022 Rion 「撫でる雨」
降り頻る雨は、此処に立つ人々の涙を優しく拭っていた。
ハイッセム城下墓地。ハイッセム城の北に位置するこの場所で、先の被害者たちを弔う儀式が執り行われている。
ただ啜り泣く少年。周りを忘れて叫ぶように涙を流し嗚咽を漏らす女性。脱いだ帽子を握りしめ、歯を食い縛る男性。
全てが、家族や友を失った人々だった。
その中には、エノーラの両親も居た。お互いこの場にいることに気付いていながら、共に声を掛けることはなかった。
私は涙を流す事が出来なかった。この悲劇を目の前にして、私は傍観者だったのだ。
隣のライアを横目で見る。その雰囲気は儚く、しかし堂々としたものだった。この雨の中、一滴の涙も流していないことがわかった。
しかし、その両手は固く握りしめられていた。
「……」
何も、掛ける言葉はない。ライアが何を思いこの場に立っているのかはわからなかったが、その瞳は決意に満ちていた。
三十人を超える死者。まだ行方不明のままの人もいる。何日か経過すれば、その数は肌が粟立つ程のものになるだろう。
……。
――――簡易的な葬式であった。被害者たちの名前がひとりひとり挙げられ、それが終わると弔いの言葉を皆が口にした。
震えて声が上手く出ない人。ただ静かにその言葉を口にする人。それぞれが、死者への別れを告げていた。
半刻に満たない短い時間で、この葬式は終わりを迎えようとしている。
しかし、突然周囲がざわついた。私は周りを見て、他の人の視線の先を辿る。
――――そこには、漆黒の礼服を纏ったこの国の王、アルフレッド=ハイッセムが居た。
齢三十半ば。王としてはまだ若い彼の表情は暗い。ブロンドの髪から幾度と滴り落ちる雫を見て、恐らくこの場まで一度も雨除けをしなかったのであろうと予想出来た。
彼は申し訳程度に黒衣を纏った数人の鎧兵を少し離れた場所で待機させ、ゆっくりと歩く。
そして、簡易的に作られた墓の前でしゃがんだ。
彼はその名を呼び、弔いの言葉を呟いていた。暫く目を閉じ動かなかったが、やがて立ち上がり隣の墓の前でまたしゃがむ。
三十を超える墓の前で、それを丁寧に、真剣に繰り返した。
彼を見守る国民達は、いつの間にか静まり返っていた。啜り泣いていた少年も。目の周りを赤く腫らせた女性も。全身が強張っていた男性も。ただじっと、彼のその姿を見ていたのだ。
この雨の中靴を泥で汚し、湖の中にそのまま飛び込んだかのようにずぶ濡れの礼服。その漆黒の色は、水に濡れることによりさらに暗く深い色に染まっていた。
墓の前で何度も跪いているからだろうか。彼の膝から下はもう泥まみれになり、お世辞にも良い格好をしているとは言い難かった。
それでもここにいる皆が、その姿を勇ましいものだと感じていただろう。
やがて、彼は全ての墓へ弔いの言葉を言い終わった。短い時間だったか、長い時間だったか。それを忘れさせる光景だった。
王は立ち上がる。私達とは目を合わせない。ただ顔を伏せ、待たせていた兵士を連れてその場を去った。そして、やがてこの儀式も終りを迎えた。
式が終わると、ひとりまたひとりと来ていた者がこの場を去る。名残惜しく墓の前に暫くしゃがんでいた人も見受けられたが、いずれ去る。
残っているのは私とライア、そして、僅かに残った数人の遺族だけであった。
刹那。
私とライアの前を、小柄な人影が小走りで横切った。
深く被ったフードから僅かに覗かせた碧眼が、私とライアを一瞥した気がした。
薄気味悪く釣り上がった口角が、私達をあざ笑っているかのようだった。
その影は止まることをせず、そのまま走り去った。私はそれが気になり暫くその人物を目で追っていたが、それは曲がり角の先へ消えた。
「――――リオン」
突然隣から呼びかけられ私は我に返る。
どうしたの? と私に問うライア。なんでもないのと返事をし、彼女に向き直った。
この後はライアと共にアルフレッド王を訪ねる事になっている。
「少し休憩してから行こっか」
ミーナスさんとも合流しなきゃいけないし、と彼女は言い、歩き出した。私はライアの一歩後ろを歩く。
ハイッセム城へは、私とライアの他に私の祖母、ミーナスも呼ばれている。例の件に直接関わっていない祖母に何故呼び出しがかかったのかを訊ねたが、祖母ははっきりとした答えを口にしなかった。
「ミーナスさんとはどこで?」
祖母はやることがあると言って家に残っていた。私は合流の場所に行きつけの喫茶店を指定し、念の為地図も手渡してから家を出た。
「私が普段利用してる喫茶店があるの。まだ合流まで少し時間があるし、休憩もそこで出来ないかと思って」
どうかしら、とライアに提案する。
彼女は逡巡してから、そうだね、こんな雨だしと答えた。
決定ね、私はそう口にし、ライアを喫茶店に案内する為一歩前を歩く。
――――。
雨は未だ止む気配がなかった。ただ、ジメジメとした雰囲気はない。この町の悲しみを洗い流すかのように、小さな雨粒が僅かに音を立てて優しく降り注いでいた。
『あの時散々涙を流したあなたは、一度も泣かなかった。私はその姿を酷く愛おしく感じた。彼女の死をそっと胸に仕舞い、決意で満たしたその瞳が。』




