もでませんよ?」

 恵美はクスクス笑う。

「いやぁ、そんなことないよ。穂麦さんの焼いたケーキだったら、俺、毎日食べに来たいくらいだし」

「えっ……そ、そんな……」

 葵の言葉に、恵美は顔をポッと赤らめ、うつむいてしまった。

「あれぇ?そんなこと言っていいんですかぁ?」

 鈴歌がニヤニヤ笑いながらじーっと葵を見る。

「どうして?」

「今の言葉聞いたら、萌どんな風に思うかなぁ~?」

「えっ!?」

「萌かわいそうだなぁ~。先輩がこんなところで浮気してるなんて知ったら」

「ちょ、ちょっと、冗談はやめてよ」

 鈴歌の言葉に葵は苦笑する。恵美は顔を真っ赤にし、無言のままモジモジし続けていた。

「まったく……そんなこと言ったら、鈴歌ちゃんだってそうでしょ?」

「えっ?あたしがですか?」

「そうだよ。鈴歌ちゃんが俺とこうしてること萌が知ったら、萌の奴悲しむんじゃないのか?」

「あっ……」

 思わぬ反撃に、鈴歌は絶句する。そしてコホンと、軽く咳払いをした。

「ま、まぁ、今日のことは、二人だけの秘密、って言うことで」

「ははは。そうだね」

 二人は冷や汗をかきながら笑った。

 そして鈴歌はアップルティーを飲むと、違う話題を振ってくる。

「そういえば先輩、虹沢さんへのお見舞いのケーキ、何買うか決めました?」

「うーん……ここのケーキ、どれもおいしいから困ってるんだよね……」

 葵は苦笑しながら答えた。

 実際、この店のケーキはどれもおいしいので目移りしてしまう。

 かといって流石に全部を買っていくわけにもいかず、一番人気のあるイチゴショートも既に売り切れているため、迷っていた。

「どれがいいかなぁ……」

「あっ、でしたら、妖精の詩、持っていきませんか?」

 沈黙を守っていた恵美が、顔を上げて口を開く。

「妖精って……って、ひょっとして、今食べたやつ?」

「はい。もし神津さんがよろしければ、ぜひ1ホール持っていってほしいんですけど……」

「い、1ホールも!?流石にそんなには……」

「あっ、代金はいりませんから」

「えっ?うーん……」

 葵は恵美の申し出に考え込む仕草を見せる。

「いいじゃないですか、先輩。せっかく穂麦さんがああおっしゃってるんですし。女の子からのプレゼントを断ると、嫌われちゃいますよ?」

 鈴歌が受け取るようにと促した。

「……うん、そうだね。それじゃあ悪いけど、貰えるかな?」

「はい!!」

 恵美は嬉しそうに頷くと、軽やかな足取りで奥のほうへと姿を消していった。

「姫子の奴……喜んでくれるといいんだけど……」

 葵の頭の中は、姫子のことでいっぱいになっていた。

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