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024 Rion 「救世の手段」

「来たか」


 よく響く低い声が、私達にそう言った。

 少々巌しい表情で、国王が玉座に座っている。

 先程の葬式で見た漆黒の礼服ではなく、普段から身に纏っている紅の鎧が彼の力強さを引き立てていた。

 少し離れた位置で跪いている私達に顔を上げて立てと言い、近くに立っていた親衛隊の一人に指示を出す。

 親衛隊の男はライアに歩み寄ると、木製の箱から何やら丁寧に装飾が施されたバッジを手渡す。


「先の事件での活躍はエドワードから耳にしている。それは名誉騎士の勲章だ」


 彼はそう言いながら親衛隊の男を下がらせた。


「それを持っていれば、ハイッセム帝国内の施設へ自由に出入り出来る」


 場合によっては立入禁止区域への入場も叶うことだろうと彼は続けた。


「大きな犠牲が出てしまった事は悔やむべきだが、この国が君に守られた事実には相違ない」


 他の謝礼は後日兵に送らせよう。大した額ではないが、今回君に依頼したい案件の前金だと思って受け取ってくれ。


「はい、ありがとうございます」


 ライアは名誉騎士の勲章を握りしめ、静かにそう言った。

 さて、と国王は本題に入るかのように切り替えて立ち上がった。


「エリオミーグ村の村長、ミーナスよ」


 祖母が返事をして一歩前に出る。


「今回は何故呼び出されたか理解しているか?」


 彼は立ち上がって祖母に歩み寄りながら言う。

 もちろんです、と祖母は答える。


「グリモワールの伝説。先日の事件を耳にした時から、この逸話と深い関わりがあると思っておりました」


 鞄から何枚かの紙を出し、それを国王に手渡した。

 それを受け取った国王は、その場で読み始めた。


「今回出現した化け物は伝説に登場する『魔物』に間違いないかと思います」


 私も耳にしたことはある。混沌と進化の神が、千年の封印から解き放たれると同時に現れる化け物の総称だ。


「身を熔かす体液。治癒を妨げる強い呪詛。一致する項目は多いことでしょう」


 国王は何かを呟きながら、その資料を読み進めたかと思うと、こう口にした。


「だが、エドワードの報告によれば、人間に似通った姿の化け物も現れたそうじゃないか」


 その言葉を聞いたライアが少し反応したかのように見えた。

 私自身はその人型の化け物とは対峙していない為実感は薄かったが、あまり気分の良い姿ではなかっただろうと容易に想像がついた。


「それは、瘴気に罹った人間の成れの果てです」


 祖母が淡々と言う。


「伝説に登場する魔物達は一種の呪いを常に持っています。それは瘴気と呼ばれたり、呪詛と呼ばれたり、文献によって表現が違いますが、死に至る病です」


 身体が蝕まれて意識が遠のき、最後には生ける屍として歩き出す。ただ血肉を貪るための存在になるのです。祖母はそう続けて言った後、例外はありますがと呟いた。


「……例外とは?」


 国王が資料から目を離し怪訝そうに祖母を見る。

 祖母は少し躊躇った後、堕ち人、と呟いた。


「稀に瘴気と呼応し、身体が蝕まれること無く狂気に堕ちる人間が存在します。それが『堕ち人』です」


 外見的特徴は薄く、ただ心の中に混沌と進化の神への強い信仰心が生まれます。


「そして、魔物を召喚し使役する存在となる」


 祖母の説明は長いものだったが、その全ては重々しくのしかかるものだと感じた。



 『堕ち人』になる条件は過去の文献には記載されていないが、強い憎しみや劣等感を持った人間に多いという情報が残っている。彼らは基本的には身を隠し、混沌と進化の神が世界を支配するための準備をする。封印の地で開かれた穴から瘴気を呼び集め、魔物を召喚する。そしてその魔物へ特定の一つの命令を下す、もしくは意識を支配してコントロールすることが出来る。


 その説明に心当たりがあったのだろうライアは、微かな動揺を見せた。


 堕ち人の使う魔術は全て『召喚士の禁術』に酷似しているそうだ。

 禁術として有名な召喚士の魔術は『肉体の支配』『死者蘇生』『幽体離脱』等がある。全て使用者や相手に大きなリスクのある魔術だ。人間の尊厳に関わる魔術はこの国で全て禁術指定とされ、その術式を知るものは帝国賢者のみと言われている。


 だから、この悲劇の元を断つには何処かに隠れている『堕ち人』を見つけ出し、根絶しなければならないということだった。

 それが難しければ、直接封印の地へ向かい、瘴気の漏れる穴を塞がなければならない。

 伝説にはこうある。


 ――――千年経っても反省が見られないようならば、またお前達を封印するための『救世主』をここまで寄越すだろう。


 ライアははっとして、腰に下げた黒い刀を見た。

 それをきっかけに、祖母はここからが本題だという表情でライアを見た。


 千年前に救世主となった『クロノ』。彼女は肌身離さず持っていた黒い剣によって世界の救世を成し遂げたという。それはまさに、ライアの持っている黒い刀とそっくりだったそうだ。


 ライアの持つ黒い刀の出処を祖母は知っていた。ライアの父から聞いたのだという。この黒い刀は、ライアの祖先にあたる人物が封印の地より持ち帰った代物だそうだ。



「――――ライア。夢を、見なかったかい?」


 祖母は真剣な顔でライアに問う。


「……見た」


 少しの間を置いて、彼女はそう答えた。

 これは有名な話だ。もう知っているだろうと祖母が言う。


「英雄『クロノ』のように混沌と進化の神からこの世を救うものは皆、夢の中で神託を受ける」


 それがどのような神託かはわからないけれど、本人が自覚できるものだそうだ。


「そんな……」


 私は弱々しく声を漏らした。あの悲劇の朝、ライアが変な夢を見たと言った瞬間がフラッシュバックする。

 伝説が全てじゃあないが、と祖母は話を進めた。


「もうこれしか、頼るものがないんだよ」


 祖母が示し合わせるように国王に向き直り、頷く。

 国王は、祖母に資料を返し、ライアの正面に立った。


「私からの、そして、このハイッセム帝国からの依頼内容は――――」


 彼はそこまで言うと、ライアの前で跪き、この国で用いられる一番深い礼をした。


「――――この世界を、救ってくれ」


 伝説の内容と照らし合わせただけでは根拠は薄い。他に根絶の方法があるかもしれない。だが、先の事件に現れた魔物達を討伐したのはライアであることに間違いない。

 苦渋の決断だったのだろう。国王は酷く悔しそうな顔をしていた。


 ライアは国王に視線を合わせるようにしゃがんでこう答えた。


「――――実感は、ありません。私は今、とても混乱しています」


 そうは思えないほど、冷静な声で淡々と述べる。


「今この状態でお返事をすることは出来ません」


 一晩で構いません。時間を頂けませんかとライアは言って立ち上がった。

 国王もそれを見て礼を解き立ち上がる。


「……そうか」


 国王は少し放心したかのような表情で踵を返して玉座に戻る。

 彼は玉座に体重を預けて言う。


「済まない。君と対面して、私も冷静ではなかった」


 少し昔を思い出してしまってね、と彼は続けた。


「……父との、革命の時の事ですか?」


 ライアは真っ直ぐに国王を見つめた。


「私もあの時は若かった。今この場に座っている事に後悔は無いが、前皇帝には憎しみの思いしかなかった」


 血の繋がった父だったとしてもな、と俯いて呟く。


「……」


 ライアは何も言葉を返さなかった。彼らの会話に追いつけない自分がみっともなかった。私はただ見守ることしか出来なかったのだ。


「三日待とう」


 国王が気持ちを切り替えるようにしてライアを見据える。


「その間に、ここに来ても、手紙でも構わない、返事が欲しい」


 たとえそれが悪い返事だったとしても、私は君を恨まない。この国を治める者として、この国を全身全霊で守り抜こう。彼はそう言葉を纏め、今日はもう帰っていいぞと告げた。


「……失礼します」


 ライアがまずそう言い、踵を返して出口へと向かった。私と祖母もそれに習うように国王に一礼してこの場を後にした。



 城を出るまでの間、私達は一度も言葉を交わさなかった。そして、町に出ると祖母はまだ用事が残っていると言った。


 しかし、その前にと祖母が鞄の中から綺麗に装丁された箱を取り出した。


「リオン、あなたにこれを」


 大きさは私が持つ魔導書より一回り小さい程のもの。これは? と祖母に訊ねる。


「それは、娘が――――あなたの母親があなたへ残したものよ」


 静かに、優しく言った。

 私を産んですぐに亡くなった母親。顔も知らなかったが、とても優しい人だったとよく聞かされていた。


「私が彼女に教えた白魔術の最大呪文が刻まれたインスタント」


 今のこの国では生成に負担がかかり過ぎるとインスタント化が禁止されている魔術よ。と祖母は続けた。

 私は箱を開けた。少し古びた、それでいてしっかりと術式が刻まれた羊皮紙。


「……『アーク・フォルセティア』」


 私はその術の名を呟く。

 白魔術最大呪文『アーク・フォルセティア』。呪いや悪魔、悪霊を完全に取り払う最大級の解呪魔術。これを会得しているだけで帝国白魔術師の称号を得ることさえ出来ると言われる程の高等術式。


「これを何故、今私に?」


 そうね、と祖母は逡巡し、簡潔に答えた。


「ライアちゃんが行くと返事をすれば、あなたも一緒でしょう?」


 優しい微笑みだった。


「まだ決まったことではないけれど、渡すなら今がいい」


 いつかこれに頼る時が、もしかするとすぐ訪れるかもしれない。あんな事件があった後だもの。

早いほうがいいわ。そう続けた。


「……」


 言葉が出なかった。一度も会った記憶の無い母がたった一つ残したもの。


「それじゃあ、私は行くわね」


 急がないと。そう言って祖母は早足でその場を去った。


「……リオン?」


 黙ったまま箱の中を見つめる私を心配したのか、ライアが話しかけてくる。

 私は大丈夫よと答え、箱に蓋をして鞄の中に仕舞った。


「私は今からリゼのお見舞いに行ってくるわ」


 ライアはどうするの? と私が問うと、彼女は少し考えを巡らせてからこう答える。


「……今日は、もう帰ることにするよ」


 いろんな事で頭がぐちゃぐちゃなんだと言い、そういえば、と話を続けた。


「リゼちゃんといえば、あの喫茶店の香り、何処かで覚えがあるんだよなぁ……」


 どこだったっけ、とライアは難しい顔で黙りこくると、しばらくして思い出したかのように、そうだ、あの時。と言った。


「あの事件の日、女の子を助けたんだ。顔はよく見えなかったけれど、このくらいの髪の長さで……」


 ライアはその子の身体的な特徴を言う。肩にかかる程度の長さの焦げ茶の髪。茶色を基調にした落ち着いた服装。よく通る声。

 その特徴にリゼを一致させる度、私の肌は粟立った。


「……それで、その子は?」


 私がゆっくりと問う。


「うーん、助けた時にはいなくなってて、多分逃げたんだろうなって」


 顔はよく見えなかったけれど、近くに帝国兵も居たしきっと無事だよね。と彼女は言う。

 私は目を見開いた。昨日から連絡もなく店に顔を出していないリゼ。玉座の間での話。誰しもが『堕ち人』になり得る可能性。

 私はライアを置いて駆け出す。


「ライアは先に帰ってて!」


 そう言い残して、喫茶店のオーナーから受け取ったメモを走りながら取り出す。根拠は無い。

ただの偶然かもしれない。それでも、私はこの胸騒ぎを止めることが出来なかった。

 家を出る前、ライアがあの黒い刀を持っていたことが幸いした。彼女があの刀を腰に下げていなければ、私もこんな重たい魔導書は置いていったことだろう。そう思いながら、魔導書の入った鞄に触れる


 日は傾きを増し、もうすぐ空を美しい朱色に変えることだろう。



『あの時から、あなたが国王にどんな返事をするのか私にはわかっていた。だって、あなたのことを一番良く知っているのは、私なのだから。』


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