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*029 Lia 「英雄と縁者」

 椅子に座り、何もせずにうつらうつらとしていた。

 手紙を書き終え、郵送のインスタントによって手紙を送る。今日の夜中にはあの手紙が届く。朝方になればアルフレッド王がその手紙を確認してくれるだろう。

 その安心感からか、私の意識は睡魔によって途切れかけていた。


 しかし、それは急かすように叩かれるノックの音によって遮られた。


「ライア様! いらっしゃいますか! 緊急です!」


 聞き覚えのある声だった。いつか王からの手紙の伝達に来た帝国の兵士だろうと想像ができた。しかし以前の落ち着いた雰囲気とは違い、僅かに息を切らせた叫びだった。

 緊急、という言葉にはっとする。また魔物が出たのだろうか。私は小烏丸を手にとって急ぎ足で玄関に向かう。


 扉を開けると、帝国の兵士が血相を変えて私を見ていた。


「どうかされたんですか」


 無意味な質問を投げかける。状況を把握せずには居られなかった。


「ライア様のお知り合いに、リオン様という方がいらっしゃいましたよね」


 彼は事前情報としてその問いを投げかけ、私が答える前に捲し立てるように続けた。


「リオン様が、堕ち人と対峙しました。撃破には成功しましたが、彼女の意識がまだ戻っておりません」


 その言葉を聞き終える前に、私は城下町へと駆け出した。後ろをなんとか追いかけようと走る兵士だったが、鎧を纏った彼が追いつけるはずもなく、諦めて足を止め叫ぶ。


「城下町の中心にある帝国病院です! そこに向かってください!」


 私は走りながら手を上げて、了承の意を見せた。

 走れば城下町までそう時間はかからない。病院にいるということならば安全は確認されているだろうが、私は酷く焦っていた。あの後リオンと共に行動すべきだった。そんな意味の無い後悔が頭の中で反芻していたが、それを振り払ってただ病院へと急いだ。


 ――――。


「リオン!」


 病室に着くやいなや、私は息も整えずに叫ぶ。


「これこれ、叫ぶでない。他の患者もおるのだぞ」


 その声は、病室の奥から聞こえてきた。落ち着いた声。つい数刻前に聞いた太い老人の声だ。


「……エドワードさん」


 彼の声で少し焦りが減り、落ち着きを取り戻した。

 彼は病室一番奥のベッドの脇に立っていた。ベッドでは、リオンが穏やかな顔で眠っている。

 私はゆっくりと二人に近付く。


「問題ない。強い魔力に当てられて気を失っているだけだ」


 エドワードがリオンを見据えて言う。


「もう暫くすれば目を覚ますだろう。お主はそれまで彼女の傍にいてやることだな」


 彼は椅子に座るように促し、彼女が目覚めるまで詳しい話をしようと言った。


 リオンはあの後、何らかの方法で堕ち人に接近、そのまま戦闘になったという。場所はハイッセム城下墓地の奥にある小さな森。そこにリオンは倒れていたという。

 エドワードがリオンの場所を特定し駆けつけた頃にはもう気を失っていた。強い白魔術の反応が確認できたため、かなり焦ったとのこと。


 倒れるリオンと少し離れた位置で、まるで何かを呪うようにぼそぼそと呟く男が突っ伏していたそうだ。エドワードによると、人間を呪い、魔物を昇華させる、混沌と進化によって世界を満たす、といったような事を延々と呟いていたそうだ。

 神に選ばれたのだ。魔導書の中から動けない神から、人間を滅ぼせと命じられたのだ。そうも言っていた。


 これだけ状況が揃えば十分だろう。彼は間違いなく堕ち人だった。何か情報が得られるかもしれない。そう思ったエドワードは彼を拘束しようとするが、間もなく彼は死に至り、全身が黒い霧となって消滅したという。


 それからエドワードは、リオンの状態を確認し、気を失っているだけだとわかってから彼女を抱えて病院へ連れていった。

 途中すれ違った兵士を呼び止め、状況を国王に知らせるよう命じてきたため、以後呼び出される事があるだろうと言った。

 それについては、私は大丈夫だと答えた。


「手紙で返事を送りました。数日後、直接アルフレッド王を尋ねるつもりです」


 そうか、それなら無問題であろう、その時に一通りの話をしてくると良い。彼はそう言うだけで、返事の内容は尋ねようとしなかった。

 ベッドから呻き声が聞こえた。リオンが目を覚まそうとしている。


「リオン……!」


 私は彼女の手を握り、名前を呼んで返事を待った。


「……ライア……?」


 リオンは目を開け、その翡翠の瞳で私を見つめた。

 私は安堵で力が抜けた。微かに緊張していた糸も解れ、笑みがこぼれた。


「良かった……」


 私がそう言うと、リオンははっとして焦るように上半身を起こした。

 リゼは? 堕ち人は? そういった疑問が次々に口から出る。私はどう答えようか迷ったが、説明は私がしよう、とエドワードは口にする。


「……帝国召喚士の、エドワード・ケリー?」


 何故貴方ほどの方がこんな場所に? その問いに関して、エドワードがそれは大した問題ではないだろうと言い、説明を始めた。

 堕ち人は君が撃退した。素晴らしい功績だ。それでも相打ちに相違ない状況だった、たまたま通りかかった私が君をここまで運んだというわけだ。そう言う。

 たまたま通りかかったと言うのは少々無理があるかもしれないが、彼は恩着せがましくしたくないという私の考えを見抜いてそう誤魔化してくれた。


「それで、リゼは……」


 リオンが一番気にしているのはやはりリゼの事だった。

 何故彼女の事が気になるのかリオンに問う。それと同時に、廊下から足音がした。


「リオンさん……」


 心配そうにそう口にしたのは、一人の少女。

 私と同じくらいの身長の少女は、焦げ茶の髪を肩まで伸ばした姿。大きな垂れ目をより強調させる僅かに碧みがかった瞳がとても特徴的だった。


「リゼ……」


 リオンは彼女を見て安堵したと言わんばかりに深くため息をつき、口角が僅かに上がる。


「お主がリゼか」


 エドワードは彼女をリオンの傍まで誘い入れ、何故此処に? とまず問う。


「えっと、気を失っているリオンさんを背負っていらっしゃる帝国魔術師の方を見かけて、気になって追いかけたんです」


 途中で見失ってしまったけれど、他の兵士の方と一度話をされていらっしゃるのを見たもので、兵士の方の方が運良く捕まったので、リオンさんの名前を出して場所を聞きました。そう淡々と説明した。

 そうか、それなら納得したが、あまりこの情報は口外せぬようにといったはずなのだがな、とその兵士に対し文句を口にした。


「しかし、不幸中の幸いだ。当事者がいるのであれば話もしやすかろう」


 どこまでこの話を聞いていた? とエドワードが尋ねると、リゼは申し訳なさそうにほとんどはじめから、一部始終……と言った。


「ではなんとなく話してほしいことはわかろう」


 説明してくれ。そうリゼに言う。


「はい。遡るならば、一月ほど前からの話になるのですが――――」


 リゼは説明を始めた。リゼのわからない部分については、リオンが補足するように口を挟む。


 リゼは、あのハイッセムの悲劇が起こる以前から自分の体に違和感を覚えていたという。占い師に安くするからと路地裏へ連れて行かれ、そこで妙な術をかけられた。その時は身体に異常はなく、普通に占いもしてもらえたため不思議には思わなかったという。

 しかししばらくすると、いつの間にか家に帰っている、知らない路地裏にいるという事が増え、自身の記憶が抜け落ちていることに少々不安を覚えたそうだ。


 そして、あの悲劇の当日、リオンから『妙な占い師がいる』という話を聞き、心当たりがあったためか少し怖くなったらしい。それからはずっと体調が悪く、仕事も休んで家で安静にするように努めていたそうだ。


 これが、リゼの話す全貌であった。そして、それからのことはリオンが話し始める。


 城を出てから私の話を聞いたリオンは、リゼが堕ち人なのではないかと疑ったらしい。証拠としては情報が薄かったため、確認せずにはいられなかったそうだ。私自身が色々な問題を抱えている真っ最中だったため、私に遠慮して一人でリゼの家まで行ったそうだ。


 リオンはリゼの家を訪ね、他に家の中に誰もいない事を確認して魔術でリゼを眠らせた。彼女の体調を確認し、あまり良い状況ではなかったため色々な方法を使用して黒い糸を見つけたという。それからその糸を辿り堕ち人の潜伏場所を確認。そのまま戦闘になったということだった。


 リオンはその後、堕ち人とした会話についてもかいつまんで説明してくれた。

 リゼとの話の辻褄は合っている。あの時に私が見た少女がリゼであるとしても、彼女の記憶が抜け落ちているのであれば納得がいく。その間、リゼの意識が支配され堕ち人に操られていたのだろう。


「待て、おかしいぞ」


 リオンとリゼが一通り話を終えると、エドワードが疑問を口にした。


「自慢ではないが、私の目はそこらの召喚士と比べてもかなり精度の高いものだと自負している」


 簡易的に会得した召喚士の目でその糸が見えるのであれば、私が見逃すはずはない。そう言ったのだ。


「では、何故私にはその糸が見えたのでしょうか」


 エドワードが沈黙する。


「……縁者、か」


 彼はそう言うと、暫く考えるように黙ってしまった。

 私は縁者という言葉に覚えがあった。


「また、伝説絡みですか」


 私がそう尋ねると、彼はそうだなと答える。話の流れが読めないリゼは、ただ黙って私達の会話を聞いていた。


「千年前だ。英雄クロノは、もともと救世主となる人物ではなかったという説がある」


 エドワードも私も『グリモワールの伝説』に関連する事項には詳しかった。そのため自然と二人で交互に説明する形となる。


 英雄クロノには、共に旅をしていた一人の男が居た。その男こそ、後に英雄となる器だったのだ。クロノに関する文献には、黒い刃を握っていたのはクロノではなく、その隣に立つ男だという情報があった。

 そして、何らかのきっかけでその男は死んだ。神はストックを準備していたのだろう。彼に最も近い人物として、新たにクロノに神託を授けた。


 グリモワールの伝説を調べる人間の間で、その人物は『縁者』と呼ばれた。そしてその片鱗として、縁者は通常の人間にはない特殊な力を時折垣間見せていたという。クロノの場合はあまりにも特化し過ぎた氷の魔術。他の魔術は全くのからっきしだったにも関わらず、氷の魔術においてクロノの右に出る者は居なかったという。


「リオン、お主の場合、縁者の力として『堕ち人の瘴気を見る目』が発現しつつ在るのかもしれん」


 それは同時に、ライアを救世主だと断定しうる情報の欠片にもなる。一番口にしたくなかったことを、エドワードが言う。間違いない、とまでは行かないが、私に与えられた使命はとても重くのしかかっていた。

 だが、私はもう返事を出したのだ。今更答えなど変わりはしない。


 さて、とエドワードが話を区切るように咳払いをする。


「リオン。今日のところは様子見のためここで安静にしていなさい。ライアも、出来る限り付き添ってやるとよい」


 私はそのつもりです、と即答してリオンを見る。彼女は少し気恥ずかしげに目を逸した。


「リゼは念のため私が家まで送ろう」


 それに対し、でも、両親がと言うリゼの言葉を制して続ける。


「安心しなさい。それに関しては私がなんとか説明する」


 君の今後に影響が無いように話そう。そう言うと、リゼは渋々納得した。


「もう夜も更けてくる。我々はそろそろ退散することにしよう」


 今日は、安静にな。そう最後に言い残し、彼はリゼを連れて病室を去った。


 ――――。


「ごめんなさいね」


 リオンはまずそう口にした。何の謝罪かわからなかったため、私は彼女に尋ねる。しかし彼女は何でもないのとただ微笑み、私を見た。

 なんとなく、それ以上何かを追求する気にはなれなかった。彼女が納得しているのなら、それでいいだろう。私はそう思った。


 町はすっかり夜の帳に包まれ、星々が煌々と輝いている。夜空から私達を見下ろす月が、僅かにこの病室を照らしていた。


 私達はいつの間にか眠りにつくだろう。

 すべてが終わり、暫くの平穏と共に、朝を迎えるのだ。

 これからやってくるであろう苦難は、今は考えないでおこう。


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